初キス
私の付き合ってる人は、うちの学校でもすっごく有名な人。仁王雅治、君だ。仁王君とはこの三年間一度も同じクラスになったことはなかったけど、話す前から私も勿論彼の噂を耳にしたことがあった。そんな彼とのファーストコンタクトは、中学三年になってからの委員会。銀髪の彼は、よく目立っていた。普通あんな髪の毛にしてたら痛んでそうなのに、綺麗だ、って思った。思わず見惚れてたら仁王君と目が、合った。それからくつくつ笑われて―――その日から、仁王君が声をかけてくるようになったのだ。多分、気まぐれだったと思う。それでも私は嬉しかった。きっと委員会が一緒にならなかったらこんな有名人とお近づきになることなんて私には皆無だったと思う。それだけでも、奇跡に近かったのに。
それから二カ月後、仁王君から告白された。
初めて見たときからすでに私は仁王君の虜だったから、こくんって頷いた。そのときの仁王君の笑顔は、いつもの大人びたそれじゃなくって、なんていうのかな…ちょっと幼い印象の笑顔で(勿論、嫌じゃない)ドキドキしたことを、覚えてる。
あれから、月日が流れて、そろそろ二か月になる。私たちの関係は、今も続いていた。夏休みに入って、彼はテニス部所属で最後の夏の大会の練習をがんばっている時期だ。それでも数少ない休みには必ず会ってくれる。会えない日はメールや電話もしてくれる。結構、見た目より真面目な性格だった。多分、仁王君のこういうところを別の子が見たら、柳生君?って言いそうな、くらい。
練習を見に行った後は、疲れてるはずなのに、必ず送ってくれる。すごく、やさしくて。勿論、そんなところも、大好き…なんだけ、ど。
「…送ってくれて、ありがとう」
「ん。じゃあまた、な?」
ぽん、って頭を軽くなでられて、見上げればやさしい笑み。そんな顔もしぐさも、全てが愛しい。こんなに大事にされてるのに、不満に思っちゃうのは、きっと私のわがまま、だ。優しいあったかい掌がふわりと離れて、仁王君が自分のうちに帰るために背を向ける。一度振り返って、ひらひらとさっき私の頭をなでた掌が私の方に振る。私も笑顔で振り返す。それから仁王君はすぐそこの曲がり角を曲がってしまい、姿が見えなくなってしまった。
「………はあ」
そして、出る溜息。仁王君を勿論嫌いになんてなってない。一緒にいる時間はすごくドキドキして、すごく嬉しくて、すごく、すごく…安心、する。けど、物足りない。
本当に、付き合ってるって、言えるのかな。だって、なんか…噂と、違う。
仁王君の噂。それは色恋沙汰が多かった。年上の女と付き合ってたとか、手が早い、とか。キスが上手…とか。なのに、付き合って二カ月経つというのに、私たちの関係は、とってもプラトニックなものだ。手、だって一回しかつないでない。しかもその一回って言うのも、デートで電車が発車しそうになって、あわててつながれた、ってくらいで。噂の「恋人つなぎ」みたいなものでもない。ただ、引っ張ってる、ってだけの触れ合い。それだけでもドキドキしたし、そのときは頭がパニックになっていろいろ考えられなくなっちゃったけど…。でもそれくらいしか、ないのだ。私と彼の間には。
噂なんて、ほとんどがデマだってわかってる。全部が全部本当じゃないって理解もしてる。でも、あれだけ、色んな経験がある仁王君なのに、一度も私は手を出されたことがないと、不安になる。触れたいと思ってるのは私だけなの?…それとも、本命がいる、とか。私、カモフラージュ?ただのキープ?
もう姿の見えない彼の去った方向をじっと見つめると、すごく、切ない。
*
*
*
今日は、関東大会初日の帰り道。立海大は今日も絶好調で、一勝をした。その話で盛り上がってたのは、さっきまでの話。今は仁王君がいつものように私を家まで送ってくれてる最中だ。そして、思う。また、今日も何もない。隣を歩いてるはずなのに、とっても遠く感じる。あと数センチで触れられる場所にある手。でもそれは私の手を握るわけでもなく、仁王君の横で静かに揺れている。…手、つなぎたいなぁ。思うけど、どう行動すれば良いかわかんない。どちらかと言えば私は消極的な方だから、そんな大胆なこと、できない。いつも受け身な自分が嫌になる瞬間。もっと積極的になれたら、良いのに。
思っていると、突然、私の手の甲と彼の手の甲が、そっと触れた。え、っと顔をあげたら、ただの偶然だったみたいですぐに離れてしまった。…こんなことでドキドキしてる自分がすごく馬鹿みたい。自分ばっかりドキドキして、自分ばっかり期待して、自分ばっかり…。仁王君なんて全然態度、変わらない。
そう思ったら、ずっと思ってた不安がどんどん大きくなって。じわり。すぐに涙いっぱいになる。でも、泣いちゃ、だめ。見られたくなくてうつむくと、
「どーした?」
低い声がかかって、私はふるふると頭を振る。しゃべったら、泣きそうなのがバレそうで、声は到底出せなかった。そしたら、仁王君が止まるのがわかって、私も一緒に止まる。「?」呼ぶ声が、さらに私の涙を誘って。もう、ほんと自分ウザイ。ふるふる、もっかい頭を振って「黙っとっちゃわからんが」うつむいてる私の左頬に、彼の掌が触れた。びくり、勝手に身体が硬直する。そしたら、そっと手が離されて、もっかい私の名前を呼ぶ仁王君。すぐに離れてしまった掌をぼやけ眼で見つめて、ぽろり、涙が出た。
「なんで、なんでもっと触ってくんないの」
ついに、出てしまった本音。「え?」戸惑った声が聞こえて、もうほんと何言っちゃってるの自分とか思うのに、たまった不安はぬぐえなくって。
「私、仁王君の彼女じゃ、ないの…っ?」
ずっと聞きたくてでも聞けなかったことを口にしてた。見る見るうちに私の頬を自分の涙が濡らしていく。それなのに、瞳に浮かんだ涙は止まらなくって私の視界はぐちゃぐちゃだ。「彼女に決まっとるじゃろ」聞こえてくるのは、肯定のはずなのに、なんでかな。素直に受け止められなくって、ふるふるって頭を振る。だって、
「じゃ、なんで、なんで何もしてくれないの、なんで、すぐ手、離しちゃうの」
もっと触ってほしいのに、もっと触れ合ってたいのに。そう思ってるのは私だけなの。仁王君は何とも思わないの。今までの疑問がぶわっと頭に浮かんできて、「も、っと私は仁王君の近くに、いたい、で…す」俯きながら、涙をぬぐう。言っちゃ、仁王君に迷惑だ、って思ってたのに、なに自爆しちゃってんの。こんなこと考えてるって思われたら、変な子だって思われちゃうに決まってるのに。でも、だって…いっつも私だけ。私だけが仁王君の言動に嬉しくなったり苦しくなったり悲しくなったりしてる。
「な、んで…私ばっかり仁王君を好き、なの…」
そしたらがちゃん、って音がして、ふわ、っと抱きしめられた。ぎゅ、って込められる、力。苦しいくらいの抱擁に、突然の事態に心も頭も付いていかない。「あほう」頭上で聞こえる、仁王君の声。
「誰が、自分ばっかり好いちょるん?」
ぐい、って後頭部を押さえつけられて、ぴったりとくっつく、身体。そしたら、とくとく、って…心音が聞こえた。でもその音は、ちょっと早い、気が。え?…におう、くん?名前を呼んだは良いけどそのあとに続く言葉を用意してない。
「俺もとおるときはいっつもドキドキしちょる」
「だ。だって」
「いっつもに触れたいって思っとるよ」
だって、じゃあなんで触れてくれなかったの。ぽつりと呟いたら、できる、わけなか。って、同じくらいの小さな呟き。「覚えとらんかもしれんが」仁王君の言葉が続く。
「前にデートしたとき、電車遅れそうになって、手、つないだことあったじゃろ。そんとき、お前さん戸惑っとるようだったけ。そんな様子、見たら、容易に触れるなんてできるわけなか」
「……」
「好き、じゃけ。…大事にしたいから、のペースに任せよう思っとったのに」
初めて聞く仁王君の本音に、驚いて声が、出ない。そしたら、強い束縛がはずされて、両肩に仁王君の手が乗せられる。見つめあうって表現が一番正しい。見上げると仁王君のちょっと赤い顔が視界に映る。これは、夕日の所為じゃ、ない?「ええんか?」問いかけられた質問に一瞬なんのこと?って思う。でも否定なんて選択肢、私は持ち合わせてない。こく、って小さく頷くと、仁王君が腰を屈めて、見上げる私の顔に影を作る。近づいてくる仁王君の顔に、私はぎゅっと目をつぶった。吐息も感じられる距離。ドキドキが最高潮に達してきてこんなとき、どうしたら良いんだろう。息とかその他もろもろとか。色々考えてたけど、結局もうなるようにしかならないわけで。ただ、ぎゅっと強く目をつぶって、
…そっと、触れた唇。
「……………ハハッ」
聞こえてきたのは、笑い声。恐る恐る目を開ければ、そこには仁王君の笑った顔。がちがち。次に聞こえてきた言葉はそれだった。緊張しすぎて、身体がこわばってたみたい。恥ずかしさがこみあげてくる。「う、あ…」言葉にならない声をあげて、俯く。そしたら、「」ってまた私を呼んで、顔をゆっくり仁王君に向けると、
「ん」
差し出された、手のひら。え?もう一度仁王君を見上げると、こっちを向いてくれてない。もう一回手のひらを見ると、ひょいひょいって動く手。…これって、もしかして。考えていると「手がさみしいのう」って、冗談めかしな声。ドキドキしながら、そっと手を乗せた。そしたら、私よりも大きな手のひらがぎゅっと私の手を包み込む。見上げる彼の顔は、やっぱり赤いまま。
やっぱり、噂は噂のままでしかない。
いつもよりも沈黙の多い帰り道。でも、いつもよりもすごく嬉しくて、すごく幸せで、すごく愛しさがこみあげてくる、帰り道。握られた手のひらをきゅっと握り返したら、仁王君の顔がまたちょっと赤くなったように思った。
― FIN
しーちゃんへ
なんかすんごい真剣に書いてしまったよ。こんな長くなる予定ではなかったんですが(笑)ヒロインの名前出さないように頑張ってたけど無理でしょう。出るでしょう。なのでしーちゃんの名前使わしてもらったよん★こんな、ぶきっちょなにおさんはどうでしょうか?詐欺師な仁王さんを期待してたかな?(笑)すんちゃんとか、すっごいおっとこまえなエロ男だったので反対を目指してみた。イメージは学プリ仁王で(笑)
某バトン小説です。
キャラ→仁王雅治/主人公タイプ→おとなしい子/傾向→初キッス/内容→甘々
なーちゃんより
2009/01/24