今日は大好きな彼の誕生日。
でも、実はそこいらの人の誕生日とは全然違うのだ。
そう、云わば、女の子の熱き魂と魂のぶつかり合う日。

そんな彼を持つ私の気苦労は、絶えない。



好きの条件




「…おお、こんなとこに居ったんか」

捜しとったんよ、……どこの方言だろうか?明らかに標準語とは違うそれに、私は相手にバレないように、小さく息を吐くと、クルリと振り向いた。そうすれば…ホラ。視界に映るのは、大量のそれと、彼の顔上半分。なんで半分なのかと言うと、それで隠れてしまっているからだ。

「…凄いね、ほんと…いつ見ても」

それ、とはプレゼントの山。大げさでなく、本当に山のように積みあがっているそれらに対して私は冷たい視線を投げかけると、どうとも思ってないと言った風な口ぶりで言い放った。でも、そんなのは嘘だってこと、彼にはバレバレ。ヤキモチ?と小憎たらしい顔で問いかけられた。悔しい。と思う。でも、それ以前に悔しいくらいに、彼のことが好きだ。そして、こんな山のようなプレゼントで両手が塞がっている彼を見ると、少し自信喪失になってくる。全部が全部じゃないにしろ、中には彼のことを本当に大好きだと思っている子もいるのだ。そう思うと、まるで、挑戦状を叩きつけられたように思えてくる。

「…ねえ、どうして私なの?」

思わず、口をついて出た。それに対し、彼はは?と呆然と私を見つめる。多分、言われた言葉が唐突過ぎてさすがの彼も理解できなかったんだろう。
″どうして私なの?″
それは常々思っていた。思えば、告白されたときから、ずっと。なんで好きなのか。ただ、付き合ってくれ、と言われただけ。付き合ってくうちに、「好き」だとかの愛の台詞を言われてないわけじゃないけれども、彼が私のどこを好きなのかは未だ謎なのだ。私自身、小さな不安であったため、どこが?なんて聞くような真似はしなかった。好きだと言ってくれるなら、それだけで嬉しかったから。けれども、いつもは小さな不安でも、こういう一面を見てしまうと、大きな不安に変わっていってしまう。彼は私で良いのか、とか。もっと、別の…それこそ、彼に似合うような可愛らしい女の子が似合うんじゃないか、とか。

「仁王くんは、さ」

それを証拠に私は未だに、名前を呼べずにいる。仁王くんは私と付き合うようになってから、私の名前を呼んでくれるようになったというのに。

「名前で呼んだほうが、近くなれた気になるじゃろ?」

初めて名前を呼ばれたとき、顔を真っ赤にして問いかけたら、平然と言ってのけた。それを聞いて、私は凄く嬉しくて。密かに私も彼のことを心の中では雅治くん、と呼んでいた。でも、結局は心の中でだけ。口に出さなければ一緒だと言うのに。自信がなくて言えない。そう思うことが私と彼の小さな壁のように思えてくる。

「…なんで、私と付き合おうって、思ったの?」

彼は私と違って、いつでも自信に満ち溢れている。格好良いのでいつでも人の目を惹く。だから、告白なんか日常茶飯事だ。そんな彼と、私は全く正反対の容姿・性格と言って良い。それが付き合った後も、小さな壁として、根付いている。もう一度同じ質問を繰り返せば、彼は、暫く唖然とした表情をしていた。しかし、次の瞬間には少し艶やかな笑顔へと変わってしまう。愚問だな、と笑う彼を見て、少しだけ眉間に皺がよってしまった。

 「そんなら、はどうして俺と付き合ってくれた?」

 反対に質問を返されてしまっては、打つ手がない。質問しているのは私のほうなのに…。結局は何枚も彼が上手なのだ。それは、付き合う前も後も変わらない。質問してるのは私だよ?いえば、彼は知らん、と言ったようにそっぽを向いた。それから、また私のほうを見る。なあ、と憎らしいくらいの意地悪い笑顔。

「…好き、だったから」
「俺も好いとるから」

観念して、小さな声で言えば、すぐに返ってくる返事。本当に彼は私と正反対だ。私は「好き」というだけでこんなにもドキドキして、今にも心臓が破裂しそうなくらいなのに。それなのに、勇気を出して言った言葉は、すぐに彼の口からも紡がれた。その顔を見れば余裕綽々。「…どこが?」余裕面がなんとなく嫌で、私は素っ気無く問いかけた。するとまた彼は私と同じ質問を返してくる。どこが?…そんなの決まってる。この意地の悪い笑顔も、テニスをしている姿も。全部が好きなのだ。良い面も悪い面も。彼がもし、パートナーの柳生くんみたいになってしまったら、私はもう彼のことを好きではなくなってしまう。(いや決して柳生くんが嫌いなわけではないけれども)彼自身が、好きなのだ。全てが。

「全部だよ…っ」

よっぽど苦々しい顔をしていたのだろう。彼は私に苦笑を向けた。それから、一歩、また一歩と近づいて。ポン、と頭の上に感じるのは、彼の大きな手のひら。暖かさが、そこから伝わってくる。

「俺もの全部」

また、同じような答え。見上げれば、さっきまでの意地悪い笑顔は消え去っていて。優しい笑顔。思わず泣き出したくなった。いつの間にか、彼の持っていたプレゼントは、下に落ちてしまっている。散らばったそれを、ちらりと見た。そうすれば、彼は見んでいい、と私の後ろ頭に手をやって自らの胸に押し当てる。

「いいの?」

声が、くぐもる。それは、私が彼の制服に押し当てられる形になっているから。それでも彼は聞こえたらしく、「いい」とすっぱりと言い捨てた。

 「からもらえるんじゃったら、どうだって良い」

上から聞こえる、低い声が好きだ。耳に届くと安心する。私は泣き出してしまいそうになりながらも、ぎゅっと唇をかんで耐えた。

「勿論、くれるんじゃろ?」

頭からの拘束がなくなって、私は彼の顔を見上げた。に、っと子どもっぽい笑顔。笑っていると、年相応に見えてくるから不思議だ。私は、その笑顔に少しの間見とれてしまって、慌てて鞄に視線を移した。そして、後悔する。ああ、そういえば、今年は買わなかったのだ。彼女になって初めて迎える彼の誕生日。普通なら気合を入れて考えるところだけれど。反対に、今日一日が耐えられるか、と考えると、プレゼントどころでは無くて…。「ごめん」小さく呟いて、彼の身体から離れた。彼の顔が真っ直ぐに見れなくて、自ずと下を向いてしまう。そうすれば、彼はどういうこと?と疑問の言葉を投げかけてきた。私は観念して、小さな声でポツリポツリと詳細を説明して見せた。

「…だから、…用意、してないの」

もう一度、ごめん、と謝って。深々と頭を下げる。さっきの笑顔が脳裏を過ぎって、更に苦しくなった。ああ、せっかく楽しみにしてくれてたのに。さっきとは別の意味で涙しそうになった。でも、泣いてはいけない。私はぎゅっと目を瞑って、彼の言葉を待った。流れる沈黙が、これ以上なく痛い。「そうか…」落とされた言葉は、落胆の声。びく、と反応してみせれば、彼は俯きがちに横を見ていた。その横顔が、凄く痛い。私は目を背けた。しかし、次の瞬間に。

「じゃあ、」

ぐっと手を掴まれて。吸い寄せられる。また、さっきのように私は彼の胸の中に居た。え?という疑問文が頭の中を駆け巡る。……今の事態についていけない。

「名前で呼んでくれたら許しちゃる」

次の瞬間、言われたのは、その一言。顔を見れば、にっと悪戯っぽい笑み。ポカンと口を間抜けなくらいあけてしまっていた。え、と問いかけるように言えば

、付き合ってから一度も俺の名前呼んでくれんじゃろ?…いい加減、呼んでもらいたいんよ」

そうすれば返ってくる、彼の本音。私の頭はもうフリーズだ。きっと、都合の良い夢を見てるに違いない。そう思う。だって、彼がそんなこと言うとは…。

「え、だって」
「すまんけど、だってはなし。これ命令。それとも、本当にプレゼント、くれんの?」

私の言葉は、彼の言葉にかき消された。

「…そんな、プレゼントで…良いの…?」

声が震える。躊躇いがちに彼の顔を覗いた。そうすれば、満足そうに笑う。あんまり期待したような目で見るので私は、口をつぐんでしまった。言え。脳が命令を出す。今言わなきゃいつ言うんだ。ずっと、心の中で呼んだ、彼の名前。家の鏡の前で一人、呟いた彼の名前。言うなら今しかないんだろう。私は、息を吸い込んだ。

「た、誕生日、おめでとう…雅治…くんっ」



それを聞いた彼は、にんまりと口角を上げて。嬉しそうに微笑んだ。





 ― Fin





2005/12/04