秘密の時間のHelloween




 「こんにちはー!」

 いつものように部室の扉を開ければ、いつもよりも早く来ている部員達。…もしかして、わたしが一番遅かった?なんて思うけど、最終的にはあははと笑って許されることだと思うので、軽くごめんねーって言いながら部屋の中へと入っていった。ぐるりとあたりを見渡せば一番高級な椅子にふんぞり返るように座っている景吾の姿が見える。その横には樺地くんがいて、後は安っぽいパイプ椅子にレギュラー陣が好きなように座っている。そこで観察終了したときに気づく…。一人、足りない。

 「あれ?ジローくんは?」

 いつも殆どいない彼、ジローくんの姿が今日も見えなかった。いつもならああやっぱりなぁって苦笑するところだけど、今日は特別。こういう行事って案外好きそうなのに…って思ったのに。今日はハロウィンで、結構甘いものが好きなジローくんなら楽しんで「トリックオアトリート!」なんて言って回ってそうなのに…。

 「どっかで寝てんじゃねーのか?」

 此処にきていないと言葉にされて、小さなため息が漏れる。折角お菓子、持ってきたのになぁー。残念ですって言う感じの顔を作っていると、岳人くんが「そんなことより!」と嬉々してわたしに寄ってきた。顔を見れば嬉しそうな岳人くんの表情が手に取るようにわかって、わざとらしくなあに?って首をかしげてみれば更に口角を上げてにかっと笑った。

 「とりっくおあとりいと!」

 にかにかーっとまるで子どもみたいに、両手を突き出してくる岳人くん。英語苦手だって言う感じの発音に思わずぷっと笑ってしまって。それからはいはいって言いながら鞄からそれを取り出す。取り出したのは、かぼちゃのオバケ型のキャンディー。はい!って渡せばさんきゅーって返ってくる返事。

 「はい!みんなもハッピーハロウィン!」
 「本来ハロウィンはハッピーなもんじゃねーけどな」
 「もう、景吾はうるさいなぁ」

 ふっと小ばかにしたような物言いの景吾にあっかんべーって舌を出すと、ふん、と鼻で笑われた。ちょっとむかっと来るけどいつもらしい幼馴染の姿はもうみなれたものなのであまり気にしない。とりあえず座っているみんなに一つ一つお菓子を配って、最後に癪だけど景吾にもお菓子を一つプレゼントした。そうすればこれはどこのブランドだ?なんて莫迦なこと言うものだからどうせ百均ですよ!とまたべーをしてやった。
 それぞれの反応を貰いつつ、一つ余った袋をみて、小さくため息をつく。それから、腕時計を見れば、また部活開始時間には間がありそうだった。

 「っと、じゃあわたし、ジローくん探してくるね」
 「そろそろ来るんとちゃう?」
 「そうそう、待っとけば良いだろ」

 わたしの言葉に反応した侑士くんと亮くんは代わる代わるに言ってくれたけれど、そう言って開始時間までに来たためしが殆どないジローくんをいっつもわたしか樺地くんが探し回った挙句頑張って起こしてつれてくるのは常なので、でも来ないでしょ?と一言言えば、二人とも確かに…と苦笑した。そんな二人を見て、わたしも苦笑するとやっぱり探してくるよ、と言いながら学生鞄を手に持った。それを見ていた景吾がなんで鞄持ってくんだよ、と聞いてきたけどそれは秘密!って言うことにした。そうすれば小さく舌打ちが返ってきたけど(何せ、隠し事をされることを景吾は嫌う)あえてスルーして、ひらひらと皆に向かって手を振って部室を後にした。
 腕時計を見ればあと五分で部活が始まるんだろう。とりあえずきっとあそこにいるだろうと判断して予想した場所に足を向けた。



 暫く歩いて、予想していたところに予想通り彼はいた。ジローくんはくかーってこの寒い時期に木に寄りかかって眠っていた。気持ち良さそうな寝顔に思わず笑顔になる。このまま起こさずにそばにいたいなぁって思うけどでもそんな時間は生憎ないため、わたしはジローくんの隣に膝立ちして、肩を揺さぶった。名前を呼びながらおきて、おきてと繰り返すけど、こんなものじゃあジローくんが起きるわけもない。じっとジローくんの顔を見ればやっぱり変わらない幸せそうな寝顔。今度は少し強めに体全体を使ってゆすってみた。

 「ジローくん、起きてー、ジローくーん」
 「くかー」
 「くかーじゃないってばあ、ねえ、起きてー」

 寝ているジローくんに突っ込みを入れつつ、更に力を入れてゆさゆさぐらぐらとゆすってみた。けど、おきる気配は一切なし。もう、こうなったら奥の手しかない。わたしはジローくんの耳元に顔を近づいた。そうすればわたしの耳にかけていた髪の毛が落ちてジローくんの顔にパサっと落ちる。瞬間、くすぐったそうに身じろぎしたけれど、やっぱり起きない。わたしは更にジローくんに近づいて。

 「Trick or Treat!」
 「うわあ…?」

と大声で叫んだ。そうすれば間の抜けた声と共に、ジローくんがようやくお目覚め。でもまだちゃんと覚醒していないのか虚ろな目でわたしを見ていた。今の状況についていけないらしくえ、え?と困ったように首をかしげるジローくんを見て思わず笑ってしまった。そうすればちゃん?ってわたしの名前を呼んできた。

 「えぇっと…?」
 「もう、部活始めるよ?」
 「え、あー…ごめん…もしかしてあとべに怒られた?」
 「ううん、怒られてはないけど」
 「ほんとー?俺のこともあとべ、怒ってなかった?」
 「怒ってなかったよ」

 まだ眠いのか目を擦ったあと、小さく欠伸を漏らして、質問を繰り返すジローくん。そんなジローくんが可愛らしくてまた小さく笑ってしまった。間伸びした言い方なのはまだ眠たいからなのか、小さな子どもみたいな拙い言い回し。ジローくんはぽりぽりと頭を掻いたかと思うとわたしをじっと見つめた。それからよかったぁってへらーっと笑うジローくん。わたしはこの笑い方が好きだ。何だかそれだけで和んでしまうジローくんの笑顔は無敵だと思う。膝立ちしているためにジローくんのほうがどうしても目線は下になってしまうから上目遣いで見つめられて思わずどきっとしてしまう。

 「ええっと、じゃあ、行こっか!」

 上気してくる顔をバレないようににこっと笑ったあと、立ち上がろうとした。けどそれはしただけに終わって、実際はぐいっと腕を引っ張られて立ち上がることは出来ないまま、地面に座る形になった。スト、とジローくんの隣に腰掛けてしまったわたしは引っ張られたほう、つまりはジローくんを見つめて(今度はジローくんのほうがかすかに目線が上だった)どうしたの?と小首を傾げてみせる。そうすれば不思議顔のジローくんの表情が見えて。

 「とりっくおあとりーとってなあに?」

 と、一言。スローテンポの物言いはまだ覚醒しきってないから気にならなかった。問題はその言葉の意味だ。え、知らないの?って思ってしまったのはわたしだけの内緒だ。ジローくんを見つめれば、その言葉が嘘だとは到底思えなかった。本気で知らないんだ…と軽くショックを覚えつつ、えっと、と声を出した。

 「今日、ハロウィンでしょ?」
 「えー…そうなの?」
 「うん、そうなの。だから」

 ていうかそれさえも知らなかったのか…と思わず項垂れてしまって、ジローくんを見れば寝てたから気づかなかったって言葉。うん、確かに、ちょっと納得。と何の疑いもなくジローくんの言葉を鵜呑みして、あくまで簡単にハロウィンのことやさっきの言葉の意味を教えてあげた。あまり長いうんちくを語るとまた寝てしまうに違いないから、あくまで簡潔に、だ(今度寝られたら起こせないし)

 「へーえ!じゃあおれ、ちゃんにお菓子あげなきゃなんだ?」
 「うん、そうなるけど…でも別にお菓子貰いたくて言ったわけじゃないから、」

 いいよ、と言ったけれど、ジローくんを見ればどこだったかなーって言いながらポケットをまさぐる姿が目に入った。わたしの話聞いてた?って思わなかったわけじゃないけど、必死になって探しているジローくんを見ていると何だか和んでしまって、とりあえずジローくんの行動を見守ることにした。そうすればあった!って声を共に差し出される、キャンディー。あ、わたしが皆にあげた奴とおんなじだ。

 「はい、ちゃんあげるー」
 「え、良いの?」
 「うん、きのう見つけておいしそーだなって思ってたけど、ちゃんになら上げていーよ」

 にこっと笑って言われてしまったら、受け取らないわけには行かない。ありがと、って言ったらうん、とまた笑ってくれた。それから、あ、でも…と言葉が続くので、耳を傾ければ。

 「それ、一個しかないから、みんなにはないしょね?」

 しーだよ、と人差し指を口元にやっているジローくんはそこらの女の子より可愛らしかった。また笑ってしまってわたしもおなじように口元に人差し指を当ててウン、と肯く。多分、ジローくんみたいに可愛くは出来なかっただろうと思ったけど。
 そしてわたしにお菓子を渡してくれたジローくんは大きく伸びを一回したと思うと、またわたしを見つめて。

 「じゃ、行こっかー。あとべ、怒ると怖いC」
 「え、」

 立ち上がろうとしたジローくんの行動に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。そうすればジローくんは立ち上がるのを途中でやめてわたしを見たかと思うと、首をかしげて「あれ?行かないの?」と一言。いや、行くけど。行くんだけどね、何か拍子抜けで…。

 「いや、いくけど…聞かないの?」
 「何を?」
 「…お菓子」
 「あるの?」

 うん、と肯いたら、ジローくんはにっと笑った。じゃーちょーだい!って言いながら両手を突き出して、とりっくおあとりーと!と。完璧英語に不慣れな言い方に思わず笑ってしまって、鞄にしまっておいたお菓子をジローくんに出した。みんなとは違うきちんとラッピングした、クッキー。それをジローくんは嬉しそうに受け取ってくれた。おいしそうだC!とだんだんと覚醒してきたのか元気な声にくすっと一笑。それを壊れないように右手に持つジローくん。もしかして手作り?みんなに?大変だったんじゃないの?と一気に質問してくるジローくんに思わず苦笑して。そしてわたしはさっきジローくんがやったみたいに人差し指を唇に当てた。

 「みんなにはキャンディーだけだったから、ジローくんだけ特別なの」
 「そーなの?」
 「うん、だから…秘密、だよ?」

 そういえばジローくんがまた嬉しそうに笑った。亮くんや若くんや長太郎くんには言ってもいいような気がするけど、岳人くんとか侑士くんとか景吾(結構彼はそんなことでも怒ってしまう)にバレたらまた煩いに決まってる。一人思っていると、わかった!じゃあ二人だけの秘密だね!って子どものように無邪気な笑顔でジローくんが言った。

 「ハロウィンって楽しいね!」

 にこにこと笑うジローくん。部活は当に始まっていたけれど、もうちょっと二人だけでいたかったから、時間に気づかないふりをして、また二人して座った(きっとジローくんは本気で時間が始まっているって気づいてなかったと思うけど)きっと戻ったら怒った景吾がわたしたちを待ってるに違いない。けど、今が幸せだから、ちょっとの説教は我慢するとしよう。
 嬉しそうにわたしの渡したクッキーを見ているジローくんを見て、そんなことを思った。





 ― Fin





 あとがき>>本当は氷帝逆ハにしようと思ったんだけど、逆ハが苦手(読むのは好き)なので急遽ジローくんの個人夢!ほのぼの仕様になってればいいなぁと願いつつ。ハッピーハロウィン!トリック オア トリート!

 2006/10/31