それを聞いたのは、きっと、神様のお告げだったのかもしれない。
愛しすぎて、ナミダ。
部活を終えて、今日も暑かったとかハードだったとか短い会話を着替え中に繰り広げた。
それから数分後、他の先輩達よりも早く着替え終わった俺は、一足先に部室を出ようとドアを開けた。
そこまでは良かったんだ。なんら、いつもと変わりない部活後の風景。けども、その後は、いつもと違ったんだ。
何の気なしにドアを開けると、同時に聞こえてきたのは、鈍い音と、「痛っ」と言う台詞。
…誰かがぶつかった、と言う事は、一目瞭然で。ヤベっと思って部室の外にいるだろう人物―多分声からして女―に声をかけようとした。けれども目に映った奴の顔を見て、そんなの一気に吹っ飛んで、次に言葉を紡いだのは、心配の言葉でもなんでもない、そいつの名前だった。
「、何やってんだよ」
見慣れた女友達の名前を呼びながら、ドアの前で座り込んでいるを見下ろす。
はどうやらドアに額をぶつけたらしく、右手は額中央を押さえていた。
少し俯き加減のに少し違和感を感じたものの、どうせすぐに罵声が飛んでくるだろうことを予想して、俺は防御に入る。けれども、それは一向に飛んでこない。おかしい。そう感じて、恐る恐るの顔を覗き見れば。
「んなっ、お、おい!」
は薄らと涙を浮かべていたのだ。
怒った顔や笑った顔、泣きまねなんかしょっちゅう見ていたけども、実際本当に泣いたところは見たことが無くて、俺は予想以上に取り乱していた。
どもりながらの台詞はきっと落ち着いたときに聞けばなんとも恰好悪い。それでもそんなことに構ってられなかったのは、相当俺の中での涙が衝撃的だったから。
「とりあえず場所変えるぞ!」
ぐいっと引っ張ると、何の抵抗も見せない。引っ張られるがままにの身体がふわりと浮く。
スタ、と立ち上がるのを確認すると、俺はの腕を更に引っ張って、部室を離れた。
…ほんと、調子狂うっつーの。
ぽりぽりと頭を掻きながら時折チラとの方を窺い見る。は俯いたままだった。
ついに泣き出してしまったのか、はたまた涙は引いたのか俺の方からは確認することは出来ない。
いつもと違うの態度に、物凄い戸惑いを隠せない。ほんと、調子狂う。
行く当ては決まってなかったものの、は始終額を押さえている様子だったから、とりあえず少し離れた水呑み場までやってきた俺ら。
を乾いたアスファルトに座らせてやって、俺は鞄の中をがさごそと漁った。お世辞にも綺麗とは言いがたい鞄の中身をひっくり返す勢いで両手を突っ込んで、ようやく発見したタオルを鞄の中から取り出した。
さっき、使ってしまったものの、いつもよりは綺麗なはずのタオル。俺はちら、とのほうを様子見た。未だに俯いたままの。
俺はそれをチェックして、水道の蛇口をひねる。ジャーッと物凄い音で勢い良く流れる水。時々水が飛び散って俺の顔に当たった。
手に持ったままのタオルをそれに浸す。どんどん水が浸透して重くなるタオルを数度ごしごしと洗って、俺は蛇口を止めた。数滴、ポタ、ポタと雫が蛇口から落ちるのを見て、タオルを力いっぱい絞る。
こんなもんかな?タオルから水滴が落ちないことを確認して、俺は絞ったタオルを丁度良いくらいの四角形にして、またのほうに視線を向けた。
それから小さく息を吐いて、の前で屈んでみせると、ようやくの顔が確認できるようになった。
「ほら、タオル」
悪かったな。と言いながらぶっきらぼうにタオルをの前に突き出した。上手くゴメンと言えない自分が情けなく感じながら、の行動を待つ。
は一瞬何のことだかわかっていない様子で、俺の持っているタオルを見てそれから見上げて俺を見つめる。
それから、どうやらタオルの意図するものがわかったようで、ぎこちなく笑うと、俺の手からタオルを受け取った。
それからそれを額に押し当てて、もう一度小さく礼を告げる。
「ありがと」
そう言った後、はしばらくの間何も言わなかった。俺も何も言えなくて、ただ、の横に腰掛ける。
暑いじりじりと焼け付くような太陽がこっちを睨んでるように思えた。座ったアスファルトは熱を吸収して、じんわりと熱い。
日が長くなった所為か、もう7時だって言うのに、まだまだ明るい空をぼんやりと眺めていると、隣から、微かに聞こえるのは、嗚咽。グズ、と鼻をすする音が俺の耳に届いて、さっきの嗚咽は空耳じゃないことを知る。
ギクリ、との方を窺うようにこっそりと見やれば、さっきまで額に当ててたタオルを顔全体に押し当てていた。
「…失恋しちゃった」
ポツリと呟かれた台詞に、額のそれが泣いた原因じゃないことに少し安堵するものの、失恋と言う二文字に動揺を隠せない。
と仲の良いつもりだったが、今の今までに好きな奴がいることなんか知らなかった俺はどうすれば良いのか戸惑った。
そういえば、恋相談を受けるのも、泣いてるのを慰めるのも、今日が初だ。
俺は何も言えなくて、ただを見つめる。は俺の返答は期待してないのか、タオルを押し当てたまま、喋り出す。
「…大好き、だったんだけどなぁ」
タオルを押し当ててる所為で、声がくぐもる。それでも隣に居れば十分聞こえる音量で、たった一言、そう呟いたんだ。
途端に胸がぎゅっとなる。…の気持ちが、わかるはずないのに伝わってきたような気がして、切なくなった。
たった一言の台詞は妙に重く、の大きな想いが込められている。
「そか、」
俺に言えたのはそれだけ。もっと気の利いた言葉の一つや二つ言えたらどんだけ良かったか。
そう思うものの、見た目以上にあたふたしてしまっている俺の脳みそではその一言を言うので精一杯だった。
嗚咽も、鼻をすする音も、止まない。一度出てしまった涙はきっと簡単には止まらないんだろう。
どんなにきついことを言っても、決して泣いたりしなかった。
前に一度、マジギレして取っ組み合いの喧嘩をしたこともあったけど、その時にも決して涙は見せなかった。
大好きなバスケの試合で負けたときにも、泣きそうなのを堪えて、必死でメンバーを笑顔で慰めていた彼女。
思い出されるのは、涙なんか見せたことの無いの姿だ。
それだけ強かった彼女。どんなときにも笑顔を絶やすことなど無かった彼女が、泣いている。それだけ、好き、だったんだろう。そう思うと、何故だか胸がチクリと痛んだ。
横に座っているに視線を移せば、強いと感じてたソレは全く無い、ほんとそこ等へんにいるような、いや、それよりももっと儚い彼女の姿。
強いと感じた背中は今や頼りないくらい小さく丸まっていて、微かに震えていた。それだけで、どれだけソイツが好きだったのか、わかる。
きっと、今俺が何を言ったって無駄なんだろう。
たとえ、世界一気の利く台詞を吐いたって、どんなに頼りになる言葉を紡いだって、きっとには届かない。
望んでいる言葉はきっと、俺には出せないんだから。が望んでるのは、きっと下手な慰めでも、頼りがいある言葉でもない。
好きな奴に受け入れてもらえる台詞。それだけなんだろう。そう思えば思うほど、辛く感じて、ぎゅっと口をきつく結ぶ。
なんで、胸が苦しくなるんだよ…
わけのわからない感情が俺の中を渦巻く。
「赤也…」
ずっとタオルを押し当てていたの顔がゆっくりと上がって、俺を見据えた。
真っ赤に染まった目とその周りが、が泣いていたんだと言うことをはっきりと主張していて。現実を叩きつけられる。
俺の名前を紡いだは余りにも悲しげで、脆くて、今にも消えてしまいそうなくらい繊細さを帯びていて。不意に、出た答え。
ああ、俺は、が好きなんだ。
気づいてしまった想いに、胸が締め付けられる。無性に抱きしめたくなった。
―――目の前の彼女を。
…だけど、それは出来るわけも無く…。
「…泣きたいなら泣けって…今日はが好きなだけ、付き合ってやるから」
そう言うだけしか、出来なかった。ぎゅっと握った拳が痛い。
「…あり、がと…赤也」
言った後、またすすり泣く声が俺の鼓膜にこびりつく。愛しさがこみ上げてくる。いっそ、その細い肩口を抱きしめてやることが出来たなら、どれだけ良かったのか。
俺はまたを見つめて、いまだ泣き止まぬ彼女への想いをめぐらす。…こんな気持ちで気づきたくなんか無かったというのに…。
― Fin
あとがき>>キリ番の925を取ってくださったニンナ様に捧げます!リクは切ない系で赤也!とのこと。
今まで強い女友達って風に思ってたのに、儚そうな弱々しい姿を見てしまって「ああ、本当はちゃんと女なんじゃん」って思ったと同時に、恋しちゃう赤也を目指してみました。…CRYCRYCRYの逆版って感じですけど、ちょっと違う。アレは前から好きだったけど気づかなかっただけなので。今回のは全くそういう感情なかったけど、そのギャップと、恋してるヒロインに恋をしちゃったゼ!みたいな感じでお願いします。
こんな物で良かったら貰ってやってください(へこへこ)お持ち帰りは勿論ニンナ様だけですよ〜!
2006/08/19