「先輩!」
空の色も暗くなり始めた頃、部活も終わって俺は帰る支度をいち早く済ませた俺は、足早に部室を出た。
そこで見覚えのある小さな背中を発見。思わず背中に向かって叫ぶと、肩で切りそろえられた黒髪が踊り、そっと振り向いた。
「…赤也君?」
桜色の小さな口が開いて、少し高い女の子らしい声が俺の名前を呼んだ。
たったそれだけの事。それなのに、たったそれだけの些細なことが嬉しくて堪らない。
「先輩ももう着替え終わったんすか?」
聞きながら俺は先輩との距離を縮めると、俺より頭一個分小さな先輩が、俺を見上げると頷く仕草で肯定を露わした。
そうだよ。と鈴のような声が先ほどよりも近くに感じられる。
先輩は俺の所属してる男子テニス部のマネージャー。
その為帰りが重なることはそう珍しいことじゃない。
「でも先輩にしちゃ着替えんの早いっすね」
思ったら聞いてしまえ。俺は心の中で考えたことを口に出した。
そしたら先輩は一瞬きょとんとした顔を見せた。(そんな表情一つ一つが可愛い)
恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべる。
それから笑わない?なんて小さな声で聞いて来るもんだから俺は首を縦に振った。
すると先輩は少し躊躇いながらもぽつぽつと喋り出した。
「…今日、練習長引いちゃったでしょ?…だから、その…真っ暗、だから…あの…怖くて…」
早く帰ろうって思ったの。だんだんと小さくなっていく言葉。
だけど俺の耳にはしっかりと届いた。届いた瞬間から理解するまで数秒経ったそのとき
「…ブッ!」
思わず吹き出してしまった。
「あぁっ!赤也君笑わないって言ったのに酷いっ!」
頬をピンクに染めて少し怒ったような顔。いや、スネた表情。
「すんません!だって先輩が、可愛いこと言うから」
「なっ…!可愛いって…先輩をからかわない!」
更に顔を赤く染める。
だって可愛いと思っちゃったもんはしょうがない。
俺は今だ吹き出しそうになるのを堪えて先輩を見た。
「じゃぁ俺、送りますよ」
「えぇ!?悪いよ…!」
「いいっすから!先輩を無事に送り届けますよ!」
ほら。って半ば強制的に先輩の手を握った。それから有無をいわさず歩きだす。
そうすれば先輩も戸惑いながら歩き出した。
「無事に送り届けるって…赤也君って…なんか忠実なワンちゃんみたいだね!」
それから言われた一言。振り返れば笑顔の彼女。
悪気はない一言に少しショックを覚えながら。でも安心してくれる先輩の笑顔に嬉しさを覚えながら。
「そっすよ、だから俺を頼ってくださいね!」
今はそれでもいいや。
本当は最初からそのつもりで早く着替えたっつーことは言わないでおこう。
隣りを歩く大好きな人を横目でちらりと見てそんなことを思った。