気をつけて、柳生君!
〜彼女の想い、彼の想い すれ違いが今の愛を支えている〜
「ところで」
にぱっと笑っていたが、ふと思い出したように言葉を紡いだ。優しい笑みを浮かべていた柳生は突然のの言葉に?と首を傾げる。そうすればは柳生を見つめたまま不思議そうな顔をすると、口を開いて喋り始めるのだ。「ヒロはお医者さんになるんだよね?」嬉々した声に一瞬きょとんとするものの、の言葉を理解して柳生は恥ずかしそうにほんの少し笑みを浮かべながら眼鏡をぐっと上げた。
「そうですね…」
「だよね、ヒロなら絶対名医になれるよねっ!」
褒めちぎられて、柳生が少しばかり得意げな顔を見せると、まるで自分のことのように嬉しそうに笑う。
自分の成功をそんなに心待ちにしてくれているのか?と考えると柳生はガラにもなくが恋人でよかったと思った。
目の前のは柳生が何を考えているかなんて露知らず、「将来は小児科かなーそれとも内科?でも一番は外科よね…」なんてぶつぶつ呟いては想像を膨らます。
「白衣のヒロ、かっこいいだろうなー。ナースさんからさ、柳生せんせ!とか呼ばれるんだよ!絶対モテるだろうなぁ」
「ま、まあ…まだわかりませんが」
飛躍した言葉に、柳生は照れを見せる。自分よりも楽しそうに未来の話をする恋人に少し上がった声で喋れば、そんなことないよ!と励まされる。
モテるモテないの話にしても、柳生は周りから紳士と呼ばれるほど人に優しい。優しいが故にファンの中にも本気で好きと言う感情を持っている人は多かったりする。それをは知っていた。それでも柳生が自分を好きでいてくれているという自信があったから構わなかった。
「でも浮気しちゃだめだからね?」
今回も冗談半分で言ってやれば、柳生はポカンと少々間の抜けた表情を作る。けれども一、二秒もしないうちに「まさか」と軽く笑って否定した。柳生は幸せだと、そう思った。はそこまで意識していないのかもしれないが、未来の話で浮気するなと言うことはこれからも一緒にいようと言っているようなものだ。自分達はまだ中学生で義務教育中で、自立なんてまだまだ先の話なのだが、とならこの先もずっと一緒にいたいと、そう思えた。
「ですが今のところは医者を目指すつもりですが、もしこの先別の仕事に就きたいと思うかもしれませんからわかりませんけどね。普通にサラリーマンしているかもしれませんし」
ふっと何度目かになる眼鏡をくいっと上げながらほくそ笑む柳生。
すると、空気ががらりと変わった。目の前にいたから一瞬笑顔が消えたのだ。けれどもすぐに苦笑交じりで「またまた〜、ヒロは絶対お医者さんだよう」と茶目っ気を帯びた表情で言いやる。
そんな彼女にいやいや、と制止するように言ってやると、今度こそ、から笑顔が消え去った。
「さん?」
不審に思った柳生がの名前を呼ぶ。すると、はガタンと無言で立ち上がる無表情のまま柳生を見下ろした。
「…ヒロが医者の夢を諦めたそのときがあたしとヒロのこの愛が終わるときよ」
言われた言葉の意味がわからなくて、しばし唖然とを見つめる柳生。
ようやっとのことで、え、と掠れた声で言うがは無表情のままだ。いつもよりも一オクターブくらい低かった声。本気なのか?柳生の頭にそんな不穏な気持ちがふつふつと浮かび上がってくる。
「……なあんてね!」
「はい?」
「ヒロ、もしかして信じた?」
冗談に決まってるじゃーん!言いながらまたストンと椅子に座ってしまうをただぼんやりと眺めていた柳生だったが次第にからかわれたのだと気づき、柳生は安堵の息を漏らした。吃驚しましたよ、言えばふふっと笑う恋人。
「でもね、あたし…ヒロのお医者さん姿みたいと思ってるから…ぜっ………ったいに医者になってカッコイイヒロの姿みせてね?」
「…全く、さんは」
「ふふ、ヒロ大好きだよ」
……柳生比呂士。15歳。どうやら彼は人生の中で見えないあり地獄にハマってしまったことを、彼自身気づいていない。
ふふっと笑ったときのありありと「玉の輿」の文字を意識しているの笑顔。
彼の最大の汚点は、彼女に出会って付き合い始めてしまったこと。
柳生がそれに気づく日は果たしてくるのだろうか。
彼は知らない。の一番の趣味が、毎日夜にするお金数えだと言うことを。
夜、一人部屋の隅でお札を数えながらほくそ笑んでいる彼女の姿を。
……気をつけろ、柳生!
お前の収入は狙われているのだぞ!
―Fin
あとがき>>というわけで本当に書きたかった部分。ヒロインは柳生の将来有望さを含めて大好きになったので(勿論柳生自身も大好きですが!)きっとサラリーマンになんてなった日には、別れましょ。とキッパリとふっちゃうんですよー。人がいい紳士だからこそ騙されてるんだ!世の中甘くないんだよ、と言った風なことが書きたかった。柳生は好きですよ。ええ、大好きですよ。だからお願い、石投げないで!
2006/12/30