あたしの彼氏はかなり珍しい人種だと思う。今時無いだろってくらい門限に厳しいし(あたしの門限は7時なのだけれど、必ずその時間には送り届けてくれる)武士道?に従順で、ふざけたことを嫌う(良く、2年の切原くんなんて制服のズボンをずらしてるのを怒られてたりする)正々堂々。そんな言葉が多分好きに違いない。―――中学生だからと言って3ヶ月も経つのに手だって満足に繋いだことが無い。キスなんてもっての外だ。
そんなあたしの彼氏は、多分昭和初期の男心を持ってるに違いない。勿論良い意味で、だ。
最近の男はチャラチャラしすぎだと思うので、そんな男気溢れる彼に惚れるのは必然だった。だけど・・・だけど。
「それってほんとに付き合ってるって言えるの?」
友達のたった一言でグラリと不安になっちゃうんだ。・・・弦一郎のこと、信じてないわけじゃないけど・・・でも、あたしだって時にはイチャつきたいの!
生中学生日記
彼と付き合い始めて3ヶ月。今日初めてお家に呼ばれた。前日良く眠れなくて寝不足だったにも関わらず、朝早くにぱっちりと目が覚めた。弦一郎がウチまで迎えに来てくれて、一緒に向かう途中、どきどきどきどきどきどきどきどき。ヤバイくらいに心臓が煩くて、色々悶々と考えていた。おじいさま、おとうさま、おかあさまは一体どんな方なんだろう?弦一郎を見る限りとても厳しい方々に違いない。もしかしたら、弦一郎にはふさわしくない!と言われてしまうかもしれない。なんて厭な予感がふつふつと次々に浮き出てきたけれども、実際会ってみると、おばさまは優しかったし、おじいさまもあたしのことを認めてくれたようだった。「ゆっくりしていきなさい」としか言われてないけど、きっとそれは許されたということなんだろうと勝手に思うことにしている。
そんなこんなで、弦一郎の敷居をまたぐことが出来た――結構大げさ――あたしは、ずっと夢にまで見ていた弦一郎の居合いを見せてもらった。始める前から感じた威圧はそれはもう、凄くて。こんなの中学生に出せるものなの?と思ったりもしたけれど、弦一郎だしなぁと思えばすぐに納得できる。・・・改めて空気が、違う。と思った。
そして今。暫く稽古を見せてもらったあたしは、弦一郎と共に、彼の部屋へときていたのだ。彼、弦一郎の部屋は意外にもかなりシンプルなものだった。もっと漢!って感じの部屋を想像していたから、入った瞬間言葉が出なかった。(何せ、男らしい部屋だね!って言おうと練習までしていたのだから出てこなくなるのも当たり前だ)そんなあたしに「?」と不思議そうな声がかかったところで、ようやく我に返って、慌てて出した言葉が「凄い綺麗に片付いてるんだね!」・・・・・・一体あたしは弦一郎を何だと思っているのか・・・。いや、まあ・・・片づけをしないタイプだとは思っていないさ!思っていなかったんだけど・・・それ以外言葉が出てこなかったのである。
「己への甘さがたるんだ精神が生じるのだ。それは掃除でもなんでもだ。・・・は違うのか?」
「へ!?あ、あたしは掃除好きだから、ちゃんと綺麗にしてるよ!」
突然言われた言葉と、鋭い視線で思わず裏返る声。でも弦一郎はあたしの動揺には気づかなかったようだ。「冗談だ」とちょっと笑みを浮かべて、あたしの頭にぽん、と手を置いた後、部屋の中へ勧められて、ちょっと緊張しながら部屋へと入った。―――・・・ごめん、弦一郎。あたし、掃除月に1回するかしないかだよ。そう心の中で謝ったことは弦一郎には言えないだろう。同時にちょっと今度から気をつけなければいけないと考えた。実行できるかは別として。
それが、つい数分前の出来事だ。今あたし達の中にあるのは、クソ長い沈黙だ。なんか、入ったら入ったで緊張の糸が切れてしまったというか、なんというか。というか、皆彼氏の部屋に行ったとき、どうするのか?普通ならゲームとかDVDとか見るのかもしれないけれど、相手は弦一郎。ゲームなんて絶対しないだろうし、DVDも見るようなタイプじゃないだろう。そもそもDVDが何たるかなんて知らないんじゃあ・・・と思ってしまうくらい、古い考えの持ち主だったりするのだ。(そんなところが好きなのだけれど)
「・・・・・・・・・・・」
向かいに座ったあたしと弦一郎はただ今無言の境地にいた。てゆうかほんとみんな二人っきりになったらどうするんだろう、こういうとき。弦一郎を見ればあたしほどじゃないにせよちょっと心穏やかじゃない感じだ。そわそわそわとあたりを見渡すことしか出来ない。
「・・・何か、飲み物を持ってくるとしよう」
すると、弦一郎が急に言って立ち上がった。あたしはそれを目で追って、「あ、うん」と短く返事をする。弦一郎はそれを聞いて自室を出て行ってしまった。弦一郎の去っていく足音を聞きながら、ぽかん、としてしまう。一人になった弦一郎の部屋はガランとしてちょっと淋しい雰囲気だ。あたしは手持ち無沙汰になってしまって、どうしようかと更にあたりを見渡す。それから、ふっと目に入ったのは本棚だ。・・・好奇心が募る。ちょっとだけ、良いよね?
「・・・やっぱり弦一郎ってどこか中学生じゃないんだよねえ」
本人の心のように、隙のない本。小難しい感じの本、本、本。漫画なんてもの一切なくて、これが本当に健康男児のお部屋なのかしら?とちょっとだけ心配になったりする。あたし自身そういったコトにあんま詳しく無いからよくわからないけど(兄もいなければ弟もいないしね)でも、・・・その・・・この年になれば、そう言った事にも興味を持ったりしてもおかしくないんじゃないだろうか?まあ、四六時中エロイ事ばっかり考えられていても困るし、仁王くんみたいに「視線だけで妊娠させられちゃうよ!」なんて噂が立ってもらっても厭なんだけど(てゆうかまずそんな弦一郎想像出来ないけど)・・・こうして二人っきりになってもそう言う事態がないとちょっと拍子抜けだ。あたしに魅力がないからなんだろうか?とか、色々不安になったりする。ため息と共に、一冊手に取った本を棚の中へ戻す。―――そこで、気づいた。
・・・なに?
ぎっしりと詰まった本棚。一見すればそれだけだ。何の変哲もない、それ。でも、気づいてしまった。隙のない本の後ろに、もう一つ本が隠されていることに。
・・・も、しかして!
これが、世に聞くエロ本って奴なのだろうか?ドクドクドクと心臓が騒ぐのがわかった。やっぱり弦一郎も人の子。健康男児だったわけだ。奴も男だ、そういったことにも興味があったんだ!とまだ中身も見て無いのに、想像を膨らます。でもだって、明らかに怪しいではないか。まだ空間の残る本棚に、わざわざと隠すように埋まっている数冊の本。明らかに、これはそうだと思ってもおかしくはない。
普段、エロ本と言えばベッドの下とかそういうイメージがあったのだけれど、弦一郎の部屋にはベッドがない(多分、布団なんだろうと思う)だから、そんな中隠せる場所と言えば本棚なのだろう。
ドキドキした。・・・やっぱりそういうのをいっぱしに見ているんだと言う考えが、あたしの好奇心を揺さぶる。だけれど、同時に思う。・・・そういうの、見てるくせに、どうしてあたしには殆ど触れてくれないんだろう?
あたしは自分の体を見下ろした。
「・・・いつ見ても思うけど、貧相な身体だよなぁ」
これじゃあ弦一郎がムラムラしないのも頷ける。・・・つまりは、アレか?あたしに色気が無い事が原因なのか?こんな女じゃ欲情しないってか?
初めはただのエロ本探し、ちょっとした好奇心と言う名目だったのに、見つけたら見つけたで面白くない。何?てゆうか、こんな本にあたしは負けたんか?え?エロ本なんて見たことないけど、そんなに良いのか!?
なんっか、面白くないわけである。彼女として、大変面白くないわけである。だって、つまりは・・・あたしではなく、こんなもので済ませているわけなのだから。彼女として顔が立たないわけである。気遣ってくれてる?とか思うけど、ようは本の方がいいわけだろう?・・・それって楽しくない。
ちらり、とドアのほうに視線をやれば、まだ弦一郎は帰ってくる気配はなし。・・・そこまで言い切る(誰も言い切ってない)のなら一体どんな本なんだろうか!さぞイイモノなんだろうな!とどこか意地のようになっていたのかもしれない。あたしは、一冊綺麗にカバーのしてある本を手にとって読んでみることにした。
―――パラリ。
「・・・こ、これは・・・!!」
「、遅くなったな。茶請けが切れていて、買ってきたのだ」
「あ、うん・・・だい、じょうぶ」
「・・・何かあったのか?」
それから弦一郎が帰ってきたのは10分後。両手に持ったトレイが何とも似合わない。・・・っと、それはどうでもいい。あたしは自分の浅はかさを知ってしまって、弦一郎の顔が上手く見れなかった。弦一郎は?と良くわかっていない様子だ。「どこか体調が悪いのか?」と不器用な優しさをあたしにくれる。それはとても嬉しいものなのに、今のあたしは素直に喜べない。・・・自分が、恥ずかしい。
弦一郎をそういう目でばかり見ていた自分が!
「?」
「弦一郎・・・あの、あたしね?」
「ああ?」
「あたし、今まで自分がどれだけ弦一郎のことわかってないか知ったの。・・・待つから。あたし達はあたし達にやっていけば良いよね!」
「・・・む?」
今、目の前にいる彼は、見た目はこんなでも心は純粋だ。きっと中学生の中では一番純粋に違いない。彼の心は少年そのものなのだ。
そんな少年を卑しい目でなんて見ちゃいけない。
・・・まさか、手に取った本が『初めての居合い切り』だったなんて。
拝啓、親愛なる友人へ。貴方はあたし達のこと、「そんなの付き合って言えるの?」っていうけれど、彼はこの通りの純粋な方なので、気長に待つことにします。とりあえず、80年90年のネタのように「じゃあ交換日記から始めませんか?」とはさすがにいえないけれど、・・・うん、良いんだ。あたし達はあたし達のペースで進むことにするよ。
お茶請けを貰いながら、特に何もすることなく、ズズズと煎茶を飲んだあたしは、今頃楽しく彼氏と遊んでいるであろう彼女に、届かぬメッセージを心の中で送りつつ、生暖かい目で弦一郎を見つめた。
「・・・どうした?」
「ううん、別に!」
そんな、少年のような彼が大好きです!
― Fin
あとがき>>あたしの真田のイメージはこんな感じ。だって、ホラ・・・「結婚前提にお付き合い!」しかしそうにないでしょう?(笑)
2007/04/24