先輩の言う事は、私の絶対。結局、どんなに理不尽な事言われたって、なんだって、先輩がやれって言えば、私に拒否権なんてない。



デビルな先輩




高校1年の春。私はようやくあの時言われた指令をクリアする事に成功した。
Dカップ、長かった。入学式の日、式が終わったと同時に私は先輩の教室へと全力疾走で向かった。

「赤也先輩っっ!」

バン!と勢い良く教室のドアを開け放って、大好きな大好きな先輩の名前を呼べば、先輩が面倒くさそうに振り向いた。
それから「入学おめでと」と素っ気無さそうではあったけれど、お祝いの言葉を貰って私は更にテンションが高ぶる。
勿論入学もおめでたいことだけれども、今回はもっとおめでたいことだ。先輩の前に立ちはだかると、ずいっと胸を張って強調。

「約束!D!」

どうだとばかりに胸を張り上げ、得意げに先輩を見下ろした。すると先輩は至極面倒くさそうに私の胸を一瞥すると「ふぅん」と呟いて、先ほど見ていたノートに目を移した。
「ちょっと!赤也先輩!!」黙っていられるわけがない。Dカップになるという目標を作らされてから丸三年かかったのだ。
お陰で青春の一ページ(どころか100ページくらい)損したと言っても過言ではない。もう、高校ではそうならないようにと一生懸命色々『胸が大きくなる為』の雑誌やらなんやらを試して、ようやく此処までたどり着いたのだ。(その間にも勿論色々試練はあった)

「赤也先輩、ちゃんと見て!本物!頑張ったの私!」
「へー」
「へーじゃなくて!しかも、高校入学、首席!私の挨拶聞いてくれた!?」

先輩から出された使命と言うのは、高校入学首席で合格しろと言う何ともハードな条件だった。
新年早々遊びに来てくれた?なんて喜んだ私に笑顔で下された命令。『それくらい、楽勝だろ?』なんて言われちゃったら頑張るしかない。
普通エスカレータなんだから、下手な事しなければ前々余裕の試験だったのに、私は何が何でも!と本気で頑張って、そして見事首席に選ばれたと言うのに…。目の前の先輩の言葉を待てば、

「面白味に欠ける」
「いやいや、面白味とかじゃないと思いますけど!ウケ狙ってないですから!」

至極面倒くさそうに先輩は一言言うと、ポケットから携帯を取り出してカチカチ操作し始める始末。
ちょっと、凄く今更ではあるけれども、先輩はあまりに私の実績に興味薄なんじゃないだろうか。「赤也先輩!」もう一度先輩の名前を呼ぶけどももう先輩は私のほうを見てくれなかった。でもだからって此処で食い下がるほど私の根性は弱くない。今日こそ、約束を守ってもらうのだ。

「いい加減彼女にして!」
「あー無理」

私はこの三年間、努力に努力を重ねて、いやそれを言うならもっと前から7歳の頃から先輩のためだけに頑張ってきたのだ。先輩の彼女になる!それだけを目標に全部頑張ってきた。
嫌いな食べ物も、好き嫌いする奴はありえねえよなとか言われたから頑張って克服したし、勉強だって隔てなく出来る。(一番は英語だ)ロングヘアが良いといわれてから綺麗なキューティクルを残しつつサラサラを保っているし、テニスが出来る子が良いといわれたので中学三年間ずっとレギュラーで、最後は部長の座まで登りつめた。

「一体何が無理なのっ!」

此処まで努力したのだ。生半可な覚悟じゃ出来なかっただろう。これで、気まぐれとか言われたら私はどうすれば良い。勿論そんな回答では納得出来ないし、金魚の糞をやめるつもりもない。すると先輩は「あー…」と声を漏らした。瞬間、私の後ろから「赤也くん」と鈴のような声が聞こえてきて、先輩はその人を見ると私には向けてくれない笑顔を作ったと思うと、私の名前を呼んだ。

「彼女、出来ちまったし」

死刑申告とでも言うように、笑顔でバッサリ言いやった。先輩に紹介された『彼女』はほんのり頬を紅色に染め、にっこりと微笑む。自己紹介をされて、私はもはや呆然とするしかない。とりあえず多分、私も自己紹介をしたような気がする。

「赤也くんから話聞いてるよ。くんの妹さんなんだよね?」

ふふ、っと笑う顔は凄く可愛い。今まで先輩に彼女が居なかったわけじゃないが、今回も凄く可愛い。でも、だからってまさか今じゃなくても良いんじゃないか。私は彼女をじっと見つめる。性格の良さそうな女の人だ。でも、でもでもでも!

「…失礼ですけど」

じっと見つめる。彼女は?と小首を傾げて私を見つめた。そんな表情も多分男心をくすぐるのかもしれない。

「Dカップですか?」

私の一言に、彼女はポカン、と言葉に困っているようだった。反対に携帯を構っていた先輩の手が止まると、「」と呆れたように顔を上げる。だって、納得行かない。絶対Dは無いと思うのだ。

「だって先輩言ったじゃん!『やっぱ女は巨乳じゃねえと』って!」
「いつの話だよ…」

あの一言を私はきっと生涯忘れる事は無いのだろう。今でも鮮明に覚えている。あの時の屈辱は忘れない。「三年前だよ!」と間髪居れずに突っ込むと先輩は呆れたようにため息をついた。それから彼女の手をぐいっと掴んで

「あんなん時効だろ、じこー。恋愛っつーのは胸じゃねえよ?」
「ちょ!アンタがそれを言うか!それを言いますか!?」

何だか凄く哀れんだような表情で見つめられた私はどうすれば良いんだろう。明らかにイジメてる側になってしまっている。いわば、悪役ポジションである。彼女さんは不安げに先輩を見つめていた(多分彼女のコンプレックスなんだろう)が、先輩がその視線に気づくとにっこりと笑って「今は違うし」と上手い事フォローを入れて安心させてやる。
本気で、居場所が無い。
カタカタと全身震え上がるのが解った。哀しかったわけじゃない。ただ、悔しい。それでも先輩の事好きな自分が。

「―――!ぜぇぇぇぇぇぇぇったい諦めませんから!」

捨て台詞にも似た台詞を(いや寧ろ捨て台詞なんだろうけど)吐いて、私は教室を飛び出した。
勿論、漫画で良くある、ヒーローがヒロインを追いかけて「おい、待てよ!」的な展開にはならなかった。
目標達成と同時に、何度目かの失恋。そんな、最悪なスタートで幕を開けた高校生活初日。





― Fin





あとがき>>不憫なヒロイン
2008/09/09