クラスが違えど知っておりましたともさ。
彼の存在くらい。



生徒会長とわたし




跡部景吾。
この、ちょーお金持ち学校(と言っても、庶民も入れる)(現にわたしがそれだ)氷帝学園中等部在住。
顔よし、ルックスよし、運動神経抜群、成績優秀、カリスマ性あり。

おうちはあの有名な跡部財閥の一人息子。(なんか色々建物とかある)

そんな彼の存在を知らない人なんて、きっと居ない。
クラスの違うわたしだって、中学入学したときから知っていた。(なんていったって彼は目立っていたから)
ジャニーズ顔負けのルックスに、有無を言わさぬ発言力。僅か、12,3歳にして、彼はこの学園のトップに躍り出た。
サッカー?いや、違う。バスケか?まあいいや。とにかく何かのスポーツで堂々のレギュラーに這い登ってしまったのだから、それはそれは有名になるだろう。

そんな彼が、人から憧れられるのは、まあ当然の事だ。
女子からは恋慕の入った目で見つめられ、男子からは何だかんだで慕われている。
一見、性格が悪そう…もとい、自分勝手(フォローになってない)に見られそうだが、部長になってから、結構気の遣える人だという事も聞いていた。

まあ、でもだからそれが何だって話だって思っていた。
噂ではよく聞く跡部景吾の話題。
でも、わたしは別にミーハーではなかったし、面食いなわけでもなかったから、さして、その「跡部景吾」と言う人物に興味があったわけでもない。
ただ、話を聞いたのは、会話合わせだ。女子と言うのは集団で群れたがる属性を持っていて、かなりの協調性を用いる。
一人が自分勝手にしてしまうと、はぶられてしまうと言うリスクがある。一度はぶられてしまうともう他のグループにはなかなか入れない。
こんなセレブ校でそんなチンケなイジメが…なんて初めは思っていたが、反対にプライドの高い集団だ、入学早々はぶられている子を発見した事がある。
確かその子はどこかの中小企業の社長の娘さんだったので、お金持ちと言えばお金持ちだったけれど、相手が悪かった。ちょー大手会社の社長の一人娘だったのだから。
その後、彼女は程なくして転校してしまった。

そういう世の常。庶民のど真ん中、ドストライクにいるわたしとしては、折角入れたこの学校をイジメ如きでむざむざ退校するわけにはいかないのだ。

だから、まあ…跡部景吾のことくらい、ちょっとは知っていたのだ。
ちょっとと言うのはだから、噂、なんだけど。当たり前の事ながら跡部景吾とは接点など全くと言って良いほど無い。
クラスは一度も一緒になった事はなかったし、わたしは成績優秀者としてこの学校に居られるため、部活に所属していない。
でも、別段、本当に自分が憧れを抱いていたとか、そういうのは一切全くなかったから、アクションなんてとったこともなかったし、お近づきになろうなんて気、これっぽっちもなかったのだ。









「わたしが、生徒会副会長…ですか?」

突然、お昼に先生から呼び出されて職員室に行くと、『副会長やれ』とのお達し。突然の先生の台詞に、わたしは呆然と聞き返すしかなかった。
だって、普通、ありえない。
生徒会副会長って言うのは、中学一年から会計とか、書記とか、そういうのを経験した子が、先輩である旧生徒会メンバーから推薦されるとか、まあ立候補するとかが普通であるのだ。
それなのに、わたしはこの二年間、何もやってない。生徒会の仕事を全くと言って良いほど知らないペーペーだ。
抗議の言葉も出てしまう。けれども先生は「でももう決定事項だから」とさらりと言ってのけた。

「ですが、先生」
「新生徒会長の、推薦なんだよ」

有無を言わす前に、先生はそうきっぱりと言い放った。“新生徒会長”その人物がわたしを推薦したと言う。一体その新生徒会長様とやらはどんな輩なのか。その人のお眼鏡にかなうようなこと、本当にしていないわたしとしては返事に困るところだ。だって、ほんとう自慢じゃないが、平凡だ。ルックスが良いわけでも、性格が学校一良いわけでも、運動が出来るわけでもない。…ただ、ちょっとだけ成績が上位なだけ(それを条件にこの学校に入ってるからね)だ。別に生徒会がルックスを重視するわけではないが、なぜか歴代の生徒会メンバーは煌びやかだったと記憶している。わたしには、無理だ。色々考えて目の前で腕を組んでいる担任に、やっぱり断ろうと口を開いた瞬間、だ

「先生」
「ああ、噂をすればその新生徒会長の登場だな」

わたしの後ろの方を見つめる先生を見てから、わたしはゆっくりと自分の後ろを振り返った。わたしを指名してくれたと言う、新生徒会長。一体どの面してやがんだ。と振り返った。そして、驚愕、した。

「あ、とべ…くん」

そこに居たのは、学校一と言って良いほど有名な、跡部景吾だった。跡部景吾は先生を見た後わたしの方を見ると、また先生へと視線を移して、「さっそく僕の要望を実現させてくれたのですか」と上品な笑みを浮かべた。
… … 王 子 が 、 い る 。
そう錯覚してしまう程、跡部景吾は煌びやかだった。そうか、彼が居た。生徒会長に相応しいであろう人物だろう。心の中で頷く。それから先生と跡部景吾は二三言葉を交わしていて、そこでわたしの名前が出たことでハッと我に返った。

「そ、その事なんですが!わたしなんかに生徒会副会長だなんて…荷が重い、です」

なので、辞退させてください。そう言葉にしようとしたのだが、それを跡部景吾が遮った。「さんなら絶対出来ると信じています」と。「むしろあなたしかいない」と。

「成績優秀者であるさんのお力添えがあれば、更にこの学校を良くしていくことが出来ると確信しているんです」

そう言われてしまっては、言葉に詰まってしまう。目の前の教師なんて、良く言った!と言わんばかりにふんぞり返って跡部景吾に期待しまくっている。「だから頼みます」言われながら、そっと触れた手。きめ細やかな手がわたしの手を包みこんだ。これが、スポーツをしてる男の手?と言うくらいに美しい。握られた手と跡部景吾の顔を交互に見やって

………

「……は、い」

根負けしてしまった。「ありがとうございます」にこりと笑った跡部景吾の表情が、まぶしかった。
きっと、このときのわたしは、夢を見ていたのだ。それは甘いだけの夢。楽しい事しか待ちうけていないと、どこかそう思っていた。
握った手があったかかったのも。わたしに向ける跡部景吾の笑顔が優しかったのも、全て、夢だったのだろう。










生徒会初日。あれから結局わたしは生徒会副会長となった。任命されて、初仕事。わたしはクラスのHRが終わるとすぐさま生徒会室に向かった。…ちょっとだけ、緊張。スーハーと深呼吸を二度ほどして、コン、コン、コン。と控えめなノック。すると、「開いている」とドアの向こうで声がして、わたしはそっと扉を開けた。そうすれば、奥の方にすでに腰かけている跡部景吾が居て、わたしはドアをゆっくりと閉めて、彼に近づいた。
コツコツコツと足音が室内に響く。
跡部景吾の目の前までやってきたわたしは、心の中で深呼吸をして、

「これから、よろしくお願いします。出来る限り跡部君の役に立てるように頑張りたいと思います」

ぺこり、と頭を下げると「堅苦しいのは抜きにしようか」と提案された。それも、そうだ。彼とわたしは同い年。これから生徒会を一緒に切り盛りしていく相手に敬語と言うのは変な話なのかもしれない。「じゃあ、ため口、で」そうすれば、跡部景吾がニィ、と笑った。ただし、その笑顔はあの時にみた、上品さとはかけ離れていたけれど。

「んじゃそういうことで、よろしく頼むぜ。この仕事引き受けたからには俺様の指示には絶対したがってもらう。泣きごとなんて許さねえから覚悟してろよ」

………………誰、この人

「え?」

一体、何が起こっただろうか。俺様?許さねえ?一体どの口かそんな言葉を言っただろうか。幻聴かとも思えるセリフに、わたしは素っ頓狂な声が漏れた。けれどもそんなわたしをよそに跡部景吾は机の上の書類をわたしによこす。

「手始めにこれを一時間後に完璧に終わらせろ」

続けざまに聞こえた声は、あの職員室で出会った人物とはまるで正反対の人物のようだ。

「ちょ、…ちょっと!」
「アーン?」
「何、その、態度!全然違う!」

だって、この目の前の人物は、わたしが生徒会副会長を断ろうかと思っていたあのとき、「成績優秀者であるさんのお力添えがあれば、更にこの学校を良くしていくことが出来ると確信しているんです」とかなんとか言ってたんだよ!?なのに、何この違い。まるで詐欺だ。

「なんでそんなに態度が違うのよ!」
「はあ?…そんなの、決まってるだろ。こっちの方が都合が良いんだよ」
「さ、詐欺だよ!何それ!」
「賢い選択をしているだけだ。無駄口叩いてねえで仕事しやがれ」
「わ、わたし、辞退する!」
「アーン?何寝ぼけた事言ってやがんた?テメェ今、精いっぱい頑張るっつっただろうが。俺様の役に立つようにってな」
「そ、それは目の前のこの男がこんな奴だと思ってなかったからだよ!と、とにかくわたしやってけない!こんな人となんて願い下げだよ!」
「ふうん。…まあ、そんなでけぇ口叩けるのも今のうちだぜ」

非難の声を荒げたが、跡部景吾には全くと言って良いほどダメージはなかったようだ。ガチャ、と音を立てながら椅子から立ち上がると、跡部景吾はわたしのネクタイをひっつかんだ。え、もしかして首絞められる?脅される!?こんな奴、一瞬でも王子だなんて思った自分を殴り飛ばしてやりたくなった。ぐいっとネクタイが引っ張られて、わたしは殴られる!と覚悟し目をぎゅっとつぶった。すると、やってきたのは、

ちゅ。チロリロリーン

唇に、柔らかい、感触。
バっと目を開くとそこには至近距離の跡部景吾の顔が、あって。「え、あ…?」軽くパニックになった頭で必死に考えると、跡部景吾はわたしのネクタイを離した。それから、ニィっとニヒルに笑うと、右手に持った携帯の画面を見て、「上手く撮れてるじゃねーの」言ってから、わたしにその画面を向けた。え、と見つめた画面の中には、

「!!!!」

わたしと、跡部がキス、してた。

「な、な、な!」
「これ、他の奴らに見られたくなかったら生徒会やめるなんていわねえことだな」
「こ、こんな無理やりな写真で恐喝しようだなんて!」
「……無理やりだろうがなんだろうが、俺は構わないが?…これを見た俺様のファンがどうとるかは……頭の良いお前ならわかるだろう?」

言われて、わたしは口をかみしめた。……跡部景吾のファン。それを聞いて思い浮かぶのは、熱狂的なファンだ。彼と同じくらい煌びやかな集団の美麗グループ。…過激派、とも呼ばれている。そんな彼女達がこの写真をを見てしまったら。そんなの、想像したら嫌な風にしか取れない。絶対、リンチされる。わたしの平穏な日々はもろくも崩れ去るであろう。

「………くっ」
「わかったか?お前に拒否権はねーんだよ。わかったらさっさと仕事しやがれ」



…こうしてわたしの奴隷ライフは幕を開けた。
蓋を開ければ高嶺の花は真っ黒だった。





― Fin





あとがき>>スランプに陥りました。リハビリに跡部様を描いてみました。……復帰はまだまだ遠そうです。
2009/05/16