空からゆっくりと舞い落ちる白い小さな粉雪。
それはまるで、私の心の心境のようで、
とても、とても淋しく悲しい雪でした。
White Snow
「ごめんね……僕、のこと友達以上には思えないよ。それに僕、今彼女つくる気ないんだ」
そういって不二は、に背を向けてその場を後にした。そう、は振られたのだ。呆然と立ち尽くしながら、は去っていく不二の後姿を見つめる。しかし、ポロポロと瞳からは涙が溢れ出る。それは一向に止まることが無くて、は鼻をずずっとすすって、近くのブランコに力なく座った。
辺りはもう、真っ暗だった。薄暗い空にはポツポツと星が輝いている。それから、雪も。そういえば、小さいことはこんな雪がとてつもなく嬉しくて、馬鹿みたいにはしゃいだっけな。なんて、頭の隅では思う。
その小さな雪がの髪の毛や冷たく赤くなった頬にあたり、その熱で透明な水へと変化する。そしてその水は、の涙と混ざり合い、地面へと流れ落ちた。
なんだかその光景がにはスローモーションのように見えた。流れ落ちるそれを見ると、どうしても空しさと悲しさと辛さがどっと押し寄せてきて、更に涙が倍増していく。
本当に。本当に、好きだった。苦しいくらい。狂おしいくらい、大好きだった。だから、勇気を出して、振り絞って告白した。それなのに、見事玉砕。
何を夢見ていたんだろう。何を期待していたんだろう。とは自分に自嘲して、涙をこれ以上漏らさないように、空を見上げて口を真一文字に結った。微かに唇が震える。でも涙を抑えようと必死に頑張るけれど、逆にぽたぽたと瞳から流れ落ちた。
「あーあ、明日始業式行きたくないな……」
は、静かに呟く。小さな雪がまたひとつ、の頬に触れた。
そして、同じように雪は溶けて地面に落ちる。
「風邪でも引かないかな。そうすれば明日学校行かなくて良いのに」
ブランコから下りて、薄く積もった誰も踏んでいない白く綺麗な雪の上に座った。そしては冷たい雪の上に、瞳を閉じて寝転ぶ。服が濡れるという考えなんて、どうでも良かった。
「あーつめたー……でも気持ちいい……雪ーーーー!!もっと降っちゃってーっ!吹雪いちゃって結構だからさーっ!」
「それは勘弁してほしいものだな」
……だ、誰!?
誰に聞かせるでもなく叫んだその言葉に思わぬ返事が返ってきて、は驚き、瞑っていた瞼を開ける。そして、声の主を双眼で捉えて、更に驚いた。
「風邪引くぞ」
「て、づか君?」
そこにいたのはの隣の席の手塚国光。手塚は、を見下ろすような形で、言った。はじっと黙って手塚を見ていたが、にこっと笑う。……勿論、つくり笑顔だ。
「や!手塚君、何やってんの?」
「それはこっちの台詞だ。、何がしたいんだ?」
「見てわかんない?風邪引こうと思ってるのですよ。それに、気持ち良いもんだよ?こうしてさ、寝転ぶの!手塚君もやろうよ!!」
「結構……うわっ!?」
手塚が言い終わらないうちには思いっきり、彼の腕を引っ張った。
グラリと手塚の体が前のめりになる。それからボフッと言う音。案の定、手塚はと同じように、雪の上に倒れた。
………。
……………。
…………………。
「……」
暫くの沈黙。しかしすぐに呆れ果てた声で手塚が額に手をやった。は小さく笑う。手塚は、笑い事ではないと言った風に、制服についてしまった粉雪を落とす。パンパンと手で制服を叩く姿をこうしたのは自分のせいにも関わらず、大爆笑だ。
「ね!気持ちいいでしょ?」
「冷たいだけだと思うが……」
「冷たくて気持ち良いの!!」
あはははは、とは未だ笑う。すると手塚は起き上がって「何があった?」と真剣な面持ちでに問うた。
はまた笑ってなんでもないよ、と誤魔化す。しかし、尚も手塚は黙ったままを見やった。それから眼鏡越しに見える手塚の瞳に、は降参、といった様子で両手を軽く上げると、寝転んだ体制のまま、口を開いた。
「フラれたんだ、不二君に……」
「……え?」
「ついさっき。数十分前」
「……」
「友達以上にはみれない、今は彼女つくる気ないんだ。だってさ」
話してるとの瞳からはまた涙が出てきて声がかすれる。だんだんと嗚咽も混じってきたことに、手塚は気づいた。けれども、何を言うわけでもなく、の言うことに耳を傾ける。
「そりゃさ……、わ、たしだって、不二君と付き合えるなんて思ってなかったけどさ……で、でもっ前と比べて話す機会、あったしさ……っ、もしかしたらって思うじゃんか……それなのに……っ」
はゴシゴシと涙を腕で拭く。そのの動作を黙って手塚は見ていた。
どんどん酷くなる、ひっくと言う嗚咽と鼻声の言葉が妙に痛々しい。
「どーせ、私なんか」
言いかけて、手塚が話し始めた。
「……恋愛は、相性の問題だ。決してが劣っていた訳ではない」
たった、一言。たった一言だけ、手塚は言った。はっきりと、の言葉を否定するように。手塚の言葉には少なからず驚いた。こんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
学校で見る手塚は、クールで中学生とは言いがたいほどのその大人びた容姿と言動。それなのに、今、を励まそうとしている。そんな不器用な優しさには心が温かくなるのを感じた。
「だから」
それから手塚は続けて立ち上がる。もゆっくりと体を起こす。その瞬間。
「だから、もう泣くな」
手塚はの体を包み込むように抱きしめた。その腕は、微かに震えているように感じ取れた。
は呆然としながら、手塚に身を預ける。何故か、拒絶しようとは思わなかった。嫌だと感じなかった。
「泣くな」
その腕の力は徐々に強くなってゆく。少し苦しいと感じながらも、はそのまま動かなかった。その体制のまま黙る。
「好きな女の泣いている顔は見たくない」
はその言葉を聞いて、静かに瞳を閉じた……――――――――――。
どれくらい経ったんだろう。お互い動かなかった。ただ彼の体温がとても、とても暖かくて心地よくて。
はゆっくり瞼を開けて、空を見上げる。もう空は真っ黒で、沢山の星で綺麗に飾られていて、きらきらと光っていた。空からゆっくり舞い落ちる白い、小さな雪。
でもそれはフラれたときの冷たく淋しい雪とは違い、白い雪たちはアナタと同じ暖かな温もりで、アナタの腕のように私を包みこんでくれる、とても温かく優しい雪へと変わったように、思えた。
「……手塚君、ありがとう……」
は呟くように静かに言うと、再び手塚の肩に顔を埋め瞼を閉じた。
手塚はまた力強くを抱きしめた……――――――――――。
― Fin
あとがき>>手塚さんが好きです、でも不二さんのほうがもーっと好きです(…)
2002/12/04