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一度だけ名前で呼んで




いつも、君の口から出てくる名前。
それが、俺のものじゃない事を、知っている。
楽しそうに動く口に乗って出てくるのは、別の男の名前。
悲しそうな声が発するのも、俺じゃない別の名前。
こんなにも好きなのに、―――この気持ちが伝わることはない。

「ねえ、ジローちゃん?聞いてるっ?」
「……ん」

何よ、そのやる気の無い声ー。
ケラケラと笑う声に、ほんのちょっとイライラ。
こんなに心の中は嫉妬の炎を燃やしていると言うのに、が気付くことはない。

なんでだよ。何であいつなんだよ。

「だって、つまんないCのノロケ話」
「んなっ」

好きな女の子が俺以外の男の事できゃーきゃー言ってるなんて、楽しいわけなんてないんだ。
それなのに、は俺の気持ちを無視して、そいつの名前ばっかり連呼して。

「だって、夢みたいなんだもん、跡部君のメアドゲット出来たなんて!」

そりゃあ、生徒会のメンバーだからって、わかってるけど!あたしに好意があって教えてくれたなんて思ってないけどっ!

そう言って、何度も何度も自分の携帯を見つめてる。
の好きなやつ。それは俺の良く知ってる人物で、俺の部活の部長で……友達、だ。
よりにも寄って、跡部って。ほんとついてない。
でもがそこらへんのミーハーな子とおんなじ気持ちって思えない。本気、だって伝わってくる。
だから、余計についてない。ファンみたいな、軽い気持ちだったらどんなに良かったか。

携帯を頬染めながら見つめてるを見つめる俺。ほんと、楽しくない。

「所用でしかメール出来ないだろうけどね、それでも嬉しいんだ。あたしの携帯の中に、跡部君の名前があるってことが」

目をハートマークになんかさせないでよ。
うっとりとそんな文字追いかけないでよ。
俺を見てよ。

「ジローちゃん?眠いの?」

なんで、俺は「ジローちゃん」で、あとべは「跡部君」なんだよ。
俺だって、ちゃんとした男、なんだよ。


「ん?」

見つめると、小首をかしげるの顔。
なんで、こんなに好きなんだろー。

「……俺の事も、ちゃんと呼んでよ」

なんて、ワガママ。
きょとんとしたの顔。
それから、クスリと笑って、「ヤキモチ?」なんて。
その“ヤキモチ”がおもちゃを取られて悔しがってる、くらいにしか取ってないだろ?
そんな、ちっちゃいもんじゃないのに。
気付いてよ、俺の気持ち。

「名前、呼んでよ」

真顔のまままた言えば、がちょっとだけ苦笑、して「さっきから呼んでるじゃない?」って。
違う、そうじゃなくって。じろーちゃん、なんて女の子呼ぶみたいじゃなくって。弟を呼ぶみたいじゃなくって

「じろーちゃん?」
「違う、よ」

ちゃんと、男として、認めてよ

「慈郎、って呼んでよ」
「慈郎?」
「疑問形じゃなくって」

そうしたら、「どうしたの、急に真面目になっちゃって」なんてケラケラ笑う。
茶化さないで、俺の本気。
ぐいっとの手を掴んだ。見た目よりもずっと細い、女の子の手。か弱い、指。

「じ、ろ?」
「一度だけ、名前で呼んでよ」

ちゃんとした、さ。

そうしたら、その綺麗な声が、静かに名前を呼んだ。

「慈郎」

それだけで、俺はまた君に恋をする。



 

お題:「一度だけ名前で呼んで」
Seventh Heavenさまより

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