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その一言でノックアウト




女の子扱いされるのが、小さいころからどうも、苦手だった。
「お前は女の子なんだから」だとか「女の子はこうしなさい」とか、そんな風に言われるのが、昔から凄く苦痛だった。
私には下に弟が一人いたのだけれど、とにかくその弟と凄く比べられることが多くて、それが嫌でたまらなかった。
何かと言えば「お前は女の子なんだから」と言う父親。

男よりも女の方が劣る、って言われてるみたいで、なんだか負けているみたいで凄く、気に入らなかった。
だから、私はワザとスカートをはかなくなった。だって、おかしいでしょう?女だからズボンをはいちゃいけない、なんて。
そして私はめったなことでは泣かなくなった。だって、やっぱり女の方が弱いって思われてるみたいだったからだ。
それから私は意識的に男らしい言葉を使うようになった。
男には負けない。身体の作りはどうしようもないにしろ、絶対男なんかに屈伏してやるもんかって、心に誓ったのだ。



★★★



「ちょ、ちょっとぉ!男子も掃除当番なんだからちゃんとやってよー!」
「そんなん適当にやっちゃえって!俺ら先帰るから!」
「そ、そんなの困るよ!」

へへ、っと笑いながらクラスの男子は箒を女子に任せて、反対にカバンを手に取ると、出口へと走り出した―――

「って!!!」

のもつかの間、ドアの前で、勢いよく障害物にぶつかると、その男子生徒は地べたへと尻もちをつく形となった。「んだよ!」怒りに顔をあげると、其処に立っていたのは一人の女子生徒。

「…掃除当番さぼろーたぁいい度胸してんじゃねーか!」
「げ!いたのかよ!」
「いちゃあわりぃってのか!?ああ!?ほら!早く掃除しろよ!」

言いながらは持っていた箒をぐるぐると回しながら男子生徒を見下ろしたが、男子生徒も言われたままでは黙っていない。即座に立ちあがると「これからサッカーなんだよ!」との隣をくぐりぬけようとしたが、もちろんそれをむざむざ見送るはずもない。むんずと持っていた箒の柄を力いっぱい握りしめ、男子生徒の背中に向かって箒を放つ。見事背中に箒がクリーンヒットし、今度は男子生徒はうつぶせになるように廊下に転がった。

「オレからにげよーなんざ、100年はえー!ちゃんと掃除しろ!莫迦男子!サッカーなんか二の次だろうが!」

オレ、と言っているが一応女である。
そうしてねっ転がった男子生徒の襟首をむんずと捕まえるとその細腕のどこにそんな力があるのか、ぐっと男子生徒の身体を持ちかげて、睨みを効かせた。ゴクリ、男子生徒が生唾を飲み込む音が聞こえる。は決して身長の高い女ではない。平均的な身長で自分よりも10センチ以上低いにも関わらずあまりの気迫に男子生徒は怖気づく事になった。

「わ、わかったよ!やりゃーいいんだろ!」

言いながら男子生徒はから箒を半ば奪い取ると、大きなため息をついて教室へと戻っていった。室内で、を褒める女の子からの称賛の声が上がる。そんな彼女らににこりと微笑むとは教室を後にしようとした。

「……いつ見ても、凄い光景だね」

そのときだった。背後から聞こえた笑いを含む声に、の胸が一際大きく弾んだ。けれどもそれを悟られないように、一度瞳を閉じて、そっと振り向く。そうすればやっぱり意中の人の姿があり、はそれ以上見ていられなくなり顔を伏せる。「なんだよ」ぼそりと前に居る意中の―――不二へと問い掛けると、不二は、「いいや」と言いながら笑みを深くした。

「ただ、もうちょっと穏便にいけないのかなって」
「…オレのやることに文句があるのかよ!あいつがちゃんと掃除しないからいけないんだろ!」
「そうだとしても、すぐに暴力で訴えるのはよくないよ」
「じゃあどうすればよかったんだよ。こうでもしなきゃあいつ逃げちゃうだろ」

舐められないためには、多少の暴力も仕方がない。もちろんそれで怪我をさせようなんては思ってはいないが。

「でも、女の子なんだから、手を出す前にもっと柔らかくなれば良いのに」
「!」

好きな人にそんな事を言われて、は胸がぎゅっとなる思いがした。まさか、不二にまで“女の子なんだから”なんて言われると思っていなかったのだ。出会って話して、不二は他の男子と違うと、思っていたと言うのに。

「せっかく顔は可愛いんだから、もったいないよ?」
「うるせぇっ!これがオレのやり方なんだよ!」

お前は下だと言われているみたいで、はそう言葉を吐き捨てると教室から走って出て行った。が去ってしまった後、男子生徒が不二へ「よく言った!」だとか「殴り合いになるかと思ったけど勝ったな!」等と口々に言っていたのが遠くの方で聞こえて、更には胸が苦しくなった。

「俺達の為にサンキューな!不二!」
「別に君の為じゃないよ。と言うか、掃除はサボらずするのが当たり前だからね」

不二はにっこりと笑う。笑っているハズなのに、どこか怖い笑みだ。その笑顔を見たとたん男子生徒達は先ほどの口ぶりはどこへやら、だれも何も言えなくなってしまった。そんな彼らを一瞥すると、「じゃあ僕はを追いかけなくちゃいけないから」と同じように教室を出て行った。



★★★



どのくらい走っただろう、不二は教室を出た後自分の勘を頼りに走っていると、どうやら当たりだったようだ。ようやくの後ろ姿を発見した。「、待って」声をかけるがそんなことでの動きが止まるはずもなく、反対にくるりと一度後ろを振り向いた先に不二の姿を確認すると更にスピードを上げてしまった。

「な!追っかけてくんなよ!」
「やだよ」
「お、オレは来てほしくないんだよ!」

走りながらの会話。はこれでもかと言うほど力いっぱい走り出す。

「危ない!!」

早く走らなければ…その気持ちばかりが先走ってしまったせいだろう。不二の声とともに次の瞬間、足がもつれた。あ、っとが思った時にはもう遅く、そのまま勢いよく転げた。顔も身体もリノリウムの廊下に打ち付けると、さすがに体中が痛かった。けれどもこんな姿の自分を不二には見られたくないのだろう。痛い気持ちをぐっと押しこんで立ち上がってまた走り出そうとした。

けれどもが走り出す前に不二が追い付いて、ぐっと腕を掴む。「待って!」その声と同時に身体を無理やり不二の方に向けると、不二の目の前に顔を真っ赤にさせたの姿があった。

「ほら、赤くなってる」
「み、みるなよ!」

これ以上醜態を見られたくなくて、はなんとか顔をそむけたが、それは一瞬の事で、ぐっと両頬を掴まれるとまた顔を付き合わせることになった。「痛そう」そう言って不二がの額をそっと撫ぜる。その仕草がとても優しいもので、は泣きそうになってしまった。

「か、関係ないだろ、お前に」
「そんなことないよ。僕が追っかけたから転んだんだし」
「そんなこと!」

それからそっと腫れものに触れるように優しい手つきで何度か額を撫でると、不二がぽつりと「ごめんね」と謝罪の言葉を発した。

「…を傷つけちゃったね」
「……そんな、弱くねーよ」
「嘘。だって、凄く泣きそうな顔してるよ」

言いながら、別に涙なんて流していないのに、不二はそっとの目じりを親指の腹でそっとさする。「本当は」

「本当はが女の子扱いされたくないことくらい、わかってたんだ」
「…」
「だけど、やっぱり僕からみたらは女の子だから」

だから、あんな危険なことはやめてほしいのだと、不二は言った。「そんなん、お前に…関係ないだろっ」本当は嬉しいくせに、素直になれないのは、もう定着した性格ゆえだ。今更可愛こぶったりなんて出来るはずがない。

「俺が、男らしかろうがお前にめーわくかけてねーじゃん!」
はそう思ってても、僕はを好きだから。放っておくことなんてできないよ」
「!」

言われて、は思わず息をのんだ。今、不二はなんと言っただろうか。じっと見つめる不二はいつもの笑顔ではなく、真剣な表情だ。さっきの言葉を冗談にするには、余りにも無理がある。

「ば、馬鹿じゃない!?こんな、男らしい、俺を」
「そんなん関係なく、が好きだよ。だからこそ、あんな風に箒を振りまわしたりとかやめてほしい」

怪我でもしたらと思うと、毎回ヒヤヒヤしてるんだから。
そう言って、そっと額に口づけた。突然の事態に思考回路がぶっ飛ぶ。

「たったちょっとのかすり傷でも負ってほしくないからね」
「…な、…な」

言葉を紡ぎたいのにいざ出そうと思っても出てこない。の口からはただ単語にならない声が出るだけだ。けれども不二は対して気にもしていないようだった。の言葉を待つより先に、の手をぐっと引っ張るとようやっと起きあがらせて、「さあ帰ろう」と笑った。その言葉に、突っ込みたい事は色々あったのに、悲しきかな、惚れた弱みと言う奴だろう。ただ、黙ってコクリと頷いた。

(ちくしょう……あたしが言い返せないの、知ってて)

本当は自分の気持ちなんて不二にはモロバレなんだろう。それがまた悔しい。けれども何か反論する力をもう彼女は持っていない。ただなすがままなされるがまま不二に手をつながれて、歩いた。
校舎に残っていた人達が二人の姿を見て、驚いていたのは俯いていたには知るすべもない。



 

珍獣ハンター不二。
これにて三周年記念企画終了とさせていただきます!


お題:その一言でノックアウト
星空カスケードさまより

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