「!今日も来てるよ〜かわい〜いカ レ シが!」
親友の一言で、思わずあたしの顔が引きつったのは、言うまでもない。
頼むから!頼むから可愛いなんて言わないで!(特にアイツの前ではさぁ!)
かわいいなんて言わせない
暦の上ではもう、秋になった。と言ってもまだまだ日中は暑い日が続いていたりする。でも、朝方や夜になると冷え込むところから、ああ、やっぱり着実に秋になってるんだなぁって感じの今日この頃。
…そんな、ある日。あたしは彼に連れられて、屋上へと来ていた。…今日の天気は、曇り空。そして今日の彼氏の機嫌は、超不機嫌。
「…リョーマ?…えと、なんか用だった?」
誰かさんの所為であたしとリョーマの間には、めちゃめちゃ気まずい雰囲気が流れているのが嫌と言うほどわかった。けど、沈黙の方がもっと耐えられないだろうから、恐る恐る口にした台詞は、何とも普通で、きっとリョーマの怒りを暴発させてしまうものだったと思う。…用がないと逢いに行っちゃいけないわけ?と大きな瞳であたしを睨みつけながらの台詞は正直可愛いはずなのに、思いのほか怖かった。ぞくっと背中に何かが流れるような感覚がして、あたしはリョーマの言葉にフルフルと無言で首を振って見せた。
「ふう…とりあえず、座ろうよ、先輩」
すると、あからさまなため息をついたリョーマはフェンスを背もたれにして、座り込んだ。あたしも言われた言葉に肯いて一歩遅れてリョーマの隣を陣取る。そうすれば、目に映るのは、少し遠くなった唯一の出入り口である扉。ちゃんと閉めれてなかったのか、少しだけ隙間が開いていた。
えーっと…なんて言いながらその先が出てこないあたしの口は頼りなくパクパクと開閉を繰り返すのみだ。出したい言葉があるはずなのに、出てこないのはきっと隣に居る自分の彼氏が予想以上に怖いからだろう。決して文句を言わない彼をちら、と見つめれば、それでも怒っていることは明らかだった。言いたいことがあるなら、言ってくれれば良いのに。心の中で不平をぶちまけるけど、でも当の本人には怖くていえない。また正直に言えないのは、そう言った後、ぐちぐち不満を爆発させられても困るからなんだと思う。(矛盾してる、あたしの考え)
そよそよと秋風があたし達に吹き付ける。今日の風は生暖かくてあまり心地よいとは言えなかった。時々強く吹くから、あたしのスカートとか、髪の毛がその風に乗ってゆらゆらと揺れる。
「…………リョーマ?」
恐る恐る名前を呼べば、不機嫌そうなリョーマの瞳があたしを見上げていた。けどもきっちりとお弁当箱を広げている。何…と素っ気無さそうに問いかけられた質問には、驚きの余り言葉が出てこなかった。口を噤んでしまうと、リョーマがフッといつも見せる勝気な笑みを浮かべて「食べないの?」と顎であたしの持っているお弁当を指した。
「た、食べる!」
慌てた物言いで言えば、「でかい声」ポツリと呟くように言って、リョーマが不適に笑った。そうして、持参の弁当を口にする。
あたしはそんな彼をチラリと横見した。大きな瞳に、サラサラの黒髪、少し小柄なのは成長期がまだだからなのか。…一見すれば越前リョーマと言う存在は年上から見れば「かわいい」と言われる類の少年なのかもしれない。けど、さっきみたいな不適な笑顔なんかをするときは、その「かわいい男の子」から一変して「かっこいい男」に変わってしまう(と思う)それは周りが聞いたらノロケにしか聞こえないんだろうけど、でも、本当のことだ。(好きな人はかっこよく見えるというけど、でもほんとに)
例えば、テニスをしているとき。友達から見たらやっぱり可愛いとしか思えないという。でもあたしはそうじゃない。…テニスをしているときが一番リョーマは輝いていると思うし、真剣に相手を射抜く眼差しは誰よりもかっこいいと思う。…そんな目で見られる選手に思わず嫉妬してしまうくらい(男に嫉妬してもしょうがないんだけどさ)
そんなことを思いながら、黙々とご飯を食べていた。そういえば、こんなに静かなお昼って珍しいかもしれない。リョーマは無口で無愛想だけど、いつもはあたしがひっきりなしに喋っているから、こんなに静かなのは本当に久しぶりな気がする。
「…先輩?」
すると、ふ、と名前を呼ばれて、顔を向けた。そうすれば、真顔のリョーマの顔が眼前に迫っていて、驚いて少しだけリョーマから顔を離した。それでも平然を装ってみるのは年上の性だ。何?と言えば、やっぱりリョーマは真顔のまま、でも真剣な眼差しであたしを見やる。鋭いほどの眼光にくらくら、する。たった、それだけのことなはずなのに。
「…先輩も思ってるわけ?」
「え、」
リョーマの言った意味がわからなくて、思わず素っ頓狂な声しか出なかった。首を傾げれば、リョーマはわざと大きなため息をついてみせる。ああ、呆れてる…と言うのがすぐにわかってしまう。そんな態度を取られると、ちょっと悲しくなる。きっとリョーマはあたしのことを先輩だなんて思ってないんだろう。嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちになってしまう(ちゃんと恋人としてみてくれるって面では嬉しいけど、やっぱり先輩としては、ねえ?)そんなことを思っていると、またリョーマがわかりやすいため息をついて、言葉を繰り返した。けれども、今度はわかりやすい言葉になっていることから、リョーマの小さな優しさがわかる。
「だから、先輩も、あの人みたいに俺のこと"かわいい"とか思ってるわけ?」
言われて、はっと思った。確かに、否定は出来ないからだ。1番初めにリョーマを見たときはなんて可愛い男の子だろうって思ったのは事実だからだ。でも、今は違う。今は可愛いだけじゃないってこと、ちゃんとわかっているつもりだ。いつものクールで、ちょっとすましたときの顔も、負けん気が強くて、ちょっとしたことでムキなったときの姿も、全部、かっこいいと思う。
「先輩?…ねえ、聞いてる?」
「…聞こえてる…」
素っ気無い返事を返せば、リョーマは少しむっとした顔をした。ヤバイ、そう思ったけども時既に遅しと言う奴だ。ガシャンって音が聞こえたと思ったら、目の前にはリョーマの顔がさっきよりも数段近くにあった。マズイって思ったけども、リョーマがあたしを囲むようにフェンスに手を着いてるため、逃げられない。勿論後ろはフェンスだから行き止まりも同然だ。リョ、マ、と掠れた声で呼べば、リョーマの男にしては大きな瞳が、すっと細められる。それから更に顔が近づいてきて。
「…っ!」
ちゅ、っとリップ音を立てて、唇に何かが触れた。何か、なんて言うまでもないんだけど。あっという間に離れた唇をパクパクと開け閉めしていると、リョーマがふっと不適に笑った。これでも?なんて言いながら笑う仕草は中学1年生なんて到底思えない。
…目の前にいるのが自分よりも2個も下だなんて…!顔が真っ赤になっていくのがわかった。
あたしはそんな中「バカ!」って言うことしか出来なくて、顔が合わせられなくて、すっと視線を落とす。そうすればぎゅっと抱きしめられる。…もう、完璧に逃げ道なんてない。あたしの身体をはさむようにリョーマの両足が身体にピタっとくっついてるんだから。…心臓の音が、聞こえてしまいそうだ。
「ねえ、先輩?俺ってかわいいの?」
にや、っと。目の前のリョーマが意地らしく笑った。リョーマの問いかけに対するあたしの答え。…こういうときのリョーマは酷く楽しそうだ。きっともうリョーマにはわかっているはずなのに。それでも聞いてくるリョーマが、凄く嫌だ。…でもそんな彼が…。
「……リョーマなんて、全然かわいくない…っ!」
あたしは……たまらなく好きだと想う。
震える声で紡げば、リョーマは当然とでも言うかのようににっと笑った。
「光栄」
…あたしの言葉にそう言い放つ。なんて、意地悪な笑みなんだろう。そのまま、またリョーマの顔が近づいてきて、あ…って思ったときには、額にキスが落とされて。その余裕っぷりがなんだか癪で。まるであたしだけがあたふたしてるみたいで悔しくて。どうにかリョーマに勝ちたくて。
「…だけどかわいいはほめ言葉なのに…」
負けじと言った台詞にふうとリョーマがため息をつく。と思ったら、額に小さな痛み。
あ、はたかれた…。気づいてリョーマを見つめるとあたしの目に映るのは呆れたような、リョーマの顔。
「あのね、先輩…男がかわいいなんて言われても嬉しくないんだけど?」
先輩からも何とか言っといてよね。と射るような眼差しの恋人。
その物言いに即座に首を横に振るとリョーマの眉間に皺が寄った。
「かわいいとか弟にしたいとか言いたい奴には言わせればいいのよ。だって…」
あたしはリョーマは誰よりもかっこいい男の人だって知ってるんだもん。でも絶対そんなこと他の人になんか言ってあげないんだ。だってね、あたししか知らないそんなリョーマのかっこいいとこ他の人まで知っちゃったらきっとみんなリョーマに本気で惚れちゃうかもしれないでしょう?そんなのあたしが困るから…だから誰にも言ってやらないの。だってかっこいいリョーマ、大人っぽいリョーマも、全部あたしが独占したいから、さ!
そう言って抱きついたら、リョーマがまたため息をついたのがわかった。でもそのため息は全然不快なものなんかじゃない。ポンと頭を撫でてくれる見た目とは裏腹な大きな手のひらはあたしの心を安心させる。
「全く…独占欲の強い子供だよね、先輩って」
「悪い?」
「誰もそんなこと言ってないじゃん。…かわいいって言ってるんだよ―――まぁそんなこと思えるのは先輩限定だけどね」
そう言ってあたしの耳朶にキスを落として小さくまだまだだねと囁いた。
でも知ってるよ、このときのまだまだだねって言葉は大好きって意味なんだってコト。
そんなあなたが、あたしは世界で一番大好きです。
どうやら今日はこれ以上機嫌が悪くなることはなさそうだ。
心の中で安堵していたのはリョーマには内緒。
― Fin
あとがき>>キリ番7713を取ってくださったyue様に捧げます!リクはリョーマでヒロイン年上(三年生)、甘い、ちょっとマセガキ風味で!とのことでした。お待たせさせてすみません!
ごめん、なんか全然マセガキにならなかった!しかも短くってごめん!yueがいいよ…って優しい言葉をかけてくれたばっかりに、甘えました…。
こんな物で良かったら貰ってやってください(へこへこ)お持ち帰りは勿論yue様だけですよ〜!
2006/10/12