最強殺し文句




そうして―――周助の親とあたしの親は、本当に旅行に行ってしまった。「旅行に行く」その事実を知ったのは、つい昨日の夜の出来事だった事を思い出す。なぜか、バタバタしてるなーとか思いながら、ソファに座りTVを見ていたことだったのだ。でも時折聞こえた「カメラ!」とか「ああパスポート!」とかの言葉に、ついにあたしは「ねえ、何してんの」と聞いたのだ。そうしたら、うちのママはきょとんとして「明日からの旅行の準備よ、準備!」等と当たり前のように言ってのけた…が、こっちは初耳だ。でもそんなのあっちはもう知ったことじゃないらしい。「あら?言ってなかった?」なんて言いながらも旅行の準備をやめることはない。

『まあせいぜい一週間で帰ってくるし、不自由のないようにキャッシュは残して行くから。あ、でも使いすぎるんじゃないわよ、もし使いすぎたら後でバイト代からせしめるわよ』

なんて、笑顔で言うもんだから、本気で呆れた。しかも最後なんて、せこいだろって話だ。そして、あたしの親と周助の親は、本当に本気で旅行に行ってしまったのだ。しかも唯一の頼みの綱だった由美子姉も友達と前から旅行の計画があったため、出かけてしまった。運悪く親達の旅行と由美子姉の旅行がかぶるとか…あり得ない。でも由美子姉に旅行をキャンセルしてほしいとも言えず、あたしは由美子姉を笑顔で送り出したのだ。

「…」

本当は言ってやりたいことは山ほどあった(由美子姉ではなく両親たちに!)だって、仮にも年頃の男と女が、ひとつ屋根の下で一週間も二人きり。何かの間違いが起こってしまったら、どうするんだ。とか、一週間ものご飯をどうするのか、とか(これが一番肝心だ)自慢じゃないが、あたしは料理なんて一切ペケだ。家庭科の調理実習ではいつも失敗して、誰にあげるなんて出来なかったくらいなのだから。まあ一週間ぶっ続けで店屋物とかでも良いんだけどね。

もうすぐ、夕方になる。晩御飯の時間だ。今日の気分的にはピザかなーとか思いながら、ソファに座り、有名な音楽番組を見ている時だった。つんつん、とあたしの髪の毛が、後ろへと引っ張られる。それとともに振ってくる、あたしの名前を呼ぶ声。



けれども、そんな言葉は、無視だ。きっと相手もあたしが故意に無視をしている事には気づいただろう。
だけどそれでやめるほど後ろの男は諦めの良い奴じゃない。「ってば、ねえ」なおもツンツンとあたしの髪の毛を引っ張っては、あたしの名前を呼び続ける。それから、ひとこと。

「お腹空いたんだけど」

やっぱり。心の中で呟きながら、

「今日の晩御飯はピザが良いかと思って。あたしはシーフードに決めたんだけど、周助はどれが良い?」

先手必勝!あたしは自分で描いたシナリオ通りに言葉を発し、そしてテーブルに置いていたチラシを周助の方に渡した。
すると周助はそれに目を通すと、あたしの髪を掴んでいない方の手で

「今日の昼間も外食だったでしょ。バイト代からしょっ引かれるよ」

言いながら、ペイ!っとチラシをくしゃりとにぎると綺麗にゴミ箱へと投げ入れた。んな!例え、バイト代から引かれたとしても、そっちの方が絶対良い!抗議しようとしたあたしの口よりも先に、「手軽にチャーハンで良いよ、」なんてにっこりと笑った。

「イヤだよ!めんどくさい!周助自分で作れば良いじゃないっ。あたしはピザが食べたいのっ!」
「そんな高カロリーなものばっかり食べてたら太るよ。それでなくても太ったって騒いでたじゃない?これ以上太ったら見る影もないからやめなよ」

なんて、酷い。別に全然軽いよ。なんてこいつが言うとは思ってなかったけれども、見る影もないとかそれって言いすぎじゃないですか?ぽかんとしているあたしを見て、周助は笑顔を崩さず、「ほら、立って準備準備」とあたしの腕を掴んで引っ張り上げた。もはやあたしに拒否権は、なかった。









そうこうして、チャーハンを作り終えたあたしは、周助とテーブルに着いていた。そして、出来たてのチャーハンを周助が口に運ぶ。一口放りこんで、二三度モグモグと口を動かす仕草をすると、その口が動きを止めた。そして、代わりに、眉間に、小さなしわ。

「……30点」

………低っっっ!!!


あまりの低評価に、あたしは愕然としてしまった。すると、周助は呆れたようにこれ見よがしにため息交じりであたしの名前を呼びながら、まだまだお皿の中に入ったチャーハンをかき混ぜると、

「なんでこうやってご飯がごろごろ固まっちゃうわけ?味付けも濃いすぎ。これじゃあ塩分とりすぎで太るわけだよ」
「う、う、うるさいなああ!だから、ピザにしようって言ったじゃん!だいたい、ご飯なら、周助が作った方が上手じゃない!」
「確かに。これなら自分で作った方がまだ胃に優しいかもね」
「〜〜〜〜っっっ!」

別に、「美味しいよ」とか「良いお嫁さんになれるよ」とかそんな言葉を期待してたわけじゃないけど、これはあんまりだ。あたしは泣きたいやら怒りたいやら、悔しいやらで、ぐちゃぐちゃになって、「そんなに言うなら食べなくってもいいわよ!」言いながら、周助の方の食器を奪い去ろうとした。けれどもそれは空を舞うだけで終わってしまう。

「別に食べないなんて言ってないでしょ?それに、食べなかったらこれどうするつもりなの」
「あたしが、責任もって食べるもん」
「…そんなに太りたいの?」


太りたいわけあるか!!喉まで出かかった言葉を、あたしは呑み込んだ。ぐう、と唇をかみしめていると、周助はまた小さく息を吐き、「食事中なんだから座りなよ」と促し、あたしは大人しく座る。それから、手つかずの自分のチャーハンを見つめた。確かに、見栄えが悪い。でも見栄えが悪くたってようは味が良ければ問題ないのに。味にも問題があるんだから、自分の不器用さに今度こそ泣きたくなった。

「……ほら、早く食べなよ。冷めちゃうでしょ」
「…………」
「僕にばっかり食べさせるつもり?」
「だから、食べなくて良いって、言った」
「…食べるよ、ちゃんと」

その声は、いつもと違って優しくて、更に泣きたくなってしまう。ぱっと顔をあげると、さっきの言葉通り、周助は30点のチャーハンを食べている。それから、あたしの方を見てにやりと笑うと

「食材に、罪はないんだしね?」

さっきの優しさは幻だったのか、意地悪な言葉と笑顔でそう言い放つ。でも、なんとなく、だけど…その一言で気持ちが明るくなった。「うるさいなあ!もう!」いつもの調子であたしはそう言うと、ようやく自分のチャーハンを食べ始める。

…………周助じゃないけど、確かに、30点の味がした。









30点のチャーハンを食べ終えたあたしは、食器を洗っていた。そしてそれを洗い終えると、TVを見ていた周助の後ろ姿に声をかける。「ねえ」その一言に周助は一度あたしに振り返る。あたしはそんな周助を一度だけちらりと見ると、くしゃっと苦笑いして


「ね?あたしが料理下手なのは今回の事ですんごくすんごくよくわかったでしょ?だからさ、明日からは店屋物にしようよ!その方があたしも作る手間省けるし、美味しいもの食べられるし、…帰ってきたら使い過ぎ!って怒られてもさ、しょうがないからあたしのバイト代を渡すし!ね?そうしようよ!」

女として料理が出来ないのは致命的だが、今回見たく作ったら作っただけけなされるのであれば、今月のバイト代は諦めよう。その方が、心も傷つかないし、お腹も膨れるし、良い。
周助だって、自分がお金を出さなくて良いとなれば、美味しいものを食べてテニスを頑張りたいに決まってる。けれど

「良いよ、別に食べられないほどじゃないし、明日からもが作りなよ」
「ちょ、ヤダ!なんで!!」

30点の料理を!?頭の中で疑問符が浮かび上がる。すると、周助はにっこりと笑って

「一生懸命作ってる姿が、可愛いから」

…なんて、きっと嘘に決まってる、のに。

「…〜〜〜〜〜っ!!」

わかってるのに、顔が赤くなっていく。周助の言葉にあたしは黙りこんでそのまま部屋へと駆けこんだ。

「ち、くしょう…殺し文句だ…っ!」

きっとこの一言で、明日もご飯を作ってしまうんだろう。










2009/12/19
「作ってる姿が可愛い」なんて、一度でいいから言われてみたい…!