恋人が出来たらしてみたかったことがある。
 それは、わたしのずっと前からの憧れ。





ひ/ら/ふ/わ





 それは、わたしが小学校三年生のときだった。普通どおりの下校時間、普段どおりの帰り道、そこで偶然見た、二人乗り。
 わたしだって、二人乗りの一度や二度、したことはあったけれど、それは全部同性とのもので(それも楽しいんだけど)でも、その日見たのは、一組のカップルの二人乗りだった。男の子が前に乗って、女の子が彼氏さんのおなかに手を回してぎゅうって抱きついて、シャーっと歩道を駆け抜けていく。ふ、と女の子の顔を見れば、嬉しそうな笑顔。…楽しげで、幸せそうだった。…いいな、って、幼心に思ったものだ。
 漫画とか、ドラマとかで良く見かける二人乗り。多分、カップルなら一度くらいは経験するものなんだろうと、幼かったわたしは、何の疑いも無く思っていた。…だから、いつか、わたしにも好きな人が出来て、その人と見事恋人同士になれたら、するものなんだと、願っていた。
 …それから、季節や年がめぐりめぐって、十五の秋。わたしにもついに、彼氏が出来た。晴れて、あの頃からの夢だった、二人乗りが実現する…そう思った。だから、試しに彼にお願いをしてみたのだ。





 「…なんか、違う、絶対違う」

 わたしの憧れは確かに二人乗りだった。彼氏と二人で乗るのが夢だった。何気ない帰り道に、二人でのんびりと、のほほーんと、ほのぼの〜っと自転車で颯爽と駆けたかった。変わり行く街並みを二人で見て、笑いあいたかったのだ。それなのに。何か、絶対、違う。確かに望んでたけど!望んでたんだけど!でも、絶対違う!

 「何が違うんだよ?」

 わたしの呟きは、ブン太にも聞こえたようだった。シャーッと車輪の音にかき消されない程度の音量で、わたしの独り言に入り込む。…気づかないのだろうか、明らかに、おかしいことに!わたしはキっとブン太を睨み付けたかったけど、それすらも叶わない。わたしに出来るのは今、大声で、声を張り上げて抗議することだけだ。

 「だって!だっておかしいじゃない!なんで!なんでわたしが前で!ブン太が後ろなのよぉぉお!」

 おかしすぎる。普通、男がこいで女が後ろに座るものの筈なのに!そのためにママチャリ借りてきたのに、それなのに…。
 今の現状はわたしが前で必死になってこいでいて、ブン太はわたしに背を向けた状態で、後ろの荷台にまたがって座っている。どう考えでもおかしすぎるでしょう!
わたしのすかさずの言葉の攻撃は、ブン太にはあまり効果はなかったようで、何がおかしい?とでも言ったようにへ?と返すのみだった。それがまたわたしの堪忍袋の緒を刺激する。もともとそこまで短気じゃないはずだけど、それだけ、憧れが大きかったのだ。そのショックはでかいわけで。
 無意味にチリンチリンと自転車についているベルを鳴らして抗議する。ブン太がああ〜…と腑抜けた声をあげたのがわかった。多分、わたしの後ろで頬でも掻いているに違いない。そうに違いない。それがまた腹立たしい。わたしはこんなに必死に自転車をこいでいるというのに!

 「大体ブン太重すぎ!普通か弱い女の子にこがせる!?普通、俺がこぐよ!とか優しい言葉いえないわけ!?」
 「だって、が二人乗りしようっつって自転車持ってきたんだぜぃ?」
 「そ・れ・で・も!普通なら!」
 「それに俺、部活で疲れてるし?」

 これ以上疲れたくねぇし。と、言葉を続けるブン太。…欠伸をしながら言った台詞であろうことは一目瞭然だ。それすらも今のわたしには怒りの種で。ピクピクと自身の米神が動いたのがわかった。口元がひきつる。
 …憧れの二人乗り。恋人同士でのそれは、いつも遠目で見ても幸せそうで。きっと、わたしにもそんな二人乗りをするときは幸せになれるんだろうって根拠もなしに思っていた。きっと、幸せなことなんだと。笑顔になれるものなんだと。映り行く景色もいつもとは違って、輝いて見えるに違いない。道行く人々とか、いつも通っている道が新鮮に見えるんだろうとか、映画のワンシーンなんじゃないかとか、色々想像してはそんな日が来るのが楽しみだった。それなのに、部活で疲れた?
 そりゃあ、わたしだってブン太がどれだけキツイ練習をこなしているか、彼女であるくらいだから知ってる。毎日、くたくたになってることも知ってる。陰で努力してるところだってみたことがある。だから、部活帰りには、少しでも疲れて欲しくはないとは思う。思うけど!でも、そんなの理屈じゃなくて。心が、ついていかない。

 「…ブン太のバカっ!アホ!」

 自分の我儘だってことはわかってるけど、でも、それでも。

 「あーもう、何怒ってんだよ!たかが、二ケツくらいで…」
 「たかがじゃないもん!」

 幸せになれるものだと思ってた。きっと、絶対楽しくて嬉しくて、ドキドキして、ワクワクして。そんな色んな感情が押し寄せてくるものなのだと。そう、思ってたのに。なのに、今の気分は最悪だ。なんで、二人乗りしながら喧嘩してるんだろう。悲しくなってくる。こんなことがしたいわけじゃなかったのに。そう思ったら本当に悲しくなってきて、わたしは今にも泣きそうだった。自分でもたかがって思うけど、それでも、それくらい涙が出そうなくらい、憧れてたんだ。…子どもだとか、思われるかもしれないけど。

 「?」
 「…め、だったんだもん」
 「へ?」
 「夢、だったんだもん…!」

 最後の言葉に、泣いてしまった。自転車をこいでいるために、涙が下に落ちず、横に流れた。耳をしゅっと掠めて、風に乗っていくそれ。あーあ、また、ブン太にバカにされちゃう。こんなことで泣くなって。…こんなに泣き虫なんかじゃないのに。普通だったら、怒って終わりなのに。泣いてんのか?って、ブン太の声が耳に届いた。わたしは悟られたくなくて、違う!って大声で否定したけれど、でも鼻声での台詞は、逆効果だったのかもしれないと気づく。…発してしまったあとでは気づいても遅いけれど。ぐす、と鼻をすする音は何とも滑稽だ。ぐし、っと制服の袖で目をこすって、涙を拭ってみるけれど、止まったと思っても、次々に溜まる涙。視界がぼやける。

 「、止まれ!」

 すると、急に後ろから制止の声が聞こえて、思わず思いっきりブレーキを踏んだ。キュキュっと音がしながら、自転車が勢い良く止まって、思わずこけそうになった。わわ、と小さく声が漏れて、両足を地面についてそれを食い止めると、軽くなる自転車。え、と思って後ろを振り向くと、そこにブン太がわたしの横にきた。突然のブン太の行動に驚いて、一気に涙がひっこむけれど、もう泣いたことはバレバレだった。ん、とブン太がハンドルを握る。

 「ほら!どけ!」
 「え、え?えぇ?」

 ブン太はいつも突然だ。いきなりどけと言われてはパニックになるのも無理は無い。ブン太を見上げると、少し不機嫌そうで、少し怖かった。失言だったのだろうか、と不安になって、怒らせてしまったことに、罪悪感がこみ上げる。あまりの我儘に怒ってしまったんだろうか。と、頭の中では嫌な考えばかりが浮かんだけれど、そんなわたしの心なんか関係なしにブン太が言葉を続けた。

 「後ろ!乗りたいんだろぃ!」

 言われて、ハッと気づいた。それから、わたしはブン太の言葉に思いっきり「うん!」って肯いて、自転車を降りる。ブン太が変わりにサドルに跨って。わたしを見て、ん、っと荷台をポンっと叩いた。乗れ、と言う意味なんだってわかって、嬉しくなって座り込む。ええ、っと、こんなカンジでいいんだろうか。女の子とは乗ったことがあるけれど、いつも荷台なしの自転車だったから立ち乗りなわけで、実際ママチャリでの二人乗りは始めてで、解らない。でもスカートだから跨るわけにも行かなくて、結局わたしは横座りするしかなかった。ブン太はそんなわたしを一瞥して

 「んじゃ、しっかりつかまってろよ」

ってわたしを促した。わたしはその言葉に慌ててブン太に抱きつく。ドキドキ、した。抱きつくのも、こうやってくっつくのも初めてじゃないはずなのに。キスもしたことあるはずなのに、凄く、ドキドキした。新鮮、だったからだろうか?ぎゅ、っとブン太のお腹に手をやると、ゆっくりと自転車が動き出す。同時に変わる、景色が、さっきまでは最悪だったのに、今では最高のそれに変わっていて。自分で思うけれど、現金だって思った。
 わたしはブン太の背中に耳をくっつける。そうすれば、聞こえてくるブン太の鼓動。心臓の音って安心するものだって、誰かがいってたのを思い出して、その通りだなって思った。ぎゅうっと力を込めて抱きつけば、まるで一心同体になったみたいで嬉しくなる。

 今まで見て来たカップルはみんなこんな想いをしていたんだろうか?

 たかが自転車の二人乗りと言われるかもしれないけれど、本当に幸せだと思った。

 「……満足かよ?」
 「…うん!ありがとう!ブン太!わたし今すっごい幸せ!」
 「…お前ってほんと…現金な奴だよな」

 そう言ったブン太だけれど、でも、見上げたときに、ブン太の耳が、髪の毛と同じ赤い色になっていたのは、きっと気のせいじゃないはず。
 変わらない速度、吹き抜ける秋風、あたたかなブン太の体温。全てが心地いい。

 そう思ったらなんだか、今、自分がこの世の中の全ての人の中で一番幸せ者なんじゃないかって言う気になって、凄く可笑しい。

 「たまには二ケツもいいなー。このまま寄り道すっか!」
 「ブン太それ、最高!」

 突然のブン太の粋な計らいに賛同すると、ブン太はんじゃ行くか!って言いながら、いつもと違う道へと曲がりこんだ。
 それと同時に自転車の速度がほんのちょっぴり上がって、わたしのスカートとブン太の髪の毛が風に乗ってひらひらとふわふわと踊った。





― Fin





あとがき>>ていうわけで!楠木の自爆してしまった14925のピンチヒッター優菜ちゃんに捧げた作品!リクはブン太でほのぼのカップル!とのことだったので自転車二人乗りネタで書きましたー!ゴメン、短くって!ほのぼのになってるのか、微妙中の微妙ですけど!貰ってやってくださいー!優菜ちゃん!快く引き受けてくれてありがとうね!遅くなってごめん!
 こんな物で良かったら貰ってやってください(ぺこっ)お持ち帰りは勿論優菜様だけですよ〜!

 2006/10/14