キミが元気の元って、ちょっと恥ずかしい台詞だけど
私が季節外れのインフルエンザにかかったのは、ちょうど今から三日前のことだった。
元気だけが取り柄の私が、まさかインフルエンザなんかにかかるなんて思ってなかった。
自慢じゃないけど、私は大きな病気と言うものをしたことがない。
風邪だって、ココ何年も引いてないし、インフルエンザなんて無縁だって思ってた。
でも、今年のインフルエンザはかなり強烈なやつだったみたいだ。
前に、インフルエンザにかかった友達が「ほんとあれはまじやばいよ」とか「ほんとに死ぬかと思った」とか言ってるのを聞いて、かなり大げさだなーとか思ってたけど、そんときの自分を張った押したい。ほんとに今、死ぬ寸前なんじゃないかと思ってる程だ。そろそろ遺書に準備をした方が良いんじゃないかと馬鹿なことまで考える始末だ。
…15の人生、なんてあっけないの。
風邪をひいたって、食欲だけは旺盛だったのに、今は食欲さえもわいてこない。水がほしいと思ったりもするけれど動くのが億劫だ。
ああ、本当に死んだらどうしよう。死にたくないなぁ。まだ、やり残したことが沢山あるのに。
そう思って、ふっと思い出すのは、大好きな人の事。私の片想い。
英二君からメールとか来たら、一瞬で治っちゃうのに。
なんて、アホな事を考える。
でも実際英二君からメールが来ることなんてあるはずがない。メール云々の前に、私は英二君のメールアドレスを知らないのだから。
ゼーゼーと荒い呼吸の合間にため息をこぼす。
枕もとに置いた携帯電話は、ずっと無言のままだ。初日に友達から心配のメールがかかってきたけれど、インフルエンザだと伝えるとぱたりとなくなってしまった。
…インフルエンザを経験した者からすると、メールは迷惑になるから、だそうだ。
鳴らない携帯を手にとってまたため息。
メールが来ても返すのが億劫になってしまうが、来なかったらこなかったで悲しい。
なんて自分勝手な言い分だろう。でも、弱ってるときほどだれか傍にいてほしいとか、そういう風に思ってしまうものだ。
はあ。三度(みたび)のため息をついて、私は瞳を閉じた。
★★★
ブーブーブー。浅い眠りから現実に戻ってきたのは、そんな音からだった。
うっすらと目を開けると、手に振動。見つめるとどうやら携帯を握りしめたまま眠ってしまっていたらしい。
サブディスプレイを見つめると、見知らぬ番号。
……よりにも寄って間違い電話?
一瞬でも友達からだと期待した自分が馬鹿みたい。
まだ辛い状況で、知らない番号相手をするのは骨が折れる。そんな体力は残っていなかったから、申し訳ないが無視することにした。
すると、何度かブーブーブーとバイブして、携帯が鳴りやんだ。それから、すぐに留守電に切れ変わる。
ピー
と言う音が鳴った後に続いた声に、幻聴かと、思った。
『あーっと…英二だよーん。てかちゃん大丈夫?まだ熱下がんないのかにゃ?てか辛いのに電話なんて俺アホだよね!ごめんね!なんかインフルエンザだって聞いたらいてもたってもいられなくって…ちゃんの友達から連絡先聞いたんだ!突然ごめん!えっとあの―――』
そうまで聞こえて、プツっと切れた。多分、留守電の時間がオーバーしてしまったんだろう。
それにしても、寝る前に願ってた事がまさか本当になるなんて思わなかった。
続きが気になって、私は着信履歴を押した。一番上に出た、登録者不明の電話番号。
通話ボタンを押そうかと迷ったとき、突然また鳴りだす携帯。ブーブーブー。
さっきと同じ番号が目について、ドキリと胸が高鳴った。このときばかりは自分がインフルエンザだと言う事を忘れてしまいそうだ。
今度は切れる前に慌てて電話を取った。「は、はい!」って病人にあるまじき声での応答。そうすれば、「えっちゃん!?」っていつも聞いてた英二君の声。でも、電話越しに聞くと、ちょっとだけ…違う感じだ。ドキっとして、でもそれを悟られないように、
「あ、うん。あ、あ、の…電話してくれて、ありがとう。ごめんね、一回目の電話出られなくって」
『いやいや!俺こそ、病人に電話しちゃって…もしかして起こしちった?…今、留守電入れたら途中で切れちゃって続き入れようかって、思っててそんで』
「あ、ううん。ちょうど電話の前くらいに起きてたの。そしたら留守電で英二君の声が聞こえた、から」
本当は電話の途中に起きたけれど、そう言うと英二君に心配かけちゃいそうな気がして、小さな嘘をついてしまった。
その嘘には気付かない様子で英二君の安堵した声が聞こえる。
『良かったぁ…本当は電話じゃなくってメールの方が良いんだろうにゃって思ったけど…その、もしかしたらちゃんの声聞けるかもしんないって思ってさ』
いつもとは違って、耳にダイレクトに聞こえてくる声にドキドキが大きくなる。
「う、わぁ…なんか、恥ずかしい。熱のせいで鼻声だし、」
『そんなことないよ!…うん、いつもと同じくらい可愛い声。やっぱ電話して良かった』
突然の可愛い発言に息が詰まる。社交辞令だってわかってるけれど、ドキドキが激しくなって、何か話題を…!なんて思って、さっきの留守電の続きが気になってたから慌てて言葉を紡いだ。そうすれば、電話越しに今度は英二君が息をのむ番。
それから、いつもより落ち着いた声が届いた。『あ、えーっと』ってちょっとためらった声が続いて
『……早く、元気になってね。ちゃんいないと、俺つまんないって気付いたんだ』
「…っ」
『…キミが元気の元って、ちょっと恥ずかしい台詞だけど』
「ほ、ほんと…なんか恥ずかしいよ」
茶化す気はなかったけど、でも本気に受け取ってしまったら、なんだかずうずうしいような気がして、私は笑ってごまかすしか出来なかった。
そうしたら英二君が「ほんと、臭いよにゃあ」なんて電話越しで多分、苦笑い。
それから2,3秒沈黙の後
『でも、ほんと……自分でもびっくりするくらい、ちゃん欠乏症なんだよ…だ、だから…早く元気になって学校に来て、俺に笑顔見せてねん!』
そう言って、電話が切れた。
私の耳にはツーツーツーと言う終了音。
ええっと…一体これはどういうことなんだろう?熱で犯された頭で必死に考える。
『ちゃん欠乏症なんだよ』
そうして、いつもよりも遅い回転スピードの頭で、さっきの英二君の言葉を思い出す。
「……ふ、不意打ち、だぁ」
さっきまでの熱とは違う熱が、私の頬を熱くさせた。
お題:「キミが元気の元って、ちょっと恥ずかしい台詞だけど」
Seventh Heavenさまより