キミガスキ
今日は俺の十五の誕生日だった。でも誕生日だからって朝練が無くなるわけでも軽くなるわけでもない。強いて言うなら、俺のファンだって言う奴が誕生日プレゼントとしてお菓子をくれたり、テニスグッズをくれたりする。んでもって、放課後の部活後には小規模ではあるけどささやかな誕生会が開かれる。そこで、レギュラー陣一人ひとりからプレゼントを貰って家に帰るんだ。家に帰れば親が用意してくれた俺の大好きなご馳走とでっかいケーキが待っていて。そんで毎年の誕生日は終わる。
それだけで十分だった。
誕生日って言うのは一年の中でどんな我儘を言っても許される日だと思ってる(まあ例外はあるけどな、何事もほどほどが大切だと思うわけ)だから毎年四月に入ると自分の誕生日がすげー待ち遠しくなってたんだけど。けど、今年だけはちょっと違う。勿論朝来たら例の如く俺のファンだっつー奴らが沢山菓子をくれたし、毎年恒例行事になったレギュラー同志での誕生会も今、行われてる。その際に仲間達一人ひとりからプレゼントも貰った。後は家に帰って親が用意してくれたちょっと豪華なご馳走とケーキを食べて、部屋に入ってもらったプレゼントを開ける。プレゼントの大半ははっきり言ってお菓子だ。多分その理由は俺が前にお菓子をくれる子が好きだ!って言ったことにあると思う。この日だけでかなり菓子代が浮くからラッキーだ。そんなことを思いながら床について毎年の誕生日は終了。今まではそれで十分だった。幸せだった。…けど。だけど、今年は物足りない。これだけじゃ満足できない。その理由は。
「は?」
ただ今、部活後の誕生会最中。持ち寄った食べ物を口に頬張りながら俺は誰に言うでもなく(強いて言うなら此処にいる奴全員に)ポツリと問いかけた。「」って言うのは俺たちテニス部唯一の女子のマネージャーだ。いつもならこういう席には必ず出席するマネージャーだけど、今日はその姿が見えない。初めはそのうち来るだろうって思って待ってたけど、いつまで経ってもやってこなかった。そんで俺は痺れを切らして聞いてみたってわけだ。
「先輩?えっと先輩ならちょっと今日は生徒会の仕事でどうしても抜けられないって」
まだ生徒会室にいると思いますよ。とカラアゲを頬張る赤也。それを訊いて、思わず耳を疑った。は?仕事?ふざけんなってな。だって、そうだろぃ?今日は俺の誕生日で、すげー楽しみにしてた日なのに…。はっきり言って、この誕生会を思いついたのはだった。折角仲間になったんだから誕生会しよう!そう言ったのは一昨年のこと。レギュラーに選ばれた奴らだけしか出席できない会だったけど、それでもはレギュラーに選ばれなかった奴らにも誕生日になると「おめでとう」と言う言葉とほんの気持ち程度のプレゼント。そして「次は誕生会開こうね」と言う言葉を送る。遠まわしなレギュラーになれるように頑張って、と言う応援だ。だからたとえ平部員だったとしても欠かさなかった誕生日。それなのに、今日、俺の誕生日にいない彼女。
なんか、これってすげー酷くねえ?
が生徒会の書記に属してるってのは勿論周知の事実だし、選ばれたからには一生懸命やってる姿も勿論何度か見てる。いつも仕事が入ると部活が終わったあとに学校に残って作業しているのも知ってる。たかが誰かの誕生会と大切な学校の仕事。どちらを取るかっつったら勿論大切な仕事を取るに決まってる。そういう奴だからこそ、俺は好きなんだけど。けどさあ、何かちょっと…違くね?
「俺、ちょっと行ってくるわ」
「は?行くって何処に」
思い立ったらなんとかって言うだろ?俺は迷わずに部室のドアを開けて外に出た。誰かが俺に対して何か言ってたけど聞き返すのもめんどくさい。俺はその言葉を無視して、足を進めた。勿論目的地は、生徒会室。会いたい、と思ったんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
学校に入ると、蛍光灯はついているもののあたりは結構薄暗かった。まあ、外を見ればわかると思うけどまだ四月。あっと言う間に日は落ちるわけだ。今も既に夕焼け空にはいくつかの星。勿論普通の生徒は帰宅した後なわけで、必然的に学校内はしんと静まり返っていた。生徒会室の階まであがってもそれは変わらなくて、部屋の明かりは消してある。けど、一つだけ、明々と照らされた部屋。当たり前のことだけど、生徒会室だ。俺はなるべく音を立てないように静かに部屋のドアを小さく開けた。そうすれば、いた。一生懸命仕事をしているの姿がそこにはあった。って言っても、俺のほうから見えるのはの後姿だったけど。の横に見える山済みのプリント類を見れば頑張ってるのは解る。部活の後に、頑張ってやっていたんだろう。俺が笑って誕生会に出てる間に…。そう思うと胸が熱くなった。俺は音を立てないように扉を更に開けた。小さく音が鳴ったけど、は気づかなかったらしい。ほっと安心して、一歩部屋に足を入れる。それからゆっくりと静かにに近づいた。まだ、は気づかない。すぐ後ろまでやってきた俺は足を一旦止めて、上からを見下ろした。パチンパチンと、数度音が鳴る。勿論俺が鳴らしてるわけじゃねえから、そう考えると音を出しているのはになる。…ホッチキスの音だった。きっとこの莫大なプリントを止める作業中なんだろう。こんなのほかの生徒会メンバーにでも任せりゃ良いのに。俺は半ば呆れて、の作業を黙ってみていた。今持っているプリントを止め終わるまで、だ。そして、それが終わるのはすぐ後のこと。また新たなプリントを止めようと手を伸ばす。その瞬間を狙って。
「だーれだ」
「ひゃあ!」
の作業を止めて、俺は自分の手での目を塞いだ。いきなり真っ暗になった視界に驚いたらしい。
声色まで変えて問いかければ大きな声が上がった。それから数秒の沈黙。
「ブン太、君?」
それから紡がれるのは俺の名前。ちゃんとわかってくれたことが嬉しい。俺は正解!っていいながらの目を隠していた手をどけて、顔を覗き込む。そうすればは一気に安心したのか、にこっと笑いかけてくれた。俺もつられて笑う。けど、すぐにの表情は戻って、不思議な顔をして見せた。
「あ、あれ?でも…誕生会は…?」
今、最中だよね?と困ったように俺を見上げる。「いねーから抜け出した」って何にも無かったかのように言って見せると、はきょとんとした顔をした。それから、プッと吹き出す。クスクスと笑いながら続く言葉は。
「主役がいない誕生会なんて聞いたことないよ」
片手で口を隠しながら控えめに笑う。それからはまた元の作業に戻ってしまった。なんか、ちょっと納得いかねえ。俺はすっと手を伸ばしての身体を包み込んだ。俺よりも小さい身体が一瞬びくっと震える。
「なあ、仕事、終わりそうかよ」
「…え、うーん…どうだろう、な…」
もうちょっとかかるかも、と苦笑しながらも困惑してるような返答。困らせてんのは紛れもなく俺なんだけど、ちょっとくらい困れば良いと思う。だって、今日は俺の誕生日なのに、こんな仕打ちってねえだろぃ?更にの身体を抱きしめて、髪の毛に顔を埋める。シャンプーの匂いだろうか、甘い香りがした。
「俺、からまだプレゼント貰ってねえんだけど」
「え、あ、」
鎖骨辺りに腕をやって頭と頭をコツンと合わせて。そうしたらの耳がほんのちょっと赤くなった気がした。言葉に詰まってるのか、単語が出てこないのは照れてるから?
「あ、えっとちょっと待って、ぷ、プレゼント、だよね…っ」
ようやく出た言葉と同時に、するりと俺の腕から抜け出して、鞄を開ける。温かさが無くなった俺の腕がちょっと淋しい。じっとの行動を見ていると、鞄の中から出てくるのはシンプル包みのプレゼント。それから俺の目の前までやってきて、にこっと微笑む。
「えっと、誕生日、おめでとう」
ブン太君、って名前を呼びながら差し出されるプレゼント。俺はそれを受け取って。
「そんだけ?」
「え…」
勿論これも欲しかったものだけど、それだけじゃねえ。目の前にはの困り顔。他に何を渡せば?って感じの表情だ。俺はもう一歩近づいて。
「俺、が好きだぜぃ」
突然の告白。言った直後、は今まで以上に顔を真っ赤にさせた。それから私もです。と小さな告白に、心の中でガッツポーズ。もう一歩近づいて、顔を近づける。紅い頬に手を寄せて、さあキスする五秒前。最高の誕生日になった。
― Fin
2006/04/20