私の好きな人は一個上の先輩で、かっこ良くて、先輩の周りにはいつも沢山の人だかりが出来てしまうほどの人気者。そんな先輩に恋をして、月日はめぐり、高校一年の冬。あの時感じた先輩のイメージは、ずいぶん変わった。
…先輩は、悪魔だ。



デビルな先輩

〜恋人達のメリークリスマス?〜



カリカリ、カリカリカリ。
無機質な音が部屋中に小さく響く。休むことなく続く、カリカリカリという音は他でもない私が出している音だ。問題を読んで、答えを導き出す。また問題を読んで、答えを空欄に書き示す。
何度続けた作業であろう。単純な基礎問題から応用まで一通りやり終えると、次の段階。幾度と無く繰り返しているが、だんだん私もやるせない気持ちになってきて、ずっと動かし続けていたペンをピタリと止めた。

「おかしい!」

まるで大砲発射!と言った風にひときわ大きな声で叫ぶと、同じ室内に居た先輩をキっと睨んでまた再度叫んだ。あくまで知らぬ振りを決め込んでいる先輩。でもそんなのに負けるほど私はか弱く出来ていない。

「おーかーしーいー!赤也先輩!」

机から先輩の距離まで四つんばいで近寄って先輩の袖をぐいぐいと引っ張ると、先輩はうっとうしげにようやく私を見た。それから、『服が伸びる』と心底嫌そうな表情を露にしたかと思うと、べしっと私の鼻をバチリと叩いた。今ので絶対私の鼻低くなった!と文句を口に出せば、元から大して高くねえじゃんと更に冷たい言葉。

「むう…」

むくれてみるが先輩はもう私なんて見てなかった。TVに釘付けなのだ。「早く勉強しろよ」と咎められるが、私はもう十分すぎるほどやってると思う。
ひらひらと手のひらであっちいけのサインをされて、私は頬を膨らます。でもやっぱり先輩はこっち見ない。
私はもう一度先ほどまでやっていた問題集に目を通した。
…理不尽だ。
今やっているのは英語のテキスト。ただし、高校二年生用である。まだ習った事ない範囲を、先輩の教科書を見ながらえっちらおっちらとやっているのだ。理由は簡単、先輩が英語苦手だからだ。
時期は冬休みに突入していた。わっほいわっほい!と浮かれた先輩の元にやってきたのは中高と共に部活の先輩であった真田先輩だ。
高校でもまた新部長に任命された先輩の様子を見に来たそうだった。そして、浮かれ放題の先輩にキツイ一言。

『去年は英語を残して補習をさせられたそうだな!新部長になったのだから他の者の手本になるように、直ぐに課題を終わらせろ!!!』

それはもう、地響きが鳴るんじゃないかというくらいの音量で怒鳴られたらしい。
そんなお達しで、先輩の浮かれてた気分は台無しになり、そして、今日の朝、私のところにメールが来た。

『死ぬ』

と一言。誰だって、そんな事書かれてたら驚く。そんなに何か思いつめるような事があったのかと考えるに決まってる。そして私の行動は決まっていたのだ。すぐに駆け出して先輩の家に直行した。
すると、姿を現した先輩は別段変わった風もなく「よ!」なんて片手を挙げて元気ピンピン。理由を聞けば英語が出来なかったからだと言う。
そして、私が何故かやらされてる。はじめは一緒にやっていたのだけれど、がやった方がはえーじゃんと何故かテキストを渡されて…。


つーか、なんで私こんなに先輩に甘いんだろう。


なんかもう本気で泣きたくなって来る。そんな私をよそに、先輩は特別番組を見てぎゃははと笑ってる。ほんと、いいご身分だと思う。
でもそんな俺様なところも好きだと思ってしまう自分はきっと末期だろう。

だって、嬉しかったのだ。

『もう!私じゃなくて先輩彼女いるんだから彼女に頼んでください!』
『は?もう別れたし』

別れたし、別れたし、別れたし。と頭の中でエコーしたあの言葉。そして、その後に続いた先輩の一言。

『それにの方が良い』

きっと、利用しやすいとかそういう理由だとはわかっている。いや、期待するだけ無駄だ。それでも、他の誰でもなく私を選んでくれた事が心底嬉しかった。それだけで私今日を生きられそうだ。しかも今日はクリスマスイブ!恋人達の最大イベント!これは何かドッキリがあるかもね★といきり立ったのは、朝の事。
かれこれ、もうずっとこの調子だ。
あま〜い空気なんてこれっぽっちも流れません。

「おかしい!赤也先輩これおかしいよ!?」
「うっせーってだから」
「うっせーってだからじゃなくて!おかしいでしょうよ!今日は聖なるクリスマス!イブ!イヴなんだよ!せっかく二人っきり、密室ドッキリきゃ!なのに私は一人勉強してるの!?しかも私の勉強じゃなくて赤也先輩の課題!」

朝からのストレスは予想以上に溜まっていたのだろう、耳元で先輩に怒鳴り散らすと、先輩は本当にイヤッそうに私を見つめ、はあ、とため息を吐いた。いやいやいや、ため息尽きたいの私のほうなんですけど。あなたぎゃははって笑ってたじゃないのよ。無言で訴えると先輩はようやくTVを消して私に向き直る。

「何がしたいんだよ」
「彼女にして!そんでイチャイチャしたいです!」
「ムリ」
「なんで!」

即答で帰って来た答えに納得できないのは私だ。ズズイと近寄れば、先輩がはぁとため息をつく。さっきからため息つきすぎだよ!と言いたくなったが私はジトっと先輩を睨む事しかしなかった。そうして、ねえなんで?と目で訴えてみると。

「ねえ、なんでダメなの。何がダメなの。何が足りないの?」

ずいずいずい、とようやくDカップになった胸を強調するように近づいてみる。けれども先輩はやっぱりどこか余裕綽々の顔。

「何がって、こうして密室で二人きりだと言うのに、俺にお前をどうにかしようと言う気が全く起きないと言う事はもうそれだけでだめだろ」
「んな!」
「そもそも色気が足りない。欲情しない」

遠慮の無い言葉がどんどん私を奈落の底に突き落とす。
さすがに、それはヘビィーな内容だ。けれども、此処で引き下がるわけにはいかない。何年越しの恋だと思ってるんだ。

「欲情してよ!!!」

今の私に出来る精一杯のアピールだ。恥も外聞も全て拭い去って、先輩の右手をむんずと捕まえて自身の胸に押し当てる。

…………………。

時が、止まった。

勢いでしてしまったはいいが、此処からどうすればいいのか。そして、先輩の手は一向に動く気配も無い。先に進むわけでも、かといって拒絶するわけでもない先輩の真意が、良くわからなかった。
触れられてる部分が熱くなってくる。どうしよう、どうしよう、どうしよう。本気で恥ずかしくなってしまって、今や先輩の顔が見られない。
必然と私はうつむく形になってしまった。そうすれば、はあ。って、また先輩のため息。

「ほんと、お前何がしたいんだよ」

ほんの少し私の胸に触れている先輩の手のひらが動いて、思わず反応してしまう。無意識に顔をあげると、先輩の目と私の目がかち合った。

「赤也、せんぱ」
「何?そんな俺に抱かれてぇの?」

にやり、とまるで面白いおもちゃを見つけたような。いや、違う。まるで獰猛の獣ような…でもどこか妖艶を帯びた瞳に、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
自分から仕掛けた事だったけれども、ほんとどうしていいか分からない。そうすれば、先輩はぐいっと私の腰に左手を回すとあっという間に私を引き寄せてしまった。あとちょっとで唇が触れる距離。
ドキドキドキと胸が高鳴って、ぎゅっと強く口と目を閉じた。そうすると、視覚が失われた事で聴覚が敏感になり、先輩の吐息や服がこすれる音がリアルに感じ取れるようになった。
けれども今更目をあけられない。先輩の近づく気配を感じ取って、私の身体がこわばるのが分かった。それから、唇に何か触れる感触。

「ばーっか」

えっ???

思わず目を開けると、どうやら唇に触れたのは先輩の口ではなく、指だった。きつねの形をさせた先輩の指がまっすぐに私の唇に止まっている。
事の次第がわからなくて私の頭には疑問が浮かぶ一方だ。

「誰がお前に手ぇ出すか」
「なっ」
「かちこちに固まった女なんてつまんねーっつーの」

それから欠伸を一つ。

「ま、もう少し色気っつーの勉強して俺を誘惑できるくらいの魅惑の女になれたら、相手してやってもいーぜ」

小ばかにしたように先輩は意地悪く微笑むと部屋から出て行ってしまった。

…また、からかわれた。

てんで相手にされていなかったことに羞恥で顔が赤くなるのがわかる。つまり、アレだ。私の胸触ってもぜんっぜん欲情しねえんだよこのくそがきが。とでも言いたかったのだろうか。
く、くやしい。

「お、お、お、乙女の純情もてあそぶなーーーーーーーーっっっ!!!」

高校一年の十二月。また一つ新たな目標が出来てしまった。
…絶対先輩があっと驚く凄い女になって、骨抜きにしてやる!そう心に誓ったクリスマスイヴ。
まだまだ甘い一夜はおあずけのようだ。





― Fin





あとがき>>何気に好評につき、クリスマスネタ。赤也が最低ですみません。そして裏を期待した人いたらすみません(笑)所詮あたしには裏はムリってことですよ(開き直り)
2008/12/24