ジングルベール、ジングルベール
冬の定番となったクリスマスソングが街に響く。
そんなクリスマスイブ当日、私の心は―――、とても切ない。
anniversary
クリスマス一色に染まった街をただぼんやりと一人歩く。ショッピングモールは色とりどりの鮮やかな色彩に描かれて、とてもきれいだった。
そんな中、私はプレゼントを片手にぶら下げて、先ほどから何度も確認している携帯電話をポケットから取り出した。
けれども、代わり映えのないそれにため息が一つ。
期待薄で開いてみても表れるディスプレイには新規お知らせは何も無い。
そこで諦めれば良いのに、それでもとメールフォルダを開いて問い合わせてみる。数秒後、やっぱり新規メールはありませんの文字が表示されて落胆することになるのは、本日何回目なのか。
「ばか」
小さく毒づいて。
ばかばかばか。何度も心の中では非難の言葉を浴びせる。
「リョーマの、ばかぁ…」
彼専用に用意したフォルダには、本日は一通のメールも無くて、少し切ない。
越前リョーマ。彼は私の初恋であり、初彼だった。
そんな彼と両思いになったのは、中学1年の夏の全国大会優勝後の事であった。
暫くして、リョーマが渡米するという事実を知らされて今日しかないと見送り前日に彼の家に駆けつけた。
けれども、言いたい言葉は私の口から出てこず、痺れを切らしたリョーマが「俺もアンタに言いたい事あるんだけど」と話を持ちかけたのがきっかけだ。
『俺、アンタのこと好きなんだけど』
言われた瞬間は意味が分からなくて、ポカンとしてた。
けれどもそんな私にお構いなしに付き合ってくれと声がかぶさった。
ゆっくりと言葉を嚥下して、私は激しく戸惑った。そりゃあ私だって告白しに行ったわけだったけれども、でもそれは絶対の自信があったわけではなく、一つのくくりと言うか…駄目でもともとという諦め半分から来る決意だったのだ。
それがまさかの大どんでん返し。
付き合って欲しいと顔色変えずにつむぐリョーマの言葉に、私はすぐさまうなずけなかった。
好きな彼と付き合える。凄く嬉しい事だ。けれども、リョーマはアメリカに行ってしまうと言う現実があって、(だから告白しようと決めたのだけれど)正直、素直にうなずけなかった。
もちろん、私はきっと遠距離でもリョーマを好きで居るだろうという自信はあった。
けれども、リョーマはどうかわからない。告白してくれたからと言って、ずっと自分のことを好きで居てくれるだろうか。
私はそんな誰もが振り返るような美人でもなければ、頼りのある人間でもない。すべてにおいて平均並みの人間だ。
そんな人に、どうやって自信が持てるといえるだろうか。
アメリカと日本。不安で、それをぶつけると、リョーマは呆れたようにけれどもしょうがないなっていう風に笑った。
『だったら、三年後の12月24日』
『え』
『そんとき、帰っていち早くアンタに会う。俺、自信あるよ。アンタの事…の事好きでいる自信。もし、三年後のクリスマスイブの日、俺の気持ちが変わってなかったら俺のものになってくれる?』
『……』
『まあ嫌って言っても無理だけど』
そう言って、自信満々に微笑んだ彼の顔を今でも鮮明に思い出せる。
ニッと意地悪く口角を上げたかと思うと、ぐいっと私の腕を引っ張って、不器用に抱きしめた。
あれからもう三年。約束の日はやってきた。
それなのに、一向にならない携帯電話。
アメリカに行ってから、頻繁ではないものの、時々メールのやり取りしてた。だから、メールアドレスも電話番号もあっちはわかってるはずだ。
それなのに、連絡が無いというのは忘れてしまったのだろうか。それとももう、私の事などどうでもよいのだろうか。どちらの線も有り得なくはなくて、私の心は沈んでいくのを感じた。
信じて、待っていたのに。
この三年間、リョーマの台詞をずっと信じて過ごしてきたのに。
だから、本当は三年間の間、何度も会いたいと思ったけれど我慢した。きっと約束を守ってくれるからと。
期待で買った三年間分のプレゼントをぎゅっと抱きしめると、くしゃりと袋の中のそれが音を立てた。
クリスマスイブ。恋人たちの聖なる夜。
もちろんそれも夢見てた。でも、それよりももっと大切な日なのに…。
夜になると綺麗にライトアップされた某場所のクリスマスツリー。
カラフルなイルミネーションを一目見ようとカップルたちが身体を寄せ合って仲良さげ。
そんな恋人たちを見かけるたびに、凄く惨めな気持ちになる。少しの嫉妬。そんな自分が情けなくて悲しい。切なくて、苦しい。
うそつき。帰ってきてくれるって、私に会いに来てくれるって言ったくせに。
「リョーマの、うそつき」
ぽつりと一人ごちた台詞。
「それはすっごい心外なんだけど」
それなのに、聞こえてきた―――耳慣れない声。そして、ふうわりと、私の鎖骨に回る手のひら。ぎゅ、っと腫れ物に触れるかのような優しい手つきのそれは、寒い夜に似合わず暖かかった。
聞きなれない声が聞こえたきたのに、私には確信があった。「お、そい」その声は涙の所為で変につっかえて出てこなかった。これでも急いで帰ってきたんだけど。と悪びれもしない声が耳元から聞こえてくる。
ああ、やっぱりリョーマだ。
涙でいっぱいになった瞳は瞬きしたらぽろぽろと涙があふれ出て止まってくれなかった。ぎゅっとリョーマの手を握ると、そっと離れる身体。振り向けば、ずっと待ってた彼。
三年前より低くなった声。三年前より高くなった身長。三年前より大人びた表情。それでも、どこか憎らしげに笑う表情は三年前を連想させる。
「ただいま、」
ニっと子供がいたずらに成功したような顔で笑って。まるで、三年というブランクを感じさせないくらいあまりにも簡単に言ってのけてしまうから、私は何もいえなくなる。
そしたら「何?見惚れちゃった?」なんて意地悪な質問。悔しくて、ドンッと彼の胸を両手で叩いた。
「遅いばかっ」
ドン、ドンと叩けば「痛いって」とさして痛くもないくせにそんなことを言う。
コツリと額をリョーマの胸にうずめれば、静かにリョーマの腕が私の背中に回るのが分かった。
「ねえ、」
「な、に」
「ただいま」
挨拶もしてくれないの?と口角を吊り上げる彼。悔しかったけど「お帰り」とリョーマに強く抱きつく。触れられる距離が、とてつもなく嬉しい。
それからまたリョーマが「それと、訂正一つ」と言の葉の載せる。
「誰がうそつきだって?」
ちょっとすねたような声が聞こえてきて、抱きついた私の肩を掴んで、少し感覚をとると、私を見つめるグリーンアイ。
だって、と私の口からはそんな一言しか出てこなくて。返答に困ってしまった。そうすればリョーマはふう、とため息をついて、真剣な眼差しで私を見つめた。
「三年後の12月24日。一番にに会いにきた。これで俺の言う事信じれるようになった?」
ニィっと笑って。不敵なその笑みに。どこか三年前の彼が重なる。私は黙ってコクリとうなずくと、さっきの笑顔とはちょっと違う、少し優しい表情。
それがゆっくりと静かに近づいてくるのがわかる。
イルミネーションの所為で明るかった私の顔に影が落ちるのが分かった。あ、と思った時には重なる唇。
リョーマ君の唇は12月という気温の所為か冷たかったけれど、何故か、とても暖かかった。
「約束どおり、俺のものになってよね?」
耳元で囁かれた台詞はどこか、扇情的にも感じられて、また熱い口付けが振ってきたのは数秒後。
長い長いキスの後、冷静になって考えてみるとかなり過激だったような気がして、私はしばらくの間リョーマの方を見れなかった。
よくよく考えてみれば、初キスだったわけだ。それが、公衆でのキスってどうなの。とか悶々と考えていたけれど、そんな事で悩んでいるのは私だけのようだった。
誰もいない公園のベンチで黙って座っていたけれど、ふっと思った疑問を問いかける事にした。
「ところで、なんで私があそこにいるってわかったの?」
携帯に連絡は一切無かった。それなのに、どうして私があそこにいるとわかったというのだろう。
そう問いかけると、リョーマは不敵に笑って「さあね」としか答えてくれなかった。こうなった彼が教えてくれる確立はかなり低い事は三年前に実証済みだ。
結局欲しい答えも出ないまま、今度はリョーマの番。
それよりも、いつになったら渡してくれるの?と問いかけられて、え?と小首を傾げて見せるけれど、リョーマの視線を辿れば自然と答えは出た。
プレゼントのことを言っているのだとわかって、私は「あ」と小さく声を上げて、おずおずとそれを差し出した。
それをリョーマは「さんきゅ」って言いながら受け取って
「なんで、二つ?」
「…なんでって、……今日、クリスマスイブでしょう。…あと、リョーマの誕生日」
ポツリと呟いて恨めしげに見上げれば、あ。まただ。不敵な笑み。へぇと含み笑いを浮かべたリョーマは私の頭をかしかしと撫でた後また一度お礼を言った。
それから、ポケットから取り出した。それ。
「じゃあ俺からも二つ」
そういったけれど、目に見えるのは小さな箱の一つだけだ。
ぽかん、と見つめていると、何やってんの手、出しなよ。と促されて右手を差し出した。
そうすれば呆れたため息をつかれてしまって
「やるとは思ってたけど」
と、一人ごちながら、私の右手をするりと通り抜け、リョーマの右手が私の左手をつかんだ。
「手、出してっていったら、こっちでしょ」
それからぱかりと四角い箱を開けて―――出てきたのは、ドラマとかで良く見る、アレ。
そんな豪華なものではないって思ってはいるけれど、でもドラマを思い出させるようなシチュエーションにドキリと胸が高鳴った。
それがゆっくりと私の左の薬指を通っていく。それは止まることなく低位置で止まった。いったい、どこでサイズを知ったのとか疑問はあったけれど、それよりも感動と驚きとの方が大きくて、声にならない。
「一つ目はこれ」
きらりと小さくきらめく宝石のついた指輪から手を放したリョーマの顔を見上げると、ぎゅっと抱きしめられるのがわかった。
ふわりと香る、リョーマの匂い。さっきよりももっとダイレクトに伝わってきて、胸が高鳴る。
「…また、アメリカに帰らなきゃいけない」
それは、残酷なまでの告白だった。二つ目のプレゼントってそれなの?そうだとしたらなんて意地悪な言葉だろうか。
衝動的に高ぶった感情で、目の奥が熱くなって視界がぼやけてくるのがわかる。
「でも、俺。絶対の事好きだから」
だから、ともう一度言葉を区切るリョーマの声が、私の耳元で聞こえてくる。
「だから―――三年後、今度はを攫いに来るよ」
ぎゅ、っと腕の力が強くなるのを感じた。
私はと言うといわれた言葉が理解できなくて、きっと今見たらポカンって間抜けな面だ。
「これが、二つ目のプレゼント、約束」
「それ、って…なんか、プロポーズみたいだよ…?」
「そう捉えてくれて構わないけど?」
涙声で言えば、また泣いてんの?と呆れた声が返ってきた。いったい誰が泣かしてるの。文句を言えば、俺。って悪びれもしない。
今日は何だかリョーマに振り回されてばかりだ。「どう?このプレゼント」と笑いを含む声が憎らしい。けどそれ以上に愛おしい。
「最高っ」
ポタポタと私の涙がリョーマのマフラーをぬらしていくのに気づいたけれど、この涙はそうそう止まりそうにもない。
― Fin
あとがき>>まあ、そんな感じでこうなっちゃうわけで。(どんな感じだ)2008年、メリークリスマス。そして誕生日オメデトウリョマ。
2008/12/23