私の大好きな彼の口癖は「天才的」
どこでもかしこでもガムを噛んでいて、大好きな味は「グリーンアップル」
私に向けてくれる笑顔はそりゃあもうかっこよくって。そんな彼にゾッコンなのですが。
そんな彼の秘密を…私は知ってしまったのかもしれないと、一人悩んでいるのです。



ガム好きの、謎





私には恋人が居ます。付き合い始めて、早いもので二ヶ月が経とうとしています。私の彼は、私より一つ年上で現在、三年生。受験を迎えながらも、大好きなテニスを頑張っています。勿論、大好きと言うくらいなので所属している部活もテニス部です。ウチの学校のテニス部(主に男子テニス部)は強豪といわれるほど名高く、全国大会常連校。しかも二年連続優勝を勝ち取るほどの強い部活です。彼はそんな部活のレギュラーで、同じ学年の桑原先輩とダブルスを組んでいます。先輩の得意とする妙技は自分で言うくらい天才的です。そんな凄い人と私は付き合っているのです。

出会いは、本当に偶然の重なり合いでした。その日は天気予報では降水確率二十パーセントと言う低確率だったにも関わらず、放課後には大雨が降っていました。私は用心深い母の忠告をきちんと聞いていたため、折り畳み傘を準備していたので、それを広げて帰ろうとしていました。そのとき、隣で大声が聞こえたのです。吃驚してそちらの方に視線を向ければ、そこに居たのは彼でした。なんで降るんだよ、とか文句をブツブツと言っている彼を、私は気の毒に…と思いながら見ていました。そのときの私は彼が年上であることも、テニス部に所属していることも何も知らなかったのです。だって、背格好や顔を見る限りでは私と同い年…と言っても通りそうな容姿をしていましたし、いくら有名だといわれていても私自身テニスに全くの興味がなかったのですから。それから数秒、彼の言動を見ていると、ふ、と彼と目が合いました。見ていたことを咎められるかと思った私は思わず勢い良く顔を背けると、彼はそれについては何も言わず、目に入ったそれを指差して「あー!」と大声で叫んだのです。それ、とは言わずともがな、傘です。

「なぁなぁ!ちょっと入れてくんね?」

彼の言葉に更に吃驚して振り返れば、いつの間に来たのか、目の前には彼がいました。驚いて一歩後退してしまった私ですが、彼はそのことに気づかず、更に言葉を続けました。ダメか?って訊いてきたと思います。そのときです。私より数センチ大きいにも関わらずちらりと遠慮がちに見つめてきた彼に、私の胸は早鐘の如く鳴り響いたのです。壊れてしまった時計のようにドキドキドキと鳴り止まない心臓と、だんだん顔が赤み帯びていくのがわかりました。簡単に言えば、その瞬間、彼に惚れてしまったのです。一目ぼれなどするはずがないと豪語していたにも関わらず、なんと言うことでしょう。運命だと、そのとき思ったのです。次の瞬間、私は勢い良く肯いていました。

それから、私の片想いは始まり、そして、月日が流れ、五ヶ月と四日。ついに私は先輩の彼女になることが出来たのです。付き合い始めた当初は、初めての彼と言うこともあり、緊張していましたが、彼の人懐っこい言動で、すぐに打ち解けることが出来ました。五ヶ月間の片想い期間のときよりも、更に彼に近づけた私は、彼のことを色々知りました。つい最近も、こんな話をしたのです。あれは、いつもの、部活の帰り道。


「ブン太先輩って、ずっとガム噛んでるんですか?」


話と言うのは、私が常日頃疑問に思っていたことです。ずっと噛んでるのはきっとガムが好きだから。別にガム好きなのを咎めようなんて思いません。好きなら好きでかまいませんし、私もガムは大好きです。先輩と知り合ってから沢山のガムを買ったのも事実です。だから、始めは別になんとも思っていなかったのですが…よくよく考えると、先輩は本当にずっとガムを噛んでいたのです。授業中は学年が違うためわかりませんが、先輩を好きになってからテニス部に顔を出すことも多くなった私は、いつも先輩の応援に行っていました。そのときも、彼はガムを噛んでいたのです。何度も見ていた光景ですが、つい最近から、それが疑問へと変わっていったのです。

何せ、男子テニス部の副部長は、あの真田先輩です。見た目もさることながら、性格もかなり厳しい人でした。そんな人が、ガムを噛んでいて怒らないのでしょうか?出来れば私は大好きな先輩が怒られるところなんかみたくありません。それで、訊いてみたのです。私の一言をきっかけに、先輩は色々話して聞かせてくれました。別に怒られないということ。その理由としては、ガムはリラックス効果があるから、良くガムを噛んでるプロテニスプレイヤーもいるのだと。

「あ、そうなんですか!」
「全部柳の受け売りだけどな」

そう言って最後に笑った先輩の顔に、私はほっとしました。先輩が怒られないなら、別に良いのです。そこで、私の疑問は全て終了したように思えました。けれども、それから数日。私はあることに気づいてから、小さな疑問だったそれは、私の悩みへと変わっていったのです。こんなこと友人にも相談できずに、一人悶々と考える日々が続きましたが、悩んでいても仕方ありません。先輩がそのことで苦しい思いをしているのなら、わかってあげたいと、そして少しでも楽になってほしいと思うのです。だから、今日と言う今日は勇気を出して聞いてみようと思うのです。…どんな答えが返ってきたとしても、私は後悔しない。どんな先輩でも大好きなのだから。



!わりぃな、待たせて!」

部活終了後、いつものように着替えてきた先輩が駆け足で私の元へ来てくださいました。練習で疲れているだろうにも関わらず、私を待たせちゃいけないと、必ず走って来てくれるのです。…気にしなくても良いのに、と思いながらも走りよってくる先輩の姿を見ると嬉しくて笑顔になれます。私はいつものように大丈夫ですよ、と先輩に言うとにこっと笑って見ました。そう言えば、先輩は必ず私の頭をポンポン、と一撫でしてくれ、それを合図に私たちは帰路します。例にも漏れず今日もそれと同時に歩き始めました。そして、本来なら此処から他愛も無い話が始まるのです。例えば、今日友達とどんな話をしたのか、とか。授業中に先生の失敗談とか。宿題のこととか、昨日見たテレビだとか…。とにかく尽きることの無い話が始まるのですが。

今日は、違います。私には聞くことがあるし、聞くことで解決させなければならない問題があるのですから。自ずと、顔が強張ってしまいます。その所為でしょうか?いつもと雰囲気の違う私を不審に思ったのか、先輩の方から何か言うことはありませんでした。ゴクン、と私の喉が一度大きく鳴ると共に、私は決意しました。言うなら、今だ。今しかないのだ、と頭の中で指令のようなものが聞こえました。グッと掌を強く握って、横を歩いてくれる先輩の顔を見上げる。その瞬間私の目に映ったのは、いつもと同様ガムを噛む、先輩の姿でした。くちゃくちゃと噛んでは膨らませ、割れたらまた噛んで…その動作を繰り返す先輩をじっと見つめていると、どうやら先輩が私の視線に気づいたようでした。

「んあ?」

ガムを膨らませたまま小首を傾げてみせる先輩に、少々ときめきつつ。赤面し始める顔がバレないように少し俯き加減になると、私は勇気を出して口を開き、ポツリと呟くように言葉を乗せました。

「先輩…本当にガムがお好きなんですね」

そう呟くように落とせば、先輩はいつもの笑顔でまあな!って嬉々しました。…その笑顔が、私の心を抉るとも知らずに。思わず心の中で先輩!と叫んでしまったのはブン太先輩には内緒の話です。きゅう、と胸が締め付けられるのを感じると同時に、私の悩みが確信へとより濃くなったように思えました。

「お、おい??」

きっと、不安だって言う気持ちが顔に出てしまっていたんでしょう。先輩の心配してくださる優しい声が私の耳に届きました。そんな優しい先輩だからこそ、苦しんで欲しくありません。私は泣きたいのを堪えて、ぎゅっと目を瞑ると、意を決して先輩を見上げました。眉根を寄せて困ったような顔してる先輩の顔が目に映って、少し居た堪れなさを感じます。

「せ、先輩!そんな風に笑わないでください」

今にも泣き出しそうな私の声。ああ、なんで私はこうなのでしょう。こんなだから、先輩は無理をしなくちゃいけないのです。

「は?」
「わ、私、た、頼り、ない、です…けどっ!けど、先輩が、苦しんでるのに、何も出来ないのはイヤです!」

私は、先輩より年下だし、先輩からみたら子どもかもしれません。

「ちょ、?」
「き、聞きますから…!だから、言ってください…!先輩の弱いところも、悩みも、全部知りたいんですっ!」

でも、先輩のこと解ってあげたいって、思ってるんです。だから、お願い。何もかもさらけ出して、我慢なんかしてほしくないんです。

「え、だから、
「私、私、どんな先輩でも大好きですからっっっ!」
「いや、だから!わけわかんねぇんだって!ちょっと初めっから訊かせろぃ!」

何度もブン太先輩の言葉を遮って台詞を紡いできた私ですが、最後のブン太先輩の声ではっと我に返りました。目の前にいるのはわけがわからないといった風な先輩の困惑した顔。私の両肩をぐっと握って、落ち着けよ、と言ってくれる先輩の声は、やっぱり変わらず優しい。思わず涙しそうになって、私の顔が歪みました。多分、今最高にブサイクな顔してること間違いなしです。唇をぎゅっと噛み締めると、先輩がポンポンと私の頭を撫でてくれました。数度撫でられて、顔を覗き込まれたとき「落ち着いたか?」と声をかけられました。私はソレに対してコクコクと頭を上下に振ることで肯定を表します。そうすれば先輩にも伝わったようで、にかっと笑ってくださいました。

「じゃあ、話してみろぃ。聞いてやっから」

そう言ってくれる先輩の何度とない優しさに心打たれ、私はぽつりぽつりと話し始めました。

「だって先輩、ガム噛んでばっかりなんですもん」
「は?」

言った後、すぐに聞こえるのは素っ頓狂なブン太先輩の声でした。今更何言ってんだ、って感じの顔で私を見てくる先輩にフルフルと頭を振ることで続きがあるんだと促します。

「別に、ブン太先輩がガム好きなのは悪いことじゃないって思うんです」
「…おー」
「でも、量が凄い、多い、し。…初めは、それだけ好きなんだろうなって思ってたんです」
「いや、その通りだけど」

一言一言私が何か言う度に必ず返事を返してくれる先輩の声を聞いて、私は顔を上げました。嘘、つかないでほしい。

「でもっ、わ、私、見ちゃったんですっ!」

そう、私は、見てしまったのだ。それは、ある日のコンビニエンスストアでのこと。大好きなブン太先輩の大好きなガムがなくなっては大変だと思った私は、ガムの一気買いをするために、財布を握り締め、コンビニの自動ドアをくぐったのです。そして、真っ先に向かうのは先輩が大好きだと言っていたメーカーのガムのトコロ。いつもは100円のそれを買うだけに終わるのですが、今年の夏はなにやらそのメーカー、企画物をしたようで、通常よりも大きい版が売ってあったのです。やっぱり通常の奴より大きいですから(量も大きさも)通常版より値が張りましたが、先輩の補給品にケチケチ言っていられません。同じメーカーで一番好きだと言っていた、ブン太先輩オススメのグリーンアップル味もあったことだし、今日はこっちを買ってみようと、嬉々してそれを手に取りました。そのとき、偶然、目に映ってしまったのです。

「…ふっ、ごめ、なさ」
「なっ、だから、なんで泣くんだよ!?」

今まで好きだっていう先輩の言葉だけを鵜呑みにして買っていたガム。でも、それにはこんな効果があるなんて知らなかったのです。無知な私を許してください。そして、先輩の苦しみに気づいてあげられなくてごめんなさい。何度も謝ると、いよいよもって先輩はわけがわかんねえと頭を掻き始めました。

「マジ、降参。一体なんで泣いてんだよ。ほんとわかんね。つか悩みなんてマジでねえしな?」

ポンポンと私の背中を撫でてくれる先輩の手は変わらず優しい。だからこそ、泣いて終わっちゃいけないんだと思った。嗚咽で止まった言葉を無理やり吐き出そうと口を開きました。

「が、ガムって、食べ過ぎると…下痢になる、って、か、書いてあったんです…っ」
「…ああ、だから?」

全くそれがどうした、って言う風に怪訝そうな先輩の顔。ああ、だから、しらばっくれないで欲しいのに。私はどんな先輩でも好きなのに。私は自分の手をぎゅっと握って、それからゴシゴシと手の甲で涙を拭いました。

「誤魔化さないでください!わ、私、気づいちゃったんですから…っ!」
「だ、だから何がだよ!」
「先輩、本当はずっと、便秘だったんでしょう!」

ついに、言ってしまった。もしかしたら、先輩は気づかれたくなくて必死で隠していたのかもしれない。でも、隠し事は嫌だったんです。そりゃあ人間誰しも秘密の一つや二つあると思いますが、それでもそういう悩みなら聞いて、楽になってほしいと思ったのです。そう思うのは罪なのでしょうか?なんでもさらけ出して欲しいと考えているのは私だけなんですか?心の中で問いかけたって先輩は答えてくれないのはわかっています。けど、思わずにはいられないのです。

言ったあと、私たちの間に流れたのは、大きな沈黙でした。私は言ってしまったあと、色々悶々と考えて、何もいえなくなってしまって、暫く俯いていましたが、ついには耐えられなくなりました。一目、先輩の顔をみよう…そう思い、ゆっくりと頭をあげます。…今の先輩はどんな顔をしているんだろうか。もしかして、傷ついたりしてないでしょうか。…泣いていませんように。色んな思いをはせながら、恐る恐る顔を上げると、目の前に見えたのは、小刻みに震える先輩の姿がありました。

も、もしかして、泣いてる!?

最悪の事態になってしまったのでしょう。私の顔から一気に血の気が下がるのがわかりました。傷つけるつもりは毛頭なかったのです。ただ、悩みを共有して、解り合いたいと思っていただけだったのです。それなのに、私はもしかしなくとも先輩に生涯のトラウマを植えつけてしまっただけなのでしょうか。ああ、違うのに!違うのに!なんで私は上手く伝えられないんだろうか、本気で嫌気が差しそうになります。あわあわと取り乱すことしか出来ないちっぽけな私。これだから先輩は私に言いたくなかったのでしょう。ふるふると震える肩がだんだんと大きくなっているのは多分私の気のせいなんかじゃないのでしょう。私は慌てて謝ろうと口を開きました。

「なっ、なわけねえだろぃ!最近悩んでるかなと思えばそんなことかよ!バカだろお前!ほんとにもう」

けれども、私が言うよりもブン太先輩のほうが早かったようです。早口でまくし立てられ、私は思わずその迫力に口を噤んでしまいました。そこで、ようやく、理解したのです。さっき小刻みに震えていたのは決して泣いていたのではなく、怒っていたのだということ。次々に出てくる思わぬ答えに、私は何だか居た堪れなくて、だ、だって…と小さく声を落とすことしか出来なくなりました。

「だってじゃねえだろぃ?」

ごもっともです。

決して口に出してはいえないそれを心の中で反省しました。しゅん、とアホみたいに項垂れてしまう。本当に、どうしようもないバカです。一人、反省していると、ふう、とブン太先輩がため息をついたのがわかりました。余りにもバカすぎて、嫌われてしまったのでしょうか。自分、フラれちゃう?なんて最悪な考えが頭を過ぎります。ああ、でも先輩ならもっと頭の良い人のほうがお似合いなのかもしれない。そう思って一人落ち込みました。けれども、覚悟を決めたにもかかわらず、先輩から別れの言葉が出てくることはありませんでした。変わりに、前からぎゅっと抱きしめられる。突然の状況に私はついていけず、え、っと声を出すことしか出来ませんでした。すると、ブン太先輩の手がぽんぽんと私をあやす様に背中を叩きます。さっきまでと変わらない優しい仕草でした。

「せん、ぱい?」
「お前、ホントバカ。そんなことでずっと悩んでたのかよ、バカ!」
「ご、ごめんなさい」

初めて言われたバカと言う言葉に少し傷つくものの、背中を優しく摩ってくれる手が余りにも嬉しくて、どうでも良くなる。

「もう、一人で悩んだりすんなよ?つか、そういうこと普通考えねえだろぃ」
「うっ」

遠慮の無い先輩の台詞に思わず息が詰まりました。本格的に私フラれちゃう?…そんなことを考えてしまいました。

「でも、ま、そんなとこも好きなんだけどな」

今のは聞き間違いじゃないでしょうか?空耳じゃない?言われた台詞に思わず呆けてしまうと、そんな私を見て先輩がくしゃ、とちょっと困ったように笑ってくれました。私、フラれないんですか?そう恐る恐る聞けば、当たり前だろ!って返事が返ってきた。その声が、その笑顔が、嬉しくて、思わずまた泣き出しそうになったのは先輩には内緒です。

こうして、私の疑問は終止符を打つことが出来ました。これを機に、私と先輩は一つ、壁を乗り越えられた気がします。そして、今までよりももっと、もっと先輩を近くに感じることが出来るようになった気がします。こうやって一つずつ、知っていって私はブン太先輩を好きになっていくんでしょうね。



…余談ですが私が公衆の面前で先輩は便秘発言をしたことが帰省途中だった立海学生にはモロ聞こえていたようで、次の日はブン太先輩のガムの謎は「実は便秘だったらしい」と言う噂が立ってしまいました。そして、その噂にブン太先輩は対抗するようにその日一日ガムを一枚も食べませんでした。その所為で一日凄く機嫌が悪かったそうです。ごめんなさい、先輩。それでもこんな私を好きだって言ってくれて、嬉しかったです。私も大好きです。





― Fin





あとがき>>ごめんなさい。バカな子でごめんなさい。しかもグダグダ続いてごめんなさい。面白いギャグにしようなんて考えてしまってごめんなさい。…結局あたしにギャグは無理なんですよ、ええ。痛いほどわかりましたとも!
2006/08/21