「ねえ、鳳くん?この子、あなたのこと、好きなのよ」

中央には顔を赤らめて、恥ずかしそうに俯く彼女。
長太郎は、その光景に冷や汗を流した。



First boY




「あ、えっと……先輩の気持ちは嬉しいんですけど……」

すみません、と申し訳なさそうに頭を下げた。なんとか相手を刺激しないように、と口調も優しめ。長太郎は頭を下げている最中『やばいことになった』と心の中で呟いて小さく息をついた。何故、こんなことになったのかと言うと、時は1時間前に遡る。

ある一人の先輩に「今日体育館裏に来てほしい」と言われ、長太郎はそれを承諾した。少しは、告白なんじゃないだろうか、と頭の隅では思っていた。誰でも、いや、あの煌びやかな男子テニス部の部員(しかも長太郎は正レギュラーだ)ともなれば、告白をしてくる子は後を絶たない。だから、今回もそうじゃないかと、ほんの少し予想をしていた。
そうして時間になり、長太郎は指定された体育館裏へと足を運んだ。体育館の直ぐ近くにある大きな木の下に、顔を伏せがちがちに緊張している女の子の姿が見える。―――それだけなら良かったのだが……





「なんでよ、長太郎君!この子のどこが駄目なわけ?」
「いや、駄目と言うか……」
「駄目というか、なんなの?」

先ほどから代わる代わる聞こえる女の声。そして見渡せば、総勢四人の女子に囲まれている長太郎。これが長太郎の冷や汗のわけだ。
一見して見れば、集団リンチなのではないか?と疑いたくなるほど、告白とは無縁な雰囲気だった。長太郎の事を好きな女の子と言うのは中央にいて、今の長太郎の言葉にショックを受け、涙を流す。それを労わる彼女の友人たち。
とても、友情に厚いのだろう、といえば聞こえは良いのだが…なんだか自分が悪いことをしているようで、長太郎は困惑した。

「先輩が嫌なわけじゃないんです。ただ、俺は今部活のことだけで精一杯で…」
「じゃあ、いつなら良いの?」
「そうよそうよ!」

出た、女の「そうよそうよ攻撃」。長太郎は更に冷や汗を垂らして、黙り込んだ。やばい、このままでは上手く丸めこまれてしまうだろう。長太郎は今にも引きつりそうになる顔を何とか持ちこたえて、ぎこちなく笑うと言葉を続けようとした。

「それは……」
「何?後輩いびり?」

しかし、長太郎の言葉は、いびり?の言葉で綺麗に遮られた。ふっと前を見ると、明らかに不機嫌そうな彼女たち。?と思い長太郎は後ろを向いた。すると、そこに先ほどまで居なかった女が立っている。長い黒髪を風になびかせながら、にこりと微笑んでいた。

「ちょっと、後輩いびり、って何よ」

告白する子の友人一人が、眉をひそめ黒髪の少女を睨む。それを見て、一瞬きょとん、と目を丸くさせる少女。それからしれっと悪びれもせず「え、違ったんだ?」とオーバーに驚いてみせた。

「ごめんなさい、あたしてっきり後輩をいじめてるんだと思ってた」

くすくす、と楽しそうに笑う。彼女が笑うたびに、ストレートの黒髪がふわふわと揺れるのが長太郎の目に映った。それから聞こえてくるのは「告白の邪魔しないでよ!」と言う怒りの声。はっと気づいて長太郎は彼女らの方を見つめて、心の中で思う。

これは正当な告白ではないんじゃないかな…

長太郎は頭の隅で何だか他人事のように考えていた。すると先ほどくすくすと控えめに笑っていた彼女が瞳を丸くさせて、彼女達四人を代わる代わる見やった後、長太郎に最後視線を向けてから、

「告白?…あなたたち皆この人のこと、好きなの?」

告白大会か何か?と至極不思議そうに問うた。けれどもどうやらそれが彼女たちの癇に障ったようだった。あれよあれよと言う間にみんな一斉に捲くし立てる。

「違うわよ!」
「私たちは、のために……!!」
「そうよ!私たちはのことを思って!」
「あんたに関係ないでしょう!」

どうやら中央にいる子は、というらしい。まあ、実際どうでも良いのだが。彼女たちが声を荒げる中、黒髪の少女はただ黙ってそれを聞いていた。そうして、言い終わったことがわかると、大きな目を細めて、中央の女の子を見る。

「ふうん…まあ、確かに私には関係ないんだけどさ。でも、友達だからって、ここまですることないんじゃない?」
「な!友達のためでしょう!?」
「そうかもしれないけどさ、さっきから聞いてると、その中央にいる子、彼に何も言ってないじゃない」

確信をつく一言だった。確かに、彼女に告白をされたわけじゃなかった。ただ彼女は顔を伏せ、顔を赤らめるのみ。そう言えば、まだ一度も彼女の声をきちんと聴いていないかもしれないと長太郎は今更気づいた。どうやら黒髪の彼女は一部始終を見ていたようで、その態度が気に入らなかったらしい。目を細めたまま、黒髪の少女はと呼ばれる彼女を見つめたまま続ける。

「友達におんぶに抱っこで、彼と付き合えるように仕向けるって、卑怯じゃない?好きなら一対一で告白しなよ。それが出来ないなら告白なんかしないほうがいいわよ」

大体、これが告白なの?脅迫の間違いでしょう。と肩を竦ませてみる。そんな彼女を、長太郎はぼんやりと眺めていた。本当に他人事のような気がしてならなかった。もはや、長太郎がここにいるなんてことは彼女たちの頭には入っていないのだろう。

「そんな、酷い…酷いよ、さん。私、そんなつもりじゃ……」

ぽろぽろと涙を流す。その横で友人たちが可哀想だとか、慰めの言葉をかけている。まるでそれは何処かの温い昼ドラにありそうな光景だとか、一昔前の漫画で良くあるパターンだろう。まさかそんな展開、実際やってる人が居るとは思わなかった。、と呼ばれた黒髪の少女ははあ、とため息をつくともう一度彼女を見つめた。

「悲劇のヒロインぶるな。そんなつもりじゃないって、はたから見ると後輩いじめてるようにしか見えないよ。大体、告白はフェアなものでしょう?相手の気持ちも考えなさいよ」

あんた、汚いよ。と吐き捨てるように言うと、は涙を更にぽたぽたと落として、彼女のもとにつかつかと歩み寄った。
そうして……

バッチーーーーン!!!

思いっきり平手打ちを食らわした。彼女は唖然とを見る。あまりの突然に言葉を失っているようだった。そんな彼女には最低、と叫ぶと走り去っていってしまった。友人たちも一言ずつ罵声を吐きながら、彼女を追っていく。そうして、その場には、呆然と立ち尽くす長太郎と、頬を真っ赤にさせただけとなった。まるで、台風のようだ。声をかける暇もなく彼女たちの姿は無くなっていく。しばらく走り去っていった彼女たちの方向をじっと見ていた長太郎だったが、我に返ると、に近づく。

「あ、あの、ちょっと待ってて下さい!」

そうして、走り出した。





「っ……」
「あ、すみません!」

少し経って、帰ってきた長太郎は、持っていた濡れタオルで彼女の頬を包むように当てた。するとどうやら沁みたのだろう。彼女から苦しそうな声が出て、長太郎は慌てて手を離す。しかし、また今度はもっと優しく頬を撫でるようにタオルを頬にやる。ちらっと彼女を見ると、無表情で何やら怒っているらしかった。

「あの、すみませんでした」
「……何が?」
「関係が無いのに、ぶたれてしまって」

言いづらいのか、言葉を濁す長太郎に、彼女は目を細めた。まさか女の子が女の子を叩くシーンをドラマ以外で見てしまうとは、もはや思っていなかったので、止める暇もなかった。気まずそうに言いよどんだ長太郎をはチラリと一瞥して、やはり無表情のまま言葉を連ねた。

「別に。あたし、嫌いなのよ。ああいう輩。告白なのになんで友達まで呼ぶのか。友達の力借りてちゃ駄目じゃないか、って。だからあたしの自己満足」

すらすらと、並べられる言葉たち。まるで教科書を音読しているようなほどつまる事無く進められる声に長太郎は唖然と彼女を見るばかりだった。表情は変わらぬままだ。さっき彼女達と対峙していた時の笑顔は微塵も感じさせなかった。まるで、別人のようだとも思う。
ぼんやりと長太郎が考えていたときだった。「それに」と続いたの声。一端区切ると、その漆黒の髪をなびかせ、少し茶の入った大きな瞳で長太郎を捉える。その瞳はなんだか全て見透かされているようで、長太郎は困ったように笑った。するとようやく彼女も笑う。しかしさきほどの笑顔とは違い、どこか冷たい笑みだということが長太郎には分かった。

「あたし、はっきりしない男って見てて苛々する。面倒なことは避けたい。優しく断ろう。って思ってるんでしょうけど、馬鹿じゃない?あんな女に囲まれて、はっきり言えば良かったのよ。あんたはお呼びじゃないって。それのほうが彼女のためでもあるわ。あなたは、いい人だって言われてるみたいだけど、あたしから言わせればただの優柔不断な男」

ふっと、嘲笑うかのように長太郎を見ると、もう良いわ、と頬に当てたタオルを押し返した。そうして、肩を流れるように落ちた髪をうざったそうに後ろに払うと、もう一度長太郎を見た。長太郎は何も言わず、彼女を見ている。彼女はまた冷ややかな視線を向けると、歩き出した。

「あっ」

そうして、ようやく長太郎は一言漏らす。は一度歩くのをやめて、その場に立ち止まる。

「あの……名前は、なんて言うんですか?」

優柔不断とまで言われてしまったのに、何故自分は彼女の名前を知ろうとしているのだろうか。長太郎は自分の行動が理解できなかった。気づけば…という無意識の行動だったのだ。それでも口に出してしまった後、後悔は無かった。躊躇いがちに「先輩?」と付け加える。先ほどのやり取りを見ていたらきっと、先輩なのだろうと思ったが100%の自信があるわけではない。疑問系で問うてみると、彼女は一度振り返り―――不敵に微笑んだ。

「さあね。気になるなら探してみたら?」

そう、言い残してまた歩き始めた。去っていく彼女を見つめて、自分の胸が今、早鐘を打っている事に長太郎は気づいた。過酷な運動をした後のようなドキドキが自身の胸を襲う。どこか苦しいような、それでいて心躍るような…。まさか、そんな。と心の中で自問自答を繰り返してみる。この気持ちを長太郎は経験した事が無かった。だから認めたくは無い。何せ、相手は自分の事を快く思っていない。出会って自分と全く面識の無かった筈なのに「馬鹿」呼ばわれまでされてしまったと言うのに。まるでそれではマゾじゃないか。気分が沈む。けれども、この気持ちを否定するわけには行かなかった。だって、もう自分の頭の中は彼女の事でいっぱいになっているのだから。
去っていった瞬間のあの笑顔が忘れられない。

……悔しいな、もう。

ふう、と小さく息を吐く。『探してみろ』だなんて簡単に言ってくれたものだ。。このだだっ広い校舎の中から、何組かもわからない人を探すのは骨の折れる作業だという事は重々承知だ。けれども、この学校に必ず彼女がいると言うのも事実。けれどもそれならやる事は決まっている。

「絶対探してみせますよ」

とりあえず、手始めにテニス部の先輩に聞き込み調査をしてみるか、と考えて長太郎は彼女が去っていった道を、一歩踏み出した。
その後彼女と彼がどうなったのかと言うのは、ご想像にお任せ、という事にしておく。





― Fin





あとがき>>前サイトのときに書いてた小説を発掘しました。確かこれ、チョタの第一弾小説でした。でも見てみると途中で終わってた(てゆうかNextになってた)のでちょこっと手直しをしつつ、完結させました。かなりの無理やり感が否めませんが、今の自分にはこれが精一杯です。青かったな、自分。確か20.5巻が発売された頃に書いた作品です(笑)←かなり古いよ
2004/??→2008/07/30(修正後)