「お前って、重い」
だって、それがあたしなんだもん。
うそ甘いキミの声
「?」
一人、ぼうっと空を眺めていたら、ふっと影が出来て、屋上へ誰か来たのだと気付く。そして振ってくるのはあたしの名前。見上げたままの体勢で呼ばれた方向を見ると、太陽が眩しかった。逆光を浴びた彼を目を細めながら見つめる。「…におう…」名前を呼ぶと、銀色の髪を揺らしながら、あたしの隣に腰かけた。その所作を目で追うが、あたしは体勢を変えようとはしなかった。寝ころんだまま、仁王を見ると、仁王が小さく笑うのがわかった。普通なら気を使って起き上がったりするけど、仁王との付き合いは長い。中二の頃からなので、何だかんだで四年の付き合いだ。
「また、フラれちゃった」
ぽつりと呟いた声は仁王に届いたと思う。仁王がふうん、と興味なさげに言うのがわかった。彼に慰め等は期待していない。一見冷たく見えるかもしれないけれど、フラれた直後、気を遣われるのは苦手だったから。…ただ傍に居る。他の人なら息苦しいと思うけれど、彼は特別だ。
親友。そう言って良いと思う。男女の友情は成立しないとか言うけれど、それはあくまで一般論だ。こうしてあたしと仁王の間には成立している。
「重いんだって。やっぱり」
やっぱり。と言った後、あたしの心は沈んだ。前の彼にも、その前の彼にも言われた一言。
どちらかと言うと、あたしの見た目はサバサバした感じだったし、友達に対してもサバサバした性格だと言われていたから、付き合うと必ず、言われてしまう。
「なんかイメージじゃなかった」とも必ず言われる。
「…あーあ。なんであたしもっと可愛い子に生まれてこなかったんだろう」
もし、あたしの背が、あと10センチ低かったら。
もし、あたしの顔が、雑誌でみるような小悪魔愛され系の可愛らしい顔立ちだったら。
そんなこと、言われなかったんだろうか。
「って、もっとサッパリした付き合いかと思った。なんて、勝手に想像されて、勝手に幻滅されて、さ」
可愛こぶるつもりも、ぶりっ子するつもりもないけれど。
それでも、あたしだって、女のコだ。
たまには傍に居てほしい時だってあるし、彼を独占したくなったりするときもある。
無意味にぴったりくっついたり、無意味なじゃれ合いをしたくなるときだってある。
それなのに、それを重いと言われてしまったら、どうすれば良いの。
「ほんと、ヤになっちゃうよ」
好きだから甘えたい。友達じゃ、そんな風に想わない。
彼だからそう思うのに、彼にとっては重荷でしかないのなら、もう引き留めても無駄だ。
じわり、と視界がにじむのがわかった。悟られたくなくて、あたしは何気なさを装い腕で顔を隠す。
「可愛く、なりたかったなあ…我儘言っても、愛される子ってどうなったらなれるんだろう…」
どう考えても、わからないの。でも、クールを装うのも限界がくるの。辛い時には抱きしめてほしいし、頭を撫でてほしい。
「頑張ったね」って、「辛かったね」って優しい言葉で慰めてほしいと思うのに。それすらも彼にとっては、重くて。
「…俺は、そうやって人前で泣くのを我慢しとるを可愛いと思うちょるよ」
不意に聞こえてきた声に、ドキリとした。
「……バカ」
普段、優しい言葉なんてかけないくせに。ズルイ。
本気で辛い時には手を差し伸べてくれるんだ。
「俺の前では泣いてええよ。思いっきり泣きんしゃい」
ほんと、バカ。かっこつけちゃって。臭いんだって。
そう思うのに、心のどこかでそう言われたかった。じわりとにじんだ瞳から涙がブレザーにシミを作った。
「ね、仁王」その声はもう鼻声で泣いているのはバレバレだと思った。それでも、仁王は茶化したりなんてしない。
ん?と少しだけ優しさを含んだ声色であたしの言葉を促す。
「…今日、の昼…焼きそばパン奢るから、さ」
「ん」
「胸、貸してくんないかな。……ほんのちょっとで良いから」
友人に、こんな風に甘えた事なんて、一度もない。仁王だって例外じゃない。初めての彼氏以外への、こうゆう我儘。
すると仁王がくすりと笑って、ええよ。と一言肯定。瞼を覆った腕をよけむくりと起き上がると、仁王の瞳とかち合った。
「どーぞ」
さっと広げられた腕に、少しだけ笑みを浮かべて。あたしは誘われるままその胸におでこを寄せた。初めて触れる仁王の体温。
なんとなく、低いイメージがあった。そしてその予感は的中したのに。それでも、何故か温かく感じる。トクトクと規則正しい心音が心地よい。
「……コーヒー牛乳プラスするから抱きしめてくんないかなあ」
涙がぽたりと零れると同時に、仁王が笑いをふくんだ声で「りょーかい」とあたしの背に腕を回すのがわかった。
――――― ぎゅっと。強くも弱くもない丁度いい強さで。
そして右手がそっとあたしの頭をなでる。また、涙がこぼれた。
「…あーあ…なんでなんだろう」
「何が?」
「…ほんとはね、弱ってる時、こうしてぎゅって抱きしめて頭なでなで〜って、彼氏にしてもらうのが夢だったのに」
それなのに、今それを叶えてくれるのは、彼氏でない仁王だ。
そう言ったら、仁王がまたクスっと笑って、そりゃあ夢をぶち壊してしもうたかなー。と茶化すように言った。
「…ううん。良いの。…多分、仁王がしてくんなかったら、…一生夢のまま終わってたから」
きっと、あたしには不似合いな夢なんだろうと、頭の中で思った。
そっと撫でられていた手がやんであたしの頭を掴む。ぎゅっと。
さらにあたしと仁王の距離が縮まって、おでこどころか顔全体が密着する形になる。息苦しさに、慌てて顔を横に向ける。すると、髪にふわりと何かが触れる、感触。
「…の気が済むまでこうしといてやるけ、今はなんも考えんで良いよ。お前さんは余計な事、考えすぎじゃ」
頭、悪いくせに。
なんて、最後失礼な事を言うのに、それが優しさだと思うとこそばゆかった。
「頭悪いって、酷いなあ」くすくすと笑うと仁王が「もう黙りんしゃい」と低く囁いた。
「でも、あたしの気が済むまで、なんて何時間かかるかわかんないよ。…焼きそばパンとコーヒー牛乳代じゃ、足んないかも」
黙れと言われたのに、黙ったらまた余計な事考えそうで、あたしの口は止まらない。仁王がふう、と息を吐いたのがわかった。
「今はそれだけでええ。でもの調子が戻ったら、ちゃんとお代もらうけ。覚悟しときんしゃい」
「なんか、怖いなあ。…あんまお小遣いないからお手柔らかにね」
「それは大丈夫。じゃけ、気にせんと、ほんま黙り」
感情の読みとれない口調で、言い放った仁王に、じゃあ最後に一つだけ。とあたしは口を開く。
「じゃあ、黙るから。…あたしの気が済むまで、頭撫でててくれないかなあ」
「…お安い御用」
そっと再開されたそれに、あたしは瞳を閉じた。
瞑った瞬間ぽたり、とあたしの瞳から涙が零れ落ちた。
― Fin
後書>>休止するとか言ったのどこの誰ですか。現実逃避したくなったんです。またもぐります…。せめてものお詫びの品みたいなものです(笑)
2010/11/06