「さん」
「………んー?」
「…暇なんですけど」
「…ガンバレ」
Plus jeune garcon
ガンバレ。そう素っ気無く返されたリョーマは、の言葉に何をだよ…と小さく呟いた。いつもならばそんな小さな声にも反応を返してくれるだが、そんな彼女でも今はリョーマよりも目の前のそれのほうが気になるようで、リョーマのふて腐れた声は空しくも部屋に同化して終わった。自分のことなど眼中に無い彼女に、チッとわざとらしく舌打ちをしてみせるが、それでも彼女は目の前の画面に釘付けである。
そんなを見て、リョーマはため息を漏らした。
目の前の画面、とはテレビのことだ。普通の番組を見るだけなら録画をすれば良い話なのだが、今が手にしているものはコントローラー。つまりはゲームをしているのである。本来、はゲームをする子というわけではなかった。寧ろ、ゲームに疎く、せがさたーん?ぴーえす?わんだーすわん?うぃー?何それ?と言う感じで、ゲーム機と言えば、ファミコン、スーパーファミコン。カセットと言えば、マリオ。と言うような一昔流行ったゲームまでしか知らなかった。そんな彼女に、リョーマは自分の持っているゲームをやってみないかと提案したのだ。丁度もうこのゲームは何度もクリアしたし、ちょっと面倒臭いところもあるが、ゲーム初心者でも自分が居れば何とかなるだろうし、たまには別のことをするのも楽しいじゃないか、と。
そんなリョーマの案に、初めは乗り気ではなかったものの、差し出されたのなら断るわけにも行かず、渋々やり始めた。
この調子ならきっと20分もしないうちに飽きて別のことをし始めるのだろうな、そうリョーマは心の中で苦笑して、を見ていた。のだが、此処で予想外の出来事が起きる。
…初めてのAPGに見事なまでにがハマってしまったのだ。初めこそつまんない、わかんない、出来ないと文句を連呼していた口だが、ゲームが本格的に始まりだすと、だんだんと面白くなってきたのか、はたまた上手くゲームが進められない悔しさからか、はゲームに釘付けになってしまった。初めのうちこそはリョーマの会話にも相槌やら同意をしたり自分の意見を言ったりしていただが、だんだんとそんな余裕もなくなり、いつしか言葉数も少なくなっていく。リョーマもゲームを始めればそれに熱中するほうなので初めこそは黙ってみていたのだが。
…かれこれ三時間。いい加減、リョーマも飽きてきたというわけだ。読みかけの雑誌はもう既に二往復しているし、宿題も終わってしまった。カルピンと遊んでいたが今は愛猫もお昼寝中。することがなくなってしまったわけだ。そして、何度となくに声をかけるのだが。
今や返事もままなら無い状況になってしまったというわけである。
…こんなことならゲーム薦めるんじゃなかった。
そう心の中で後悔してももう遅い。初めこそ覚束無かった手取りもだんだんと余裕が出てきたのか、ある程度の敵ならビビらず戦っていけるようになった。それはにとっては楽しいことかもしれない。けどリョーマにとっては退屈以外の何者でもないわけだ。何だか自分がゲームに負けたみたいで、リョーマの中に小さな苛立ちが生まれる。いや、苛立ち、とは語弊があるかもしれない。正確には、負けず嫌いの血が騒いだと言ったほうが正しいだろう。
何度も何度も素っ気無く返されては面白くない。どうにかして自分のほうに向かせてやろう。そう心に決めたリョーマは、再度に声をかけた。
「ねえ、さん。ねえ」
けれども彼女からの返事は返ってこない。それでも何度も、しつこい程にの名前を呼び続けた。すると、素っ気無く「今道に迷ってる最中だから声かけないで」と返され、カチンと来る。そんなリョーマの様子に気づかぬ彼女は、えーっと、此処から北だから…と独り言をもらす始末だ。それでも冷静さを装って、此処は押さえろと自分に言い聞かせて、至極普通に言葉を並べたリョーマ。
「ねえ、さん。俺暇なんスけど」
「そっか、適当に好きなことやってなよ」
……プツン。の言葉に、リョーマは頭の中で何かが切れるような音がしたのを確認した。へえ…と含み笑いを浮かべるリョーマだが、向けられている側、つまりははゲームに夢中で気づくはずも無い。リョーマはそんな彼女にじりじりと近寄ると、静かに後ろからの身体を抱きしめた。その一瞬ビクっとの身体が上下に反応するが、すぐに後ろの人物がリョーマだと思うと、冷静を取り戻したようだ。「…ゲームが出来ないんだけど」と更に素っ気無くリョーマに言い放つ。けれどもリョーマも負けてはいられない。抱きしめた腕の力を更に強くして抱き寄せる。
「ちょっと、リョーマ!」
放してと抗議したにも関わらず、その腕が離れないどころか強くなったため、は声をあげた。けれども対するリョーマは「何?」と悪びれた風も無い。そんな様子の恋人に少し眉根を寄せながら、「ゲームに集中出来ない」と文句を溢す。だが、その発言はリョーマの前では意味を持たず、「ふうん」と素っ気無く返されてしまった。すぐさまにリョーマの手をどけてやりたいのだが、ゲームの止め方がわからないはコントローラーから手が放せるはずもない。今は戦闘中だ。しかも下っ端ならすぐ終わるだろうが、敵はその地点のボスだ。なかなか決着がつくはずもない。このままリョーマの手を止めに入ったならばボスに負けてしまうだろう、と考え、あまり強く抗議が出来なかった。
「リョーマ!ほんと放して!」
「だってさんが俺の好きなことして良いって言ったんスよ?」
の願いも空しく、一枚上手で返される言葉。確かに適当に好きなことをしろと言ったのは自分だ。ぐっと口を噛み締める。ちらりとリョーマを見れば不敵な笑み。こういうときのリョーマはロクなことを考えていないとを仲良くなってから良く知っている。画面から視線をそらして本気でリョーマを止めに入った。思い切り振り向く。すると、不意打ちのキス。ちゅ、と触れる程度のキスが振ってきて、唐突な出来事にの顔が赤く染まる。
「ちょ、リョーマ!」
「何?…それよりさん、目放してるうちに今にも主人公死にそうだよ」
抗議をしようとしたところで、リョーマに指摘されたは慌ててゲームに視線を移す。するとどうだろう。リョーマの言ったとおり、さっきまで回復役が生きていたのに、今自分が見たときには死んでいるではないか。このままではやられてしまう。すると後ろからアイテム使って、と助言が出され、パニくりながらもはアイテム選択をした。言われるままに指示を受けると、何とか危機は乗り越えられたようである。ふう、と息をついて、ボスに攻撃を開始しながら、ありがと、とリョーマにお礼を言おうとした。けれども、それは全て発せられることはなく。
「ちょ!コラ!何してるの!」
「何って、好きなこと?」
お腹辺りを抱きしめていたリョーマの手が、だんだんと上に上がってきたことに気づく。慌てて抗議をするのだが、平然と「好きなこと?」と言われてしまう。どうやらリョーマにとめる気配はないようで。ついにリョーマの手がの胸に触れた。突然の事態にの頭が先ほどとは別の意味でパニックになる。けどそんなのはリョーマにはお構いなしのようだ。触れていただけの掌がゆっくりとの胸を揉み始めた。服の上からでも解るリョーマの掌の感触に、過敏に反応する。
「リョーマ!本気でやめなさい!ゲームに集中できない!」
「ヤダ」
本気で危機感を覚えたようで、ついにの手からコントローラーが放された。振り向いてリョーマを睨みつける。ヤダじゃない!そう文句を言おうと口を開いたのが不味かった。一瞬の隙を突いてリョーマがの口を塞ぐ。けれども先ほどのいつもするような触れるだけのキスとは違い、あ、と思った瞬間に、リョーマの舌が唇の輪郭をなぞり、口内に入り込んできた。初めての感覚に吃驚して口を閉じようとするが、もう既に閉じることが出来ない。ならば…とリョーマから離れようとするだが、胸を揉んでいない右手で、ぎゅっと体を抱きしめられているため身動きが出来なかった。その間にも胸への刺激は止まることなく続く。同様にふさがれたまま、リョーマの舌が自由に動き回り、の口内を探る。必死で舌を奥にやって逃げようとするのだが、逃げ込んでもなおも追いかけてくる舌に、ついにの舌が絡め取られた。
「ふぅ…」
その瞬間、突如の口から吐息が漏れた。熱い舌の感触は止まらず、尚もの口内を犯す。ようやく唇が離れたころには、浅く呼吸をするほどだった。離れたときに、ツ、とどちらのとも言えない唾液がの顎を伝った。それを見たリョーマが自身の舌で拭う。ペロ、と顎に舌が触れた瞬間、ビクっと反応するのがわかって、リョーマは小さく笑みを溢した。
「さん、キス下手」
「んな!」
言いながらクスクス笑われ、の眉間に皺が寄る。そんな恋人の額に小さくちゅっと唇を寄せた。それから瞼に、鼻に、頬に。とキスの雨を降らせていくリョーマ。ちょっと、と制止をしてもそれはしばらく続いた。
最後に唇に短いキスを贈ると、リョーマがふ、と声を出した。
「…ゲームオーバーだね、さん」
「え?」
発せられた言葉に暫し?と疑問符を浮かべていたが、はっと気づいて前を見れば、当の昔にゲームは終了していたらしい。パーティーは全滅。やり直す?やめる?と言う文字が画面の中央に表示されていた。あ、と思いはコントローラーに手を伸ばす。が、それよりも先にリョーマの手がコントローラーを掴み、ゲームを終了させてしまった。「ちょっと!」と抗議を上げるのは。
「ボス倒さなくっちゃなのに!」
「…此処まできてまだゲーム?」
「だって!」
「駄目っすよ。もう俺が限界だから」
「ちょ!」
言うのと行動は一緒だった。停止していた掌はいつの間にか服の中に入り込んでいる。それを慌ててとめようとするが、もう片方の手でやんわりと掴まれてしまった。リョーマを見上げれば、余裕綽々の顔。それが気に入らなくて、は唇を噛む。
「ちょっと!リョーマまだ15歳でしょ!」
「…今日で16だけど?」
「ど、どっちでも変わらない!結局まだ高校生でしょうが!」
「高校生高校生って、俺と3つしか違わないじゃん」
ちゅっと何度目になるかわからないキスが唇に触れた瞬間、それはどんどん下に下りてきて首筋を通る。コ、ラ!とこれこそ何度目になるかわからない抗議をムダだと思いながらもあげる。すると首筋から唇を離すとリョーマの猫目がを覗き込む。ドアップにゴクッと生唾を飲み込み、黙り込むと、吐息がかかるほど近くでリョーマが囁いた。
「関係ない。それに、今日は何の日?」
ふっと薄く笑いを浮かべながら、リョーマの顔が離れたと思えば、次の瞬間の耳に暖かいものが触れる。にゅっと入り込んできたのが舌だとわかると、「ひゃ!」との口から声が漏れた。そんなの反応を楽しみつつ、一度舌を引っ込めると、ねえ、何の日?と今度は耳元で囁く。熱いリョーマの息に眩暈にも似た感覚がを襲った。
「だ、だか、ら…リョーマの、誕生日…っぷ、プレゼント上げたでしょっ!」
「半分正解。さん、今日はイブでもあるでしょ?俺、誕生日とイブ一緒にされんの好きじゃないって言ったでしょ?」
「んなっ!」
「だから、」
言った瞬間、くるりとの身体が動く。声を出す暇もないまま、次の瞬間にはの視界に見えるのはリョーマの顔と天井。押し倒されたのだと気づき、起き上がろうとするが、もう手遅れのようだ。顔の両側にリョーマの腕があり、逃げ場が無い。気づくと同時に振ってくるキス。深いキスにリョーマの胸を押し返そうとするが、次第にその手はリョーマの服を握っていた。
ふっと放された瞬間に思い切り息を吐き出すと、リョーマがクスリと笑った。ああ、もう駄目だ。リョーマの表情を見た途端、そう心の中で呟いた。「いい?」と聞きながらも首筋に触れるのはリョーマの唇。いい?と聞くクセに有無を言わさぬ仕草に、は小さく息を吐いた。
「……ヤダ」
「まだ抵抗すんの?」
「………床じゃ嫌だよ」
その意味がわかったらしく、リョーマはふっと笑むとの胸元にキスをし、「了解」…言いながらの体を抱き上げた。
トスと次に降ろされたところはベッドの上。「これでいい?」と言いながら笑うリョーマにため息をつくと、ゆっくりとリョーマの顔が近づいてきて、はこれ以上の抵抗の異議なし、と言った風に静かに瞳を閉じた。
― Fin
あとがき>>やっぱりあたしに裏は無理でした。はっぴーばーすでーリョマ。とりあえず未来夢となってます。てゆうか三人称って暫く書いてないから凄く違和感。やっぱり一人称が書きやすくていいですね。ハハ。
2006/12/24