君と過ごす時




「終業式終了ー!」

大きく伸びをするに「そーだなー」って相槌を打つと、がぐるんと俺のほうを振り向いて、にかっと笑った。その笑顔は明日からの休みが凄く待ち遠しいって感じで…。の笑顔を見ながら此処最近のことをガラにもなく思い出した。初めての敗北、念願のレギュラー、そして。「、」名前を呼べば、やっぱりは嬉しそうで。「んー?」なんて言いながら笑顔のままで俺を見る。それから「どうしたの?」とたおやか…とは対照的な、元気いっぱいって様子の表情のまま続けた。

「いや、何か…こうしてっと思い出すなーって」
「…何を?」

きょとん、とした表情のを見て、思わずプっと吹き出してしまった。「赤也!」って声が聞こえてきて、怒ってるってこともわかる(本気じゃないってわかるけど)なんていうか、コイツの感情は読み取りやすい。…つまりは、素直なんだ。嫌なことは嫌ってはっきり顔に出すし、怒りたいときにはたとえ相手が男だろうと自分より強かろうと関係ない。そんなところにホレたのかもしれない(恥ずかしいから言ったことねえけど!)

「わりわり!」

言いながら、の肩をぐっと引き寄せる。そうすれば、「う、わ!」なんてちょっと男らしい声を上げながら――もうちょっと可愛らしい声が上げられないもんか?――簡単に俺のほうに寄り添う形になった。さっきとは違う「赤也?」と俺を呼ぶ声にあえて返事をしないで、言いかけた言葉を紡ぐ。

「…入学式のときとか、初めての部活、念願のレギュラー、楽しいこと、嬉しいこと、悔しいこと、辛いこと…すんげぇいっぱいあったよな」

よな、って同意を求める台詞だったけども、実際言葉を期待したのかと言われればそうではなかった。掌と右側に感じる温もりを放さない様にきゅっと力を込める。でも、決して痛くはしたくないからちょっと気を遣ったりして。…俺にしては紳士的だ。多分、柳生あたりなら当たり前です!とか言いそうだけど。俺の独り言にも近い言葉にが相槌を打ってくれたのはそれから数秒経ってからだった。

「…そうだね」

ぽつりと、それだけ。でもそれだけで満足な気がした。ちゃんと、聞いてくれるコイツの思いやりに不覚にも嬉しくて、それだけで幸せだと思ってしまう。

「テニス部に入った当初はさ、俺…簡単にレギュラーなんか勝ち取れるってガキみたいな自信があったんだよな…」
「でも、ボロボロに負けちゃったよね」
「…うっせ」

クスクスと笑い出すにふて腐れたように言いやれば、が「だって」と嬉しそうに言った。

「アノ頃に比べたら、赤也は凄く強くなったよ。…テニスもそうだけど、内面も凄く」
「……そ、か?」
「うん。入学したときなんか、もう俺様最強!って感じのオーラ満々だったし」

それを言われるとちょっとだけグサっとなる。そして、1年前の出来事を思い出す。この学校に入ったらすぐにレギュラーになれるもんだと思って高を括っていた阿呆な自分を。簡単に打ち負かされてしまったときのことを。

「ハハ、かっこ悪かったよなー」
「うん」
「即答すんなよ!」
「だって、そうだもん。…でも、今の赤也はかっこいいよ、誰よりも」

にこっと笑うの顔に不覚にもときめいてしまった。カァっと顔が熱くなるのがわかって、でもそれを悟られたくなくて「バッカ」とポツっと吐いて、ペチンとのデコを一叩きすると、は俺の気持ちなんて全てわかってるって感じで「照れてる」と茶化すように言った。

「でも、ほんと。赤也はこの1年で凄く変わったよ。良い方に。だって、みんな良い人達ばっかりだもん。みんなみんな赤也のこと大好きなんだもんね」

花のような…って言ったら臭いかもしれないけど、でもそう言いたくなるような笑顔で、恥ずかしげもなく言ってしまうから、反対に俺のほうが恥ずかしくなってくる。はきっとこんなの恥ずかしいなんて思わないんだろうけど。掴んだ肩を更に引き寄せる。の抵抗は全くなし。

「でもさ、…多分、俺が変われた最大のきっかけは、さ」

多分、普段ならこんなこと言わない。今から言うもっとも青臭い台詞の所為かの顔は見れなくて、俺の目に映るのは、代わり映えのない通学路と、

「…がいてくれたからだと、思う」

小さな小さな一輪の、たんぽぽ。

「………えへへ、ありがと!」

聞こえた返事は俺の自惚れじゃなかったら嬉しそうだ。まだ恥ずかしさが残って顔なんて見れない。でも、胸に寄り添ってきたの感触に、多分俺の「嬉しそう」って言う想像は当たりだと確信する。目に映るのは、やっぱり変わらない通学路と、たんぽぽで。あ、そうか。ふっと、気づく。なんでさっきの笑顔を花のようなって例えたのか。うん、似てるんだ。もう一度だけそれに目をやる。ああ、やっぱりそうだ。…確信する。

「赤也?何か良い事あったの?」

どうやら無意識のうちに笑顔になってたらしい。…間抜け面になってねぇと良いけど。とちょっと不安になったりもしたけど、なんでもね!、と逸らすとの髪をくしゃっと触った。……きっと、を花に例えるなら、たんぽぽだ。決して目立ちはしないけど、春らしい花。風に乗って種を巻くように、いろんな人に笑顔と心地よさを与えてくれる。…ガラにもなく、そんなことを思った。

「んーー!でも、明日からはきっと部活三昧だね!」
「おー」
「新1年に負かされないように頑張ってね、部長さん」
「負けねえよ、誰であろうと」

春はもう此処まで来てる。





― Fin





2007/03/31