「最近、目ぇが悪ぅなった気がすんねん」
そう蔵が言うたんは、丁度あたしが数学の自習プリントを解いていた時やった。うちの数学担当のセンセはしょっちゅう出張やー言うてこうして課題プリントを出す。今年に入って、殆ど授業を受けとらんような気がする。が、クラスの皆はお堅い授業よりプリント提出のほうがええわと笑っとった(けれど、期末とか危ないんちゃうかな、と思う)
―――で、まあ今日の授業も自習やったわけやから、あたしは黙々とプリントをやってる最中っちゅーわけ。プリントから顔を上げると、蔵は椅子の背ェにあごを乗せてあたしを見ていた。(ちなみに蔵はあたしの前の席)
「蔵、プリントせな」
提出出来んと欠席扱いなってまうで。
言葉を重ねると、蔵は一度自分の机を振り返って、ぴらり、とあたしの眼前にそれを突き出した。
「もう終わってもうた」
突き出された紙に目を通すと、確かに全ての空欄が埋まっとって、蔵の言葉がホンマやっちゅー事は容易に想像できた。
さよか。言いながら、あたしはプリントに目を落とす。(勿論自分のだ)
「で、俺の話はスルーかい」
「悪いけど、そうゆうお悩み相談は専門家にゆうて。近くに良い眼科ある言うとったで。小春が」
突然の視力低下なんて、目のええあたしに言われてもわからん話や。それなら眼科に行って眼鏡でもコンタクトでもせえっちゅー話やろう。早い方がええんちゃう?全国大会近々やん。言いながらシャーペンを走らせる。
「まじめに聞く気はないんかい、自分」
ザアーー
あ、と思うた時には、机の上の白い紙が、消えた。けどそれは魔法でもなんでもない。元凶をじろりと睨みつけると、やっぱり、蔵の手にはあたしのプリントがひらひら揺れとる。返して。手を伸ばすも蔵は「ちゃんと聞いてくれたら返したるわ」と返す気はないようだ。自分は終わったからええかもしれんがあたしはまだやっちゅーに!(それでなくとも数学は苦手や)
引き続き睨みつけたけれども、蔵は涼しい顔して返す気はホンマないようやった。こんな日常の何でもあらへん話、いつもならこうやって聞き流してもなんも言わんのに、なんで今日に限って…。
結局、蔵の手元に人質があるのだ。どう考えたって聞いてはよ蔵の機嫌を直した方が得策やと頭の中で解決策を出して、あたしはシャーペンを机の上に置いた。白旗を上げたのだと蔵はそれで理解してくれたようやった。にかり、と爽やかな笑顔を作りだす(同時に殺意が沸いた)
「で?なんやったっけ、目ぇが悪なったんやっけ?暗闇で植物図鑑とか読んどったんちゃうん?」
「ちゃうねん」
「せやったら、アレや。疲れ目っちゅー奴やない?勉強やテニスのしすぎちゃう?ほら、動体視力、やったっけ?結構疲れるゆうやん」
「ちゃうねん」
「せやったら……」
後は、……なんだ?老眼にしては早すぎるやろ。と考えとると、蔵は大まじめな顔をして、更に顔を近づけてきた。
「ほら、やっぱ目ぇ悪なった気がするわ」
「蔵近いって。こんな近くで見ぃひんと見えへんの?それはちょっと問題やで。はよう目医者さんとこ行った方がええで」
「ちゃうねん」
さっきからちゃうねんばっかやん!確かに初めはプリントせなアカンかったしまじめに聞いてなかったけども!こんな至近距離やないと顔判断出来んってなったらタダ事やない。本気で心配しとるのに、当の本人は難しい顔するだけで真面目に返答せえへん。
ちょ、蔵!
怒ったろう思ってこぶしを上げたら、蔵はやっぱり大真面目な顔して
「勉強しとる時も、テニスしとる時も、調子はええねん」
「せやったら」
「きっとが原因や」
突然自分の責任や言われて、いよいよもってあたしは切れそうになる。なんでやねん!振り上げた拳を蔵に向かって飛ばす。
「っ」
けども、あたしの右手は上手い具合に蔵の掌の中へとおさまってしまった。そして、気付く。今以上に顔が近い。「ちょ、蔵、いくらなんでも近すぎ、やで…」いくらなんでも異性とこないに近づく事等皆無やから、さすがに照れてまう。自分でも今顔が赤うなっとるのがわかって、とっさに蔵から顔をそむけた。
「なんで目ぇそむけるん?」
「せ、せやかて…蔵の顔近すぎや、から…えっと、その」
さっきまでの勢いはなくなってしもた。自分の所為やと言われた事がむかついとったハズやのに、今はそんなことよりも触れられとる手や蔵の視線の方が気になってしまう。俯くと、反対側の蔵の手があたしのあごを掴んで無理やりに顔を上げさせた。見つめ合う、視線。
「の時だけやねん。…俺の目が変なるの」
「な、どうゆうこと、」
「他の子見てもなんとも思わんのに、を見るとな、めっちゃ輝いて見える」
「は」
「前はそうやなかったのにな、今どんな子ぉ見ても、だけがきらきらしとんねん」
どうゆうことや思う?
囁かれて、顔があり得へんほど熱くなった。し、知らん!慌てて離れよう思ったのに、蔵の手がそれを許してくれんかった。
「わからへん?ホンマ?」
「…わからん」
言うた瞬間、ちゅ、とリップ音と頬に触れた、それ。吃驚して蔵を見ると「ようやっと顔見てくれたな」蔵はしてやったりと笑った。それから耳元に口を近づけて「多分、眼科行ってもなおらへんねん」
「原因は、自分やから」
せやから、俺をこんなんにした責任とったってな?
確信犯
そんなん言われたら、い、い、意識してまうやろーーー!
― Fin
後書≫てわけで、初書き白石。エセ関西弁はスルーな方向で。短いのもスルーな方向で。そして試験前に何しとんねんってゆうツッコミも全力でスルーな方向で!
2012/01/21