辛いと思う恋愛ならするな。
泣くぐらいならきちんと行動に移せ。
そして、恋愛を、恋をしている時間を有意義に過ごせ。
これがわたしの、恋愛論。恋相談をされた時に言う、口癖となっている。
ワタクシレンアイ論
わたしは今、自己嫌悪に陥っていた。
ぽかーんとまるで穴のあいた空間と化してる教室に一人、椅子に座っていた。
「泣くくらいなら、相手に気持ちを伝えるべきだよ!何にもしてないのに、ただ泣いてやめるなんて、後悔しちゃうよ!」
そう言ったのは、ほんの数秒前。例の如く友達に恋愛相談をされて、いつものようにそう説教をかました。そうしたら、友達は泣いていた涙を、手の甲でぐしぐしと乱暴に擦り、笑顔を作る。「有難う!ちゃんに相談して良かった!」それからその素敵な笑顔で礼を言われて、それから彼女は教室から出て行った。多分、今好きな人のところにいるんだろう。これから告白タイムに入るんじゃないかと、時計を見ながらぼんやり考えた。いつも、何故か知らないけれど色んな友達に恋愛相談をされる。わたしにカツを入れてもらうとやる気が出るらしい。下手な慰めをしなくて、ビシィっと物を言ってくれるから、いいらしいのだ。この前なんか、全くの初対面の人にどうしたらいいですか!とか言われて困ったことがあった。別にわたし自身、男経験が豊富だとか、学校一のモテ女だとかそう言うわけじゃない。だからアドバイス出来る立場じゃないことはわかってる。皆に言っているのはただのワタクシ論だ。自分の言い分に過ぎない。だけど、友達から言わせればそれがいいんだと言う。だけど、やっぱり今日みたいにお小言なんかを零した日には、必ずといって良いほど自己嫌悪に陥るのだ。
「ただの口だけ女だしね」
口に出すと更にへこむ。そう、わたし自身口ばかりなのだ。口ではそんな偉そうなことを皆に言っている。だけどそれはやっぱり心の底でそれは他人のことだからって思ってるからだと思う。そりゃあ相談されたら親身になって訊いてあげたいし、その子のために何かしてあげたいと思う。だけど、それでも、だ。それでもやっぱり何処かで自分には関係ないって思ってるから、簡単に物事が言えるんだと思った。それが自己嫌悪の原因。そんなに簡単に言っちゃ駄目だとわかっている。それなのに、如何してもそれを言ってしまう。でも、いざ自分の番、となったら、同じようには行かない。
漏れるのは溜息。さっきの友達の笑顔が頭から離れない。ちょっと羨ましく思う。そう、わたしも今、恋をしていた。だけど、友達にアドバイスするように積極的な行動に移せずにいるのだ。そして、こんな風にアドバイスする立場に回ってしまっている為、友人に相談することも出来ない。だから、わたしが恋をしていることはわたししか知らないこと。秘密の恋と言えばかっこいいかもしれないけれど、わたしにとっては頭痛の種なだけ。前にも後にも進めずに、出口の無い迷路をぐるぐると回っているんだ。
情けない……
溜息をついて、机に突っ伏す。誰もいない教室が唯一自分に正直になれる場所だった。あんな偉そうなことを言ってる""からいつもの弱気な""に戻れる時間。アドバイスをしたあと、今まで弱気になっていた彼女達が、勇気を出して、立ち向かっていく後姿を何度も見た。そしてその度に思うのだ。羨ましいな。良いな。わたしもそんな風になりたいな。って。本当に言ってることが矛盾している。わたしも誰かに相談すれば、道が出来るだろうか。……少しでも勇気が出るだろうか。そう考えるけど、今までの態度・言動を見られている分、ぶっちゃけトークは無理だと悟る。本当は、誰よりも恋に臆病で、弱気で、駄目な人間。好きな人と話すことすらままならず、遠目で見ることしか出来ない自分。でも、諦める勇気も、先に進む勇気も持っていないのだ。本当、情けなさ過ぎて、泣きたくなる。
「?何してんだ?」
不意に名前を呼ばれて、心臓が飛び出るような感覚がした。ただ名前を呼ばれるだけならそこまで驚かない。声をかけてきた人物に問題があるのだ。わたしの額に一気に汗がにじみ出る。振り向きたいのに、振り向けない。返事をしたいのに、返事が出来ない。今にも泣きそうなこんな顔で彼に会うのは出来ない。
「……っ!?」
「無視すんなっつーの」
そうすれば、次の瞬間見えるのは、彼の顔。しかも覗き込むようにしている為にさり気なく上目遣いのドアップだ。ピキ、とまるで氷付けになったかのように動けなくなる。瞬きすることも忘れて。いや、彼の顔がこんなに近くにあるんだから瞬きするのも惜しくて。そのままの体勢で。必然的に彼とわたしは見詰め合うような形。
「〜?」
目の前の彼は不思議顔。きょとんとした少し幼い顔がわたしの瞳に映る。そんな表情一つでドキドキしてしまう自分は相当目の前の彼に惚れ込んでるんだと再認識する。
「どうした〜?おーい」
「ちょ、ち、近づいて来ないでよ!なんでもないわよ!」
更に近づいた顔に吃驚して、ようやく頭が働いた。働いた瞬間顔が急激に真っ赤になってそれが恥ずかしくて彼の胸をドンと押した。そうすれば彼は「なんだよー!」と少し不機嫌な様子。それもそうだろう。彼にとってはわけのわからないことなんだから。しまった!と思うものの、次の言葉が出てこない。ごめんね、も言い訳の言葉も。ただ空回りばかりを繰り返してる。「……ちぇ〜っ」ガシガシと自分の赤髪を乱暴に掻く。その様子を少し下の目線からさり気なく見た。それから何事も無かったように気にしない素振りで立ち上がる。そうすれば下から彼がわたしを呼んだ。
「もう帰んのか?」
「……うん」
ここで、バイバイ!って笑顔で言えたらどんなにいいか。だけど今のわたしには到底無理だ。うん、ってうなずけただけでも凄いこと。その次に続くバイバイなんて言えない。増してや笑顔でなんて言えるわけがない。
「って、俺の前じゃ笑わねぇよなー」
ふいっと背を向けた瞬間、背中越しにそんな声が聞こえた。焦った。困った。どういう反応示せば良いのか急なことで戸惑った。振り返ることも出来ず。無視して進むことも出来ない。ああ、どうしよう、なんて頭で考えるけど、答えなんか出てこない。八方塞だろうか。
「俺、嫌われてんの?」
嫌ってるわけじゃない。寧ろ好きだ。好きだから、何も言えなくなるんだ。だけど、そんなこと彼の知ったことじゃない。わたしだけにしかわからないことだ。それくらいわたしだってわかってる。わかってるけど、上手く対応できない。そこまでわたしは大人になれてないのだ。
「……?」
けど、まさか自分の態度で、彼にいらぬ誤解を与えてるんだとわかったら……。もしかしたら、この態度はマイナスなんじゃないか。って思ってなかったわけじゃない。いつも彼は朝会ったら挨拶してくれたし、一人でいるときは声をかけてくれた。みんな平等に。そんな風に、嫌な顔せずに接してくれてた。だけど、心の内ではそんなことを考えてたんだなと思うと、申し訳なさと自分の不器用さに嫌気が差した。やっぱり本人に「嫌われてるの?」って聞かれるのは、思った以上に辛い現実をたたきつけられたようだった。
「!?」
いつの間にかわたしの横から顔をひょこっと現した彼は慌てたように声をあげた。焦りを思わせる彼の言葉。何時の間にかわたしの目には涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうだった。それについて彼は驚いたんだろうな…。まるで他人事のように考えてた。
「わ、わりぃ!」
慌てて頭を下げる彼。勢い良く頭が下に下がってる為に、今の彼はわたしよりも目線が下だ。今の状況についていけなくて暫く目の前の光景をぽかーんとした顔で見やった。――――― そして
「あ、頭あげて!」
ようやく事態を把握できたとき、急激に罪悪感がわたしを襲った。咄嗟に彼の肩に手をついて。そして彼の肩に手を置いていると言う状況にどぎまぎして慌てて手を離す。もうちょっと彼の前では落ち着いたイメージを与えたかったのに、これじゃあ逆効果だと思う。それから彼がゆっくりと顔をあげて上目遣いでわたしを見た。瞬時に顔が赤くなるのがわかった。何だか気恥ずかしくなって今度はわたしが俯く。
「……あ、あの、丸井君……ご、ごめん、ね……?」
俯いたまま呟くのは小さな謝罪。彼に聞こえたのかどうかは定かじゃない。至極小さいものだったと思う。なんで、こんなときにちゃんと謝れないのか、自分が嫌になる。
「わ、わたし……」
言って、視界がぼやけた。また涙が出そうになったんだと悟る。ここで泣いちゃ駄目。そう決意して、目に力を入れてどうにか涙が零れ落ちないようにする。「わたし……」彼は何も言わない。きっと黙って訊いてくれてるんだと思った。緊張が流れる。いつもの教室のはずなのに、いつもとは明らかに違った緊迫感。今にも逃げ出しそうになる気持ちを押さえ込んで。でも、次の言葉が出てこない。緊張で、唇が震えて、声が出ない。
「!」
そうすれば、行き成り大声で名前を呼ばれた。びくっと反応。そうして彼は深呼吸!と言葉を続けた。心の中で彼の言葉をリピートして。落ち着かせるために一度大きな深呼吸をした。でもやっぱり駄目。ドキドキが止まらない。今にも心臓の音で潰されそうになる。
「もう一度、やってみろぃ!」
元気な明るい声が聞こえる。わたしの気持ちを察してくれてるのか、今度ははい、って合図までしてくれた。わたしはそれに合わせてもう一度深呼吸をする。そうすればまた、はい。と。それを幾度か繰り返した。彼の声とわたしの深呼吸する息だけが教室に聞こえる。
「じゃあ、最後。はい」
最後。と言われてさっきと同じように深呼吸をした。今までで一番大きな深呼吸。そうすればさっきとは違って、もう一つ混じる大きな息の音。彼しかいない。
「……落ち着いただろぃ?」
俯いた顔をゆっくりと上げて。ようやく見れた目の前の彼は笑顔。未だにどきどきは止まらない。だけど、さっきまでとは違うことは明らか。辛いと思う恋愛ならするな。泣くぐらいならきちんと行動に移せ。そして、恋愛を、恋をしている時間を有意義に過ごせ。ふと、いつものわたしの口癖を思い出した。今までいつも自分で言ってた言葉。今更の状況になって反省する。
「……わたし……丸井君のこと、嫌いじゃ、ない、よ?」
多分、彼には聞こえたと思う。目に映る彼は少し驚いたように目を真ん丸くさせ、わたしを見ていた。その表情に今まで隠していた想いが溢れ出る。
「……?」
至極小さな声だった。きっと彼と話した中で一番小さな声。だけど、一番本音の言葉。その言葉を呟いた瞬間にわたしは鞄を引っ掴んで教室を飛び出した。振り向かないで、ひたすら走る。長い長い廊下を全速力で。こけそうになった階段付近。それでもわたしは速度を落とさずに走った。
「おい!!」
彼の声が聞こえる。だけど、振り向かなかった。腕を大きく振って。
「……丸井君のことが、好き」
小さな勇気。大きな進歩。…明日、一体どんな顔して会おう?真っ赤に染まった頬に風が当たって冷たかった。
― Fin
2005/07/22