「リョーマ君の好きなタイプってポニーテールの似合う子なんだよね?」
部活の休憩中切り出したのは俺より一つ上の先輩。突然の一言に思わずスポーツドリンクが器官に詰まりそうだった。つかなんで先輩がそんなこと知ってんの。
君の好きな子
1st**越前リョーマの場合:「生じやすい誤解?」
「誰から聞いたんスか」
俺の中ではある程度予想は出来ていた。きっと桃先輩か英二先輩あたりだ。前にそう言う話になったことがあるからだ。そうすれば先輩は一瞬きょとんとしてにぱっと笑うと、俺の予想した人物の前者を名指しした。やっぱり、と言った気持ちが顔に出ていたのか先輩がちょっとだけ眉を下げて笑った。
「でもリョーマ君ファンの子が聞いたらみんな一斉にポニーテールになっちゃうんだろうね?」
ふふ、っと可笑しそうに笑うを見て、俺は帽子のツバを下げて顔を隠すと「似合わなかったら意味無いけどね」と素っ気無く答えた。そうすれば先輩はまた一瞬キョトっとして、「手厳しいなぁ」と苦笑をする。そんな先輩を見ている俺。…先輩は気づいてないんだ。俺が、先輩のことを好きなんだってこと。本当はポニーテールが似合えば良いなんて思ってるわけじゃない。先輩の髪型が部活中になるとポニーテールになるから、だ。勿論ポニーテールは良いと思うけど、誰でも良いんじゃなくて、先輩がそうするから英二先輩達にそう答えたまで。この話をしたら、桃先輩も英二先輩も一発で先輩のことだってわかったみたいだけど、どうやら先輩はそうは行かないようだ。…ま、知ってるけどね。
そういう鈍感なところも好きなんだ。先輩の好きなところを上げたらキリが無いほど、俺はきっと先輩のことが好きなんだろう。悔しいけど、凄く。
先輩は今日もゆらゆらとポニーテールを揺らしながら、屈託無い笑顔を俺に向けた。「ツインテールとかはどうなの?」とどうやらこういった話が好きらしい。うきうきした様子で、俺の隣に腰掛けた。ツインテールって結局は二つ結びのことだろ?と曖昧な答えを心の中で出すと、俺は首を横に振った。…まあ先輩がするっていうのなら良いと思うけどね。……相当溺れてる。そこまで考えてどれだけ先輩のことが好きなんだよとちょっとだけ自嘲。隣でそっかーなんて言いながらコートの方を真っ直ぐに見ている先輩。
「ポニーテールって馬の尻尾って意味なんだって知ってた?」
そう問いかけられたのはそれからすぐだ。ピンと立てられた人差し指を一度目にして、俺は先輩の顔を見た。そうすれば得意げな顔をして笑っている先輩の表情が目に映る。…でも先輩?何か忘れてないっすか。「知ってるッスよ」先輩の笑みに負けず劣らず挑戦的な笑みを返すと、先輩はハッと思い出したらしい。それから罰が悪そうに眉根を寄せた後。
「そういえば、リョーマ君帰国子女だもんね。…えーご得意に決まってるよねえ」
と苦々しそうな顔をした。ポニーテールってそのまんまじゃん…と一人ごちながら先輩は項垂れた。そんな彼女を見ているといつも思うことがある。…本当に先輩は先輩らしくない、と。初めて会話したときは、俺と同い年なんじゃないかと思っていたくらいだ。背丈だった殆ど大差ない。…そういうと、「私のほうが1センチ高いですー!」と頬を膨らませて抗議してくるけど。そんな仕草は更に子どもっぽく見せる要因なんだってこと、先輩は気づいているんだろうか?…多分、無意識。気づいてないに決まってる。年齢を聞いた今でも、戸籍間違ってんじゃないかって思うくらいだ。…普段の先輩は、だけど。そう、普段は、だ。時折見せる大人な笑顔や、部員達のことを気遣う態度を見ていると、ああ、やっぱ先輩なんだろうと気づかされる。まあ、普段が普段なためいつも忘れそうになるんだけども。
「先輩残念だったね」と言いながら不敵な笑みを浮かべると、先輩は恨めしそうに俺を見た。大きな目がうるうると震えているように見える。そんな先輩の視線に内心どぎまぎしながらも、平然を装う。…そんなことでガキ扱いをされたくないからだ(それでなくても1つ下だからガキ扱いされるのだ)
それから先輩はこのままでは納得がいかないのか「じゃあじゃあ!」って言いながら、俺のほうに体を向けると、両手をばたつかせ言葉を紡ぐ。…こういう落ち着きがないところとか傍目から見たら絶対1コ上なんかに見えるわけがないと思う。そんなことをぼんやりと思いながら少し高い先輩の声に耳を傾ける。フェンス越しから聞こえる女子の甲高い声とは違う、心地いい声。自然とスーっと入っていく音は気分がリラックスするような、そんな感覚がする。
「ズバリ!リョーマ君の好きな子がポニーテールだとか?」
…思わず、はっ?って言ってしまいたかった。でも何とか思いとどめた俺は多分凄い。怪訝そうに見やれば、にぱっと笑う先輩の顔があって。…鈍いんだか計算なんだか、良くわからない。いや、鈍いからこそ言える台詞なんだと思うけど。先輩の突然の言葉に返事するのも忘れてただぼけっと見ていると、嬉しそうに「どうなの?どうなの?」と話を急かす。…女って、こういう話凄く食いついてくると思う。先輩も例外ではなかったらしい。実に楽しそうに笑っている先輩の目が心なしか輝いているように見えた。
そんな先輩を見て、ふっと笑って言葉を紡ぐ。「さあね?」そう言ったら先輩はポカンと口を半開きにして俺を見た。…好きな女に向かって思うのもなんだけど、凄く間抜けな顔。え、と呆気に取られたらしい先輩は暫しそのまま固まって。
「え、いるの?」
そう言葉にした。その時間、推定1分。さっきの嬉しそうな声は何処に行ったのか、気の抜けたコーラのような声色に苦笑。まさかそういう切り返しが来るとは思っていなかったんだろうと予想される。先輩はさっきとは違ってちょっと難しいって言うような顔をして悩みだした。「誰なんだろう」とブツブツと独り言のように呟く姿を見て、本気で気づかないんだろうか?と思う。
知ってもらいたいような、知ってもらいたくないような。そんな矛盾した気持ちが俺の中にはあって、隣で考え込んでる先輩に「それ、アンタのことだよ」とは言えない。俺の気持ちを知ってもらって困らせてみたいような、でも悩ませたくは無くて。だけどその頭の中に「ただの後輩の俺」じゃなくって「男としての越前リョーマ」ってのを刻み付けたくて。
そんなことをぼんやりと思っていた。すると先輩の中で答えが出たらしい。ピン、と背筋を張ったと思えば、俺の顔をじっと見つめて、気づいちゃったかも…とちょっとだけ笑った。…その顔、反則。
でもきっとその答えが間違ってること、俺には解った。だってもしその答えがあっているなら、こんな反応取れていないに決まっているからだ。だけどそれでも「へえ?」と気づかないふりして挑発してしまうのは、先輩との会話を長引かせるため。だから実際先輩の想像する俺の好きな人なんてハッキリ言ってどうでもいいわけだ。
先輩は俺の「誰?」って言葉に「チッチッチ」と人差し指を振り子のように揺らすと、「まあ待て」と言った風に静止した。それからにっこと笑う。
「ただ答え言うだけじゃつまらないでしょ?じわじわ攻めていくから!」
と、嬉しそうな笑顔で答える。…多分、相当自信があるんだろう。俺はそんな先輩の言葉に「はあ…」と答えるしかなくて。じっと先輩を見れば、先輩は軽く咳払いを「ごほん」として、続けて「では」と言葉を並べると、人差し指をピンと立てた。
「その1、その人の髪の毛の長さは胸あたりだ」
その1ってことは何個もあるってことなんだろうか。ぼんやりと思ったあとで、先輩の質問についての答えを考える。降ろしているときの先輩の姿を想像して、まあ確か胸辺りだったことを思い出した俺は第一の答えにコクリと肯いた。そうッスね、と言えば先輩の表情がちょっと明るくなる。
「その2、髪の毛が茶色だ」
先輩の髪の毛をじっと見る。すると、先輩は「私の髪の毛は見なくて良いからー」なんて笑った。…て言うかだって俺の好きな人先輩なんだから見るに決まってるじゃん。先輩の言葉に本格的に先輩の想像する人と俺の好きな子は別人だと悟る。けども、途中で好きな人当てを中断することは出来なかった。…まあ面白半分もあったと思う。それからチラッとみた先輩の髪の毛を想像した。…黒髪に近いけど、光に当たると茶色っぽい髪質。その2の答えもコクリと肯いた。
「その3、その人のほうが身長が高い」
「…そうッスね」
「その4、実はおちゃめな部分も持っている!」
その2、その3、と自分の答えにどんどん近づいてると勘違いしている先輩は本当に楽しそうだ。次の質問を考えながら俺は面白いですと言った表情の先輩を見て、またその質問にもコクリと肯いた。…まあ、お茶目って言えばお茶目、な気がしないでもないからだ。そうすれば、先輩は「わお」と声を漏らして、「やっぱり私の想像したとおりの人かも…」と独り言を呟いた。…いや、違うから。とその独り言に心の中でつっこんだのは言うまでもない。
それから先輩は「じゃあラスト!」と声を張り上げると、真剣な瞳で俺を見た。その真っ直ぐさにドキドキしてしまって、俺は帽子を深く被ることで誤魔化した。
「その5、…その人は、年上である!」
その質問に、バッと先輩の方を見た。そうすれば先輩はどうやらあたりだと気づいたらしい。にまっと笑った先輩は自信満々な様子。だけど俺は内心心穏やかではいられなかった。もしかして、先輩は俺の気持ちに気づいているんだろうか?先輩じゃない風を装いながら、実は知っていたんだろうか、俺の想いに。そう思うと、5の答えにはYesもNoもすぐには答えられなくて、じっと先輩を見た。
俺が5コ目の質問にコクリと肯いたのはそれから数秒経ってからだ。そうすれば先輩は「そっか…」とまだ人物の名前を言っていないのに、どこか納得した様子だ。でもその言葉がどこかトーンの落ちたような印象を受けて、更に俺の予想が大きくなる。もしかして、気づいてるんじゃないか、って。先輩はどこか腑に落ちないみたいな顔をしていた。もし俺の気持ちに気づいていたと考えると、その表情は困惑に似ていて、その人物の名前が先輩だとしたら、俺は間違いなく6回目の肯きをするだろう。だけどきっと先輩の答えはNoなのだと思う。
どこか緊張した空気が流れて、先輩の茶色がかった瞳が俺を見つめた。それから先輩は重い空気のまますう、と息を吸い込んで、俺の名前を呼んだ。ドクっと心臓が一度大きく鳴ったのがわかる。
「ズバリ!その人は…」
緊張が流れる。緊迫した空気がなんとなく居心地悪くてなんか嫌だ。俺はポーカーフェイスを装って、じっと先輩を見る。すると、ゆっくりと先輩の口が動いてその人物の名前を告げた。
「竜崎、スミレ先生?」
……………………………。
…今、何言った、この人。予期せぬ答えに俺は暫し唖然とした。それをどういう風に捉えたのか、(まあ良いほうじゃないのは確かだ)先輩はハっと口を覆う。それから、俺の答えを待たずして、俺の手をぎゅっと握った。思いのほか大きな声で答えてしまったこと、後悔しているらしい。ぎゅうっとままの手にドキっとしてしまう。それだけでバカみたいに心が乱されて、否定することも忘れていた。すると、悲痛な表情をする先輩が目に映って。
「…難しいことだと思う。世間一般にはあまり快く思われないと思う。しかも竜崎先生既婚者だし、お孫さんまでいるでしょ?…凄く不利、だと思うの。だけど、」
「いや、て言うか先輩」
先輩の言わんとしていることに気づいて、ようやく否定しようとした瞬間、先輩は更に俺の手をぎゅっと握って「良いの、解ってる。解ってるよ」と俺の言葉を遮った。いや、全然わかって無いから。ふるふると首を振った先輩は更に言葉を続けた。
「私は、応援してるから…!…許されない恋かもしれない。だけど、想うだけは自由だと思うの。色々難しい恋だと思うけど、私はリョーマ君の味方だよ」
「いや、だから先輩」
このまま先輩を放っておいたら大変なことになると思った俺は更に声を大きくして先輩の言葉を遮った。だけど、俺の台詞を更に遮ったのは「休憩終了!全員集合!」の手塚部長の台詞。…て言うかほんと間が悪いって。
張り上げられた声に、先輩は、「あ、戻らなくっちゃね!」と俺の手を離した。それから、立ち上がった先輩を追うように俺も立ち上がる。それから俺の隣に居た先輩が俺の顔に近づいて。
「…わ、私誰にも言わないから!二人だけの秘密にするから安心してね!あ、の、アレだったら相談にも乗るし!」
そう耳打ちした。
……やっぱり先輩は先輩だ。ちょっとでももしかして…と思ってしまった自分を酷く恥じた。…俺が思うより先輩は手ごわいのかもしれない。
さて、どうやってこの誤解を解こうか、俺はコートに戻る間そんなことばかり考えていた。
―Fin
あとがき>>君の好きな子、リョーマ編。気づけばスミレちゃんもポニーテールだと言う事実。…ギャグを書きたいけどもやっぱりギャグは難しい。君の好きな子はシリーズにしてみたいなーなんて思っちゃってるネタ。さあて次のターゲットは誰にしようかな。と20,5巻を片手に考えてるあたし。
2007/02/25