君だけを愛してるっ
事の発端は、南の一言。
「千石、お前チョコ何個貰った?」
今日の学校は本当ラッキーだった。今日は聖バレンタイン。つまりは女の子がチョコをくれる日なわけ。俺は今日のために何人もの女の子の友達に「チョコくれるよね?」とか言ってチョコアピールをしていた。その甲斐あってか、今年も例年と同じくらいチョコをもらえたのだ。
凄く気分が良い。マネージャーの女の子から「はい、千石先輩にも」と小さくはあるけど日ごろの感謝?みたいなのが篭ってるチョコを貰うし、今日の俺は本当にラッキーだった。
そんな俺とは真逆で、隣ではキノコが生えそうなくらいどんよりとしている南。…て言うか、いつもの地味さが更に滲み出て痛い子になってるー…気がする、よ?
そんな南に「元気出せって!まさか、マネージャーからしか貰えなかったわけじゃないっしょ?」明るく切り返せば、そのまさかだよ。とため息をつかれた。うう、本当にそうだったとは。
「いや、まあ…数なんてどうでも良いじゃんか。気持ちだよ、気持ち」
アハハと笑いながら言うけど結構これが苦しい。南の視線は今や俺の鞄にあって、「じゃそういうお前はいくつもらったんだ?」と聞かれたときには、"ギクッ"よりも"パァ"のほうが大きかった。…つまりは、有頂天になってしまったわけだ。
「俺は、歳の数だけ!秋子ちゃんでしょ、あやぽんちゃんでしょ、汰乃卯ちゃん、あずさちゃんでしょ、みどりちゃん、すぎなちゃんでしょ、亜里抄ちゃんに、由梨亜ちゃん、夕ちゃんにさりぃちゃん、朱季ちゃん、彼方ちゃんに雪那ちゃん、なつきちゃんに―――それに」
うきうきしながら今スキップしてる自分がいる。何だかちょっと優越感みたいなのに浸っていたのかもしれない。すると、俺の声を遮るように聞こえたのは。
「ふうん、良かったね」
明らかに、南とは違う、女の子の声。その声は俺にとって凄く聞き覚えのある声で耳に慣れ親しんでいる声だ。まさか!と嫌な予感がする。ぎこちない動きでゆっくりと後ろを振り向けば、南が手を額にやって「あーあ」って表情を浮かべている。その後ろに見えるのは。……俺の、最愛の彼女。ちゃん。
「ちゃん!?いや、あの、コレは!」
「じゃあこのチョコはいらないね」
「え、そ、そんなことないよ!」
しどろもどろの自分が凄くかっこ悪い。高かったテンションは急激にダウン。ラッキーはアンラッキー。ちゃんの顔を見れば明らかに怒ってますって顔。ぎゅっと唇を噛んでいる姿に、さっきの俺を呪いたくなった。き、ずつけた?
「ちゃ」
「結局キヨは、チョコもらえるならあたしからじゃなくっても良かったんでしょう?良かったわね、15個もチョコもらえて!」
俺の声を遮ったちゃんの声はいつもの穏やかな声とは裏腹で、大声を張り上げると、俺の横をサっと通り過ぎた。その速さを勿論俺の動体視力は見逃さなかったけれども、掴んだはずの右腕は凄い勢いで振りほどかれて。
「キヨの武勇伝なんかに協力してあげない!」
つまりはそれって、チョコを上げないって言われてるのと同じで。…ショックのあまり俺は膝をついて座り込んだ。
たかだかチョコで、なんで、こうなっちゃうんだよ…。
「どこ、行ったんだよう…」
俺は今、ちゃんを捜していた。て言っても中々見つかる広さじゃない。携帯にメールを送ってみたけど、反応なし。電話もしてみたけどすぐに留守電に切れ変わっちゃう。とりあえずメッセージでごめん!って謝ったけど、それも2時間前の話だ。一向に相手からかかってくる気配はなーし。落ち着いてるように見えるかもしれないけど、普通に動揺しまくってるわけですよ。なんせ、あれから2時間経ってるわけだしね。さすがに、2月の夕方は冷え込む。暖冬って言ってももう空は茜色に染まっていて…。家に帰ってもいないみたいだった。さっき電話したけど「清純くんと一緒じゃないの?」と逆に聞き返されてしまったからだ。ああもう、本当いくらコート着てたからって風邪引いちゃうよ。今頃泣いてたらどうしよう。
「…ちゃん」
最悪なバレンタインだ。勿論、他の子からチョコを貰ったのは嬉しいけど、ちゃんからもらえないんだったら意味が無い。俺がどれだけ楽しみにしてたか、知ってると思ってたのに。
そうまで思ったところで、ちゃんの所為にしてる自分に気づいて、更に自己嫌悪。全ては俺が悪いんじゃんか。目の前を何人ものカップルが通り過ぎていく。嬉しそうな彼女の顔にちゃんの顔がダブる。本当なら今頃腕組んで放課後デートしてる筈だったのに。俺の馬鹿。大馬鹿者。
「はあ…」
漏れるのはため息。捜すって言ってもこんなペースじゃ明日までかかっちゃうって。もう一度思い返してみる。彼女が行きたがってた場所。でも、やっぱりそれは2時間捜しまくった場所以外思いつかない。本当、何所いるんだよ…。
トボトボと歩いていると、そろそろ自分の家の近くにいることに気づく。…このまま帰っちゃダメじゃん。そう叱咤するけど、パっと思い出す。
「バレンタインはキヨの家でゆっくり過ごすの。折角試験も終わったんだし…たまにはのんびりしようよ」
まさか、いや、まさか…。淡い期待を抱いて、俺は歩き出した。もうこの角を曲がれば俺の家はすぐそこにある。ドクドクと煩い心臓の音を感じながら、角を曲がった。
「…!ちゃん!」
そうすれば、ちょっと離れた俺の家の前で壁に寄りかかって立ってるちゃんの姿。寒いだろうに、一歩も動かずに待っていたんだろうか。白い素肌はピンク色に染まっていて、時折はあ、って自分の手に息を吹きかけている。俺は無我夢中で走って、走って、走った。
「ちゃんごめん!」
開口一番の台詞はそれ。勢い良く頭を下げる。けれども相手の反応はなーし。怒ってる、絶対怒ってる。いくら温和なちゃんだって怒ってる。どんなに無茶したって殆ど「もうキヨくんは」って笑ってたのに、今は無表情。しかも初めて「キヨ」って呼び捨てされたし。…呼び捨てにされても素直に喜べないのは、余りにもいつもと違う彼女の空気だ。
「ち、違うんだよ!あの、チョコ貰ったって言っても、全部義理チョコなわけ!皆俺には可愛い可愛い可愛いちゃんって言う彼女がいること知ってるから!本命チョコはちゃんだけだよ!俺が貰って一番嬉しいのはちゃんのチョコだからっ!!」
必死で言い訳なんて見苦しいのかもしれない。だけど必死になるくらい、手放したくない存在。男のプライドなんて彼女の前では無意味だ。かっこつけたって響かないよ?と素の俺を好きだと言ってくれた彼女。そんなちゃんに飾りなんかいらないわけ。ごめん!ともう一度頭を下げると、今まで黙っていたちゃんの声が、微かに聞こえてきた。
「…そんなの、知ってたもん」
「へ?」
「…チョコが、全部義理チョコなことくらい、知ってるもん」
思わず素っ頓狂な声を上げて、一緒に頭も上げてちゃんを見上げれば、ちゃんはふて腐れたような顔をしていた。それから「ごめんね」と。なんで、ちゃんが謝るの?そう言えばちゃんが罰の悪そうな顔をした。
「…実は、演技だったの。…ちょっとキヨくん困らせてみたくて。…ちょっとでも焦ってくれるかなって」
聞いた言葉に思わず脱力。なん、だよ。それ。てことは俺、ちゃんの迫真の演技にまんまと踊らされてたわけ?ハハ、と苦笑しか出ない。嫌われて無いことが嬉しくて。すると「でも」と声がかかって、俺はちゃんを見た。
「でも、ちょっと本気ではあったよ。いくら、義理だからって…やっぱりそれを嬉しそうに話してるキヨくん見て、ああ、あたしもそのうちのたった1個にしかならないのかなーって。そう思ったらつい本音も出ちゃって、あのあと自己嫌悪に陥って逃げ出しちゃった」
ごめんね?と無意識の上目遣いに、ドキっとした。つまりちゃんは義理チョコに妬いてくれてたってわけで。…「そ、そんなことないよ!ちゃんからのチョコは誰よりも何よりも嬉しい!」言えば、にこっと笑う、彼女。それから、きゅっと俺の胸に擦り寄ってきて。いつもとは違う大胆な行動に俺の頭はパニック状態。
「ちゃん!?」
「…約束してたからすぐ来るかなーって思ってたのに、キヨくんてば2時間も待たせてくれるんだもん」
「う、ごめん」
「…こんなに冷えちゃったのはキヨくんの所為だよ」
そう言ってぎゅっと俺のダッフルコートを小さく握った。「暖めてくれるよね?」と小さな声で言われて。俺はもう一度謝った後、ゆっくりとちゃんの背中に手を回す。…確かに、いつもは温度の高い彼女の冷えた体。
「俺が好きなのは、愛してるのはちゃんだけだからね?」
「…うん、知ってる」
どんなに可愛い子だって、きっとちゃんには敵わない。きっと…いや、絶対俺の心をこんなにも魅了するのは目の前の彼女だけ。そう思ったら、鞄の中の15個のチョコを食べる気にはなれなくて、明日返そう、と思った。
― fin
あとがき>>ただ今キヨブーム。よいね、よいね。そして、『武勇伝』の言葉にオリラジを思い出す。そんなあたしは藤森ファン。よいね、よいね。武勇伝、武勇伝、ぶゆうでんでんででんでん!(特に武勇伝は無いけれど口ずさんでしまうアホ一人)あと、お名前を使わせてくださった方々本当に有難う御座います!
2007/02/04