長い長い廊下。 そこを私は何故かただのクラスメイトの切原くんと歩いている。 スっとまっすぐな 視線 「保健室、行こうぜ」と切原くんの口から出たとき、思わず『有り得ない』と思った。失礼だけれど、切原くんは優しいってイメージが全然無かったからだ。切原赤也と言う人物に対して殆ど何も知らないけれど、噂で「キレると怖い」とかそういうことを聞いていたからだ。勿論それはただの噂だし、信憑性があるのかって言われると私も押し黙ってしまうのだけれど、確かに彼はキレやすい、とは思う。納得がいかないことがあると良くヘソを曲げているのを目撃するからだ。 普段は明るく楽しいムードメーカー的存在だと思う。が、気分の上下が激しいんじゃないかと、私は思った。この切原赤也と言う少年に対して。 飄々と歩く切原くんを目の前に、私は廊下を歩きながらそんなことを分析していた。保健室までの道のりはそう遠くではないのに、凄く長く感じる。それは彼と私が全然親しい仲じゃないというのが関係しているんだと思う。この沈黙が果てしなく重い。彼はそう思わないのだろうか?てゆうかなんで私を保健室に連れて行ってくれるのだろうか。疑問ばかりが頭の中で飛び交っているが、私の小さな脳味噌ではそれを消化できることは無い。気分、だろうか?一番安易な考えが頭の中に出来上がった。 というかそもそも、連れて行ってくれるのならば、着くまで何か喋ってくれたりすれば良いのに。そんな他力本願なことを思う。でも、だって、気まずい。かと言って自分からは喋ったりなんかできるわけが無い。 必然的に沈黙と言う手段を取った私の心は気まずさだけがあった。だけど気まずく思っているのは私だけのようだ。切原くんを見れば、なんでそう平然としていられるのかわからないくらい冷静だ。 ペタペタペタと、履き慣らされた靴の音が廊下に響き渡る。周りには沢山の人がいると言うのに、リアルに私の耳に届いたのだ。 保健室に着いたのは、それから数分経った後だった。これほどになく長い道のりだったように感じる。思わずため息を吐きたくなるほど気まずかったが、保健室まで来ればもうOKだ。先生もいるし、切原くんも役目を終えましたと言わんばかりに帰っていくだろう。そのときに「ありがとう」って言えばいいだけの話。何も困ることなんかない。私の頭はこの先に起こるシチュエーションのシュミレーションを行っていた。絶対そうだって疑わなかったのだ。 だって、まさか。 「あれ?せんせーいねーじゃん」 だって、まさか。・・・先生がいないなんて、誰が予想しようか。ドアが開いたにも関わらず人の気配はなし。いつもならば用事があればドアの前に「不在、用件は職員室へ」と書かれた札が掲げられている筈なのに。 こんなこと、予想してないんですけど・・・!突然の事態に頭が真っ白になりそうになる。けれども、やっぱり切原くんは普段どおりで(と言っても切原くんの普段をあまり知らないのだけれど)先生が居ないとわかったにも関わらずズカズカと室内に入っていく。え、良いの?良いの、ねえ?私は切原くんの言動に驚きを隠せない。動けないままで居ると、前を向いていたはずの切原くんがぐるりと振り返る。 「何やってんの、早く入れよ」 まるで自分の部屋のように言ってしまうから戸惑う。けれどもずっとこのままで居るわけにも行かず、結局私は促されるまま保健室へと入っていった。やっぱり誰一人居ない。普通の教室とは違う独特の匂いを感じながら、私は辺りを見渡した。そうして、二人っきりだと言う現状に気づき、・・・私はようやく今までの疑問を口に出した。 「どうして、連れて来てくれたの?」 それは常々不思議に思っていたことだ。だって、私と切原くんとの接点なんて同じクラスというだけだ。同じ部活に入っているわけでも、席が隣だと言うわけでもない。いわば本当に赤の他人なのだ。それなのに、何故?ずっと拭えなかった疑問点を問いただすと、切原くんがにぱっと笑った。・・・笑顔を向けられるのも多分初めてだ。 「ちょーっとに聞きたいことがあってさ」 「私、に?」 言いながら、切原くんが私との間合いを詰めてくる。え、何かしちゃったんだろうか?不安が過ぎる。スタスタとなんの迷いもなく近づいてくる切原くんを、怖く感じた。笑ってるのに、怒ってるみたいな感じ。じりじりと後ずさりするけれど、そんなのじゃ時機にに追いつかれてしまった。ぐっと肩を掴まれる。 「アンタさ、何でいつも俺を見るわけ?」 そして、発された一言。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 思わず、素っ頓狂な声が漏れた。だって、言ってる意味が解らなかったからだ。何言っちゃってるの、この人。と正直思ったけれども、切原くんの顔を見れば真剣そのものだ。じっと見つめる・・・と言うよりは睨んだ瞳が真っ直ぐと私を貫く。だけども私は切原くんを見ていたなんてこと、特別無いわけだ。 「見てないよ!」 だから、言ってやったのだ。そうすれば今度は切原くんが「は?」って言う番。だけれど直ぐに「嘘つくなよ」と否定されてしまう。でも、だって・・・本当に身に覚えが無いのだ。それを肯定するわけには行かない。どう言ったら信じてもらえるんだろう。考えていると、また切原くんが喋り始めた。 「さっきだって見て来たじゃん」 さっき?その言葉に多少の引っ掛かりを感じる。さっき、と言うことは昼休憩中のことを指しているんだろうと気づいて、考える。そして、答えが出た。多分あの時だ。視線を感じて辺りを見渡したとき。確かに、切原くんと目が合ったような気がしないでも、ない。 「確かに、目が合ったかも・・・しれないけど!でも私、別に切原くんを見てたわけじゃあ・・・」 言いよどんでいると、切原くんの顔つきがちょっとだけ変わったように思う。もしかして、かなり失礼なことを言ってしまったんじゃないか、私は先ほどの自分の発言を思い返して不安になった。あ、ヤバイ。凄く失礼なことかもしれない。それに気づいて、黙ってしまうと、切原くんがぽかん、とした顔のまま喋り始めた。 「え・・・んじゃあ・・・マジで、たまたまだったわけ?」 俺の勘違いっつーやつ?と言葉を連ねていく切原くんの言葉の最後に私は戸惑いながらコクリと肯いた。悪いけど・・・本当に勘違い、なのだ。突如、大きなため息を吐く音が聞こえて切原くんを凝視すれば、切原くんは乱暴に頭を掻いた後、また大きくため息をついた。 「あの、私、もね・・・最近誰からかわからないんだけど・・・視線、感じるんだ。それで、視線感じたときに周りを見渡して・・・それで、多分切原くんとも目が合ったんだと思うんだ」 何故、そんなことを切原くんに言ったのかは良くわからない。何も関係が無いんだから言わなければ良かったのかもしれないとも思う。だけれども、こうして誤解させてしまった以上、言ったほうが良いのかもしれないと言う選択肢があったから、話してしまったんだと思う。自分の自己分析を兼ねて最近の「視線」について話し始めた。すると、驚愕的な事実。 「あ、それ俺」 ・・・・・・・なん、だって?開いた口が塞がらないとはこのことだと感じる。だって、さっきまで「何で見てくんだよこのやろう」って言ってた(そこまでは言ってないけど)本人が、私を見ていた?・・・それって結局「視線」の犯人は、今目の前にいるこの切原赤也氏ってことになるわけなのか?・・・だんだんわからなくなってきて、私は頭を抱えた。「え、え」と整理しきれない感情を胸に抱いて、言葉にならない声を出すだけだ。そうして、くしゃっと髪の毛を掴んで切原くんを見つめると。 「ちが!あのなあ、言っとくけど、ストーカーじゃねえぞ!?俺はが俺のこと見てんだって思ったら、気になって、その・・・!」 しどろもどろに話し始める切原くんをただ、ぽかんと見つめる。だって、どう反応すれば良いのかわからない。リアクションに困るのだ。誰もストーカー?と不安に思ったことなんて無かったわけだし、勿論切原くんの視線だったとしても気持ち悪い!とか思ったわけじゃない。でも必死こいて弁解しようとしている切原くん。何を言いたいのかいよいよ持って解らなくなって、小首を傾げて見せた。 「つ、つまり!その、なんだ・・・、だから!」 「だから?」 「・・・・・・のこと、目で追っかけてる自分が居たんだよ!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? 「・・・・ええっと・・・つまり・・・」 つまり、つまり、今の切原くんの言動を分析すれば、その台詞の真意は・・・。 「・・・・・・どういうこと?」 私には理解できなかった。許容範囲超えちゃったわけだ。明らかにアホ面下げて言えば、切原くんが愕然と口を開いた。「あ、今コイツ馬鹿だ」って思われたかもしれない。かもって言うか実際思ったに違いない。顔に書いてある。でも、だって・・・解らないんだから仕方ないじゃないか。 結局何が言いたかったんだろうか。切原くんの言った台詞をもうちょっと詳しく考えてみる。深慮すれば何か変わるのかもしれない。そして、数秒考えて出た結論。 「つまりは・・・こうして誤解も解けたわけだし・・・今日から視線を感じることは無くなる、ってこと?」 言ったら、突然のため息。しかもめちゃめちゃ大きい、気がする。切原くんは思い切り脱力すると、恨めしげに私を見た後、もう一度ため息をついた。・・・何か、失言だっただろうか。えっと・・・と、何も言いたいことは無いのに、とりあえず声に出して、私は視線を彼方へ飛ばす。 痛いほどの視線が降り注がれるけれども、さっきの私の言動にどこか悪いところがあったかなんて解るはずも無い。結局暫くの間目を泳がせた後、ふうと息をついて、切原くんを見やった。それから、「ごめん、わかんない」・・・と何故か、頭を下げてる自分。てゆうかこれって私が悪いわけ?それさえも解らなくなってる。でも目の前の彼は完璧に怒ってるのだから、結局私はヤバイことを言ってしまったんだろう。ちろりと切原くんの視線を遣わせると、切原くんが私の視線から逃れるようにそっぽを向いた。 「だから、俺は・・・いつの間にかのことが気になって仕方なくなってたってこと、だよ!」 ・・・それって、それって? 「・・・切原くん、私の事好きなの?」 勘違いだったら、笑えるんだけど。でもそうとっても可笑しくない言動だったと思う。私の発言の後、切原くんが勢い良く私を見て、口早に叫んだ。 「バッ・・・バッカじゃねえの!お、前自意識過剰!」 「え、あ、ご、ごめ、ん!」 凄い剣幕の所為で私は無意識のうちに謝っていた。けれども言った本人の切原くんを見れば、ほんのちょっぴり紅い頬。・・・でも、違ったらしい。そう思ったら、何故か、残念だなって思ってる自分に気づく。何でそこで残念?自分の感情に疑問ばかりが募る。・・・この感情って、もしかして 「私は、切原くんのこと好きなのかも」 独りごちた言葉に反応したのは他でもない切原くんだ。「はあ!?」とまるで化け物でも見るかのような顔つきで私を凝視する。咄嗟に出てきた台詞に驚いたのは自分も一緒だ。まさか、こんなこと言うつもりは毛頭なく。 「え、あ、いや!違・・・!」 慌てて否定するけどもうすでに遅い。さっきまでの紅い顔は何処へ消えてしまったのか、いまや切原くんの顔は自信満々って表情。「やっぱそうなんじゃんよ」とどこか得意げに言われてしまって、黙る。 「やっぱお前俺の事好きだったんだろ?」 ふん、と鼻にかけた台詞。普通ならカチンと来るんだけど。でも何故か素直に肯く自分が居た。 「・・・うん、そう、かも」 視線が合うって、お互いが気にしてる証拠なわけだし、もしかしたら無意識のうちに私も切原くんを追っていたのかもしれない。 「うん、・・・私、切原くんのこと、好きだ」 こんな始まり方の恋愛も、あるのかもしれない、よね? ― Fin |