、俺の女になれ」

その一言に、私の頭の中はパニックだよ。
なんで、そんなこと言うの?……跡部くんのばか。





ファーストキスは

   ロマンチックに決めさせて!






突然、だった。今日はお弁当じゃなくて学食にしようと思い立った私は、チャイムが鳴った後久しくきていなかったテラスに顔を出していた。メニューを見ながら何にしようかな?なんて思っていると、薄く影が出来て、ん?って顔を上げれば…目の前に立ちふさがった跡部くんがちょっと良いかなんて仁王立ちしているから、私なんかしちゃった?と冷や汗を流しながら、とりあえず彼の機嫌を崩さないようにコクコクと肯いた。場所は食堂。一般生徒は勿論、跡部くんファンが蟻のように群れているこの場で、一体何を言われるんだろうとひやひやしていた。自慢じゃないけど私と跡部くんは何の接点も無い(本当に自慢にならない)中1のときに1度だけ選ばれた生徒会書記で偶然同じ書記に任命されたとき以来、もう一度も話していないのだ。もうなんだかんだで5年ほど会話というほど会話をしてないと言うのに。そんな彼が、一体何の用だと言うのだろう。緊張が最高潮に達したとき、紡がれた一言は「俺の女になれ」だ。しかも私の名前をハッキリ呼んで。騒がしかった食堂内がパタリと止んだ。今までもちょっとした鑑賞者がいたのに、今や男子も跡部くんと私に釘付けだ。私はと言うとその言葉の意味がわからなくて、ぽかんとしてしまう。
だって、聞き間違いとしか思えない。相手はあの「跡部景吾」なのだから。
暫く放心していたらしい。私はペチペチと叩かれる頬の軽い痛みで我に返った。そうすればディープブルーの瞳が私をしっかり捉えていて「聞いてんのか?アーン」って。私はパチパチと瞬きを繰り返したあと、その場にいるのが恥ずかしくなって、飛び出した。それが、お昼の話だ。

それから隠れるように午後の授業を終えて、バイトのために急ぎ足で学校を後にした私は、その後一度も跡部くんと顔を合わせていない。そして、今、バイトを終えた私は一人帰路ついていた。今日のバイトはハードでいつもは7時までに終わるのだけれど、今の時刻は8時過ぎ。いつも以上に疲れた原因は多分、跡部くんの一言も関係してるに違いない。

……正直言ってしまえば、私は、跡部くんのことが好きだった。幼稚舎の頃からずっとずっと人目を惹く存在で、カリスマ性のある逸材。何をするにも上手くって、派手好き。ちゃらちゃらしてるように見えるけどああ見えて責任感が強いところとか、芯の強さに惚れていた。中学・高校と生徒会長そして男子テニス部の部長として人一倍活躍する彼。誰だって、引き寄せられるに決まってる。見るものを魅了させるのだ、彼は。
そんな彼からの突然の「女になれ」宣言。…嬉しくないと言ったら嘘になる。だけど、不安は消えない。何故?どうして?…自分の良い所とか必死で探してみるけれど、謙虚なところくらいしか見当たらない。…そもそも謙虚って長所なのかもわからない。そんな私は積極的かそうでないかって分類するなら消極的タイプで。…以前跡部くんの特集を組んでいた新聞を見たとき、好きなタイプの項目に「勝気なタイプ」と堂々発言していた。…好きなタイプが「勝気なタイプ」だよ?…そんなの全然当てはまらない。それなのに、何で私にあんなこと言うの?
からかわれたのだろうか、不安になる。同時に、ショックだ。跡部くんにしてみれば軽いジョークだったかもしれないけれど、私はあの一言だけでこんなに左右されてるって言うのに。…こんなにも揺れ動かされてるって言うのに。
昔からそうだ。跡部景吾って男の発言は跡部くんを好きな女の子にとっては絶対だった。勝気な子がタイプと発言した後なんか、テニスの応援に明らかに気の強い女の子が殺到していたくらいだ。そんな彼女達を相手にしているところは見たこと無かったけれど、でもそれ以来私のような気の小さい子は更に小さくなって跡部くんを遠くのほうで見ているしかなかった。

それなのに、何で今。しかもあんなに人がいっぱいいる前で言うの。

新手の虐めなのだろうか。でも跡部くんがそんなことするような人には見えなくて。…どうして良いのか、困る。そもそもアレ以来何も言ってこないのだからやっぱり嘘だったのかもしれない。…罰ゲーム、とか。
そう考えているとだんだんと鬱になってきそうだ。疲れた足に更に10キロくらい錘がついたみたいに足がスローペースになる。ああ、私このままじゃ家まで持たないかもしれない。後数十メートルしたら家だけども凄く凄く長く感じられた。
はあ、とため息をつきながら歩く夜道はいつもよりも更に暗い感じがする。辛気臭い。…絶対こんな子跡部くんのタイプじゃないよ。心の中で愚痴りながら、家を目指す。早くお風呂に入って予習して寝よう。それが良い。もうこれ以上考えるのはよそう。変な期待して傷つきたくは無いものだ。ぐっと拳を握って、私は前を見て歩くことにした。すると、―――ひとつの、影。

……………え、………誰か、いる?

明らかに誰かが私の家の前で立っていた。暗いため良く顔が見えない。え、ちょ、怖い…。足が竦みそうになったけれど、引き返すわけにも行かなくて、私は鞄の中にしまっておいた携帯を取り出した。ちょ、怖い。本当怖い。私の住んでるところは比較的田舎っぽいと思っていたのにやっぱり不審者くらいはいるのかもしれない。恐怖心が募る。どうしよう、ぎゅっと握った携帯からアドレス帳を開いてお母さんに連絡しようかなんて考えていると、「おい!」って、声。
あの男の人が声を上げてるのがわかって、怖くなってしゃがみこんでしまった。走らなきゃ何されるかわからないのに!でも怖くて動けない。足が竦むって言うのを私は今初めて体験した(こんな体験、イラナイ)涙が出そうになる。ぎゅっと瞳を閉じて、ごめんなさいごめんなさい!とわけのわからないまま人物に謝りとおしてぎゅううと握り締めていた携帯をポーンと放り投げた。カシャン!と大きな音がしたけれど今の私にはどうでも良い事だ。命だけは!命だけは!と命乞いをしていると冷ややかな声が落された。

「…何、やってんだよ」

…その声はとても馴染みのある声で、今日の昼間に聞いたばかりのそれに似ていた。へ、と顔を上げれば、呆れた様子の―――跡部くんが立っていて、出そうになっていた涙が、引っ込むのがわかった。どうやら、家の前の人物は跡部くんだったらしい。…出てきた答えに急激に恥ずかしさがこみ上げる。だけど、腰が抜けたままの私は立つことも出来ない。すると、「ったく」って言いながら跡部くんが私の腕をぐいっと引っ張った。う、わ…凄い力。ひょいっと立ち上がってしまうくらいの力で引っ張られた私はトン、と地面に足をつけて立ち上がる。その瞬間跡部くんと目があったけれど、長く見てはいられなくてパっと逸らした。「あ、有難う」なんて言いながら俯いていると跡部くんの気配が遠くになった気がした。それから戻ってきたって解ったのは私の視界に彼の靴が見えたからだ。ん、と短く言われた言葉に顔をあげると、目の前には携帯電話。あ、私の。と思って恐る恐る手を出すと、「…壊れてんな」と携帯をいじる跡部くん。差し出した手は宙を浮いて淋しくポツンとしていた。カチカチと何度かボタンを押した跡部くんは「ほら」って言いながらようやく携帯を返してくれた。受け取った携帯をいじる。…電源も点かない。しまった、強く投げすぎてしまったのかと冷静に分析している自分に気づいた。はあ、と小さくため息をついて、そして―――今の状況に、完璧に気づく。

「て、てゆうか、何で、あ、跡部くんがいるの!?」
「…遅ぇよ」

はわわと低下した思考のまま慌ててまくし立てると、跡部くんの冷静なツッコミが飛んできて、私は口を噤んだ。だって、だって謎だ。何で跡部くんが此処にいるんだろうか?彼の家はこの近くにはなかったはず、なのに。イキナリの失態とプラスされて恥ずかしさがこみ上げる。多分今顔が赤くなってる。
私は、それを見られたくなくて、早口で「どうしたんですか」と言い立てると、跡部くんの言葉を待った。そうすれば「どうしたって、」と紡がれる、言葉。

の返事を聞きに来たに決まってんだろ、テメェが逃げるから。俺様がわざわざ来てやったんだろうが」

綺麗な声が汚い言葉使いで使われてゆくのをぼんやりと考えた。…チッチッチッと数秒考えて、考えて出た結論。つまり、彼の昼間の台詞は、本気?そう思ったら今が夜だということをすっかり忘れて大声を出していた。

「あ、あれ本気だったの!?」

そうすればキーンと響いたのだろうか、整った顔立ちが歪んで、うるせえって一喝された。私は小さくなって、何もいえない。う、と言葉に詰まってもう一度跡部くんを見上げて。……心臓が飛び跳ねた。ドクン、と血管に流れる血が騒ぎ出す感覚。月光に照らされる跡部くんが、余りにも美しくて、呼吸困難に陥りそうだ。「で、返事は?」と尚も普通に聞いてくる跡部くんの声を耳で聞き取って、私は黙りこくる。…だって、まさか本気だったなんて、予想外だ。彼にとってアノ発言は軽いジョークの何物でもなかったはずなのに。そう思ったらノドがカラカラに渇く。

言え、言うんだよ

と自分を応援する自分も居れば、絶対跡部くんにからかわれてるんだよと言う自分も居る。そんな二つのココロがぶつかり合う中、私は何もいえなくて、彼の横を通り過ぎて家に入ると言う、また逃げる選択肢をとろうとしていた。スっと素早く走り出そうと跡部くんの横をすりきったつもりだった。けれども、私の左手はしっかりと掴まれていて、逃げるに、逃げられない状況。「逃がさねえよ」と言われて、ドクン、と心臓が騒ぐ。するとその声と同時に、トン、と私の体が後ろに傾いて、何かに当たった。それに身体を預けるような形になってしまって…跡部くんの逞しい腕が私の首周りに回った。……抱きしめられている。そう気づいたときにはもう完全に逃げられなくなっていて。でも抵抗することも出来なくて。

「…二度も、逃がすか」

今までで一番近くに感じる跡部くんの声がすぐ耳の近くで聞こえる。囁きにも似た声に腰砕けになりそうだ。そのまま首筋に顔を埋められてしまい、完璧に拒否できなくなってしまった。…いや、鼻から拒否する、なんて選択肢、私には無いのかもしれない。―――月光に照らされた跡部くんを見たときに、気づいたのだ。この瞳からは逃げられない、と。
決して強いわけではない抱擁なのに、抗えない。それは、見た目とは違って優しいものだったからだろうか。私の髪の毛に跡部くんの頬が当たる感触がして、もうどうすれば良いのかパニックだ。

、俺の…女になれ」

また同じ台詞。だけど、違うのはそれがあの時よりも優しいこと。近くで聞こえること。何もかもが今の私の思考を削ぐものになっている気がする。どれだけ女の子を魅了させれば気が済むんだろう、この人は。
そっと離れた体。それから肩を掴まれて、跡部くんのほうを向かされる。鋭い眼差しに溺れてしまいそうになる。逸らすことなんて出来ない。するとその顔がじょじょに私に近づいてきた。
もしかして、と淡い期待が私の脳内に芽生える。跡部くんのそれに身を任せれば良いのかも知れない。そっと瞳を閉じた。でも、思ったのだ。跡部くんは本当に私のことが好きなのか。そう思ったらその疑問のまま受け入れることなんて出来なくて、閉じた瞳を再度開いて、跡部くんを見やった。近づいてくる跡部くんの表情はどこか艶っぽくて流されそうになるけど、ダメ、だ。
気づけば私は顔を逸らしていt。スっと横を向くと、跡部くんの動きが止まった。それから紡がれるのは。と私を呼ぶ声。どこか色っぽいその声に痺れそうになる。でも、ダメだ。

「…あ、とべくんは…なんで、私を?」

声は、情け無いことに震えていた。そっと置かれていた肩の手がそっと離されてその手が私の頬に触れる。そのままぐっと顔をあげられて、瞳がかち合った。何故か、無性に泣きたくなった。

「…私、わたし、は…跡部くんの言う"勝気な女の子"なんかじゃない、よ?…遊びだったら止めてほしい。そんなのイラナイ」

私は、私は遊びの恋はいらない。気まぐれなゲームには付き合いたくない。だってこの恋は本物なんだから。ずっとずっと暖めてきた恋なのだから。そう言えば、跡部くんの眉がそっと中央に寄ったのがわかった。触れた頬の温もりは優しいままだ。「私は、…跡部くんの本当の気持ちが知りたいんだよ。ただの暇つぶしなら、他の女の子にして」…本当は、遊びでも良いって思ったこともあった。けど、それはやっぱり悲しい。飽きられて捨てられてしまったとき、私はどうにかなってしまいそうだ。跡部くんの顔が見れなくて、ただ、ただただ目を瞑っていると、跡部くんの手が離れて、ぎゅっと抱きしめられた。え、と思う間もなく、さっきとは違うちょっと強い抱擁。

「…惚れてるよ、に」

その声はどこか切なさを含んでいるように、聞こえた。「どうしようも無いくらい、に惚れてんだよ…中学の時から」それはいつも自信たっぷりの跡部くんとは別人のようだ。抱きすくめられたまま、ぼんやりと思う。でも言葉は出ない。だって、嘘には、聞こえない。

「お前の、仕事をしている時の凛とした表情や、いつでも真剣な瞳に、心底惚れてる」

それは、跡部くんのいっぱいいっぱいな告白。普段の跡部くんはなんでもそつなくこなして、みんなのカリスマで、頂点の似合う男の人。プライドが高くて、かなり傲慢で、きっと弱みなんてないんだと…思っていた。けど、今の跡部くんは違う。今の跡部くんにはプライドなんて一切感じられなくて、がむしゃらに私へ本音をぶつけてきてくれている。
…嬉しい、と感じた。…こんなにも私は跡部くんのことが好きだ。「…跡部、くん…」名前を呼んだら、跡部くんがそっと腕の束縛を解いた。見上げれば、切なそうに眉根を寄せて私を見下ろす跡部くんの顔。酔ってしまいそうだ。

「お前はどうなんだよ」

そう問いかけられたときには、もういつもの跡部くんの調子だ。俺にばっかり言わせんな、って言いながらまた私の頬を両手で包んで。上を向かせる。ドキドキは鳴り止まない。だけど、余裕がないなんて思われるのがちょっとだけ癪で。

「…私も、惚れてるよ。跡部景吾に、どうしようもないくらい溺れてるよ」

そう言ったら、上等、と跡部くんの口角が上に上がるのが解った。そして、また近づく、二人の距離。

「今度は、逃げんじゃねえぞ」

そう囁かれながら、吐息までかかりそうな距離まで近づいて、私はゆっくりと目を閉じた。触れた唇は熱くて、溶けてしまいそうだった。

「…後で携帯番号教えろよ」

ふっと離れた後、囁かれた言葉に、肯きかけて思い出す、携帯の存在。でも壊れちゃったよ、と返せば跡部くんが「あー」と声を漏らした。それから、私の後頭部にそっと手を添えてそのまま私の頭はトスンと跡部くんの胸にダイブ。「しょうがねえ、俺が買ってやる」降ってきたのはそんな言葉。良いよ!と言おうと思ったけれど、結局跡部くんの言葉に遮られて「その代わり、俺の番号を一番最初に登録しとけよ?」と囁かれ、呆気に取られる。

「おい、返事は?」

見下ろす顔はどこか赤い気がする。勿論、私の回答は決まってるよ。

「勿論!」

そう言って、跡部くんの背中に腕を回せば、跡部くんがそれに答えてくれるように抱きしめかえしてくれた。月明かりだけがそれを見ていた。





―Fin





lily//matsuyoちゃんへ!>>と、言うわけで書き上げました!不二夢をあのときはどうもありがとう♪素敵夢にきゅん!となってしまったので同じくらいきゅん!をあげようと無い頭絞って頑張ってみました、よ!跡部で付き合ってない設定・後ろからぎゅー…だった、よね?何か最後付き合っちゃった系で終わっちゃってるんだけど、う、あ!何か久しぶりの跡部はハズイ!(笑)やっぱりmatsuyoちゃんみたいに上手く描けないので何かすっごく不完全燃焼ですが!送っちゃいたいと思います(だって、もう限界なんだもん)これからも相互としてお友達して仲良くしてね^^ではでは!<<hana*kaze//楠木遊夜より!