ベッドにダイブするように倒れこんで、僕は今日の出来事を思い出していた。
勿論、の事である。ぼんやりとした頭で考える。あの時感じた感情は何だったのだろうかと。でもそれは多分、改めて考えることでもないことだとも思った。
そこまで僕は鈍くも無い。ただ、その答えを認めたくないだけだったのだ。
この関係を壊したくないと、思っていた。だから、僕は彼女に対してLikeと言う感情を抱いていたのだ。いや、抱こうと思い込んでいたのだ。だけど、いつまでもそうも言っていられない事に気づいてしまった。

すでに変わり始めているのだと言うこと。

このまま僕が何もアクションを起こさなければ僕と彼女の関係は『友人』のままである。けれども、絶対的に彼女を失う事になるのだと、知ってしまった。

『とっても優しい人』

と彼女は好きな人の事を例えた。もう僕に勝ち目がないと言うことは解っていた。遠くを見つめる強い意志のある瞳は僕を見ては居なかったのだから、決定的だ。
きっと、今彼女にこの想いを打ちかけても彼女はそれに応えてくれないのだと言うことも十分にわかっていた。
けれど、黙って見過ごすほど、僕は人間出来ていない。好きだと気づいて…いや、認めてしまったからには、何もしないなんて我慢できるはず無いのだ。

改めての事を思い返してみた。出会った頃の事。それはテニスの会場だった。でもその時は何もアクションしなかった。一観戦者。そういう認識でしか彼女を捕らえてなかったからだ。きっともう逢う事は無い。それくらいの認識だった。けれども、偶然が起きたのだ。二度目に彼女に出会った。あの公園で彼女の姿を見かけたのだ。そして、僕が声をかけた。「こんにちは」とぼんやりとあのベンチに座り込んでいる彼女に、そう会釈をしたのだ。それがきっかけ。その日はそれ以上何もする事無く、公園を去った。そして、何となく気になって次の日またあの公園に行くと、が居たのだ。その時、自己紹介をしたのだという事。そして、だんだん話す内容が世間話から、個人的な話になって―――、僕は彼女を名前で呼ぶようにもなった。そして、勘違いしてしまったのだ。
彼女の瞳があまりにも優しく、穏やかであったから、まるで、僕を見る彼女の瞳が特別だと。
イコール、『男の僕を好いている』と、哀れな勘違いをしてしまったのだ。
いつだって彼女は穏やかで。季節が変わり、寒くなっていく中で、その空間だけは温かくて。ただ、何も考えずに安らげる場所だったから。だから、僕は彼女の気持ちを勘違いしてしまっていたのだ。
いや、違う。
僕が、そう望んでいたのだ。そう想われたいと、心のどこかで、僕の知らない深いところで、そう想っていたのだ。だから、勘違いしてしまったのだ。

つまり、結局の所は、僕がを、異性として意識していたのだ。
でもそれは余りにも緩やかで、極空気のようなそんな気づきにくい空間だったから、気づけなかったのだ。

失う前に気づく、なんてそんな間抜けなこと、僕がするとは思わなかった。今まで付き合ってきた子達の事を、『僕なりに愛してる』つもりでいたから、気づけなかった。僕は本当に『つもり』だったのだ。つまりは、愛せていなくて、それに彼女達は気づいて別れを切り出していたんだろう。彼女達に対する気持ちとに対する気持ちがイコールな訳が無い。
これが本当に『好き』と言う感情なんだろう。

『また明日』

ふと、声が響く。彼女が、去り際に残したセリフ。初めて聞いた様な気がする言葉。だって、あの公園にいるのはいつもの事で、いままで一度だって約束などしていない。ただ、何となく行けば必ず彼女は居たのだから。…そういえば、僕は未だにのメールアドレスも電話番号も知らない事に気づいた。
つまりは、明日が最後の日。初めて約束された、予定。

「明日、か」

明日またあの場所で会える。会えたら、何を話すんだろうか。きっと、彼女はその好きな人の事を言うんだろうか。胸がぎゅうっと苦しくなった。コレが、恋だと言うのだろうか。
そんなことを、ずっと考えていた。彼女は今、何を想っているのだろうか。





学校からの帰り道。いつもの公園を目指して、走る。いつも以上に急いで。公園の入り口で立ち止まり、深呼吸をして息を整える。痛いぐらいに冷たい空気が肺に取り込まれ、少しずつ周りを見る余裕も出来てくる。空こそ晴れてはいるものの、吹く風は冷たく、やっぱり人の影はほとんど見えない。そんな中、僕は一人の少女の姿を探した。は、やはりいつもと同じようにベンチに座って、どこか遠くを見つめていた。心臓の鼓動を落ち着かせるように、ゆっくりと近づく。落ち着け、落ち着け。騒ぎ出す鼓動にぼやいて、彼女の元に近づいた。いつものように声をかければ良い。

「…………」

だけど、声が出ない。未だに、目の前に少女が居ることが信じ切れなくて。そうしている内に、がこちらに気が付いたのか、視線をこちらに向けてきた。

「…あ、こんにちはっ」

その声に、ドキリ、として。でもそんな様子を悟られたくなくて僕はいつものように片手を上げて挨拶を返した。いつものように、と想ったけれど、きっといつものようにはなってなかったかもしれない。の方は、いつもと変わらない、穏やかな笑顔だったけれど。

「来てくれたんだね」

言われて、僕は心臓が高鳴った。「また明日って、言ったのはでしょ?」ぎこちなく(でもそう相手に悟られないように)笑んで、僕はいつもと同じようにベンチに腰掛けた。そう答える声も、そうすると「ありがとう……」との落ち着いた声が隣から聞こえた。「あ……うん」次に出た言葉は格好悪い一言だと自分でも思ったけれど、自覚した今どうにも、上手く言葉を繋げられない。こんなの本当に僕らしくない。
言いたいことは沢山ある。だけど、どこからどう話せばいいのかがわからない。いつもなら普通に話が出来るのに、それなのに今は少し意識をしただけで頭が真っ白になっていた。ただ、それでも。僕は言わなくちゃいけない。いつものポーカーフェイスなんて、微塵も無いのだけれど。

「…今日は、言わなきゃいけない事があって」

言うと、は少し身を震わせて、でも何かを考えた後「……はい」と微笑みを向けた。その笑顔は最後に見た、あの大人の女性のような雰囲気を何処と無く醸し出していて。
僕は、ふう、と心を落ち着かせるために息をつく。

「昨日の…に聞かれた好きな人の事。昨日、帰ってからずっと考えてて」

こんなにも、告白が緊張するものだとは思わなかった。こんなにも、余裕がなくなるなんて、気づきもしなかった。僕はただ前だけを見つめて、次の言葉を振り絞った。

「好きな人、居たみたいなんだ。…」

の顔は見れなかった。けれども、何処か空気が重くなるのは肌で感じた。今では、彼女の考えはわからないけれど(の前に今までもわかってなかったのだけれど)
此処が、正念場だ。ここで立ち止まらないために。僕はしなくちゃいけない。その先に進むために。それが、良いことであっても、駄目な結果であっても、きっとこの一歩が僕にとってプラスになるだろうから。

すう、と深呼吸をして、今日、初めてを真っ直ぐと見た。

「……君が、の事が好きなんだ」

その場、ありはしないのだけれども時が止まったように思った。
ひゅうひゅうと吹く風は、冷たいはずなのに、僕の頬を冷やしてくれるようで心地よい。彼女をじっと見つめると、彼女はゆっくりと僕の台詞の意味を考えているようだった。振られるだろう。予想して。

「ふふふ……あははっ」

けれども、予想に反して、次にから出た言葉は、笑い声。声を抑えることすらせずに、ただ、笑う。と言った様子の彼女の反応に、僕は呆然と見つめる事しか出来なかった。

「はははっ……」

ひとしきり笑った彼女を黙って見つめていると、不意に、の瞳が潤んできて、そして一粒の涙が目じりから零れた。「え、泣いて…」明らかに動揺すると、彼女は自分が泣いている事に気づいてなかったようだ。驚いた様子で自身の指を頬にやって、それでも笑い続ける。その声はだんだん涙声に変わって、掠れていく。「?」名前を呼ぶと、彼女はふわりと笑って

「え、…わ、」

突然、僕を抱きしめた。初めて触れたの身体は温かくて。…心地よい。けれども何故今この状況になっているのか情けないことに僕はわからなくて。行き場の無い僕の腕はブランと垂れ下がったまま。そうすれば、耳元での掠れた声が聞こえた。

「えっとね……私も…今日、言いたかったことがあったの。ずっと、ずっと言おう言おうって思ってた、気持ち」

小さな声が、僕の鼓膜を刺激する。これは。…僕の中で調子の良い事ばかりの展開が脳裏に過ぎる。「私も、昨日の続きなんだけどね…」ぽつり、ぽつり、と弱々しく吐き出される気持ち。

「私もね…不二くんが、好きだよ」

抱きつかれたまま、動きが止まる。今の言葉が、頭の中に響く。さっき考えていた都合の良い事が、現実に起こっている。でも、直ぐには信じがたくて。僕の口から無意識に「だって、昨日は」と声が漏れた。そうすれば、頼りなげな声が僕の耳に届いて、

「……恐かった、から」

その声は少しだけ震えていた。そんな声を聞いて、急に自分の心が落ち着いていくのを感じる。『――変わるのは恐いんだけど、ね』と昨日、自分で語った言葉。確かに恐かった。

「でも、もう…逃げるのは止めようって、思って」

『迷惑なんて事は、ないと思う』と言ってくれたから、と。そう言って微笑うはやっぱり綺麗で。

僕は今度こそ彼女の身体を抱きしめて、その耳にささやきかけた。

「大好きだよ、」

と。





You and Me





― Fin





Ralenti//しゅーやんさまへ
相互夢として送り付けたいと思います。好みのキャラが似通ってるからお任せ!と言われたので、不二で(笑)弱々しい不二になってしまいましたが、と言うか真っ黒な攻め不二が好きだろうなーなんて思ったんだけど、意表をついて弱気な不二でいかせて貰います(笑)(と言うか何故か話の流れでこうなった)何だかなーなしあがりになってるけれども気に入ってくれると幸い。これからは一管理人として頑張って行こうね!
hana*kaze//楠木遊夜より