「な、な、何これーーーっ!?」
私は今、自分の置かれている状況に、思わず叫び声をあげてしまった。
目の前にいるのは先ほどまで一緒にいた、あの余裕たっぷりの綺麗なかんばせの跡部ではなく、怪訝そうに私を睨みつける私自身だった…。
弱気な帝王と勝ち気な女王
1day
事の発端は、ほんの数十分前に溯る。私は彼氏である、我が校で帝王と名を馳せている跡部景吾と、一緒に下校していた。すると今日は天気予報で100%晴れだと言われていたにも関わらず、雨がぽつぽつと降り出した。勿論、当たり前だがその天気予報を信じた、私も跡部も傘なんて持ってなどいない。どこかで雨宿りをしようと私は提案したのだが、小雨だということもあり、跡部は私の提案に首を振った。私も私で跡部の言い分も分かったし、私は跡部が濡れるのが嫌だろうと思ったから進めただけであった。なので、じゃあいいか……、なんて軽く考えて続いて跡部と二人で真っ直ぐ続く通学路を呑気に歩いていた。
それがそもそもの原因だったのかもしれない。ここでどこか喫茶店にでも入っていたらこんな事態には……。とまあ、今更言っても仕方ないんだけど。後悔先に立たずとはまさにこのことだ、としみじみ思う。
話が戻るが、結局、そんなに甘くはなかったのだ。小雨だった雨は、だんだん大粒の涙のように天から降って来ては、私たちを濡らした。そうしてその雨は、激しさを増して行く。まるで、滝に打たれているようだ……、と思ったほどだ。さすがにこれはまずい!と思ったので、私たちはとりあえずどこかで休もうと考えた。走って走って、雨に打たれて打たれて。体はどんどん冷えていって。
そうしてある公園の階段にさしかかったとき、私は水溜まりに足を滑らせてしまったのだ。それからはもう察しのとおり、下へと引っ張られるかのように落ちるわけで。周りがスローモーションになったかのようにゆっくりと私の瞳に映って。落ちると覚悟を決めたとき、ぐいっと引き寄せられた。目を開けたときに映るのは跡部の胸。抱き締められながら落ちる。そのときだった。ピカッ!と光った。その次にゴロゴロゴロ……、と音が鳴る。雷だ。私は怖さの余りぎゅっと力一杯瞼を閉じた。そうして次に目を開けたとき……冒頭文へと返る。
「えっ意味分かんない…なんで私がいるの?跡部はどこに行ったの?!」
大声で喚き散らす。すると、ズキッと腕がいたんだ。痛さの余り、左腕を押さえる。もう一人の私は私を呆れた顔で見ていた。
「……俺はここだ」
そうして、目の前の私がはあっ……と溜め息をつきながら私に言った。目の前の私は口が悪いようだ。それでって馬鹿なことを言う。なあにが、俺はここだ、よ。私は今まで自分のことを「俺」なんて言ったこともなければ、嘘でも自分が跡部だなんて言わない。私は目の前にいる不機嫌そうな私に向かって自嘲的な笑みを浮かべた。
「ま、まあ…この世に自分に似た人間は三人いるっていうし、この際それは置いといて…それよりも跡部は」
「だから俺が跡部景吾だっつってんだろうが、アーン?」
私がそういうと、目の前の私はさらに不機嫌そうな表情を浮かべて面倒臭そうに答えた。……確かに口調やこのふてぶてしい態度は跡部っぽい。が、外見はモロ私だ。意味がわからない。私は頭を抱えた。そうして違和感に気付く。「あれ?」それはいつも触っている自分の髪質とはちょっと違う感じがした。それから冷静に自分の手を見る。いつも見慣れてはいるけれど、それは決して自分の体についているものではなく、いつも私自身を叩いたり、乱暴になでたり抱き締めたりするものに似ていて。自分の手とはあるまじき手だ。
「あ、あれれ?」
さらに、混乱した。私の小さな脳みそでは、この状況を理解できない。いっそ夢なんじゃないか……、と思うくらい。いや、そうだ、実際夢なのだ。きっと私は、雷に吃驚して、気絶して、摩訶不思議な夢を見てるのだ。そうに違いない。うん、そうだ。
「なあんだ、夢か。おやすみ、私」
「おい!こら、待て」
私は自分にヒラヒラと手を振って、硬いコンクリートに寝そべった。すると、もう一人の私が私をバシバシ叩く。左腕がズキズキ痛んだ。……あれ?でも、夢って、こんなに痛いものだっけ?てゆうかその前になんか自分の声も違う気が。私は眉をひそめて、もう一度目を開けた。そうして、目の前の仏頂面の私を見る。
「ねえ、これ夢?痛いんだけど」
「現実だ、馬鹿」
とりあえず、目の前の私に問い掛けてみる。すると、馬鹿呼ばわれされた。……生きてるうちに、自分自身に面と向かって馬鹿なんて言われることはないだろう。そう思うと得をしたのだ……損なのかもしれないけれど……。私はまたじっと私を見る。私と違って目の前の私はなんだか余裕たっぷりな表情を浮かべていた。
「ねえ、じゃあ夢じゃないとしたら……なんで私の目の前に私がいるの?」
「知らねえよ、んなこと」
面倒くさそうに返された。……なんかむかつく。私は目の前の私をキッと睨むと、目の前の私はふふんっと鼻で笑った。
「もうっ!私帰る!!」
「おい、そんな格好で自分の家帰ろうとすんじゃねーぞ?」
「はっ?」
「だから、お前の家は」
言ってる意味がわからなかった。そうして、私が指差す方向は、私の家とは正反対で。思わず私は顔をゆがめてしまった。
「意味わかんない!」
そうして、すっくと立ち上がる。……また、だ。またあの違和感。髪の毛を触ったときや、手を見たときと同じ、あの違和感。
………………………………・。
「答えは出たか?馬鹿」
黙ってる私に、ニヤリと意地悪く口の先をあげる、私。……自称跡部と言い張る私だ。わかった気がした。目の前の私の言い分も、今の違和感も。ただ、私はそれを認めたくなかったのだ。いつもよりも離れて見える、茶色い湿った土。目の前にいる私は、私を見上げていて。すっとポケットから鏡を取り出す。それを私にずいっと押し付けるように渡す。私は、ゴクっと生唾を飲み込んだ。そうして、ゆっくりと鏡を覗き込む。
「な、な、な、何よこれーーーーーーーーっっ!!!」
また、私は思わず大声を上げて、そう叫んでいた。鏡に映るものが夢だと思いたかった。鏡に映るのは、自分のはずなのに。今映ってるものは、確かに見慣れた顔だけれども決して私ではないその顔は、いつもの勝気な表情とは打って変わって、言っちゃあなんだけども、随分と間の抜けた表情をしていた。
私は再度、混乱した。靡くグレーのさらさらした髪の毛に、目の下の小さな泣きボクロが印象的な整った顔。鋭い目つきは今やどこか頼りなさ気な様子で、私を見ている。鏡、とは己を映す道具のはず。それなのに、映るのは、今や行方不明になっている自分の彼氏。ほんのちょっぴりそうじゃないか、と思っていたけれど、実際そんなことは起こりうるわけがないはずなのに。
……ついて、いけない……
私は、受け取った鏡を思わず地面に落としてしまった。パリンという音を立てて、鏡が割れて、周辺に破片が飛びちる。それを目の前の私が、あーあ、とちょっと残念そうに眺めて、それから私を見つめた。説明が欲しいと、思った。一から十まで。納得いくまで。馬鹿でも分かるように簡潔に。いや、出来れば夢だといって欲しいものだった。でも、その考えはすぐに打ち砕かれるのだ。何故なら先ほど目の前の私に現実だ、馬鹿。と言われたばかりなのだから。
「……ちょっと……あ、跡部……?」
「やっと状況わかったかよ、アーン?」
それでも少しの期待を込めて、名前を呼んでみたのだ。もしかしたら、違うって言ってくれるんじゃないかって。そんな小さな期待を込めたのだ。しかし、それもすぐに打ち砕かれる。目の前の私……いや、もとい跡部はニマニマと意地悪く笑いながら、私を見据える。私は、頭を抱えた。
「説明、してよ……」
「知らねーよ。気づいたら、俺はお前に。お前は俺になってたんだから」
……そんな非現実的なことがあってたまるか。
思わず、そう叫びたくなった。それなら、ドラ○もんや魔法使いが本当にいる、と言われたほうがどれくらい楽か。いや、実際ドラ○もんがいる、と言われても私は馬鹿馬鹿しいと嘲るのだろうけれども。……いや、問題はそこじゃない。今のこの状況だ。どうやら私は自分が考えてる以上に混乱状態にいるらしい。何を言ってるのか、何を思ってるのか、自分でさっぱりなほどわからない。自分でわからないことが目の前の私……になった跡部がわかるはずもない。だが、何でもお見通し、と言ったように跡部はふっと笑うと、私を見つめた。自分に見つめられて実に変な気分だが、今はそんなことどうでもいい。
「とりあえず、俺の家に行くか」
「俺の家って、跡部家?」
「ああ」
混乱しながら、そう呟くのが精一杯だった。跡部は、短く答えると、私の手を握る。……小さかった。自分の手はこんなにも小さかったんだなーと、思った。跡部視点から見る私はこんなにも小さくて、……まぁ、少なくともこんなにふてぶてしい態度はとっていないと思うが。そんなことをブツクサ考えながら、じっと跡部を見た。すると、跡部がぐるんと振り返って、睨む。
「自分の顔に見とれんな」
「み、見とれてないし!」
馬鹿か、と呆れた風に言われ、私は慌ててぶんぶんと勢い良く首を振った。実際問題私は自分の顔に見とれてなどいない。だが、今考えていたことを跡部に言うのはどうかと思った。だから、私は今考えたことは言わずに、ただひたすら否定していた。跡部はどうだか……と未だ疑ったように私を見据えていたが、それに気づかぬフリをして、歩き始めた。
「さ!行くよ!!」
跡部が、何を偉そうに……、とぼやいていたのが聞こえた。自分でも偉そうだと思ったが、これくらい強気でいかなければ、今の問題には立ち向かえそうにない。私はぎゅっと力強く私の……いや、私の姿をした跡部の手を握った。
「いてえ!」
「え?」
すると、瞬時に跡部が声を上げた。私はぐるんと振り返る。見ると、不機嫌そうな私の顔。そして跡部は、不服そうに手を振り払った。そんな跡部の動作が、何だか少しショックで、私は眉をひそめる。「何よ、なんで振り払うのよ」口を尖らせて言えば、今度は跡部が眉をひそめる番だ。阿呆か!と大声を出されてちょっと吃驚するが、声は私の声……女声なので、あまり迫力が無い。
「あのなあ、!そんな力強く握んじゃねーよ!」
「は?」
跡部の言い分に、私は首を傾げた。意味がわからない。このくらい、いつものことじゃないか。私はそう思ったが、跡部を見ると、左手を眺めている。その表情は本当に痛そうだ。そうして、私はじっと手を見つめて……理解した。そうか、今は跡部の体に入っちゃってるわけだから、握力も当然違うんだ。そう考え付くと、悪いことをしたな、と思う。女子と男子の握力は、随分と違うのだ。 それを実感した。と、同時に、なんだかんだ文句をいいながらも、跡部は私に合わせてくれてるんだとわかり、嬉しくなった。思わず顔の筋肉が緩む。
「おい、。何笑ってんだ、てめえ」
「ごめん、ごめん、なんでもないよ」
へらり、と笑った私を怪訝そうな顔が覗く。私は慌てて謝るけど、やっぱり笑顔のままだった。跡部はそんな私を見て、気持ちわりぃ、と不機嫌そうに答える。それでも私は笑った。
「なんでもいいけど、俺様の顔でそんなアホ面すんじゃねー」
「はいはい」
すると、跡部はふんっとそっぽを向く。それから、素っ気無い一言。私はそれに対して笑いを堪えながら答えた。そして、私はまた跡部の手を掴む。今度は慎重に。あまり力を入れないように。細心の注意を払って、軽く手を握る。跡部は何も言わなかった。だから、私は歩き出す。跡部の家についたのは、それから30分後。
2day
朝起きれば夢だった。なんて、ことがあれば、きっと苦労はしない。でも、そんなのやっぱり私の理想であって、現実ではない。現実で、目覚めた私の目に映ったのは、いつもと違う、真っ白な天井だった。
あれから私と跡部は、跡部家に向かい、30分もかけてついた。思わず私はお邪魔します、なんていっちゃったものだから、跡部が呆れた目で、私を見ていたことを、覚えている。それから、跡部の部屋へと入って、これからどうするかって話をした。でも結局解決へと導かれる答えは出てこず。最後にはなるようになるだろ。というなんとも他人事のような跡部の言葉で幕を閉じた。それから、跡部は私の家へと帰っていって、私は跡部の家で跡部らしく振舞う。多分、ばれてはいないと、思う……けど、わからない。そう思いたいだけだとは思う。
「はあ……大変なことになってしまった」
私は自室とは全く違う、広い部屋の中で、大きなため息を吐きだした。こんな広いんじゃ、落ち着かない。やっぱり私は庶民だ、なんて痛感した。私はもう一度大きなため息をつくと、ベッドから起き上がる。そして、のろのろと立ち上がると、クローゼットの中を開けた。それから制服を取り出した。
「………」
……いっそ、休んでしまおうか。そんなことが頭を過ぎる。悪魔な自分が囁いたように思えた。しかし、すぐさまブンブンと頭を振って、今の考えを取り消す。きっと、休むことは容易だろう。跡部になりきっている私が、「今日は休む」と一言言えば、「はい、お坊ちゃま」とか言って絶対に了承するに違いない。そんな跡部と執事の一部始終が光景が目に浮かんで、私は大きなため息をついた。……しかし、まだ難関が残っている。それは、今や私になってしまっている、跡部の存在。プライドが高い奴のことだから、休むなんてさせないはずだ。そんな馬鹿なこと休む、なんて、あの俺様が許してくれるはずないだろう。……休んだとわかったら、何をされるかわかったもんじゃない。私はチッと舌打ちして、覚束ない手で、ハンガーにかかったシャツを手に取った。きゅっとネクタイを結って、なんとか制服を着終えた私は、この広い部屋を後にして、リビングへと降りる。……跡部に道順を聞いておいて良かったと思った。なんとか迷わずいけて、食事をして……。
チャイムが鳴った。私がきだるそうに出ると、そこには、私。いや、私の姿をした跡部がニマリと変な笑みを浮かべて立っていた。「……おはよう」一応、挨拶をしてみた。すると、跡部は、行くぞ。と私の手を引っ張る。でも、私はそれに逆らって、立ち止まった。すると、跡部は不服そうに眉を吊り上げる。
「ま、まだ荷物持ってないの!」
「早くしろよ」
そういえば、跡部はチッと舌打ちをして、私の手を解放した。私は自由になると、跡部の機嫌を損ねないように、早足で荷物をとりにいく。そして、用意が出来ると、跡部の待っている玄関へと向かった。
「お、お待たせ」
「……お前、気持ち悪い声だすな」
急いで用意したというのに、俺はそんな口調じゃねー。と文句を言われた。それを言うなら、私だって、そんな口調ではない。と、負けじと文句を言った。いつもは跡部の言いなりに終わってしまうが、今は、自分のほうが少し有利な気がした。跡部になっているからだろう。跡部を見れば、ほう、と笑う。意地悪い笑みだった。
「…な、なに……なんだよ」
「言うじゃねーの?」
まだ覚束ない口調で言えば、跡部はふうん、と見上げる。何だか変な光景だった。私はそんな跡部の背中に手を回して、早くと急かすと、跡部は小さく眉をひそめて、わあったよ。と歩き始めた。そんなふてぶてしい自分の姿を見て、早く元に戻らないかな、なんて思いながら沢山の不安を胸に学校へと向かった。
一番の難関は、やっぱり学校だった。跡部と離れてから、沢山の視線が向けられる。大半は女子のものだ。あとは、跡部に憧れを持つ後輩とか。なんだか落ち着かない気分だ。自分だったら、絶対有り得ない光景なのだから。跡部がモテるのは重々承知していたことだったけれど、やっぱり本人になってみると、痛いほど良く分かる。これでは、あんなに高飛車ナルシストになっても、無理ないだろう。実際、綺麗で整った顔立ちをしている。
昼休みになるまでに、私は数人の女の子から呼び出されたり、プレゼントを貰ったりした。数えるのも面倒なほどに。昼休みに入って、私は声をかけられる前に、一目散に逃げ出した。
そして、今、一番気になっている跡部の様子を見に行こうと、その教室に向かう。心配なのだ。学校に着く前に、嫌というほど跡部には忠告したが、ヤツが本当に私を演じているとは考えにくい。もしかしたら好き勝手しているのではないか、と不安が過ぎる。私は汗でじっとりとした手をハンカチで拭うと、早足で歩いた。
「跡……!」
私は教室に着くと、跡部の名前……、正確には自分の名前を大声で呼んだ。自分で自分の名前を呼ぶのはなんだか変な感じだったが、まさか跡部!と呼ぶわけにも行かない。それこそ事情を知らない人から見れば変な人だ。すると、跡部は気づいたのか、私に笑顔を向ける。それから、友達に一言言うと、私の元に駆け寄ってきた。自分で言うのもなんだが、完璧だと思った。それどころか、反対にいつもの私よりも可愛く思える仕草だ。女として失格だと言われているみたいで、悔しく思ったが、そこはなんでもない風な仕草で、私はくいっと親指を後ろに向けた。跡部はにやっと笑うと、それに続いて歩き出す。私ははあ、とため息をつきたいのを我慢しながら歩いた。
「……なんか、ノリノリじゃん。あんなに嫌がってたのに」
「ったりまえだろ。俺を誰だと思ってんだ、アーン?」
場所を移動すると、跡部はすぐに地を出した。やるからには全力に。がモットーなのだろうか。でも言っちゃ悪いが私の姿で偉そうに言われても、迫力が無い。私は笑いたいのを通り越して、呆れた。なんだか、この2日間で、跡部の気持ちが良く分かった気がした。
「お前こそ、失敗してねーだろうな?」
「してないってば!」
多分。と、小さく付け加えると、跡部が目を見開く。私はてへへ、と笑った。すると、気色悪い、と暴言を吐かれる。
「それよりもさ、どうやったら、戻れるのかな…。なんか疲れちゃったよ。跡部のフリ」
「知るか、んなの。俺だって嫌だ」
「あら、でもとっても似合ってるよ?けいこちゃん」
「殺されてーのか、」
殺されたくはない。だけども、これが本音だ。真実で、偽りは無い。それくらい、跡部は似合っていたのだ。私は、ははは、と乾いた笑みを漏らして、一言謝る。跡部はまだ怒っていたけれども、私はそれを無視した。
「やっぱり、漫画とかで見たのを参考にすると、もう一度ショックを与えるとか!」
「…それ、記憶喪失じゃねーのか?」
「違うよ!入れ替わりもそうだって!」
その代わり、一緒にショックを受けなきゃ駄目だけどね!といえば面倒だ、という風に眉をひそめた。……その気持ちは良く分かる。私の場合は面倒というよりも、痛いのが嫌だから。なのだけれど。それでも、ずっと跡部を演じるのは嫌だ。それなら、一瞬の痛みを我慢したほうがいい。今日1日跡部として過ごしてみて、痛いほど痛感したのだ。私にはやっぱり俺様とか、カリスマ性がないことに。平凡な毎日を送りたいと、切実に思ったのだ。跡部は何も言わなかった。ただ、難しそうな顔をして、地面を見ている。私は、まあ、これは冗談だとしても……、と言葉を続けた。それから、お昼ご飯を食べよう!と提案して、一人歩き出す。跡部は、何か言いたげだったけど、そんなのお構いなしにどんどん歩いた。
歩いていて、だんだんと人が多くなる。私はポカをしないように、出来るだけ堂々として歩いた。チラリと跡部の方を見ると、何だか腑に落ちないと言った表情。顔には大きくこう書かれているように思えた。"俺は、そんなんじゃねえ"でも、私から見た跡部はこんなんだったし、きっと周りの人も、これが跡部だと疑わないだろう。私はこれまた跡部を無視して歩いた。そこで、問題が起きた。前方不注意だったため、横を通り抜けようとした人に勢い良くぶつかってしまった。そして、運悪く、ここは階段付近。グラリと体が揺れた。
「あぶねえ!!!」
跡部の声が聞こえる。(いや、実際は私の声なんだけども)ヤバイ!と思った瞬間には、体が宙に浮く。跡部の言葉が男言葉で、私はそんな言葉遣いじゃないとか。と、飛べた!人は飛べるのだ!なんて、感激しているほど、私には余裕が無い。無意識のうちに目を瞑って、痛みを耐え抜こうという寸法だ。すると、体が引っ張られた。吃驚して、目を開けて見ると、私の顔だ。つまり、引っ張った本人は跡部だった。それから、ドンっと床にぶつかる。私達は踊り場まで落ちたらしかった。周りの人が、悲鳴をあげているのが聞こえる。
「いったあ……」
そうして、ゆっくりと目を開ける。それから、今の光景に驚いた。私は跡部に引っ張られて、抱きかかえられるようにして倒れこんだはずだった。それなのに、今や下敷きになってとても頭と腰が痛い。私は状況が飲み込めずにいると、私が抱きかかえている人物がもぞもぞ動いた。……そして、目が合う。
「あ、跡部……」
「……?」
目の前には、跡部の顔があった。ここで、ようやく理解する。どうやら、戻ったのだ。階段から落ちた衝撃で。私と跡部は、それから数秒間見つめ合い……。
「良かったーーーーーっ!!!」
私は、嬉しさの余り跡部に抱きついた。跡部は、ああ、と言いながら私の頭を撫でる。我に返ったのは、周りの人の声だった。見渡すと、絶望の淵に立たされているような女子の顔と、茶化すように見ている男子たち。私はようやく自分がなんてことをしてしまったのか理解して、抱きしめていた跡部の胸をドンっと勢い良く押して、退けた。
こうして、私達の奇妙な体験は、終了した。
でも、その日を境に、私達に「弱気な帝王、勝気な女王!」と言う称号がついてしまったことは、言うまでもない。そして、そのことに跡部が腹を立てて暫く不機嫌だったのも、言うまでも無い真実。
― Fin
あとがき>>入れ替わりネタ。
2004/12/20