上機嫌不機嫌はキミ次第




今日は大好きなブン太の誕生日だった。幼なじみから彼女へ昇格して初めての誕生日。漫画とかドラマとかで幼なじみから恋人なんて凄いベタだけど、実はそう簡単なものじゃない。その道のりはそれはそれは大変な道で、そりゃぁもう茨の道?とか言っても良いくらいきつい道だった。けれどもそれをつかむことが出来たのだ。今のこの状況があるのはあたしのこの血と涙の結晶、努力の賜物と言えよう。
さて、そんな大好きなブン太の誕生日。毎年毎年プレゼントを上げてた。家であたしの家族とブン太の家族とで集まって毎年恒例の誕生日パーティーなんてものをしていた。でもそれは去年までの話である。
ようやく念願の『カ・ノ・ジ・ョ』になれたのだ。今年は二人だけでお祝いすることになった(半ばあたしが無理やり決定させた)
今年は今までとは違う。大人のステップを歩むのよ!なんて意気込んだのはもはや一週間も前のこと。甘い甘い手作りのケーキのように甘い甘いムードが流れるものだと、思っていた。

………なのに。なのになのになのに…!

「っどぉおーーーっしてさっきからケーキにがっついてんのよぉぅぉーーーう!!」

目の前でもうすでに20個はケーキを食ってるんじゃないかと言うブン太に、ここが人の沢山いる場所なんて考えず大声を出して言い放った。ビシィ!とブン太に叩きつけるように向けたのは自分が今使っているフォークである。銀色をしたちっちゃなフォークには甘さ控えめのケーキのクリームが付いていたけれどもそんなのどうだって良い。キッとブン太を睨むとブン太はわけがわかっていないのか小首を傾げてあたしを見た後、目の前のケーキをフォークで掬うとパクリと口の中へと入れた。

「…どうしてって、そりゃ……お前」

それからさも当たり前に言うのだ。

「ケーキバイキングに来てんだから食うの当たり前だろ?」

もったいねぇじゃん。言いながらまたケーキをパクリ。そう、あたしたちが今いる場所ってゆうのが、今学生に人気のケーキ食べ放題のお店だったのだ。ブン太の言い分はわかる。ケーキバイキングなのだ、食べ放題なのだ。食べた者勝ちなのだ。食べなきゃ損なのだ。解ってる。解ってるさ。解ってるけれども…、でも解ってくれても良いじゃないか。
何故誕生日に此処に来ることになったかと言えば、初めから予定していたわけじゃなかった。誘われたのは、今日の昼。なんでも今日のブン太の誕生日だからと、仁王君がプレゼントとしてくれたそうだ。さすが仁王君、ブン太の好みを把握していると言えよう。感心すべきだ。やはり女も男も持つべきものは友達なのだろう、とブン太のケーキバイキングの券の入手方法を聞いて思った。…けど仁王君は女心を把握してないと思う。さっきから会話という会話は「このケーキは美味しい」だの「あのケーキは甘い」だの、ケーキがらみなのである。こんなんじゃあ甘いムードになんてなりゃしない。…空気はもう甘ったるくて気持ち悪くなるほどだけれどもそれはあたし達の間が甘いのではなく、全てケーキの甘さだ。
3個目のショコラケーキを食べるでもなく突っついている間に、ブン太は自分のテーブルの周りに広げたケーキを物凄い勢いで食べ続けている。「これはちょっと生地がパサパサしてる」なんて文句を言うのでじゃあ食べなきゃ良いじゃん、とも思うけど、もう反論する気力も無い。

「…、もう食わねえの?」

不思議そうな顔がこちらを見つめてくるのがわかる。思わずため息をつきそうになった。もぐもぐもぐごっきゅん、とノドが鳴るのを聞いて、あたしは答える。

「…ブン太のその食べっぷりを見るだけでお腹一杯」

はーあ。とため息をついてあたしは持っていたフォークを置いた。それに対してブン太が「…なんか、機嫌わりぃか?」と気遣いの言葉をかけてくれた。

―――…凄く、最悪な女だ。

本当なら今日、ブン太の誕生日のはずなのだ。誕生日くらいはブン太の喜ぶことをしてあげたい。してあげよう。ずっと思ってた。でも実際なってみると、誕生日の主役を庇わせている。…我が侭な女だ。自己中心的で酷く自己嫌悪に陥ってしまう。
ブン太は結構人を振り回す人だと思う。無茶も言う。だけど、こういうとき、やっぱり思う。…ブン太はちゃんとわかっているのだ。場を考えてちゃんとモノを言う人なのだ。…大人、なのだ。その点自分はどうなんだろうか。と考えるまでもない。子ども過ぎる。自分の思い通りにならなきゃ納得がいかなくてこうして拗ねる。てんでガキ。

「…何むくれてんだって」
「別に、むくれてなんかないもん」

むくれてんじゃん。そういうブン太の目はケーキを食べてるときの幸せそうな顔じゃなかった。ちょっと鋭い目があたしを見据えるように見てくる。嘘なんか通じない。それは長年幼馴染としてやってきた所為だろうか。ブン太はずっと忙しなく動かしていた手をパタリと止めると、皿の上にフォークを置いた。カチャン、って音がしたほうを一瞥してからまたブン太を見つめると、ブン太が口を開く。

「…今日、機嫌悪かったのかよ?」
「違う」
、ケーキ好きだったろ?」
「、そうだけど」
「文句あるなら言えって」
「……別にないもん」

楽しい楽しい二人だけのお祝い。色々夢見てた、見すぎてたさ。だけど実際はそんな上手くいく訳にいかないのかもしれない。今あたし達の間に流れるのは重い空気だ。「嘘つくなって」とブン太があたしの言葉をその一言で薙ぎ払う。そうやって言葉の逃げ道を塞いじゃうからそうなればきゅ、と口を縛ってあたしは黙るしかない。やっぱり子ども。
一際大きなため息が聞こえた。あ、呆れられた。って思う。ブン太を見れば、少々くせっけの真っ赤な頭をくしゃくしゃっと掻いていて、目を瞑っている。それから苛立ったような言葉を放った。

「あーもう、上手くいかね」

その言葉に、ビクン、と体が反応するのがわかる。もしかして、フラれちゃう?厭な結末が胸を過ぎる。厭だ、厭だ。思うけど口はカラカラに渇いて言葉を出させないようにしている。「俺、何かしたか?」聞こえた言葉にフルフルと頭を振る。違う、ブン太は全然悪くなんか無いのだ。全ては自分が幼稚すぎる。それがこんな結果を招くのだ。
今にも泣きそうになってる自分が厭だ。泣くという行為で逃げることを考えている。何処までも幼稚だ。汚い。これじゃあいつフラれても文句の言いようが無い。
とうとうあたしは俯いてしまった。茶色のケーキが涙いっぱいの目にぐにゃりと歪めて映る。それからその音が聞こえたのはすぐだった。カタン、席を立つ音だろうことがわかる。呆れて帰っちゃうんだろうか。そこまで考えて、あたしは怖くなった。これでもしブン太が帰っちゃったら、本当に終わりな気がして。恐怖した。

いつフラれたって仕方がないって思った。だけど、そんなの綺麗事だ。あたし自身の気持ちは、離れたくない。醜いって思われるかもしれないけど、ブン太がもう着いていけないって言ったって、離れたいって言われたって、縋ってだってなんだってしたって離れたくないと思う。それくらい、あたしはブン太が好きだ。

「…っ!」

ぐ、っと顔を上げた。そうすれば、ブン太の顔が近くにあって、あたしの横に来てくれていたことに気づく。「ブン、太?」と途切れた声でブン太の名前を呼べば、ブン太がぐいっとあたしの頭を引き寄せた。ふわっと甘い香りが鼻をつく。ブレザーにまでしみついたケーキの香り。鼻が麻痺してると思ったのに、それだけはくっきりとわかった。でも、ケーキの甘い香りに交じってブン太の匂いもした。

「…だったら笑えっての」

ぐい、と強くなるブン太の掌が微かに震えていることに気づいた。顔を上げればブン太のふて腐れた表情が見える。もう一回ブン太の名前を呼ぶと、ブン太があたしの頭を解放。立ってるブン太を見上げると、ブン太があたしから視線を逸らして、言った。

「…俺だけかよ」
「え」
「……俺だけが、楽しいだけ?」

言われた言葉が理解できなくて、黙ってしまう。

「今日、すっげー楽しみだったんだけど。…と居れりゃあそれで良いって思うのは俺だけかよ」

そう言ったあとのブン太の表情はどこか赤い。それから暫く、と言っても5,6秒くらいの大差ない沈黙が流れた。言葉が、見つからないあたしは何もいえなくて。そうすれば、その沈黙を打破したのは、ブン太だった。

「だーーー!俺こういうのダメだ。性に合わねぇ!」

はああ、と大きなため息をつきながらあたしの近くでしゃがみこんで頭を抱えるブン太。がしがしがしと乱暴に頭を毟るように掻いているブン太に、ようやく状況が読み込めた。「ブン太」呼べば、がしがしと掻いていた手を止めて、ゆっくりとブン太があたしを見上げた。その顔は、やっぱり赤い。いつものブン太と違くて。

「…ありがと」

そう言ったらブン太がぶっきら棒に「……おう」と返してくれた。

何だか色々遠回りした気がするけれども、結果的に甘い関係になれた、のかな?

本日の収穫、やっぱりあたしはブン太が好きです。

「ねえ、ブン太」
「あ?」
「…あたしもブン太と居られるだけですっごくすっごく幸せだよ」

そう言ったら、バァカって返って来たけれど、それが照れ隠しなんだってことは真っ赤な耳を見ればわかった。
そんな彼氏に微笑んで、あたしはもう随分放置していたケーキをぱくりと食べる。

甘くて甘くて、今日初めて美味しいと心から思った。

「大好きよ、ブン太」





― fin





あとがき>>甘いのかこうと思ったんだけども、やっぱりただ甘いの書くのは照れるので(笑)ちょっと一悶着あるかんじに。…ひねくれてるのは今に始まったことじゃない。てゆうか自分の文章ってまとまり性がないよなぁとしみじみ思ったり。
2007/04/20