いつもは、先輩風利かせたくって、何かと年上ぶるけどね。
でも、やっぱり年上だろうが、年下だろうが、淋しくなるときはあるんだよ?
さ び こ い あ ま
淋し恋し、甘えんぼ
「せんぱーい、先輩?」
名前を呼ばれて、私は読みかけのページから顔を上げて、声のするほうを見つめた。すると、訝しげな顔。何度も呼んだのに、と言った様子で不満げに口を尖らせた。ごめんね、と謝るとまあ良いけど。と返してくれる。
「切原赤也」は私の彼氏だ。一学年下の彼は、うちの学校の男子テニス部期待の二年生エース。そして私も、その強豪と言われる男テニに所属していたりする。と言っても私の場合は選手としてではなく、マネージャーとして、彼らの肉体面、精神面をカバーすることが仕事なんだけど。
だから、赤也くんとの出会いは部活だった。部活の先輩、後輩。そして、一年の年月を経て、いつの間にか、彼氏彼女に変わっていた。その日のことは、今になっても忘れもしない。
「あ、あの赤也くん!付き合って欲しいんだけど…!」
片想いを、卒業しようとしたあの日。その日は赤也くんに誘われて、何度目かになる寄り道をしていたときのこと。一緒に勇気を出して、告白をした。
「え、もう俺らって付き合ってたんじゃねえんスか!?」
一世一代の大告白。これほどにないくらい心臓がバクバクして、煩い。すると、今までジュースを飲んでいた赤也くんの口からぽろ、とストローが落ちた。それを黙って見やる。そうすれば、数秒ののち、赤也くんの顔つきが呆気に取られたような顔から、吃驚したような顔に変化して言われた言葉。
素っ頓狂な答えに今度は私のほうが呆けてしまって、赤也くんの言葉を一気に理解できなかった。目の前の赤也くんは「やべえ、俺の勘違いかよ」とか言いながら頭をクシャクシャ掻いて、困った顔をしていた。私はそんな彼をぽかんとアホ面で見つめることしか出来なかった。
ようやく言葉が口から出たのは、それから数分立った後。だって、と言葉を紡げば、赤也くんの緑色の瞳がこちらを向く。少しツリ目の彼の目が、くりくりと私を見つめていた。
「だって、俺ら毎日メールのやり取りしてるし、電話だって結構小まめにしたりするし、部活休みの時には殆ど遊びに行ったりしてるじゃないっスか。こういうの、世間一般で付き合ってるって言うんじゃないんスかね?」
「い、や…確かに、そうだけど…でもっ」
赤也くんの言ってることは最もだった。けれども、いくら恋人らしいことをしていたとしても言葉が無ければ、気持ちを伝えていなければただの仲のいい先輩と後輩であって、ただの親しい部活仲間なのだ。赤也くんは私の言いたかったことを理解したみたいで、小さくあぁ、と声を漏らす。
「そういや、付き合ってって、言いませんでしたっけ?」
「…うん」
「はは、スンマセン」
「……本当だよ、一番、大切なことなのに…」
口を尖らせて、明らかに拗ねてます的な表情をすると、赤也くんがまた謝った。けれども、その声はどこか可笑しそうで、楽しげだった。それが何か悔しくて、私はちょっと椅子から腰を上げて、向かい合わせに座っている赤也くんに手を伸ばして、その頬を思いっきり引っ張ってやった。イテテテテ!と赤也くんの声が一際大きく聞こえた。でも、最後にぎゅっと引っ張って放すと、赤也くんが自分の両頬を手で覆う。おー、いて。なんて言いながら。でもその顔はやっぱり笑顔だ。
「ごめん、先輩」
それから一言呟いて。私の手を握ってくれる赤也くんの温かい掌が心地いい。そういえば、今までこんな風に触れたことはなかったかもしんない。そう思うとドキドキしたのを覚えてる。そんな私の心情なんか全く気にしてないみたいで、赤也くんの顔は余裕そうだ。へら、と笑うその表情が可愛い。(なんて言ったら多分怒るんだろうけど)でも、それは次の瞬間凄く真面目な顔に変わって。
「好きッス、マジで」
私はキョトン、としたのもつかの間。突然耳を刺激する言葉に顔が真っ赤になるのがわかった。初めての彼からの告白に。初めての彼からの本音に。心臓が騒ぎ出して。顔に熱が集中しだして。ああ、もう、私このまま死んじゃうんじゃないかってくらい、ドキドキ、して。
「…私も、好き…だよ?」
恥ずかしすぎて、でも伝えなきゃいけない言葉を小さく呟いて。そうすれば、赤也くんが私の頬にキスしてくれた。
…なんか誓いみたいだって思ったのは私だけの秘密だ。
「せんぱーい、聞いてる?」
「あ、ごめん」
意識を手放していたことに気づいたのは、何度目かになる赤也くんの呼び声だった。至近距離に見える赤也くんの顔に、いまだに慣れなくて、ドキドキする。それでも平然と装ってしまうのは、私が年上に生まれてきてしまったから?同い年だったら、また違う付き合いをしていたんだろうか。時々、そう思うことがある。ううん、最近はしょっちゅうかもしれない。赤也くんが年上は気に入らないとかそんなこと言ってたわけじゃないし、寧ろ私のことを好きだって思ってくれてるのは、多分、本当のことだ。(半分は自惚れかもしれないけど!)
「先輩…なんかあったんスか?」
「え?」
突然、ひょこっと覗いてきた赤也くんの顔が、どこか真剣で、私は吃驚するよりも先に、驚きのほうが大きかった。
目をちょっと見開いて、赤也くんを見れば、心配してます的な顔。えっと…と言葉を続けようと思ったけど、赤也くんの「なにかあった」の発言の意味するものが良くわからなくて、困惑する。そうすれば、赤也くんのほうが先に口を開いた。
「さっき…一瞬悲しそうな顔、したから」
…良く、見てるなぁって感心した。いや、感心してる場合じゃないんだけど。「なんかあったんじゃねえかなって」と続ける赤也くんの顔は本気だ。本気で心配してくれてるんだと思うと、嬉しい反面辛くなった。ああ、もう。不安にさせたいわけじゃないのに。私は莫迦だ。小さく謝ると、赤也くんが私に近づいてくる。もうあとちょっと近づけばキスできるんじゃないかってくらい、顔が近づいて。くりくりのグリーン色した瞳が私を見据える。
「…言ってくれません?」
「えと…」
「それとも…俺、頼りないっスか?」
切なげな声が私の聴覚を麻痺させる。…頼りない?そんなこと、思ったことない。だけど、こんな自分を晒したら、捨てられちゃうんじゃないかって、不安になるんだ。…結局は、赤也くんを信じてないってことなんだろうか。そう思うと辛くなって。フルフルと首を横に振った。そうすれば、触れる、赤也くんの体温。
「赤也、くん?」
正面から抱きしめられて、恥ずかしい反面吃驚の方が大きくて。思わず名前を呼べば、赤也くんが答えるかのようにぎゅっと強く抱きしめてくれた。私の手は、どうすればいいのかわからなくて、脇の横にだらりと垂れ下がるだけ。痛いくらいに抱きしめられて、ああ、やっぱ男だなぁって思う。
…どんどん、好きになる。どうしようもないくらいに。
「…頼り、ないわけじゃないよ」
「先輩?」
「ただ、赤也くんのこと、好きになればなるほど、不安になるんだ」
付き合う前から、赤也くんに惚れてしまったときから、それはわかっていたことだったはずなのに。たかが一つされど一つのその年の差。痛いほどに痛感する、先輩後輩の仲。付き合っていく中できっとそれは楽しい反面辛いものにもなるんだろうなって、わかっていたはずだったのに。それでも、赤也くんのことが好きで、告白して付き合いだしたって言うのに。
好きになればなるほど、傍にいたいと思えば思うほど。
その存在に。切原赤也と言う少年に。…依存してしまう自分が、怖い。
「…大好き、なの」
ぎゅっと、赤也くんが何も言わずにまた私を抱きしめた。背に回る左手が、温かくて。もう反対の手が私の髪の毛を優しく撫でる。
こんなに好きになってるなんて気づかなかった。知れば知るほど、愛しさがこみ上げてきて。幸せだなあって思うたび、付きまとう不安。いつか、この幸せがなくなっちゃうんじゃないかって。いつか、依存しすぎのその想いが、赤也くんの負担になっちゃうんじゃないかって。
教室にいないだけでも、淋しいと思うときがあるのに。…もし、卒業してしまったら?…校内に赤也くんがいない。部活中、大好きな背中が見えない。呼んでも、叫んでも傍にいない。
そう考えたら、気が狂いそうだ。
「先輩、大丈夫」
ぽんぽん、とあやすように背中を撫でてくれる赤也くんの掌が心地よい。耳元で囁かれる言葉にきっと偽りはないんだと思う。私はその言葉を聞いて、ようやく、自分の手を赤也くんの背中に回すことが出来た。ぎゅっとしがみつくように抱きつけば答えてくれる腕。赤也くんの首に顔を埋めれば、頭を撫でてくれる優しい手。
「絶対、放さないッスから」
耳に浸透する声は子守唄のように優しく、ほだされる。その言葉に、鼻先がツンとするのがわかって、何も言えずコクコクと肯いた。それから赤也くんのシャツをぎゅっと握って。
「…絶対、放さないでね?」
少し顔を上げれば、ホラ。ちょっと大人びた、君の笑顔。いつもは少年っぽく元気なそれが、急に大人に変わる。そのギャップにドキドキして。当たり前。と言われた瞬間に、口付けを落とされて、目を閉じる。
「これからもずっと先輩の隣に俺を居させてくださいね」
そう囁くように言われて、また、唇にキス。それってプロポーズ?って言えば、一瞬赤也くんがキョトンとした顔になった。でもそれからすぐに笑顔になって。
「そうとってくれても構わないっすよ?」
挑戦的な声に。悪戯な表情に。私の心はいつでもノックダウン。苦笑して、今度は私のほうから赤也くんにキスを贈った。
不安はまだ消えないけれど。…いつまでも一緒にいたいと想う気持ちに嘘はないから。
だから、ずっとこの手を放さないでね。
― Fin
マイハニー春幸へ!
すすす素敵な赤也少年をありがとう!もう萌えさせていただきました!あんな小説頂けて遊夜は感激です!あたしも早く春幸へ!と思って急ピッチで頑張って書き上げたわけなんですが…。ごめん。やっぱあたし甘いのもう無理だわ(痛い子)なんかもうわけがわからん!やっぱり前後の話のつながりがはちゃめちゃでございますです!ああ、ごめんよごめんよ、こんなネガティブっ子で!しかも赤也かっこよく!書こうと思ったら、なんか、別人っぽくなってしまって。あーもう、ほんとごめん!こんなもんですが、アレです。愛はたっぷり込めたから!こんなやつですが、これからも仲良くしてちょ★大好き、春幸! 楠木遊夜/hana*kazeより