「悪いけど・・・俺、今はテニスに集中したいんよ」 彼が告白されたときに必ず返すと言う台詞を、また今日も聞いてしまった。 ほけんしつでの密会 言われてしまった女の子は、今にも泣きそうなのを堪えて帰っていってしまった。去っていくのを黙って見送る彼が此処から良く見える。―――彼の名前は仁王雅治。それが今告白を受けていた男子の名前だ。仁王と言えば、あまり良い噂を聞かない。告白を受けないのは、自分よりも随分年上の女と付き合っているからだ、とか。なのに告白が途絶えないのは得意のお達者な口で女を口説いては、騙してる、とか。・・・とにかく女関係で良い噂がないのは事実だ。そしてそれを彼は否定しようとしない。それがまた周囲を煽っているのだ。きっと彼は気づいてやっているんだろうと思う。 ぼんやりと仁王を見つめていると、パタ、と目が合ってしまった。そうすれば真っ直ぐとこちらへ向かってくる彼。そして、窓の縁に組んだ腕を乗せると、フっと、笑った。 「覗きなんて悪趣味じゃのー」 意地悪く笑うものだから、カチンと来るのは当たり前だ。 何だかそれがとってもやるせなくて、私はツンと口を尖らせた。 「あんなところで告白する奴が悪いんですー」 「それを俺に言われてもなあー。選んだんは相手じゃし」 「何で皆あそこで告白するのか私には理解出来ないんだけど」 確かに、今仁王が告白された場所は、うちの学校の一番の人気告白スポットだ。人気はないし見られることもない。・・・という話があるが、私は知ってる。この保健室の窓際のベッドからは、絶妙なポイントで見えてそして声の大きさにも寄るけれど会話さえも聞き取れてしまうということを。多分そんなこと気づく人殆どいないんだろう。私だって、保健室に通ってさえいなかったら気づかなかっただろう。 仁王はフッと笑うと、窓枠に手を添えた。と、次の瞬間窓からの侵入。「靴くらい脱ぎなよ」と言えば仁王がカラカラと笑いながら靴を脱いだ。そして、ベッドに腰掛けるとふう、とため息をつく。 「モテる人って言うのも大変なんだね」 「んー」 「・・・でも皆趣味悪いと思うけど。こんな悪い男に捕まっちゃって」 「心外じゃのう」 言いながらくつくつ笑っている仁王を見ると、とても心外だと思ってる風には思えなくて、「何処が」とつっけんどんに返すと「ちゃんは毒舌」と舌を出してまた笑った。そして、同時に仁王の腕が私の首に絡みつく。ぎゅうと痛くない程度に引っ張られてあっという間に私は仁王の胸の中だ。 「俺は一途なだけじゃ」 囁くように紡ぐ言の葉はまるでドラッグにも似ている、気がする。ふわりと香る香水に眩暈がしそうだ。仁王の言葉に「はいはい」なんて適当に相槌を打つけれども、胸の高鳴りは隠せない。・・・だって、何だかんだ言ったって、私もその趣味の悪い女の一人だからだ。・・・公にしていないけど、私と仁王は所謂、恋人同士、なのだ。 ふう、とため息をついて仁王の腕に触れる。温かな体温が心地よい。振り向けばすぐそこには仁王の顔があって、あ、と思うまでもなく触れる唇。ちゅ、と短い口付けを落とされて、どんどん身体が熱くなってくる。 「・・・ってば顔が真っ赤じゃ。可愛いのう」 くつくつと耳元に聞こえる笑い声に顔が更に紅くなるのが解った。さらりと可愛いなんて言ってしまうから、何だか悔しい。踊らされるのは勘弁。「バカじゃないの?」と冷静を装って、言い返す。でも耳元で聞こえる笑い声は止むことはない。きっと仁王にはバレバレなんだから。私が、いっぱいいっぱいだって言うこと。でも、それでもやっぱり私は、ドラマのような可愛らしい女の子になることは、自分のプライドが許さなくて。 「なんでこんな男が良いんだろうね、みんな」 本当は、他の子に告白されてる仁王なんて見たくない。だけど、そんなこと、言えない。だって、付き合ってることを内緒にしたいって言ったのは、紛れもなく私だからだ。本当は、言いたかったくせに、公言出来なかったのは、自分に自信がないからだってこと、わかってる。その所為で、他の女の子が泣いてるってこと、わかってる。自分が、ズルイ。仁王が最低なんじゃない。最低なのは、自分自身だ。 「それはが一番良くわかっとるんじゃなか?」 それでも、こんな私でも、貴方は好きって言ってくれるから。 「だって俺は、の虜じゃけえ・・・しょうがないんじゃ」 いつもはふって、不敵に笑うくせに、こうした瞬間はどうしても優しくて、それが嘘じゃないと思わせるから。だから、嫌いになんてなれるわけないんだ。 「愛しとうよ、」 その言葉が、偽りじゃないと思えるから。この空間だけは、私大切な、大切な宝物。 ― Fin |