「じゃー次の問題!」
今、俺たちがいるのは彼女の部屋。俗言う二人っきり状態。
狭い部屋でいい年頃の恋人同士。そんなシチュで、ムードが出ないわけないはずなのに。
「聞いてるの?赤也君!」
何故か俺たちは勉強会。 一つの小さめな机で向かい合って、目の前に見えるのは色んな文字がびっしりと詰まったノート。勿論、内容なんて覚えてるわけない。
それでもコイツは熱心に勉強を始めていた。
「じゃあ、メインの英語やろ?」
ああ、ほんと悲しい。 折角二人で遊べる!とか張り切って、初めて彼女ン家に誘われて、ドキドキして。なんか、バカみてぇじゃん。
そりゃあコイツの性格からして、なんも下心なんかないって分かりきってるけど…それでも、さ。
「じゃあ今回の範囲は…比較級だよね」
勉強ってだけでも嫌だっつーのに、なんで大ッ嫌いな英語なんかしなくちゃならないんだろう。
悲しくて涙が出そうになってくる。そんな俺の心情にはこれっぽっちも気付かずの彼女。
英文を読みながら、ノートに書き込まれるのは可愛らしい文字。
全て英語。
スペルなんか完璧に覚えているんだろう。コイツは何も見ることなくスラスラと書いていった
……所詮、出来が違うんだよなー。
「で、as〜asって言うのは…」
綺麗な良く通る声が俺の耳に届く。 心地いいけど、その内容が英語ってのが嫌だ。
「赤也君、また聞いてないでしょ?」
少し怒った声も好き。 そして、彼女を見れば、ほら、やっぱり。
少し、むくれた子ども顔。 む、と頬を膨らませる子どもっぽい仕草が好きだ。
他の女がやってたらばっかじゃねえの。とか思うけど、コイツは別。
「赤也君?」
「…はいはい、聞いてるって」
面倒臭そうに答えたら、コイツは聞いてないじゃん!って、更にむくれた。
それからそっぽを向いて知らん顔。 怒らせたって分かるものの、やっぱり思うのは困ったっつーよりも可愛いって感情。
顔が思わず緩んでしまう。 俺は、ご立腹になった彼女の隣に移動する。一瞬だけコイツは俺のほうを向いた。
でもそれは本当に一瞬で次の瞬間また反対を向く。怒ってるんだ、と無言の抗議。
俺はそんな彼女に対して小さく笑うと、教科書を覗き込んだ。 ―――でもやっぱり理解不能。
「えーっと?ミケ イズ トーラー ザン ケン」
それでも拙いながら音読してみると、ああもう。怒ってたのに、笑わさないで。と吹き出した。
「なんだよ」
「だ、だって…赤也君…それ、間違ってるよ?」
クスクスクスと、控えめな笑い声が俺の横で聞こえた。どうやら機嫌は直ったようだ。
だけど間違ってる、と指摘されても、英語嫌いの俺にどこが間違ってるのかなんてわかるはずもなく。 ただ笑われていることに?と首を傾げるしか出来ない。
文面を見ても間違っていそうなところは見当たらない。
もしかして"taller"が違ってたんだろうか?
でもこれはこの前先生がウザイほど言ってたから自信があった。
「…赤也君、この前の授業寝てたでしょ?」
……バレてる。
「なんでちょっと間違えただけでそんなこと言い切れるんだよ」
ちょっと癪だったから、少し強めの主張。 まあ、寝てたのは事実だったけど。
「だって、この前、これ授業でやってたよ?」
ふふ、と笑う彼女。 そう言われてしまっては返す言葉もなく…。
「正解は…"Mike is taller than Ken. "」俺とは違って、完璧な発音。
唇からまるで呪文のように聞こえるそれ。
「…ミケじゃなくてマイク、でした」
じゃあMaikuって書きゃいいじゃん!
自分の間違いだけど、思わず教科書に八つ当たりしてしまった。
「納得行かないって、顔、してる」
くすくすと、また隣から聞こえるのは笑い声。
「因みに、意味は?」
知るか。今度は俺がそっぽを向く番。 そうすればコイツはまた少し小さく笑った。
「"マイクはケンより背が高いです"って意味だよ」
少し笑い交じりの声が、聞こえた。 そうかよ、と返せば、また小さな笑い声。
きっと呆れたように苦笑してるんだって分かった。 チラと見れば正解。
「英語なんて、別に出来なくてもテニスは出来る」
「でも、もし全米オープンに出ることになったら?」
「…通訳さんでもいんだろ」
不貞腐れたように言えばまたコイツは困ったように眉をハの字にさせた。 この顔も好きだ。少し困ったように笑う、コイツの顔。
それから何とか機嫌を直してもらおうと、話し掛けてくる。
「…解れば面白いと思うのに…世界観も広がるし…!」
「いいよ、広がんなくて。俺は」
そこまで言って俺は彼女を抱きしめた。スポリと俺の腕に納まるくらいの小さな体。
顎に当たる髪の毛が少しくすぐったい。下を見ればコイツの困った顔。
真っ赤に頬を染めて、少し身じろいで。 でもそんな反抗も無駄だって解ってるから、暫くしてそれが止まる。
腕の中で大人しくなった。それでも「離してよ…」なんて小さな声での講義は続くけど、そんなのスルー。
「―――――」
「……!!」
「俺にはそんだけわかれば十分」
そう言ってちゅ、と彼女の髪に口付けた。
「バカ…」 小さく彼女が呟いたあと、同じように英語の返答が返ってきた。
"I love you"
"I love you too"