私の好きな人は一個上の先輩で、かっこ良くて、先輩の周りにはいつも沢山の人だかりが出来てしまうほどの人気者。そんな先輩に恋をして、早五年。あの時感じた先輩のイメージは、ずいぶん変わった。
…先輩は、悪魔だ。
デビルな先輩
そして今日も私は走っている。何故走ってるのかと言えば、あの先輩に『パン買ってきて』と頼まれたからだ。そのパンと言うのが立海大の幻パンと言われるもので、限定50個。コレは急がなくちゃ買えない。だから私は走っているのだ。もし買えなかった時の事を考えると……いや、考えたくない。だって、買えなかったなんて結果私には無い。
先輩に言われたら、何が何でもそれを成し遂げる。それが、五年前からの私の決意なのだ。実際ずっとそれをやってきている。
五年前…当時7歳だった私。学校に帰ってきた私の家に、兄の友達が数人遊びに来ていた。そこに、先輩が居た。人当たりの良さそうな笑みに、一目惚れ。それから直ぐに告白して
『ん、もうちょっと身長が高くなったらな』
笑顔で、交わされた。それが、始まり。その時の私は素直だったから、身長が伸びれば彼女にしてもらえると思っていた。だから嫌いな牛乳を一日2杯は飲むようにしていたし、そのお陰か、一年後には身長が伸びた。これでどうだ!と再度の告白。そうすれば先輩は、TVに映った女の子らしいタレントを見て『やっぱ女の子はスカートが似合ってこそだよなー』と呟いたのだ。だから私は幼ながらに頑張って、美を研究した。先輩が『髪の長い子っていいよなー』って言えば、もうずっと伸ばしてる。『勉強できる子って憧れる』って言われたら、学年トップ以外の成績はとってない。そればかりか、『英語が出来る女ってそんけー』なんて言われたから、英語なんて中学二年の問題も完璧に解けるようになった。(それ以来、先輩の英語の宿題をやらされている)
『料理が出来る女こそ、真の女』といわれれば、料理を頑張ったし、『足の速い子って良い』って言われれば、毎日走り込んだ。『何よりテニスが出来なきゃね。共通の趣味がねえと』なんて言われたから、テニスも出来るようになった。中学の部活は勿論テニス部に入ると、『レギュラーとれなきゃ意味ねえよ』なんて言われたから、一年で異例のレギュラーになったと言うのに…!
先輩は、意地悪だ。私が達成して『どうだ!これで彼女にしてくれる?』と報告しに行くと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて次の指令を言い渡す。そして今回同じようにアタックしに行ったら、『あのパン食いてぇ』だ。これで買えなかったとなると、先輩は絶対『やっぱお前には無理』なんて死刑執行にも似た台詞を吐くに決まってる。そんな事絶対させない。
廊下の角をスピードを落とさず曲がりきる。あとちょっとで購買部だ。財布を取り出して後はおばさんに台詞を言うだけ。まだ人波は少ない。買える。期待に胸が躍って。私は大声でパン名を叫んだ。
「赤也先輩っっ!」
「んあ?」
ハァハァハァ。息継ぎもままならないまま、二年 組のドアを思いっきし開け放ち、先輩の名前を叫んだ。そうすれば、振り向いた先輩の口に銜えられているのは別のパン。私は「これ!」と幻のパンを先輩の前に差し出した。「遅ェよ」言われながらも、先輩にパンが移される。私はそれを見つめながら、とりあえず先輩の前の席に座り込んで、先輩の顔をじっと見つめた。
「ねえ、そろそろ彼女にしてよ」
いつもの台詞。ブー垂れながら言えば、先輩が私の買ったパンを大きく頬張りながら、私を見つめた。そしたら先輩は「しょうがねぇな…」と呟いて、と私の名前を呼んだ。え、もしかして本当に彼女にしてくれるのかな?ようやく夢にまでみた先輩の彼女になれるのかな?淡い期待で胸が躍る。
「は、はい!」
「ほらよ」
「んぐっ」
ドキドキドキと胸を弾ませていたのに、突然やってきたそれに、私はむせそうになった。はい、と口を開いた瞬間に、口内に飛び込んできたのは、さっき私が買った幻のパン。口内に少しスパイシーなそれの味が広がる。美味しい…。じゃなくて!
「赤也ひぇんはい、私の話聞いてまひたか…!」
「あーもううるせぇな」
「うるへえじゃはくて!」
とりあえず口ン中の飲み込め!と指示されてしまったので、私は一旦口の中のそれを嚥下する事にだけ集中した。もぐもぐゴックン。と何度か咀嚼を繰り返して飲み込んでから、再度チャレンジだ。
「彼女にしてよ!私こんなに頑張ったよっ」
「んー…」
そうすれば先輩は思案顔をして、あごに手を当てて、辺りを見渡す。それから、ポツリ。と次の悪魔の言葉を呟いたのだ。
「デケェ胸」
「…は?」
「やっぱ女は巨乳じゃねぇと」
先輩の視界にいるのは、ドアからちらりと見えた、(多分二年生の)女の先輩。思わず、呆けてしまった。「やっぱ谷間は無いと」感心しながらその女の先輩を見つめて、それからようやく私の方に視線を移した(正確には、私の胸、をだ)それから、ふ、っと哀れんだような目をした後、あの悪魔のスマイルで一言。
「、せめてDカップくらいにはなってくれよな」
「…!!!」
「さすがにAは無い」
彼女にするにはそれくらい無いと。なんていうものだから、私は言葉を失ってしまった。盲点だった!ま、まさか赤也先輩が巨乳好きだとは思わなかったのだ。次の指令に、私は次こそは無理かもしれない、と心の中で思う。だって、だって…身長は牛乳で伸びた。でも、こればっかりは成長しなかったのだ。でもだからって訂正したい。
「…………赤也、先輩の………」
カタカタと手が震える。それからキっと睨んで、
「赤也先輩のバカ!私、Bカップだもん!!」
言って、走り出した。ああもう、次のは本当に難題だ。どうやったら胸って大きくなるんだろう。廊下を駆け巡りながら、そんな事を思う。
こんな調子じゃまだまだ赤也先輩の彼女にはなれそうにない。
うう、ひとまず、友達にどうやって胸大きくするか聞こう!
そう決心して、私は自分の胸を見下ろして、谷間、谷間!と心の中で呟いた。
― Fin
あとがき>>巨乳の上限がわかりません。
2008/06/21