二月十四日。
この日は、男子がチョコレートと女の子から想いを貰う大切な一日。

そのせいか、男子のみんなは、ソワソワソワソワ。
女子のみんなは、ドキドキドキドキ。

好きな子から、もらえるのかな?って男の子は小さな期待に胸を躍らせて。
好きな人は私のチョコ、受け取ってくれるかな?って女の子は不安に胸を高鳴らせて。
そんな初々しい光景を見ている私は、今年もきっとロンリーバレンタイン。



VD奮闘記




「あ〜……初々しいな〜……」

とある教室の一角。は一人今にも魂が抜け落ちてしまうんじゃないか、というくらい、生気が無かった。それを横目で、親友のが見やる。

「はぁっ」
「元気ないな〜……世の中はバレンタインだというのに」
「……バレンタインなんて、結局はお菓子業界の陰謀じゃない。だいたいね、?バレンタインの日に女の子が男の子にチョコを渡す風習があるのは、日本だけなのよ?」

阿呆らしい、と言った風に、ペラペラと言葉を並べていく。それを苦笑交じりでは聞いていた。

「一時の気の迷いで踊らされて、告白して。そんで雰囲気に流されて付き合って。冷静になったら、途端に冷めて、すぐに破局。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。だいたい、最近の若者は、義理チョコとか言って、他の人にまであげてるしさ。貰えない男子の身にもなりなさいよ、って話」
「……冷めてるのは君だと思うよ」

はぁ、とまたため息をついて、女の子たちの持っている鞄を見つめる。きっとあの中には、大事な大事なチョコレートが入っているんだろう。とても気合の入った可愛らしいラッピングをして。それでもって、可愛らしく頬を赤く染めたりなんかして。そんな表情で、最後には上目遣いで好きな人に告白するのだ。

「……なんで、そんなにひねくれてるかな〜?」
「お生憎様。夢を見ている年でもないんでね。だいたい、そんな義理チョコ買うお金あるなら自分用に買うわ!勿体無い!!騙されてることに気づかないのかしら?」

プンっと、そっぽを向く。の様子をは見やって、は、ははは、と乾いた笑みを浮かべた。それから、自分の鞄を机の上に置く。はそれを、横目でチラリと見た。するとは苦笑して鞄のチャックを開ける。「実は私もその騙されてる女の子の一人だったりして」鞄の中から出てきたのは、ピンク色をした可愛らしい包み。きっと手作りなのだろう。はあんぐり、と口を開けたまま黙った。開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだろう。は暫く放心状態になり、それから口をパクパクとさせた。

「ちょ…!、す、好きな人いたの!?」
「最近気になる人なら」

は驚きの声を上げて、目を見開く。はそれに顔を朱に染めて、てへへ、と笑う。そんな姿はまさに乙女だった。初耳だ……!は思わずそう叫びそうになったのをこらえた。そうして、至極小さな声を、の耳元で出した。

「それで相手、は?」
「………あのね」

ドキドキドキ、と心臓が騒ぐ。自分が告白されるわけじゃないのに、とは自分に自嘲した。そんなことをが考えているなんて、知らないはもじもじと照れた様子を見せる。そうして、意を決したように、の耳元に顔を近づけた。それから、小さく呟く。不二君。恥ずかしそうに、は相手の名前を口にした。

「う、嘘ぉ!?」

その名前に、唖然としたあと、思わず大声を上げてしまった。頭の中はもうパニックだ。混乱しすぎて上手く脳が機能しない。すると、は驚いたようにばっと立ち上がると、声が大きい!との口を抑えた。はいきなりのことに、んーー、と声を漏らす。……きっと離せ!といってるのだろう。

「もうっ、恥ずかしいじゃない!みんな見てるじゃない!のばかぁ〜」
「ご、ごめん…でも競争率高いわよ?」

なんとか口元に抑えられていた手を開放してもらったは、悪びれた風に、を見やった。ばつが悪そうにする彼女。しっぽがあったら、情けないがきっと下へと垂れ下がってしまっているだろう。ははぁ、とため息をつくとまた小さな声で話し始めた。

「わかってるけどさ。でもやっぱりさ?中学最後なわけじゃない?高等部はエスカレータ式だけどやっぱり中学最後の思い出に。それに高等部ではもう同じクラスになんてなれないかもしれないし……後悔したくないんだ。もう、見てるだけなんて嫌なの」

ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉たち。の表情はどこか儚げで、そんな姿を綺麗だと思った。は、その気持ちがとても良く分かった。胸が締め付けられるような思いがした。そんなことを、ずっと今日まで考えていたのだと、思うとは更に申し訳なく思った。

「ごめんね、気づかなくて……。不二君に、受け取って貰えると良いね」

願わくば、の気持ちが彼に届いて、幸せになってほしい。そう切実に思った。の顔を少し驚いた様子で見てから、うん、と頷いた。そうして、ガタンと立ち上がる。はそれを目で追った。

「じゃあ、私、行ってくるね」
「え、もう?」
「うん。放課後、大変そうだし……ねっ!」

そう言って、は笑った。それを見て、は強いと思う。怖くないはずない。きっと今にも心臓が破裂しそうなくらい、緊張しているはずだ。それでも、いや、それなのに、笑顔を絶やさない。不安の色を見せないのだ。の後姿を。勇敢に立ち向かっていく親友を見つめながら、ははぁ、とため息をついた。そうして、ゆっくりと己の鞄に目を移す。先ほど口ではああやってバレンタインを非難していたけれど、その鞄の中にはしっかりと綺麗にラッピングされた包みが収められていた。



★   ★   ★




親友、の勇敢に立ち向かっていく姿を見つめながら、は決心した。毎年のように馬鹿にしてきた、バレンタイン。お菓子業界の策略。それでも今日はそれに乗ってやろうと思う。毎年、渡せずに終わったチョコレートと、気持ち。さぁ、そろそろこの想いに決着をつけようか。

ただいまは、ざわめく教室を出て、一人廊下を歩いていた。さすがに2月は寒いらしく、ほとんど貸しきり状態の廊下を、は険しい表情で歩く。手には、鞄を持って。準備は万端。気合も十分。度胸も勇気も兼ねそろえて。今日は変なプライドなんか捨てちゃって。素直になろう、心から。しかしそう意気込んで見たのは良いが、実際思いを伝える相手がいなかったら無意味だ。は長い一本道の廊下を、ただひたすらに歩いていると、無意識のうちにため息を漏らした。
……忘れてた。彼が不二と同じくらいモテることに。

「はぁ……」

また、ため息ひとつ。本当に分相応な恋をしたものだ。は自嘲的な笑みを自分に向けた。しかし、ここでやめたら、逃げたことになる。……は、立ち向かったのだ。あの辛い現実に。そう思うと、自分が逃げるのはどうしても嫌だった。いい結果でも、悪い結果でも。今日決着をつけたい。逃げていては駄目なのだ。それでは前にも後にも進めない。臆病者で終わってしまう。今年最後の中学生活が。後悔だらけで終わってしまう。そんなのは嫌だ。とは頭を振った。

「……頑張れ、。頑張れ、私」

そう呪文のように唱えて、は廊下を歩き続けた。窓から見える庭では、男子と女子がいる。きっと告白だろう。あの子も目の前に立っている少年に、思いを告げるのだ。覗き見なんて趣味じゃないけれど、は窓に手をやって、見下ろすように見ていた。勿論、会話など聞こえるはずも無い。しかし、雰囲気的に、彼女が言い出せないのだとは、悟った。は、頑張れ!と全く知らない女の子にそう心の中で応援をすると窓から離れた。「頑張れ、。頑張れ、私」今度は少し大きめに言葉を紡ぐと、ぐっと拳を作った。


「でもさー……こんなに捜したのにさー……」

一度、言葉を区切った。ひゅう、と風が吹く。とても冷たい。はぶるっと身震いして、背を丸めた。

「なんで、いないんだよーーーーーーーーー!!!」

そうして、真っ白い雲を睨みながら、これ以上出せない、というくらいまで大きな声を出して叫んだ。の叫び声は、空気と混じって、響くことはない。そうして、また冷たい風が吹いた。の頬を掠める。冷たいナイフで頬を突きつけられるような感覚がした。

「これって、やっぱり諦めろ、ってこと?あーーーーもう!ヤんなるよ!!バレンタインの馬鹿やろーーーーーーーっっ!!!」

まるで泣き出しそうなほどに顔を歪めて、もう一度叫ぶ。此処は屋上。寒い中、こんなところにいる馬鹿はのみ。それを利用して、今日溜め込んだストレスを、こうして発散していた。

「もう、嫌……」
「何が嫌?」

ぽつりと呟いた台詞。屋上にいる馬鹿はだけのはず。入ってきたときに確認したのだ。それなのに、もう一人、と同じく馬鹿がいるらしい。……その人物は至極不思議そうな声を発して、問い掛けた。は勢い良く振り返る。聞き覚えのある声。ずっと捜していた人物の、元気な声。

「き、き、菊丸君!?」
「んにゃ?」

今までの独り言を聞かれたことに、は顔を赤くし、顔を伏せた。うぅ!穴があったら入りたい……!!ていうか、時間を戻してほしい……!!それが駄目なら、今からちょっとばかし記憶喪失に〜!などと、は心の中で涙する。そんなの心情など全くわからない菊丸は、きょとんと首を傾げる。不思議な生物を見るような大きな瞳は、を見つめて逃がさない。そんなに見られると。とは至極困った。しかしはっと今の状況に気づく。……もしかして、チャンスなんじゃないか?場所は屋上。2月と言うこともあって、生徒は誰もいない。つまり二人きりだという事だ。はごくっと生唾を飲み込んだ。そうして、伏せた顔を上げると、菊丸を見つめた。
勇気を出せ!頑張れ、自分!
先ほど、何度も唱えた勇気の呪文。は今度はそれを心の中で一度叫んだ。「さん?」黙っているを不思議に思った菊丸は、いつのまにか、の目の前に来ていた。そうして、の顔を覗き込む。は一歩後ずさりしてしまった。が、すぐに手すりにぶつかる。

「な、なんでもない!ところで、菊丸君、どうしたの?」

名前を呼ばれただけで。彼が近くにいるという事実だけで。こんなにも取り乱してしまう自分がいる。だけど……それでも逃げるわけにはいかない。はぎゅっと拳を握ると、告白までのステップを踏んだ。ドキドキと心拍数が上がっていく。顔の火照りが増していく。それでももう、この想いは、止められない―――。



★   ★   ★




告白までの道のりを、私はゆっくりと着実にかみ締めながら、歩いた。
ドキドキドキ、と心臓の音が鳴り止まない。もしかして、聞こえているかもしれない。それくらい大きな音だ。
受け取ってくれるかな?目の前の彼はどういう反応を示すだろう?ドキドキが鳴り止まない。
ああ、きっと毎年女の子はこれほどまで緊張して勇気を振り絞っていたんだな。私は今までの自分の考えを改め、そうしてぎゅっと口を真一文字にさせた。一世一代の告白舞台が、切って落とされるのだ。



の問いに、菊丸はしばらく考えていた。そうしてペロっと舌を覗かせて罰が悪そうに笑う。

「実は、逃げてきちった!」

逃げてきた、とはどういうことなのだろうか?は菊丸の言っている意味が汲み取れず、思わず疑問の声を出した。菊丸は相変わらず苦笑している。そうして、の隣に来ると、手すりに手を置いて、んーっと腕を伸ばした。

「菊丸君?どういうこと?」
「だから、逃げてきたんだって〜」

また、同じ言葉を続ける。それで意味がわからないから聞いているのに……。は困った表情を浮かべる。だが、それはさらりと流され無視された。「さんは、誰かにあげにゃいの?」むしろ反対に唐突な質問が返ってきては少し声を高くした。今回の質問の意味はわかる。あげないの?とは、チョコレートのことだろう。は困ったように微笑んだ。
ていうか、あげたい人って君だしね!
ここで、パッと鞄からチョコを取り出して、菊丸にあげれば良い話なのだが、それではどうも味気ない。というよりも、真剣さがないような……。軽い感じがして嫌だった。

「うぅん……」
「?」

曖昧な返事を返す。それを菊丸は首を傾げる。そうして、何か思いついたらしい。言いにくいらしく、眉を中央に寄せて、目を泳がせた。

「も、もしかして……フラれちゃった……とか?」

どうやら、菊丸はの困った表情と、曖昧な返事に、そういう結論を出したらしかった。はそれに、ううん、と首を振る。

「でも、きっとフラれると思う」

あぁ……さっきまでの意気込みはどこへ消え去ったのだろう……は重いため息を吐いた。同時に白い息が空気に溶ける。それをぼーっと見ていた。すると菊丸は今度は別の意味で眉間にしわを寄せると、ぎゅっと拳を握る。

「駄目だってそんな弱気じゃ!!自信持たなくっちゃ!」

そうして、声をあげた。菊丸の優しさが暖かかった。は、遠慮がちに微笑むと礼を述べる。
でも好きな人に励まされてる私って、もう駄目なんじゃ。いや、好意で言ってくれているのはありがたいんだけどさ。
言葉とは裏腹に、心の中でが重いため息をついたことなど、菊丸には届かない。菊丸はうっし、と満足げににかりと笑っていた。だが、すぐさまに落ち込んだ風に、肩を落とす。

「なーんて、さんにそんなこといってるけどさー、俺も駄目駄目って感じ」
「え?」
「チョコ!……好きな子から貰える気配ないしね」

しゅん、と俯く。そんな菊丸を一瞥して、は胸が痛んだ。可哀想だとも思ったが、それよりも、菊丸に好きな子がいるということ。それが一番心に響いた。

「そ、そんなに、落ち込むことないよ……。あ、ほら……私も頑張るし、菊丸君もがんばろっ?」

阿呆!応援してどうする……!!
自分が馬鹿みたいに思えてきた。は顔に笑みを貼り付けたまま、菊丸の肩をポンポンと優しく叩く。菊丸は俯いていた顔をゆっくり上げて、を見た。そうして菊丸は、そうだね!と元気な声で笑った。もそれに同意するようにこくんと頷く。「んじゃ……頂戴?」菊丸の言葉には素っ頓狂な声を上げて、彼を見た。見ると、の目の前には、菊丸の両手がある。何を?なんて、答えるまでもないだろう。

「えっと……あの……」

期待しても、いいのだろうか?は普段使わない頭をフル回転させた。今までの会話は、菊丸の好きな人の話。それについては頑張ろうと菊丸を励ました。そして、頂戴、の一言。
……もしかしたら違うかもしれない。もしかしたら自惚れかもしれない。

「だーかーらー、さんのチョコ!頂戴?」

頂戴……なんて、そんな素敵な笑顔で……か、かっこいい……!!……じゃなくって!!

「そ、そんなこと言われたら、私、期待、しちゃう、よ?」

途切れ途切れになった言葉。ただ一言。たった一言はそう呟いた。……いや、それだけしか言えなかったのだ。声が震えてとても頼りない。菊丸は大きな瞳でを捉えている。「だって、ずっと待ってたし」照れながら菊丸は頬を掻いた。時折風が吹いて、菊丸の栗色の、髪が静かに揺れる。ああ、そういえばこの髪は毎日朝セットしてるって聞いた気がする……。そんな今はどうでもいいようなことをは頭の中でぼんやり考えていた。頭が働かないらしい。もしかしたら、夢かもしれない。うん、そうよ夢よ。きっと夢。てゆうか絶対夢!だって、そんな上手くいくわけないもの。都合の良い夢を見て、現実逃避してるのよ!うん、そうに違いない。はつらつらと思い並べて、自己完結させようとした。が、あえなく撃沈する。黙り込んでしまったをどうしたものか?と菊丸が覗き込んだのだ。は、ハッと我に返る。すると眼前には菊丸の顔のドアップ。

「返事は?」
「ひぁあっ!」

思わず変な声をあげてしまった。顔が赤くなる。自分の中に流れている全血液が今顔に集中しているような気分で。高血圧で倒れてしまいそうなくらい、上昇しているような感覚。そうして、口をパクパクさせる姿は、まるで言葉を知らない赤ちゃんや動物のようだ。

「あ、えっと……そ、その……」

勇気を出せ、自分!頑張れ、私!
そうまた呪文のように唱えて、スーハーと深呼吸をする。そうしてはゆっくりと菊丸を見た。鞄をぎゅっと力強く、握る。鞄を持つ手が汗ばむ。ドキドキドキと心臓が高鳴って。バクバクバクと心拍数が上がっていって。血圧なんて急上昇。2月だなんて信じられないくらい熱く感じられるのは、きっと目の前のこの人のせい。止められない。止まらない。溢れ出るのはあなたへの想い。3年間分の思いを込めて。毎年渡せなかった悔しさ、悲しさ、辛さ、全部の感情拭い去るように。

「……菊丸君が、好きです。……私の気持ち、受け取ってくれますか?」
「喜んでっ!」

甘い甘いチョコレートに含んだ甘い甘い想い。どうか、ひとつひとつかみ締めて召し上がれ?





 ― Fin





あとがき>>名前変更※元「あま〜いチョコはいかが?」
2005/02/05