この、イチゴキャンディみたいに甘い甘い恋。





甘くほんのり酸っぱい、イチゴキャンディ





はあ、とため息をついた。その音は無音の教室に響き渡って、消える。

「ごめんね、ブン太君」

ため息を訊いた所為か、目の前にいるコイツがチラと俺を盗み見して、一言謝った。…別に、は何も悪くないのに、だ。俺は居心地が悪くなって、「お前の所為じゃねぇだろぃ」って素っ気無く返すと、がまた下を向く。だってはっきり言って俺の自業自得なんだから。

今、俺は放課後の居残り作業中だった。まあ、なんつーんかな、アレだ。日ごろの部活の練習の疲れっつー奴だ。
ついウトウトと、授業中居眠りをしてしまったのだ。しかもただの居眠りなら、まあ一度ならずあるからさほど気にすることじゃねぇんだけど。…その教科…っつーより先生が悪かった。
―――化学の楠木。
コイツに目を付けられると厄介だ。それはウチの学校の生徒ならきっと皆知ってることだ。一部の生徒の中では、コイツの授業は真面目に聞かねば大変なことになると噂されている程。
―――……にも関わらず、俺は今日、居眠りをしてしまった。
どんなに怖かろうが、どんなに大変なことになろうが、ほら、良く言うだろぃ?人間の三大欲求って奴で、睡眠欲は必要不可欠じゃん。…本能のままに寝ちまったわけだ。
それは案の定楠木に見つかっちまって、こうして居残り作業をさせられてるってわけ。
目の前に出されているのは、膨大な量のプリント。…これを見てため息をつかない奴がいたら見てみたいもんだ。
……本来なら、今ごろ部活に勤しんでいる頃だというのに。


真田にはたるんどるって激怒されるわ、幸村のアノ笑顔はこえぇわ、本当散々だ。…いや、マジで。


そんなことを考えながらまだまだ沢山あるプリントを順番に取っていき、パチンとホッチキスで止めた。…大体この作業今日中に終わるんか?終わんねぇだろ、はっきり言って。ブツブツと心の中で愚痴りながら向かいに座っているへと視線を移す。

さて、俺がここで居残り作業をしている理由はわかったと思うけど、だからってなんでもいるのか謎なとこだろう。けど、答えは至って単純だ。…コイツも居眠りをしたから―――ってわけじゃねぇ。(コイツは真面目だから居眠りなんかしたことねぇと思う)(根っからの優等生っつー奴)コイツの場合コレが仕事だからだ。…このプリントの山は、生徒会のものだった。は生徒会に所属していた。だから俺と一緒に残ってやってるっつーか。俺がコイツの仕事を手伝ってるっつーか。…まあ、大体そういう感じの意味で一緒にいるわけ、だ。
さっきののごめんの意味は「生徒会の仕事を手伝わせてごめん」と言う事。これでわかってくれたと、思う。

「なかなか、終わんねぇな」

かれこれこの作業を始めて小一時間は経ったにも関わらず、まだ三分の一くらいしか終わってない資料。はっきり言ってもう面倒くさいっつーのが本音。くちゃくちゃとガムを噛みながら、また一つ資料を作り終えた。大体にして、何で他の生徒会のメンバーがいねぇんだよって話だ。まあきっと楠木のことだ、全員でやったらパッパと終わっちまうから呼ばなかったんだろう。そんな中見かねたが手伝ってくれたってわけ。…だから、反対に謝るのは俺のほうなんだ。
「そうだね」と言うの表情はやり初めからちっとも変わらない。慣れってやつなんだろうか?俺の愚痴に付き合ってくれるものの、決して自分は愚痴らない。それどころか頑張ろうよ、とかそういう励ましを返してくる。――まあそれも気休めにしかならなかったわけだけど。だけどきっとも同じように愚痴ってたらもっとこの作業は遅かったに違いない。

「あ、ブン太君、そこのホッチキスの箱取ってくれないかな?」
「コレか?」
「うん、ありがとう」

にこっと笑いながら俺からホッチキスを受け取ったはやっぱり文句一つ零さない。ホッチキスに針をセットして、重ねた資料を閉じていく。その光景をくちゃくちゃとガムを噛みながら見ていた。……―――でも、ホラ。サボってんのに、愚痴の一つもいわねぇ。もしかして俺、眼中ない?そう思ってしまうくらいに。

「……ん?ブン太君、何?」

俺の視線に気づいたみたいで、は不思議そうな顔してこっちを見た。きょと、と小首を傾げる仕草に少しドギマギして。でもそんなんに知られたくねぇから、わざと普通な振りしてみせる。何でもねえよ!って言いながら、自分も目の前のプリントの山から数枚引っつかんで乱暴にホッチキスで止めた。出来栄えは最悪で、歪みまくってるそれはのとは対照的だ。「皺になっちゃってるよ〜」なんて笑うの顔が目に映った。…まだまだ落ち着かない心臓の音。でもやっぱそれをに知られたくなくて、顔を背ける。

「うっせ。俺にこんな雑用させる楠木がわりぃんだっつの」

俺がそう言えば、「確かにそうかも」なんての言葉が続いた。その笑顔は楽しそうに見えて。…なんで、こんな作業を何の得にもならない居残りをして、笑ってられんのか。の思考を疑ってしまう。パチリ、とホッチキスでプリントを止めながら思った。

「なあ」

ポツリと呟くように落とした問いかけは、ちゃんとの耳に届いたようだ。「ん?」なんて言いながら作業を止めて俺を見る。その顔はやっぱりどこか楽しそうで。その意味が知りたくて、今思っていることを、俺は多分言葉にするんだろう。「なんで、そんな楽しそうなんだ?」そう問いかければ、が目を真ん丸くさせる、…のもつかの間、その表情はすぐに困り顔に変わって、うーんなんて考え始める始末。でもそれはたった数秒にも足らないほどに終わって、の瞳がまた、俺を写した。

「…ブン太君は、楽しくないの?」

…楽しいわけ、ねぇだろ。口に出して言いはしなかったけども、きっと顔にはモロ出てたに違いない。じゃなきゃ目の前にいるが苦笑を浮かべることはねぇんだから。また、少し困ったように笑うを横目で見て、そんなことを思った。パチ、パチとホッチキスの音が耳に届く。どうやらは仕事を再開したらしかった。結局俺の質問には答えはもらえないんだろうか。はたまた「楽しくないの?」と言う台詞が答えなんだろうか。ぼんやりと考えて、口の中のガムをくちゃっと噛んだ。
暫く、パチンパチンと言う音だけが室内を支配していた。そしてその数分後、沈黙を破ったのは今まで黙々と作業を続けていただ。「…私はね、」と不意に聞こえたの言葉に、顔を上げる。それでも仕事の手は休まなかったから、顔を上げた直後カシャンって音が続いて聞こえた。多分下を見たら、整頓出来てないプリントがホッチキスで止められているに違いない。それでも、そんなことは俺には関係なくて、唐突に聞こえてきたの言葉に出来る限り耳をすませた。

「私は、…こういう作業、嫌いじゃないから」

言うと、の表情がまた少し柔らかくなった。そんな表情の変化にドキっとして、目が、に釘付けになる。へえ、と無関心っぽく返事を返すと、がちょっと笑った気がした。ブン太君はとばっちりだろうけどね、と言いながら止め終えたプリントを出来上がったほうの山に移す。

「それに…多分、私が楽しそうに見えたのなら、それは―――」

そこまで言って、が口を閉じた。重なる視線に目が離せない。ゴクッと生唾を飲み込むことでこの微妙な空気を緩和させたかったけど、ただの気休めにもなりやしなかった。
開けっ放しの窓から、ヒュウと風が入り込んでカーテンを微かに揺らした。それと共に、の髪の毛もふわっと揺れ動いた。俺とは違って真っ黒な髪の毛は、夕陽に染まって艶やかに見える。…ふ、と髪の毛から視線を移しての顔を見てみると、さっきとは違う、微かに赤く染まった頬が目に映った。…それは、夕陽に染まっているからなんだろうか?それとも―――。

「…ブン太君が、いてくれるから、だよ」

微かに届いたのは紛れも無くの声。少し震えているような声色に、照れたようなはにかみ笑いを浮かべる彼女が見えた。名前を呼べば、やっぱり少し頬の赤いそいつの顔。もしかして、この頬の赤みは夕陽とは関係ないんじゃねぇか…頭の片隅でそう思った。もしかして、もしかして。そんな微かな可能性が俺の脳裏を過ぎる。

「ほ、ほ、ホラ!一人より、二人の方が楽しいでしょっ?そ、そういう意味なんだからねっ?ふ、深い意味は!その…っ」

一人考えていると、の顔が更に朱色に帯びて、(今度は頬だけなんかじゃなくって顔全体って感じに)急に弁舌に語りだした。何言い訳してんだよとか、深い意味ってなんだよとかツッコミどころは沢山あったけども、きっとそれが口に出来なかったのは俺にも余裕がなかったからで。…だって、気づいてしまった、から。決して、の頬の赤みの意味は、夕陽の所為なんかじゃねぇって。それでも、茶化すことが出来なかったのは、きっと、コイツを傷つけたくなかったから、なんだと思う。わかったわかったって返せば、さっきまでしどろもどろに舌を回していたの言葉がしゅんっと止んだ。

「わ、わかってくれたら、良いんだけど!」

言った後には今思いつきましたって感じに「さっ早く仕事片しちゃおう!」とまだまだ山になってる未完成なプリントを手に取った。…明らかに動揺していると言う感じだったけども俺はあえて気づかないフリをして、同じようにそれに手を伸ばした。

くちゃくちゃと噛んでいたガムはいつしか味を全く感じさせなくてただの粘着のある塊になって口内の隅っこにいた。俺は思い出したようにそれを吐き出してポケットの中をまさぐる。けれど、いつも常備しているガムの感触がしなくて、そういやガムさっきのが最後だったっけ…なんてことを思い出した。…落ち着かせるためにガムを噛もうと思っていたのに、当ては外れてしまったみたいだ。…これじゃあ落ち着くことなんか出来やしない。
プリントはまだまだ沢山で、これを全部片付けるにはあと一時間はくだらない、のに。こんな微妙な雰囲気になってしまったことに戸惑いを隠せない。目の前の彼女もそれは同じようでさっきまで落ち着いて楽しそうにしていた表情は…今や堅い。ぎくしゃくとした手の動きはさっきの失言の所為か酷く忙しなく動いているはずなのに、さっきまでとは比べ物にならないくらい効率が悪く感じられた。
じっと見すぎていたんだろうか?ふと俺の視線に気づいたらしいが躊躇いがちに俺を見てきて、目があった。でも今までのような笑顔は無く、かぁ…と紅くなる頬。


そんな反応すんなっつーの。


俺は鈍感なほうじゃないけど自惚れなつもりもない。けども「そういった好意」にはそれなりに敏感なほうだ。そして、「そういった好意」を今、ひしひしと感じる。…きっとこれは気のせいなんかじゃないと思う。…今まで一クラスメートの一人で。それなりに仲良くやってきてたはずの彼女から初めて感じた、「それ」
俺の勘違いなのかもしれない。けど、そうじゃないとも思う。だって、そう思うのが自然だ。じゃなかったら顔を紅く染めることも、そんな慌てて弁解することも、ない。(の場合なら、な)だから、きっと、この考えは自惚れなんかじゃない。


俺のこと、好き、なんじゃないか―――って。


「ど、どうしたの、ブン太君?」

どもりながらのの台詞は妙に俺をどきっとさせた。そんな態度とられたらどうしたらいいかわかんなくなる。だって、コイツはただのクラスメイトで。俺の数少ない信用できる友達で。(決して女友達がいないわけじゃねぇけど、)あ、ああ…なんて歯切れの悪い俺の台詞。でもそれから次の言葉が続くことは無くて。(ああ、マジなんかかっこわりぃ)
きょろきょろと辺りを窺って、あーとかうーとかそんな単語にならない声を発散させて。ぽり、と頭を掻いたら、俺の次の言葉を待たずしてが口を開いた。

「もしかして、ガムがなくなっちゃった?」

ブン太君、ガムなくなるとそわそわしだすよね。とさっきよりは幾分か冷静さを取り戻したようなにちょっと眉根を寄せれば、彼女の表情が自然と笑顔になった。それからごそごそと鞄の中を漁ると、取り出されたのは。

「…え」
「ごめん、今これしかなくて。…い、イチゴキャンディなんだけど、大丈夫、かなぁ?」

不安そうに俺の前に差し出してきたのは、イチゴの飴。確か、今女子に人気発売中とか言ってコンビニで沢山売っていたなと言うことを思い出す。俺は一度の顔を一瞥して。…有難く頂戴することにした。
ちょこんとの手のひらに乗った飴玉を取るときに、微かに触れた指先が、妙に熱くなるのがわかって。同時に、の掌が触れた瞬間にびくっと動いた気がして。さんきゅ、ってぶっきら棒にしか言えなかったのは、多分恥ずかしさからだ。

けっして好きだって言われたわけじゃないのに。まるで告白されるときのような気持ち。でもきっと目の前にいる奴がコイツじゃなかったらきっとこんな風に思わないんだと思う。きっと、結局のところそれは俺が。

―――を好きになってしまったから、なんだろうか?

「う、まいな…これ」
「え、あ、うん。…人気、商品なんだよ」
「甘くて、酸っぱい…」

それはまるで、俺の恋心のようだ、って思った。(ガラじゃないから言わねぇけどな!)





― 
Fin





 あとがき>>キリ番
2211を取ってくださったみかりん様に捧げます!リクはブン太で同い年、甘い夢!とのことでした。お待たせさせてすみません!
 しかも、甘くなっているのか…なってない気がするのはきっとあたしだけじゃない。ええっと、同い年と言う大きな枠を貰っていましたのでクラスメイトで女友達なヒロインにさせてもらいました。ブン太の中ではヒロイン=好きな人<でも友達!と言う図式が成立していたわけなので、今回ヒロインのそういった好意(好き)に酷く動揺して、「俺も好きだし伝えたい!けど、コイツはクラスメイトであり友達であり!」みたいな葛藤を繰り広げているわけです。(ん?なんか文章がわけわかんなくなってきたぞ)この後二人が付き合うか否かはまあ、ご想像にお任せとのことで!(リクはあくまで同い年なので!)
 こんな物で良かったら貰ってやってください(へこへこ)お持ち帰りは勿論みかりん様だけですよ〜!

2006/09/22