あなたのこと思うと、苦しくて。
あなたのこと思うと、切なくて。
あなたのこと思うと、辛くなる。
これって……
12月の冬物語
「もういいもん!馬鹿!!」
そう言って、駆け出した。最後に見た雅治の顔が、離れない。……なんて、間抜けな面だったろう。私はちょっと離れたところで、一時停止して後ろを見る。だけど、後ろには誰もいない。ちょっとは、なんていうか、追いかけてきたりなど、しないものだろうか?
「……アイツなら、ないか。そんなこと」
これがもし、少女漫画で、もし、私がヒロインで雅治がその相手役ならば、いきなり走り出した私の腕を掴んで、待てよ!とか言って、引き止めるだろう。……そんなの、日常では有り得ないってことくらいは知ってるつもりだけれども。
「と言うか、そもそも私達付き合ってないしね」
最悪のクリスマスだ。はあ、とため息をついて、またトボトボと歩く。わかってるんだ。雅治が自分のこと好きじゃないってことくらい。女友達ってくらいにしか思ってないってことくらい。私だって、悟られないようにやり過ごしてきた。今のこの関係を壊したくなかったから。でも、やっぱり、辛くなるわけで。我侭だって言われたって、時にはへこたれたりもするもので。ついつい苛立って、八つ当たりして、言い逃げして。雅治が間抜け面になるのも当たり前だろう。……無理も無い。どうして、こうも自分は素直じゃないんだろう。嫌気が差す。もっと、こう、正直に自分の気持ちを表せられる女の子になりたかった。可愛らしく、告白とかして。そしたら、少しは脈があったのかもしれない。
「でも、今更だし」
今更、それをやっても、それこそ笑いにしかならない。『エ●タの神様に出るんですか?』だ。勿論、私が本気で言ったところでお笑いにしかならないだろう。
「もう、いっそのことお笑いの道にでも進むか」
と、論点がズレた。お笑いに進むかどうかは今はどうでもいいことなわけで。私はため息をつくと、近くの木の下に腰を下ろした。さすがに、もう十二月だけあって、寒い。それでも私は此処を動こうとしなかった。もう一度、小さく息を吐く。その息が白くなって、空気中に現れたのを目で捉えて、もう一度息を吐く。
すると、頬に温かさが伝わって、思わず声にならない声を上げた。後ろの方から、みょきっと手が伸びている。私は振り返って見上げると、雅治がいた。右手にはココアを持って、もう片方にはカフェオレ。そうして、ココアのほうをほれ、と私に差し出す。私は躊躇いながら、それを受け取った。すると、雅治は私の横に腰掛ける。
「寒いのう」
そうして、自分が買ってきたカフェオレに、ストローを差した。それに口をつける。
私はそんな一連の動作を見やった後、同じように貰ったジュースにストローをプスっと差した。口をつけてゴクリと飲む。……あったかい。
「落ち着いたか?」
私がストローから口を離して、息をつくと、横から雅治が声を掛けた。私は斜め加減で雅治を一瞥する。それから、まあね。と呟くように声を落とした。そして、視線も落とす。パックのジュースを見ながら雅治の動きを待った。
「なら、いい」
予想を裏切った返しに、私は驚いた。てっきり、言い逃げしたことについて、問いただされるかと思ったのに。それ以上何も言わない。チラリと見れば、雅治はカフェオレを飲むのみ。そんな雅治に、私は戸惑った。こういう風な態度をされると、どうしていいかわからなくなる。自分で言い出せるほど、私は素直じゃないのだ。沈黙が流れる。ただ、聞こえるのは、お互いのジュースを飲む音と、風の音。時折聞こえる息を吐く音。はっきり言って、不気味だ。沈黙って言うのは、心地よい沈黙と気まずい沈黙がある。私達の場合、気まずい沈黙の方だと思った。別にこの沈黙で、いいムードになるなんてことがないのだから。
「……あ、」
すると、雅治が声を漏らした。私はそれにビクっと反応して、雅治のほうを見る。「カフェオレなくなった」……そんなことで、声を出さないで欲しい。私は瞬時に思いながら、雅治を見る。雅治は飲み足りないのか、空になったパックを左右に振ったりしている。それでも、やっぱり無いらしい。音がしないことがわかると、雅治は面倒くさそうな顔をした。それから、ゆっくりと立ち上がる。
「これ、捨ててくるわ」
そう言って、雅治は歩き出す。私は雅治を黙って見送る。ゆっくりと、遠のいていく後姿を見て、私は思わず呼び止めた。
「なんじゃ?」
「え……う……いや」
呼び止めたはいいけど、勿論何か考えていたわけではなく。言葉に詰まって、下を向く。ただ、このまんま行かせちゃ駄目だと、本能的に思っただけだったから。雅治はその場から動くことなく、コッチを見ていた。私は言いにくそうにココアのパックを両手で軽く握る。そうして、ぎゅっと唇を噛んだ後、意を決して口を開いた。
「」
「……雅治、は」
雅治も同じように私の名前を呼んだけど、その辺はスルーして、言葉を続ける。思わず、表情が険しくなるのがわかった。きっと今の自分は、凄い変な顔してる。
「なんで、言って、くれ、ない……の?ほん、とうは、さ、言いたいこと、あったん、じゃ、ないの?」
言いたいこと、あるはずだ。八つ当たりされて、馬鹿!なんて言われて。文句を言いたいはずだ。それなのに、何で、何も言わないんだろう?ココアなんてくれたりして。いつも、オゴってって言っても絶対オゴってくれないのに。どうして、こういうときだけ、優しくしてくれるんだろう。
「別に。が言いたくないんなら、無理に聞いたって仕方ないじゃろ?誰だってむしゃくしゃするときくらいあるしなあ」
ほら、また。
そうして、優しい言葉を掛けてくれるんだ。
「……雅治は、ずるい」
「は?」
ときどき見せる、その優しさが。嬉しい反面辛くて。
「卑怯だ。雅治は。なんで、私ばっかり……」
辛すぎて、泣きたくなるんだよ。押さえきれなくなるときがあるんだよ。―――………そんなこと、雅治には知ったことじゃないかもしれないけど。
「……好き……」
涙が、こぼれた。ポタっと地面に落ちる。視界がぼやけて、雅治が見えない。
「雅治が、好き」
見えなくて、良かったかもしれない。きっと、驚いてるだろう。まさか、私が告白するなんて思いもしてなかっただろうから。私でさえ、今しようなんて思ってなかったのに。ていうか、一生するつもりなかったと言うのに。「」視界は未だぼやけたままだった。それでもわかるのは、雅治らしき姿が近づいてきてると言うこと。ああ、振られるんだな、って覚悟を決めて、目を閉じる。
「……言うのが遅いぜよ」
また、期せずして雅治が呟く。と同時に、抱きしめられた。それからもう諦めとったわ、と雅治が続ける。私は目をパチクリさせた。今の状況についていけなかった。それから、混乱状態のまま、体が離れる。そうして、雅治は私の頬に手をやって、涙を拭った。わけがわからないんですが?と雅治に訴える。そうすれば雅治は、にまっと笑った。いつの間にか涙は拭かれ、止まっていたので、今度は雅治の顔が良く見える。
「つまりは、まあ、俺もを好いとるってこと」
そうして、理解も出来ないうちに頬に口付けられた。
そんな、ある寒い日の放課後。私と雅治は、恋人同士になった。最高のクリスマスプレゼントだと思うと、嬉しくなった。
― Fin
2004/12/24