Dear My Lover!!
今日の切原少年は、いつにも増して機嫌が良い。それは誰がどう見ても解るほど、彼の機嫌は最高潮に達していたのだ。理由は明確だ。 今日は、年に一度の自分の誕生日。嬉しくもなるだろう。
今日も絶好調!と言わんばかりに練習を終えると、切原は一人の少女の姿を発見する。最愛の恋人だ。「先輩!」人一倍大きな声で彼女を名前を呼ぶと、少女も気づいたらしい。ん?と顔を切原に向けると、おー。と手をひらひらとさせた。
「先輩、今日はどうしたんスか?」
「ん、ああ…ちょっと真田に用があってね。委員会の資料を届けに来たんだけど…」
「あ、じゃあ俺が渡しときますよ!」
切原の言葉を耳にすると、彼女は「マジでか?」と目を輝かせて切原にそれを渡した。それを嬉々して受け取る切原。そんな彼がご機嫌だとにも直ぐわかった。
「?どうした、赤也。何か良い事でもあったのか?」
きょとん、とした風に問いかけた、数秒後、切原はにたぁと頬を緩ませると、良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりにずずいと彼女に近づいた。
「今日、何の日か知ってますか?」
「今日…?」
問いかけを問いかけで返されて、はううん、と頭を悩ませた。そして、ぁ、と小さく声を漏らした後、もう一度切原に目を配らせる。それから自信たっぷりと言った風に口を開いた。
「10円カレーの日」
その回答に、思わず「は?」と溢してしまったのは紛れもなく傍に居た切原だ。けれど彼女は「は?」の意味はわからなかったらしく、知らないのか?と言葉を続けた。
「1983年から、H公園の中にあるレストランでは、この日に普段は700円のカレーを10円以上募金した人に提供しているそうだ。1973年のこの日、1971年の焼失以来2年ぶりに再建したのを記念したもので―――」
「わわーーー!ストップストップ!!」
まだ続くであろうの言葉をおもいっきし遮ると、切原は思い切り脱力した。の顔を見ればいささか不満げである。無理も無い、急に話を遮られた身としてはちょっと不満も残るだろう。眉間に小さな皺を寄せると、切原を見つめた。切原は小さくため息をついている。
「違いますよ…その10円の日ではなくて」
「10円の日ではないぞ、10円カレーの日だ」
間違いを指摘されて、切原は心の中で「どうでも良いよ」と呟いたのは目の前の恋人には内緒だ。切原はの言葉をキレイにスルーすると、「そうじゃなくて」と声を挟んでいった。
「もっとこう…大事なイベントがあるでしょう?」
「…10円カレーを馬鹿にする気か?その日の売上げはすべて交通遺児育英基金に寄附されているんだぞ?大切な行事じゃないか?え?」
「いや、だから…10円カレーから離れましょうよ…」
更に脱力して、切原は項垂れた。もしかしては自分の誕生日を知らないんじゃないかと言うくらい、の表情は普通で態度も素っ気無い。恋人が自分の誕生日を知らないということがこれほどショックだと思ったことなどない。今まで彼女が居なかった頃など、考えられなかった。自分自身記念日とかそういうのにまめなタイプじゃなかったから、女子の記念日を重要視するという気持ちが正直理解できてなかった切原だったが、今日これほどその子達の気持ちをわかった日は無いだろう。
気分を落としていまやローテンションになっている切原。そんな彼を見て、はプッと笑った。急にくつくつ笑い始めたに顔を上げる。
「そう落ち込むな。解ってる。…誕生日なんだろ?赤也の」
「…!知っててくれてたんスか!?」
「……仮にも彼氏の誕生日。それくらい把握してないとでも思ったのか?」
仮にも、と言う言葉に気づかなかったのは切原の良いところだろう。さっきまでブルーを背負っていた切原のオーラはいまやピンクオーラ全開と言っても過言ではないだろう。あまりの感激に切原は彼女の名前を呼んで思いっきり抱きしめた。
「俺、俺幸せッス!」
「ん、そうか。良かった」
その後切原の耳元に聞こえてきたのはからの「おめでとう」の言葉。
人生最高の誕生日だったと切原が部の先輩達に語るのは次の日の朝練時。
でも、切原は気づいていない事が一つある。
「さあ!今日も張り切って練習しますよーーー!じゃあ先に行ってます!」
「……アイツ、気づかんのかねえ」
「まあ無理もなか。付き合う前あんだけ冷たい態度をとられとったんじゃ」
「それだけ彼女の『おめでとう』が嬉しかったんだろうな」
「その通りだ。大体、中学生にもなって誕生日がどうなど…たるんどる!」
「いや、中学生はと言ってもまだ子どもですよ、真田君」
「まあまあ良いじゃない。それが赤也の可愛いところだ。誕生日を覚えてもらっていたことに対してそれだけで幸せになれるなんて、ね。フフッ」
そして切原本人が、肝心の誕生日プレゼントを貰っていないということに気づいたのは、それから1週間も経った後のことだった。
後に切原は誕生日プレゼントをせがんだが「もう誕生日は過ぎ去っただろう?」との一言で来年までお預けを喰らったのはまた別の話。
― Fin
2007/09/25