私の好きな人は一個上の先輩で、かっこ良くて、先輩の周りにはいつも沢山の人だかりが出来てしまうほどの人気者。そんな先輩に恋をして、月日はめぐり、高校一年の冬。あの時感じた先輩のイメージは、ずいぶん変わった。
…先輩は、悪魔だ。



デビルな先輩

〜ファーストキスはチョコの味〜




「よっし!完成!」

ふう、と一息ついて完成したそれを見て、うんうん、自分で言うのもなんだけど、ほんと上出来じゃない?いつでもお嫁さんになれるんじゃない?てゆうかむしろ今すぐパティシエにでもなれちゃうんじゃない?ってくらい、おいしそうなチョコレートケーキ!ハート型のケーキにはおっきく『LOVE』って書いて、誰がどう見ても本命チョコでしょ?ってくらい気持ちタップリのチョコケーキ。うんうん、すっごくおいしそう。先輩に前に女が料理作れるのはポイント高いって言ってからそりゃあもう頑張ったさ!そのおかげでこれだけおいしそうなケーキが作れたんだからちょっと先輩に感謝だ。
てゆうかこれで断られたら私は間違いなくキレる。
前もって買っていた箱に形を崩さないように慎重に入れる
これで明日学校で渡せば完璧!普通のチョコレートとは比べ物にならないくらいのインパクトがなかったら、印象に残らないもんね!
明日は2月13日。バレンタインデー前日だけどしょうがない。なんせ、14日は土曜日で学校が休みなんだから。ダメ元で先輩に「14日会いたい!」って言ったけど、部活だってスッパリ断られてしまった。
てゆうかさ、先輩ってほんっといけずだよね。私がこうして恋い焦がれてると言うのに、全然余裕なんだもの。追いつけた!って思ったら、するりと逃げちゃう。そこで諦められない自分…

「…何年も思うけど、本当なんで私赤也先輩の事嫌いになれないんだろう」

お世辞にも私に対しての先輩の態度は、良いとは言えない。むしろ年々悪くなる一方と言うか。あれは絶対ドSよね!ってくらい意地悪だ。人の困った顔を見るのが大好きな悪魔だ。それなのに、嫌いになれない。それだけ本気ってことだ!ってポジティブに考えてはいるけれど。

……

「でも、いい加減、私だってさぁ…こんな中途半端、やめたいよ…」

これじゃあほんとにヘビの生殺しだ。犬がおなか好かせてる前でおいっしそうなご飯を前に「待て!」ってお預けをくらってるようなものだ。「はあ…」出てきてしまったため息にはっと気づいて、「ダメダメ!前向き前向き!」気合を入れて、さあ明日は頑張ろう!





てことで、13日当日。昼休みに先輩のところに行ったら、もう、吃驚してしまった。人気なのは、知ってたけど…知ってたけど!もしかしなくてもあの囲まれて見えない人って人だかりの中心地って先輩じゃない?…こうも現実をつきつけられると、なんか…圧倒されそうになる。
はっ!ダメダメ!弱気になっちゃ!すぐに考え直してさあ出陣!大人のお姉さま方に負けないようにちょっとすみませんねって人と人の間を縫って入り込んでいく。もちろん、手には昨日作ったチョコレートケーキを落とさないように慎重に慎重に!ようやくたどり着いて、「赤也先輩!」名前を呼んだ。
そしたら、机の上にはチョコの山。可愛くラッピングされたチョコらしきもの。でも、綺麗さなら負けない!ずいっと前にやってきて、先輩の目の前につきだした。

「私からの気持ち!」
…お前…何このでかいの」

そしたら、デタって顔されて、いやいやそうな顔が私を見上げた。
聞かれたからには答えるべく、声を張り上げて「チョコレートケーキだよ!」って言ったら更に眉間にしわが寄って

「なんでこんなでけぇんだよ」
「愛情の大きさです!」
「いらね」
「はっ?!」

聞き捨てならないセリフに私は思わず大声で叫んだ。だって、おかしい!他の子達の義理チョコ(中には本命もあるだろうに!)は受け取ってるっていうのに、てゆうか毎年チョコ好きだからまあ貰ってやるわーみたいな感じでなんだかんだで受け取ってくれてたって言うのに(人が本命だって言ってんのに無理やり義理にして!)今、それなのに先輩…なんていった?

「だから、い ら ね え」

わざわざ強調して区切って言ってくれてありがとう。わーなんて先輩優しいの…っ、私、感動しちゃう…!

「って!そんなわけあるか!!なんで、なんでよ!?なんでいらないんですか!!!」
「馬鹿かお前!こんなでけえのいるわけねえだろうが!カバンにも入らねえしケーキなんて安定の悪いもん今もらっても困るだろうが!」

びしびし!って私の額を叩いて、丁寧にケーキの箱を突き返された。ひ、酷い…。これはマジで酷いよ。
でもだからってここで去ったら女がすたる!絶対受け取らせてやると意気込んだ

「ちょっと!一年邪魔!」

にも関わらず、私は『断られた女』として処理されてしまった。先輩だろう女子がどん!って私を突き飛ばして今まで私のいた場所を奪い取ってしまった。負けるもんかと思ったときにはもう遅く、あれよあれよという間に逆流に乗って、私はすでに蚊帳の外。わいわいきゃーきゃーと先輩に群がる女の子達。私の手には渡せなかったケーキ。

……一生懸命、作ったのに。

さすがに、ちょっと…泣きそうだ。

キーンコーンカーン、グッドなのかバッドなのかわからないタイミングで予鈴が鳴って、私は自分の教室に戻らなければならない。
本当ならこのチョコレート絶対おいて行ってやる!って思うけど、早く戻らないと遅刻扱いになってしまう。それは先輩の指令を破ることになってしまうから。…納得はいかないけど、行くしかない。
後ろ髪引かれる想いで教室を後にしようとした瞬間「」って先輩の声が聞こえた。振り返ったけどでも私の目に映ったのはやっぱりさっきと変らない光景。
…空耳、かな。呼びとめてほしいって、嘘だよって言ってくれるんじゃないかって言う願望が幻聴を呼んでしまったんだろう。









「…世の中のバレンタインなんて、なくなってしまえ」

放課後になったころには私はやさぐれていた。思いっきり。
何がバレンタインだ、何が気持ちを伝える日だ、なにが女の子の日だ!何が、「待ってるだけじゃなくってあげにいこう!」目指せ逆チョコ!だ!(ニュースでやってた)こんな日に浮かれちゃってばっかみたい!…そんなこと思っても、ただの負け犬の遠吠えにしかならないのは知ってる。
でも、やさぐれたくもなる。
放課後、再度チャレンジして先輩のところに行ったのに、すでに先輩いないし。テニスコートに行ったらいつも以上に凄い人だかりだし。…入るすき、なし。しかも私の昼間の行動はかなり噂になってるらしく、

「あのチョコレートを断らない切原赤也にばっさりいらねえって言われた女」

で有名だ。一日でこんなに有名になれる人、いる?くっそぉ…。そのせいで、先輩方から「フラれたんだから早く帰っちゃいなさい」なんて余裕な笑顔で軽く突き飛ばされて、よろけた瞬間ケーキは落とすし最悪だ。「まあ、もう受け取ってもらえないんだから良いんじゃない?」ケラケラ笑ってた先輩達が憎らしい!くそう!自分は受け取ってもらえたからって!でも受け取ってもらっても「本命」にしてもらえなかったら意味がないんだからね!捨て台詞を吐いたけど…でもどう考えたって、ランクはあっちのほうが上だ。

「…ヤバ、…ほんと、泣きそう」

どんなに嫌がられたって、どんなに冷たくされたって、それでも…完璧拒否されたことはなかったのに。
それが長年の私の「告白」の返事の答えなの?「ごめんなさい」ってことなの?…そう思ったら泣けてくる。じわり、目に浮かんだ涙に、はっとなる。
だめ、泣いちゃ。絶対泣くもんか。

ビービー泣く女ってうぜー

先輩が言った事だ。ここまで来ても先輩が言った事を守ろうとしてる自分ってホント馬鹿みたい。情けない。さい、あく。
膝に置いたチョコレートケーキがすごくかわいそう。先輩のために、って考えながら作ったケーキ。行き場をなくしちゃったね?
ほんとうはこのリボンも先輩が引いてくれるはずだったのに。…しゅるりと青色のそれをほどいて、静かに開くと…見事に形が崩れてる、ケーキ。あの時だ。ハート形のそれは欠けてしまっていて、まるで私の気持ちみたい。生クリームを人差し指ですくって、口の中に運ぶ。甘い甘いチョコレートの味。でも全然あまい気分になんてなれない。
てゆうかほんと、ロンリーバレンタインって、こういうことを言うの?ほんと今のわたし可哀想じゃない!?悲劇のヒロインぶるつもりは毛頭ないけどでもそんな気分。崩れたかけらを一つかみして、口に入れる。

「うん、やっぱりおいしい。ほんと上出来じゃない?いつでもお嫁さんになれるんじゃない?てゆうかむしろ今すぐパティシエにでもなれちゃうんじゃない?ってくらい、おいしいチョコレートケーキ!私の目に狂いはなかったわけだ。ほんとおいしー。こんなおいしいケーキを赤也先輩は食べれなかったなんてほんとかわいそーマジうま、めちゃうま、ばりうま!」

一人でそんな事を言う私はほんとすっごく怪しい人かもしれない。でもこうでもしないとやってられない。くそう、この気持ち、どうやって解消してやろうか

「あーあー!赤也くんももったいないことしたよほんと!こーおんな料理上手な女の子からの本命チョコが食べられないなんて!」

赤也君、中学入る前はそう呼んでたのに、いつの間に先輩って呼べって言われて本人に向かって呼ぶことはなくなってしまったけど、こうして時々出てしまう。まあ、そんなことどうでも良い。「ほーおんともったにない!」大きな声で言ってやる。ちょっと空しいけど、声に出すとちょっとすっきり。

「…つーか、そんなでけえ独り言吐く女はやべえって」
「え!?」

振り向いた先には…噂をしていた本人で。なんで…って見つめると先輩は私の膝の上のそれを見下ろして、

「誰の許可得て食ってんだよ」
「え…はっ?」
「それ、俺のだろうが」
「え、だ、だって…赤也先輩いらないって」
「…はあ?お前マジ人の話きかねえのな。お前が帰る間際呼んで言っただろ」

呆れた表情を見上げて…思うのは昼間の事。やっぱりって声は空耳じゃなかったんだ。
はあ、って先輩はため息をつきながら私の隣に腰かけた。「すっげーぐちゃぐちゃじゃんよ」これが料理上手の女の出来かよ、ハンって鼻で笑われて、カチン。

「んな!違うもん!出来た時はすっごく綺麗だったの!そりゃあもうほんと食べるのがもったいなーーーーい!ってくらい上手な出来だったんだから!」

でも途中でアクシデントがあったというか…ごにょごにょ。必然的に声が小さくなると、先輩がまたはあってため息をついて、私の頭を小突いた。

「ばーか、だから言ったろ。こんなでけーもん持ってくるからわりいんだって」
「…だって」
「大体、お前いっつも家に押しかけて来てたじゃねーかよ。だから昼間『今もらっても困る』つっただろうが」
「……え」

はあ。三度目の大きなため息。素っ頓狂な声をあげて先輩を見上げると、呆れた顔が飛び込んでくる。

「馬鹿は馬鹿なりに、素直に言う事聞いて明日持ってくればよかったんだよ、馬鹿」

大体、バレンタイン当日の予定聞いてたのはどこのどいつだ。お前ならぜってえ明日渡しに来るかと思ったのに。ストーカーだから、お前。

って、かなり失礼な言われようだ。ポカン、としてたら、先輩の手が私の膝に伸びた。正確には膝の上のチョコケーキに、だ。ひょいっとお世辞にもお行儀の良いとは言えない行動だったけど、今の先輩の言動についていけない私は黙って先輩の動作を見やる。先輩の右手には私の作ったチョコレートケーキ(の塊)が掴まれていて、それがおっきな口に入り込んだ。それから指についたクリームを舐めとって

「あまっ」
「……」
「マジ良かった、こんなん部活前に食ってたら胃もたれするっつーの」
「………」
「つーかケーキなんてすぐ腐りそうもんをこんなでっかく作りやがって、俺をメタボにさせる気かっつーの」
「………」
「……、お前聞いてる?人の話」

ひょいっと顔が近づいて、ようやく私は我に返った。う、わ!キス出来そうな程近い距離に吃驚して声をあげたら、「色気ねえ」なんて呆れられてしまった。だ、だって!こんな急に顔が近づいたら、吃驚するっての!だってだとか言い訳をしようと口を開いたけど、「こんなんでビビってる女にキスなんてしようって男いないから安心しろって」って先輩の言葉に遮られた。
なんとなく、ム。

「別に、ビビってなんかないもん!ただ赤也先輩のそのもじゃい髪の毛が顔にかかって吃驚しただけだもん!悪いけど、12月のまんまの私だと思ってたら大間違いなんだからね!キスごときでビビるって、いまどき中学生でもそうそうないよ!」

……………何、言ってるの、自分。いくらムっと来たからと言って、こんな嘘がぺらぺら出てくる自分の口が恐ろしい。彼氏いない歴=年齢が一体どの面下げて。先輩を追っかけるだけで精いっぱいの自分がキスの経験を語ろうなんて、何万年早いんだよ!てゆうか、ファーストキスもまだなくせに…!でも言ってしまった言葉は取り消せなくて、

「は?お前彼氏出来たの?」

先輩も、どの面下げてそんなこと言えるのよ!私が先輩大好きなのは知ってるはずなのに、なんって小悪魔なの!思わず沈黙。
そしたら先輩はそれを肯定ととったのか、ふーんって、ちょっと不機嫌?な、感じの声。「ちょ、赤也、先輩?」恐る恐る名前を呼ぶと、ぐいって腕とあごを掴まれて、じっと先輩と見つめ合う形になる。

「むかつく」

ちょ、一体何が?近い距離でそうドスの聞いた声が耳に届いて、そして、更に、先輩との距離が近づいて。

―――ゼロに、なった

……………え、ちょ、何が起きてますか、一体。ショートしてしまった脳みそでは判断が、つかない。ただ、茫然と目をつぶることも動くことも出来なくて、本当に呆然としてしまっていたら、すっと、唇が解放されて、それから、唇をぺろりと、舐められた。
そこで、ようやく「動く」っていう動作を思い出せたみたいで、思いっきり先輩から顔を離す。

「ちょ、ちょ、、ちょ!?」
「あめー」

さっき私の唇に触れたであろうものは多分先輩の唇で、そして私の口を舐めたのは今自分の舌舐めずりをしてる先輩自身の舌で。顔が、馬鹿みたいに熱くなる。
そしたら私の態度に気付いた先輩が、ニヤリとあの意地悪な顔を向けて

「こんなん、どうともないんだろ?」

って、余裕綽々に言うんだ。「な、な、な…っ!」すでに冷静じゃいられない私の腕を更に先輩は引っ張って、せっかく離れた顔がまた近づいて、先輩の息が耳にかかった。びくり、反応してしまう。

「俺に嘘つくがわりーんだよ、ばーか」

それから、すっと立ち上がってスタスタ歩いて行ってしまう。数歩歩いたところで、先輩が立ち止まり、振り返った。

「ほら、早く来いよ。こんな寒い中でケーキ食わせる気かよ」

ほらね、やっぱり私は先輩の事嫌いになんてなれないんだ。





― Fin





あとがき>>2時間で書いたネタ。色々変だけど読みなおしてる暇も、時間もないのでもうこのままアップ。例の如く赤也が酷くてスンマソン。ハッピーバレンタイン!!
2009/02/14