腐女子な彼女
ピンポーン。その音が聞こえたのは、がゲームに熱中している時だった。普段ならば、ああお客さんかな?と玄関に真っ先に向かうのだが、ゲームをしている彼女の手は忙しない。確かリビングの方に母親が居ただろう。母親が勝手に出るさ、と言う結論に達した彼女はピンポーンと言う音を無視することにした。
チャイムが鳴って、数分。きっと3分もかからないうちだろう。の部屋のドアがガチャリと開いた。母親だろうか?と、視線を向けようと思ったが、今はゲームで大盛り上がりの1歩手前。彼女の目も忙しいわけだ。「お母さん?」と画面に集中しながら心此処にあらずの状態で言葉を投げかけると、聞こえてきたのは母の柔らかいトーンではなく。
「…む、なんだ…テレビゲームか?」
…それよりもっともっと低い、男声。その声を、は良く知っていた。画面からガバっと顔を背けて振り替えれば、眉間に皺を寄せた、最愛の彼氏。
「げ、弦一郎!」
「ああ、すまない。勝手に上がっても良いといわれたので入らせてもらうことにした。…のだが、…忙しかったか?」
「あ、あー良いんだよ、うん全然OK!」
画面との顔を交互に見やった真田が、訝しげに質問を投げ返すので、は心中穏やかでは居られない。唯一の救いは真田が現代の遊びに詳しくないことだ(失礼)ゲームと言えば切原がやっているような格闘ゲームくらいしか知らないだろう。
まさかゲームにも色々種類があって、これが世に言う恋愛シミュレーションゲームなんですよ。ともには説明できるはずも無い。
真田と付き合うときには自分をオタクだと隠しているのだから、尚さらばれるわけにはいかなかった。
そんな心境を知ってか知らずか、真田がの横に腰掛けた。ピタリとくっつく、と言う行動に出ないのは彼が固い男だからだろうか?ちょっとは画面の男のように甘い言葉の一つでも吐ければ真田を見る目も変わるだろう。は画面で食っちゃべる今落そうと思っていたゲームキャラクターを見つめ、ぼんやりと思った。だが実際「君とこうしていられることが、僕の幸せだよ」と流し目で真田の口から聞いた日には、どころかレギュラー陣も一気に顔面蒼白になること必至だ。
と、色々考えていたが、今はそれどころではない。此処からどう切り返すかが問題だ。幸い真田は恋シミュを知らない。ならばこのままゲームを進めていても宜しい?はぼんやりと思う。
「…さっきから出てくるのが男ばかりのような気がするのだが」
しかし、心臓に悪いわけである。さすがに恋愛ゲームだと知らなくても、不審に思うわけである。いや、乙女ゲーを知らないからこその疑問だろう。続けようと思っていたはビクッと震えたのちピタリと手を止めた。心臓が一気に騒ぎ出す。どうにかこの場を乗り切らねばならない。
そんなの心理を知るわけも無い真田は純粋にからの答えを待っている。そんな穢れの無い目で見つめられると、自分が酷く穢れているような気がしては心苦しくなったが、やっぱりオタクだと言うことはカミングアウト出来ない。
結局の口から出てきたのは、
「あ、ほら…私、男の子と話すの、苦手でしょう?でもさすがにいつまでも男の子を怖がってちゃ駄目だって思って…。だからコミュニケーションをとるために、まずはゲームで慣れようかなって」
という苦し紛れの言い訳だった。これはいくらなんでも真田だって不審に思うに決まっている。言った後大量の汗が吹き出るのを感じていただったが真田の次の言葉は「そうなのか」といたく感心した一言だった。
「こうした努力は大変好ましい」
まさか、信じた?と真田の思考回路を疑う。仮にも自分の彼氏なのだが、余りにも世の中を知らなすぎる。これからの恋人の行く末を本気で心配しそうになっただが、まずはばれなかったことに一安心である。
「あ、でも…折角弦一郎が遊びに来てくれたんだもん。いつまでもゲームしてるわけにも行かないからそろそろ辞めるね」
「む、何故だ?俺なら構わん。続ければよい」
「いやでも!」
「俺との仲だろう。何を遠慮している。俺も協力してやろう」
「あ、いやでもね!」
急に焦りだす彼女。む?と眉間に皺を寄せながら真田は首を傾げた。何故急に慌てだすのだろう。それが真田には理解が出来なかったのだが―――此処からのゲームの内容は、所謂本気の恋愛イベント発生なのである。めちゃめちゃラブラブするあまーいイベントが待ち構えているのである。さすがに乙女ゲーを知らないからと言っても、そんな展開があればどんなにバカな真田でも気づくに決まっている。
「あ、本当に、良いの!こんなにいっぺんにやっても実践できるわけじゃないし。…長期戦で行くわ。集中力も大事だし、ね?」
「む、そうか」
何とか回った自分の機転には安堵した。
ようやく納得した真田を見つめ、セーブを素早く終えるとゲーム機からディスクを取り出そうとした。
「だが、こんなありがたい教材がこの世に存在するとは、知らなかったな。…も頑張っていることだし、常識を知らん赤也あたりにでも勧めてみるか。…このゲームは何と言う名前なのだ?」
「えっ!」
唐突の質問に、またしてもの手が止まる。思わず持ち上げたディスクを落しそうになり、すんでのところで止めたは、流れる汗を拭い去り、至極冷静に「こ、これは女性向けだから、切原くんには合わないと思う、よ!」と笑顔で返した。
純粋さは思わぬ凶器である。これならまだ乙女ゲーを知っていそうな仁王あたりにオタクだとバカにされるほうが良い。かなり居心地の悪さを感じながらが素早くパッケージにディスクを仕舞い込めば、その瞬間を逃がすまいと真田の目が光った。
「うむ、最近のゲームは入れ物も豪華なのだな。赤也の持っているものだと、そう言った類のものはなかったが」
「え、あ、あはは!そ、そうねえ!」
「…ふむ、まあ良い。後で蓮二あたりにでも聞いてみるとしよう。思わぬ収穫だな。感謝するぞ、」
「あ、あはは。こんなことで役に立てるなら!」
そして夕方。真田がの家から出ると同時に、は持っていた携帯が壊れんばかりの凄い勢いで柳に電話をかけたとかかけなかったとか。
オタクな彼女の涙ぐましい努力は、こうして続いていくのである。
― Fin
あとがき>>ドキサバ効果です。
2007/06/21