Adagio







とヤギュウの出逢いから、数週間が経った。アレからとヤギュウは更に仲良くなった。そして今日、また一週間ぶりのヤギュウとの約束の日。今日が終われば暫くヤギュウと会う事は出来ないだろう。来週のこの曜日には冬休みに入ってしまう。毎年長期休みの日は楽しい事が沢山あるにとって、今年の冬休みは少しだけ憂鬱だった。スケジュール表を見つめて、は誰にもバレないように小さく息を付いた。
それから携帯のメールフォルダを開いて、一人悩む。受信先はもう殆ど毎日メールを交換しているヤギュウの名前がなぞられていた。『柳生君』の文字を目で追って、はまた小さくため息を付く。今、は悩んでいた。冬休みの予定、について。もっと掘り下げるならば、ヤギュウの冬休みの予定についてを、だ。
銀髪の彼と仲良くなって、ヤギュウが部活動に入っている事は知った。結構厳しいらしく(何部なのかまでは教えて貰えなかった)冬休みは殆ど休みが無いかもしれない。と言う事を以前ヤギュウが愚痴っていたのもは知っていた。けれど、もしかしたら、少しは時間があるかもしれない。そう思ったのだ。
たかが二週間と少しの休暇だが、その間会えない事を考えると、胸の奥がぎゅーんと苦しくなるのをは感じていた。この気持ちがどう言ったものなのかには良くわからなかったが、今思う事は、可能ならば冬休みもヤギュウと逢いたいという気持ちだった。
新規メールを開いては、『冬休み』と文章を打って、そして消す。幾度と無く繰り返した行為。そのまま送信してしまえば良いんだろうが、やっぱり遠慮が拭えない。どうしようか、とが考え悩んでいる時だった。


「どうしたの?」


背後から声を掛けられて、は危うく携帯を落っことしそうになった。済んでのところで留まると、振り向いて相手を確認する。それから彼女の名前を呼ぶとは小さく笑んでの隣に座った。それからもう一度「どうしたの?」と今度は優しい声色で問いかける。小首を傾げたときに、ふわりと何処か安心するような薫りがしては安堵の笑みを浮かべた。それから、もう一度携帯に目を落とすと、考え込む。話しても良い内容なのだろうか。それが顔に出ていたのだろう。の考える事などお見通しだと言わんばかりには携帯を握っているの掌に自分の掌を優しく重ねた。


「話してすっきりするなら、聞くわ。…何か、悩んでるんでしょ?」
ちゃん」
「厭なら…仕方ないんだけど」
「ううん!そんな、厭じゃない…っ」


勤めて優しく言いやられて、誰が厭だと言えようか。はふるふると顔を横に振るとの掌を見つめた。そうして意を決したように、今悩んでいる銀髪の少年の事を思う。一度瞳を閉じてから、再びを見つめると、ゆっくりと話して聞かせた。悩んでいる冬休みの事を、だ。


「成程、そう言う事、かあ」


粗方の事を話し終えたに聞こえたのは、のそんな声だった。しゅん、と目に見えて落ち込んでしまっているに、彼女は小さな笑みを浮かべると、ポン、との肩を優しく叩いた。瞬間、顔を上げると瞳にの優しい表情が映る。


「好きなんだね、彼の事」
「…そりゃ、好きだよ?」


言われた台詞にコクリと肯定の意を表す。その返しに、きっとは彼女の言った『好き』の意味に気づいていないのだとは感じた。きっとの言っている『好き』は友達の好き。まだ自分の気持ちに気づいていないのだろうとは解釈して。だったら自分がそれを伝えるべきではないと思う。が自分で気づかなければいけないことだと感じたのだ。それを、他人が教えてやるべき事ではない。決して意地悪ではない。だって、出来る限り協力したいのは本音だ。しゅんと項垂れたままのを見つめて、やんわりと口を開いた。


「だったらいつもみたいに素直に聞いてみれば良いじゃない」
「でも…迷惑、だったら」
は気にしすぎ。会えないの、厭でしょ?」


厭か厭じゃないかと聞かれれば、間違いなく厭な気持ちの方が勝る。けれども、やはり相手の事を考えると、どうしても素直にコクリと頷けなかった。以前の自分だったらどうだっただろうか、と考える。多分、前の自分だったら普通に聞けてただろう。なのに、ヤギュウ相手になると自分が素直で居られないのだ。


の思ったとおりにした方が良いと思うけど」
「…でも」
「遠慮なんてしてたら、いつまでも仲良くなれないよ?…その彼と仲良くなりたいんでしょう?」


言われて、はまた言葉に詰まった。の言葉が余りにも自分の答えに似ていたからだ。暫し黙りこくった後、は小さく頷いて、を見つめた後、ようやくいつもの笑顔を浮かべた。


「ありがと」


たった四文字だったが、その四文字に沢山のの感情がめいっぱい込められている事をは知っていた。「うん」と親友の笑顔を見て、ようやっと自分も笑顔になる。


「あ、あのね…ちゃん」


本当は言うか言わまいかは迷ったが、(多分この話をするとが傷つくような気がしたからだ)けれどもどうしても伝えたい事がにはあった。の名前を呼べばは「ん?」と小首を傾げてみせる。
女でもドキドキするような綺麗な笑みにはほんの少し見惚れて


「この前、ちゃんあたしに話聞いてもらえて良かったって言ってくれたよね?」


ゆっくりと口を開いた。の声が少し言い辛そうなのはの反応が気になったからだ。チラリと恐る恐るの顔を見れば、も少しだけ罰が悪そうな…そんな表情を作った。あの日の事をも思い出しているのだろう。の返事が来る前には続けて言葉を重ねた。


「あたしもね…今、ちゃんに話聞いて貰って良かったって思ったの。すっごく気持ちがすっきりしたよ!」

「本当にありがとう。ちゃんが友達ですっごく嬉しい」


にこっと、はありのままの気持ちを、本心を伝えればの顔が少々赤みを帯びた。「そういう事、面と向かって言わないで」言いながらは顔を背けてしまったが、それがの照れ隠しだとは知っている。証拠に隠しきれていない彼女の耳が赤みを帯びているのがわかってしまった。はそれから何も言わずまたも何か言うわけではない。
暫く経って、はガタンと席を立つとチャイムが鳴るから。と自席に戻って行ってしまった。はそんな親友の姿を見送って、ずっと握り締めていた自身の携帯の画面に視線を落とし、ゴクリ、と息を呑んだ。
カチカチと携帯を打っていたが、返事が来るまで待ち遠しいし、折角にアドバイスを貰ったのだ、直接言わなくては何だか失礼だとか、卑怯な気がして、結局は考えあぐねた末、メールを送るのを止めた。


今日、勇気を出して聞いてみよう。


ぱちりと携帯を閉じて、そう決意したと同時に授業の開始を知らせる予鈴が鳴り響いた。






★★★






漸く長かった授業が終わり、帰りのSHRとなった。最近では普段よりも多く構うようになった携帯を机の中でいじりながら、担任の話を聞く。殆ど内容なんてには入っていなかった。意味も無く携帯をパカパカと開いては今か今かとホームルームが終わるのを待っていると、サイレントマナーにした携帯がメール受信を知らせた。ピカピカ、と遠慮がちに自己主張をする携帯に目をやって、の胸は躍る。先生にバレない様に携帯のボタンを押していくと、やっぱり予想通りの人物からで、


『今日も屋上で』


たったそれだけの短文。だがの心が弾むのがわかった。思わず緩んでしまう口許を両手で覆って。
後どれくらいで終わるだろうか。と時計を見ながらはこっそりと周りに気づかれないように笑みを浮かべた。









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