「…今日はいつにも増して大収穫ですねえ」
部活が始まる数分前、両手に抱え込んだそれを見て、一つ年下のマネージャーが感心したようにそう言い放った。
てかさ、ちょっとでもやきもちとか妬いてくんねぇの?…無理な話だけどな。
君の好きな子
2st**丸井ブン太の場合:「遠まわしすぎた言葉」
「昨日の放送、聞きましたよ?」
そう言われて、俺は昨日の出来事を思い出しながら、「あー」とどうでも良い様に呟いた。まあ実際どうでも良かったのかもしれない。昨日の放送、とは昨日のお昼休憩の話のことだ。なんでも今、放送部の間で新しい企画が立ち上がったらしく、その名も「知りたい聞きたい尋ねたい!」とか言う企画。何でも毎週一人が、放送部が事前に取ったアンケートを元にそいつに皆に代わってインタビューするって奴。初めは普通に学年クラス名前と自己紹介から入って、前回の人との間柄の説明(前回の人が最後に来週の奴の名前を指名するシステムだ)、それからさあ本番。事前に取っていたその人物に対してだけの質問をされて、答える。まあ、これは放送しちゃやばいだろ、的なものは本番前に放送部が確認してなしかありにするか決めるらしいが。
俺も例にも漏れず10問の質問に答えさせてもらった。初めは昔はどんな子だったとか、テニス以外の趣味はとか。まあそんな感じの質問から入って、初恋はいつだの、それはどんな子だっただの、だんだんとそういう雰囲気に持ち込まされた。何かそういう予感はしていたけれど、最後の質問はやっぱりというか、案の定と言うか、「好きなタイプ」についてだった。それについて、俺はこう答えたのである。
「物くれる子かなー。食べ物類だとなお良し!」
それから話が飛躍して今好きな子がいるのか?とか聞かれたけど、もう10問経ったよなーとかなんとか言って誤魔化した。そして最後に回す人って奴でここはジャッカルで!と指名してコーナーは終わったわけである。
それのことをは言っているんだろう。
次の日、つまり今日なのだけれど、その放送を聞いたのか、今日はいつにも増して物を持ってくる子が多い。中には手作りとか入ってたり。
…両手に抱えきれなくなるほどのそれを俺は鞄の中に仕舞うと、未だに感心しているに視線を向けた。…つーか、別に憧れられたいわけじゃないんだけども。「それ、全部お菓子ですか?うわー」なんて声を上げながら、ポカーンと俺の鞄に釘付けの。何か面白くないわけである。
俺が好きなタイプについて、あえて「物くれる子」と答えたのにはわけがある。目の前にいる、に対してちょっとしたアピールだったのだ。本当は好きな子いる?の発言に対して頷ければよかったのかもしれない。だけどそれじゃあ迷惑になっちまうし、あの一言でどうにかわかってもらえたら良いなぁーとちょっとした期待を込めていた。―――んだが、どうやら甘く見すぎていたらしい。全然伝わってない。
作戦失敗か…と一人考えていると突然「あ、でも」と喋りだす。ん?と顔を上げて続きを促せばはもう一度俺の鞄を見た後、小さく苦笑して、俺の最も恐れていた一言を言い放った。
「それだけお菓子があったら、あたしのは要らないですよね?…そんなに食べたらいくら丸井先輩だってお腹壊しちゃいますし」
…って、え?関係なくね?次の俺の言葉は決まっていた「はあ!?」と大声で言いやると、の目がぱちくりと吃驚したように動いたのが解る。それから俺の名前をたどたどしく呼ぶのだ。「どうしたんですか…?」と控えめな台詞も付け加えて。―――どうやら、本当に甘く見すぎていたらしい。俺は額に手をやって、昨日の言葉を後悔した。伝わってないどころか悪影響っぽい感じだ。いくら、周りから甘いものいっぱい貰ったって、いくら周りが何かくれたって、一人の子からもらえないんじゃ意味が無い。本当に欲しい子には何も伝わらないんじゃ言ったって仕方ねぇんだよ。
「なんで!」
「え、だって…さすがに、身長が随分違う仁王先輩よりも太っちゃったら危なくありません…?」
多分、マネージャーとしてコイツは優秀なんだと思う。選手一人ひとりの体調管理、それにも気を遣ってこそ真のマネージャーって奴なんだろう。そういう点では完璧だ。だけどは女の子としてはちょっと半人前。男心を全く理解して無いと思う。…まあ変に理解して回りくどいことされるよりは良いけど。そんな俺は駆け引きとか、苦手だ。何事も直球のほうが嬉しく思う。そう言ったら仁王に「丸井はまだまだじゃのう」なんて悟ったような言い方されたけどな。
「だから、コレは没収です」と今日持ってきていたお菓子を袋を自分の鞄の中に仕舞いこむを見て、俺はぐいっと彼女の腕を掴んだ。
「そんなん関係ねえよ!俺は、のが欲しいんだよ!」
そして思わず、言ってしまったんだ。だんだん顔が赤くなるのがわかる。うわ、思わず言っちまったけどこれって結構ハズイかもしんねぇ。を掴んでないほうの手で自分の顔下半分を腕で隠すような仕草をすると、が「丸井先輩?」と不思議そうに言った。掴んだ手をゆっくりと放す。勿論、「わりぃ」って言葉も付け加えてだ。でもはそんなの気にして無いのかううん、と首を左右に振ると、にこっと笑った。
あ、もしかして、伝わった…のか?
「…くれよ」
「……ふふ、」
可笑しそうに笑うにはもう俺のプライドなんて無いに等しい。天才的なことなんて言えやしなくなる。本当はヤキモチ妬かせたい筈が俺のほうが振り回されんだ。…惚れられたもん勝ちってやつだよな、くそう。
ぶっきら棒に言いやってのほうに手を差し出すとが一度俺の手に視線を向けたのが解った。それから、また俺に向かって笑うんだ。
「…ほんと、しょうがないですね、丸井先輩は」
「…うっせ。俺は」
お前からいっつも何かしら貰うから、物くれる子って言っただけであって、…まあ、貰ったら嬉しいけどでも誰でも良いわけじゃないんだって。―――そう言えたら良かったのに。「先輩?」と無自覚な上目遣いは俺の一大決心を鈍らせる。次に出てきた言葉は言いたいこととは全然関係ない「なんでもね」って一言だった。…なんか俺の前じゃあ最高にかっこわりぃ気がする。
はあ、と力ないため息が俺の口から漏れた。すると。
「…はい、先輩」
どうやらはさっきのため息を「食べ物がもらえないこと」でついたものだと勘違いしたらしい。目の前に差し出されるちっちゃなチョコレート。今日のお菓子はこれってわけか?と思考をめぐらしているとが口元に人差し指をやって、いたずらっぽく笑った。
「それ、1個しか無いんです。だから、他のヒトには内緒ですよ?」
ふふっとあどけない笑顔で笑う。その言葉は何故か俺だけ「特別」って言ってくれてる気がして、顔が赤くなる。おう、って言いながら皆にバレないように何気なさを装ってチョコレートを受け取った俺はそれをジャージの中のポケットに入れ込んだ。
…もしかして、脈アリって奴か?を見れば嬉しそうな笑顔がそこにはあって。え、もしかして?と思うと、自分まで笑っちまう。あーもう、今はバカップルの気持ちがちょっとわかっちゃったぜ。自分でそんなこと思うなんて考えてもみなかったけど、ならアリなのかもしれない。ちらりとを見て、…ちょっと素直になってみっか。そう思い名前を呼んだ。
「なんか、先輩って小さな子どもみたいですね」
…正確には、呼ぼうとした、だ。俺の声は今のの声に遮られて紡ぐことが出来なかったわけである。くすくすと口元に手をやる仕草つきで笑うに、言いたかった言葉が言えなくて。……確か、口元を隠して笑うって仕草は、相手に心を許してないって意味だって柳が言ってた気がする―――今思い出さなくても良いそのときの柳の言葉と柳の顔を思い出した。
「は?」数秒遅れで出た言葉は、素っ頓狂なそれで。は無防備な俺の顔を見てまた楽しそうに笑ったあと、ちょっと困った顔をして。
「だって、何か…お菓子あげるからおいでって言われたら誰にでも着いていきそうですもん」
きっかり5秒。沈黙して、ようやくの言葉を理解して。今度は「はあ!?」との台詞に続けた。そうすればがちょっとだけ吃驚した顔をして、「やっぱり怒っちゃいました?」なんて言うけど、そこに悪びれた風は無くて。「当たり前だ」って言いながら俺はの髪をくしゃっとかき回した。
「う、わ!丸井先輩!髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃいますよ!」
「トーゼンの報いって奴だろぃ?」
「わーわーごめんなさいー!」
「心が篭ってねぇ却下!」
の頭に腕を回してぐりぐりと頭をかき続ける。勿論、赤也にするみたいに本気じゃなくって、ちゃんと手加減して。俺の腕に収まってるを見ればちゃんとそれが解ってるみたいで、笑顔だ。…多分、コイツは気づいてないんだろう。俺が、こうしてに触れるだけでガラにもなくドキドキしちまってるなんて事。それをお前に気づかれたくないから普通がってるけど内心慌ててるなんて事。絶対は解ってないはずだ。
真っ直ぐにきちんと整えられていたの髪の毛はいまやぐちゃぐちゃになっていて、鳥の巣状態って言葉がぴったりだと思った。俺はそれを2,3度直すように掻くとようやくを解放した。
「もう…」なんていいながら離れるにハハって何でもなく笑う。手ぐしですぐ元に戻るところから、柔らかい髪質だってことが頷ける。「戻しちまうの?」と冗談っぽく笑えば「当たり前です!」と頬を膨らませて、あっという間に元に戻してしまった。
さて、そろそろ部活が始まる頃だろう。ボーっと考えていると、の顔が近くにあることに気づいた。「う、お」と声が漏れたのは不意打ちだからだ。そんな俺の反応にちょっとだけが笑って、それから、上目遣いのまま口を開いた。
「でも、本当に。知らないヒトにはついていっちゃダメですよ?…いつもお菓子あげるのがあたしだから良いですけど、気をつけてくださいね?」
……それは一体どういう意味だろう。後半部分に聞こえた台詞と、のほんのり赤い顔ばかりが気になって、何もいえなかった。は言ったあと、「さ、仕事仕事!」なんて言ってすぐに俺に背後を向ける形で走っていく。
……もしかして、あながち…勘違いじゃなかったのかもしれない?
―Fin
あとがき>>君の好きな子、ブン太編。20.5巻を見て、あ、じゃあブン太で。と簡単に2番手決定。ほんとは薫ちゃんにいこうと思ったんだけどね。初めに出来上がったのがブン太だったので。…ほんとはギャグにしたかったんですけどちょっと無理だったようです(笑)
2007/04/27