初恋は実らない。そう聞いてから、あたしはこの恋に蓋をした。
二年越しの片想い
ダン!
あたしは今、怒っている。
ダンダンダン!
あたしは今、すごく怒っている。
ダンダンダンダンダン!!
あたしは今、猛烈に怒っている。
わざとらしく大きな足音を立てながら(それはもう気持ち的にはゴジラも吃驚なくらい)歩きなれた廊下を歩いている。ドスンダスン!とまではいかないけれども、オーバーな足の動きに、廊下でくっちゃべってる女の子男の子がこちらを見ているのがわかった。それでもあたしは止まらないし、それに対して「見てんじゃねーよ!」というわけでもなくただ無視。標的は彼女彼らではないのだから。そして、まっすぐに歩いて、たどり着いた教室は3−Bと表記された教室。そこのドアの前で一度大きく息を吸って吐いて…。扉に手をかけた。引き戸のそれを勢いよくあけると、がったん!と大げさなくらいの音を立ててドアは開かれた。そして、あたしは大きく息を吸い込んで
「におーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
怒りの元凶である男の名前を大きな声で叫んだ。教室にいた子たちが一斉にあたしを見る。けれどもそんなの関係ない。あたしは叫んだあと教室中をギロリと睨み、見つけた、銀髪の後ろ髪。あんなに大きな声で指名したというのに、当の本人はクラブメイトである丸井と他愛もない(かは知らないが)おしゃべりの真っ最中だ。わあお。ほんと、いい度胸。
そのまままた大げさなくらい足音を立てて、机の間と間を通り抜けて、時折人にどけてとか通してとか言って通って、無造作の銀髪の真横に立った。それでもやつは丸井に話しかけるのをやめない。丸井は、それでもあたしのほうをちらりと見たというのに。そしてそのあと、おい仁王、っておびえてたというのに。それなのに、この男ときたら、飄々としやがって。イラっとして、あたしは頬杖をついている仁王の顔の真ん前(机の真ん中)に思いっきり手をついてやった。バンッ!小気味いい音が響いて(ちょっと痛かった)ようやく、目の前の男がゆらりと動いた。無気力そうな瞳が、あたしを映して「なんじゃ。話し中ぜよ」なんて、あたしの怒りをさらに際立たせるようなことを言いやがったので、あたしはついにプッツンきて、
「ふっざけんなあああああああああ!」
耳元で、叫んでやった。鼓膜が破れると仁王が言ったけれど、破れれば良い。あたしのこの傷心しきった心に比べたら、安い対価だ。なんじゃ。もう一度、用件を問う仁王。それにピクリと米神が上がるのがわかった。
「なんで、あたしが怒ってるかわかりますか」
「いや」
「もっとよく考えて。胸に手を当てて、そりゃあもう一生懸命考えろやこら」
セリフと一緒に自分の胸に手を当てて言いやると、仁王は少し考えた後、胸に手をあてた。それから、思い当らん。と。
「違うだろう!つかセクハラだから!セクシャルハラスメントだから!だぁぁぁれが人の胸触れって言ったよ!」
「胸に手を当てろとが自分の胸を触るけ、じゃあ俺も触らんといけんかなと」
「普通自分の胸に手を当てるだろうが!」
「あーもう、それなら自分の胸に手を当てて。って言うのが正解じゃろ」
はー、うんざり。といった風な態度に、カチン。てゆうかこれってあたしが悪いのか。違うでしょうに。明らかに椅子に座ったこの男が悪いに決まってるでしょう。丸井に同意を求めると、そんな睨まれてもとごにょごにょとした答えが返ってきた。睨んだつもりはなかったのだけれど気迫があったのかもしれない。もう一度仁王を睨みつける。「で、わかんないわけ?」言った後、あたしの質問とは全然無関係に、
「ダイエットならせんほうがええ。胸がちっちゃくなったら意味がないぜよ」
とか、なんとか言うのだ。つか、なんでダイエットしてたことに気づく!そしてなんで胸がちっちゃくなったとわかる!また、それをあたしが気にしてるのにもかかわらずなぜ言うのだ!いろんなことにイライラして、また机を今度は両手でたたいた。ジィンと手がしびれるが、そんなそぶりを見せたくなかったから表情は変えなかった。
「彼氏に振られたんですけど!!」
「ありゃま、そりゃご愁傷さま」
「とぼけたって駄目!せっかく、せっかくせっかく彼氏ができたのに、また彼氏になんか言ったでしょう!」
これが、本題だ。あたしには、彼氏がいた。まだ付き合って二週間だ。出来立てほやほやのまだまだラブラブな時期の彼氏がいた。もう、過去形となるわけだが、すってきな彼氏がいたのだ。あたしには。彼は他校の生徒で、ひとつ年上の先輩だった。スポーツが出来て、性格よくて、勉強も出来て、笑った顔が素敵な彼がいたのだ。一昨日まで、ラブラブでデートした、と言うのに。今日、突然メールで別れを切り出された。理由は、この男しかいない。「心外じゃのう。」自分に魅力がなかっただけじゃなか?全く非を認めようとしない仁王に、カチンときて、あたしは言い返す。
「うそつかないでよ!知ってるんだから!彼の得意なバスケで勝負挑んで、彼のプライドずたぼろにして!」
「知っとるのにああいう聞き方は卑怯だと思うんじゃが」
「はああ?!」
仁王雅治。ただの男友達。それなのに、なぜかあたしの邪魔ばかりしてくる。何も仁王が邪魔して彼氏とだめになるのが、今回が初めてじゃない。初めての彼氏が出来てから、もうずっとなのだ。最近では同じ学年はおろか、校内の男の子達は仁王を恐れてあたしに近づいてこない。なんっで友達なのにそんなことまで束縛されなきゃならないんだろう。仁王は仁王でいろんな女の子と付き合ってるくせに、あたしが付き合うと必ず邪魔をしてくる。しかも、だ。こいつってばいつも無気力なくせに、あたしの彼氏が頭が良ければ頭脳戦、あたしの彼氏がスポーツ出来ればその競技で勝負を挑み、勝ち続けては、彼氏だった人達に『何か』を言って別れさせるらしい。その言葉は、何かは絶対誰も教えてくれない。目の前の男も絶対、だ。でもわかるのは、
『あんな奴がいるのに、俺と付き合うなんて言うなよ』
全員に言われた言葉、だ。だから今回は塾で知り合った他校の男(年上)と内緒で付き合ってたというのに、なぜ、バレてしまったのだろう。
「意味がわかんないんだけど!なんで邪魔するの!あたし、仁王に彼女が出来てもぜんっぜん邪魔しないじゃん!あたしのこともほっといてよ!あたしはもっとラブに生きたいの!好きな人と手ぇつないだり、腕組んだり、抱き合ったりーイチャイチャしたいの!もっと青春したいの!」
「青春=ラヴって考えはどうかと思うけど」
「丸井は黙ってな」
「…ハイ」
返事をしてほしい奴ではなくその前に座っている丸井がごく小さな声で呟いた。独り言だったに違いないけれどもあたしの耳にはしっかりきっかり聞こえたので一睨みしたら丸井が小さく縮こまった。(普段のあたしなら軽く受け流すが今はそんな気分じゃない)ギリっと仁王を再度睨むと、仁王は全然こたえてない様子で。
「ああ、だったらも邪魔すりゃええ」
「だっから!あたしが言いたいのはそういうことじゃなくって!邪魔すんなっつってんの!あたしの恋を!」
「それは出来ん」
「なんでよ!?」
「あんな男どもにはやれん」
はあ?何言っちゃってんの、この人。髪の毛を弄りながらなんとなく言っちゃいました的な様子の声色を耳に通して、あたしは呆れてしまった。だって、ほんと何言っちゃってんの。てゆうかなんであんな男どもとか言っちゃってんの。「あんたは彼らの何を知ってんのよ!」怒鳴り声は今やシンと静まり返った教室に響き渡る。そしたら、仁王のやる気のない瞳があたしを見つめ。
「俺がちょっかいかけたくらいですぐを手放す奴に、はやれんと言ったんじゃ」
…言葉が、出なかった。つっかえたセリフは唾と一緒に嚥下される。だって、言い返せなかった。でもだからって仁王がちょっかいかけなかったらこんなに早くは別れずにすんだと思う。それは顔に出ていたのか、仁王が「そんなんほんとの”好き”じゃなか」ドキリ、とした。
「そんな恋はままごとじゃ。そんな恋ならせんでいい。その程度の恋愛なら、やるだけ無駄じゃ」
「な、によ…自分だって、自分だっていろんな女の子と!」
「俺は付き合っとらん。が勝手に彼女扱いしとるだけじゃ」
意味が、ほんきでわからなくなってきた。目の前の男の言ってる言葉が本気で理解できない。付き合ってないって。じゃあ周りの女の子たちはどう説明するんだ。彼女?って聞いたとき、否定しなかったじゃない。「でも肯定もしとらん」まるで、見透かされてるみたい。ぐっと言葉が出てこない。確かに、仁王の言った通りだった。確かに、彼女?って聞いた時、仁王は否定しなかったけど、「フッ」って笑うだけだった。そして、確かに、一緒にいるところは見たことがあるけど、手をつないだりだとかそういうスキンシップは、してるの見たことがない(隠れラブラブなんだと思ってた)
「だ、って」
「……はあ。口で言わんとわからんかのう」
「……」
「じゃあ選択。1俺には好きな子がおる。2俺の好きな子は俺の気持ちに気づかんと別の男の話ばっかりする。3俺は好きな子の彼氏に『そいつの事本気で好きならその本気を見せんしゃい』と勝負を吹っ掛ける。4その結果、相手は負けてそのまま引き下がる。5俺の好きな子は彼氏にフラれ、俺のところに怒りに来る。6そして2に戻る」
「……選択、の意味がわからない」
だって、それじゃあまるでその好きな子があたしの行動そのまんまじゃないか。でもだって、仁王はあたしのこと、友達としか思ってなくて。なのに、今言った好きな子はあたしそっくりで。…ええ?きっと酷く歪んだ表情をしてた。仁王は小さく苦笑をこぼすと、あたしの手をぐいっと引っ張った。え、と思った時には仁王も椅子から立ち上がり、そのまま腕を掴んだまま歩きだす。丸井に「ブンちゃん俺次の授業頭痛じゃ」と堂々とサボリ宣言。どこが、頭痛なの。それでもあたしの口からその言葉が出てくることはなかった。だって、調子、狂っちゃう。わけのわからないことばかりで、どうすれば良いのか。何を言えば良いのか。さっぱりわからない。無言の視線を直に感じながら、ガラリと教室を出た。
「さて、答えはまとまったかの」
「……むり」
寒いのを無視して、あたしと仁王は屋上に来ていた。びゅう、と風が吹き荒れる、1月下旬。ブレザーの中にカーディガン着てるって言っても尋常じゃなく寒い。さむ、と小さく言葉に出して身体を自分の手で抱きしめると、仁王が「温めちゃろうか」なんて笑い交じりで言いやった。
…どこまでが、本気なの
つむいだセリフに、仁王はうっすら口角をあげると、「どこまでも本気」と、言った。その口ぶりは全然本気っぽく、ないのに。困惑していると、ふわり、とあたしの身体を包む、仁王の腕。目の前には仁王の着てる制服。「な?本気だって言ったじゃろ?」くつくつと聞こえる笑い声が、上から降ってくる。「意味、わかんないよ。仁王」全部に対して、意味がわからない。そう呟くと、仁王が「おかしいのう。そりゃ困った困った」さして困ってないだろう棒読みのセリフ。こつり、と鎖骨におでこが当たった。
「ちゃんと、言ってよ」
「俺の好きな子は今俺の腕の中におる」
「それじゃ、わかんない」
だって、だって。あり得ない。その好きな子があたしっていう図式、なんて。
あたしの初恋は、仁王だった。入学式の日、一際目を引く存在だった仁王。一目ぼれ、だと思う。同じクラスになって、席替えで近くの席になれた時、あたしは本当にうれしかった。仁王は見た目同様人懐っこい性格じゃなかったけれども、隣には仲良くなった丸井がいて、人懐っこい丸井を通じてあたしたちは仲良くなれた。そしてあたしはすぐに仁王にベタ惚れになった。それから、数ヵ月後。聞いてしまった、話。放課後の教室で、(その日はテスト前で部活はなかった)クラスの男子が話していた、恋バナ。そのとき、はっきりと仁王は言ったのだ。「はそんなんじゃない」って。初恋は実らない。それからあたしはこの恋に蓋をした。だって、友達としてでもよかった。全然離れて言っちゃうくらいなら、友達のままでも良いって思った。
「わからん、か」
「わかんない、よ。ちゃんと名前を出してくれなくっちゃ、わかんない…っ」
仁王の顔は見れなかった。中学一年の冬のあの出来事を思い出すと、どうしても、わかっていても、きちんとした言葉がほしくって。そしたらぎゅっと仁王があたしをさらに抱き寄せて、耳元に、仁王の唇が当たった。
「を好いとうよ」
方言での告白。ずっとほしかった言葉。でもだめだって諦めてた言葉。
「は俺のこと好いとるくせに、別の男にひょいひょいついて行ってしまうし、追っ払ってもまた次行くし。モテるんは大いに結構じゃが危機感持ちんしゃい」
「きづ、いてたの?あたしの気持ち」
はあ、と耳元にかかる息にどきりとして、でもそれよりも仁王の言った前半部分が気になって、尋ねたら「モロバレじゃ」と呆れた声がかかってきた。「ああ、でも」それから腕から解放されて、あたしの顔を仁王が覗き込む。
「せっかくじゃけ、名前を出して言ってもらおうかのう?」
意地悪な、セリフと瞳。素直に答えたくない。そう思うけど悔しいけれど、選択肢なんて一つしかなくて。
「仁王のこと、好きだよ」
― Fin
あとがき>>ひっさしぶりにテニスしにきました。なんか意味がわからなくてすみません。書いてて短編で終わらなそうだったんだけど、無理やりいれこんだらこんなことに。
2009/01/19