虹色ドロップス





もうすぐ、越前の誕生日だ。越前はクリスマスイブ生まれ――その所為でよくクリスマスと誕生日のプレゼントを一緒にされてしまうらしい。

「でもその分リョーマ君ってたくさんもらってそう」
「何が?」
「プレゼント。一緒にされちゃってさ、でも二倍貰えるの。クリスマス分と誕生日分」
「そんなことしない。あのケチ親父は…」

はちゃんと越前へのプレゼントを考えていた。しかも誕生日の一か月も前から、だ。
越前の欲しがるものと言えば、決まっている。絶対ゲーム関係のものだ。いくらなんでもゲームソフトとなると七、八千円とかかってしまう。中学一年生には痛い出費だ。そのため、今回はコントローラーで我慢してもらう事にした。たかがコントローラー。それでも二千円以上するのだから、結構高い。それプラス、クリスマスプレゼントとしてゲームのメモリーカードだ。二つ買うとなると本当にきつかったが、それでもは越前の喜ぶ顔が見たくて少し無理をした。

財布が、淋しい。

買った時にはそう思ったものだ。学校内にある自販機(紙コップ型)のジュースでさえ買うのを渋るような状態となってしまったから。
けれども、当日のサプライズを思えば後悔など起こりはしなかった。


越前とが知り合ったのは中学校に入ってからだった。
家は物凄く近所にあったのだが、それまで知りあわなかったのは越前が外国暮らしだったこと、そしての小学校が市立だったのもある。けれどももう少しレベルの高いところを…とが受験した中学校がたまたま越前の志望校―――青春学園だったわけである。
お互いの家まで歩いて十分もかからない。
だからと言って別に一緒に登下校する事はなかったし(越前が部活で忙しそうだからが一番だ)クラスだって違う。男女の違いもあるだろう。
それでも母親同士が仲良くなって、頻繁に親子ぐるみでどこかへ出掛けたりもしたものだ。越前は「テニスがやりたい」だとか「ゲームがしたい」だとかぼやいていたが、それでも渋々ながらも出掛けてくれた。それがにとっては楽しいものだった。


そして今日は家でゲームをしている。

「はい、オレの勝ち」
「あれーっ、なんでえ!」
「なんでって、弱すぎるんでしょ?練習不足」
「…だってでもこれリョーマ君のソフトだもん。今度は私が持ってる奴にしよう!」

負けず嫌いの性分は二人とも同じだ。
は次こそは勝てるモノを…と考えた末、パズルゲームを選んだ。「リョーマ君苦手そうだ」とこぼすと、越前は面白くないのか、それとも図星なのか「…別に」と素っ気なく返事をした。にやり。したり顔では次こそは勝てると意気込んだ。
ちなみに先ほどまでやっていたのは格闘ゲーム。
ようするに得手不得手が両極端だと言う事だ。おそらく数分後には越前が悔しい思いをしていることだろう。







ちゃんって、リョーマ君の事、好きだよね」
「え、そんなことないよ。なんで急に?」
「や、絶対そう!他の男子に対する態度とリョーマ君に対する態度明らかに違うもの!」

クラスメートにそう言われ、はとりあえずの否定の言葉を述べた。安易に認めたりすると噂が広がりかねない。それ以前には越前の事を好きだとか、そういう恋愛感情では見た事などなかったのだ。仲の良い、男友達。強いて関係性をあげるならば、それだろう。
けれども先ほどの否定はクラスメートにはないものとされたらしい。

「わかるけどねー。リョーマ君って格好良いし勉強それなり出来るし英語なんてペラペラだしテニスも一年生レギュラーで…」
「だからあ、違うってばあ」
「照れなくっても良いよお!それとも噂されるの心配してんの?」

図星だ。

「大丈夫!あたし人の恋心を言いふらすなんてフキンシンなことしないよ!」
「…」

すでにこんな大きな声で言っている時点で、言いふらしているようなものだ。とは思ったが、口には出せなかった。いや、出す前に不審がった表情で察したクラスメートは言葉を重ねる・

「あーっ信用してないでしょ?大丈夫なんだから!友達信じなさいってば」

一年生も半年過ぎれば色々見えてくるものである。信じたいと言えば、嘘になる。けれども彼女と話した秘密はあっという間に知れ渡ることで、有名だった。どこにでもいるタイプでだ。"絶対話さないから!"と言っておきながら、面白半分で言いふらす。彼女は典型的なそれだった。
"秘密だって言ったから絶対他の人には言わないでね"と何人もに同じフレーズを囁きながら…噂は大きくなっていく。現に何度も他の人が餌食になっているのを知っていた。

「でも、私本当にリョーマ君の事好きそ?誰から見ても?」
「んー…別に好きそうってわけじゃないよ。ただの友達ーって感じ」
「だって、実際友達だし」
「と・こ・ろ・が!あたしの眼はごまかせないわけよ!ふふっ、頑張ってね!応援してるから!」

いや、だから。そう言葉に続けようと思ったが、チャイムの音にかき消され、叶わなかった。


「――――てなことがあったの」
「へー。だから?」
「そんな冷たい反応しなくっても良いじゃないかなあ。仮にも好きな相手認定されたわけだし…」
「だって勘違いなわけでしょ?なら関係ないじゃん。だから何?って感じなんだけど」
「あのねー…私の心に関して、何も感想はないのかなあ?」
「ない」

パズルゲームを終えた二人はまた格闘ゲームをしていた。そして○ボタンを連打しながら、今日あった出来事を何の気なしに思い出したはその話を越前に言って聞かせた。けれども、彼の返事は至極素っ気ないものだった。きっぱり言い放った越前に少しのイラつきを覚えた
思わずコントローラーを持つ手に力が入り、ボタンを押す指が一段と素早くなった。

「いっけーー!ミラクルハイパーメガトンアタックーーー!」
「あっ…!」

越前の間の抜けた声と、テレビから流れる対戦終了の音楽はほぼ同時だった。にま。との顔に笑みがこぼれる。「私の勝ちぃ!リョーマ君に勝つためにちょー頑張ったんだから」勝ち誇った笑みのまま続けると、越前は納得いかないようすで口を尖らせた。けれども裏技卑怯等二人のルールにはない。と言うのがの結論だ。

越前は敗北画面のテレビをじっと睨みつけ――もともとの負けず嫌いに火がついた。
絶対負かす。決意表明をして―――2グラウンドが開始した。
「さあ越前リョーマ。私の裏技を倒して見るがよい!」







結局、あの後越前がから勝利をもぎ取ったのはわずか一度きりだった。に罰ゲームと称され肩たたきをさせられた後、少し悔しさが残る中宿題を始めた。
ゲームが済んだら宿題をする
これが、越前との母親が決めた公式ルールなのだった。

「ね、ね、リョーマ君。英語やって?」
「やだ。ぜーったい嫌だ」
「数学代わりにやってあげるから…ねっ?」

絶対と言ったわりに、次のの言葉を聞いて、越前は無言ではあったものの黙ってノートを差し出してきたのではうきうきと自分のノートを差し出し、ノートの上にシャープペンを走らせた。

「リョーマ君さあ…学校楽しい?」

が出し抜けにこう切り出した。本当に唐突だったので、越前はなんと答えて良いのかわからずしばらく沈黙した。
「普通」―――適当に答えよう、と結論が出たのでそう口に出したあと黙って英文に集中する事にした。
テニス以外、白黒はっきりつけることがあまりない越前は、しばしこうしてグレイな答えを出す。はどちらかと言えば白は白、黒は黒ときっぱり区別をつけるタイプなので、微妙な違いがドキドキ相手に合わないと感じさせる要素となった。が、不思議とはそれが嫌になる事はなかった。

「普通、ねえ…まあ確かに楽しい事嫌な事色々あるもんね」

例えば、宿題!本当に嫌そうに口にしたの顔を見て、全くその通りと越前も思わず頷いた。

「学校は好きだけどさ、勉強は嫌いだなあ。好きな授業って特にないし」
「うん」
「でもリョーマ君化学好きじゃん。得意って言ってたよね?」
「得意と好きは別。ただ出来るだけで好きとは違う」
「ああ、そうなんだ。まあそうかも…私も数学得意だけど好きじゃないし」

越前の答えには妙に納得しながら言った。結局のところ二人ともあまり勉強自体が好きではないのだ。そういうところばかり気が合う。他愛もない話しを繰り広げ、―――はまた、唐突に話を切り出した。今日は何日かわかる?と。

「二十一日でしょ?」
「だよねえ」

の声に、わかってるなら敢えて聞くなよ。と言った風な態度がありありとわかった。
そう今日は二十一日。越前の誕生日まであと 四日。早くその日にならないかな、とは数学の問題を解きながら一人ほくそ笑んだのだった。







越前の誕生日当日がやってきた。その日の朝はこの冬一番の冷え込みだと天気予報士が告げていた。その日の朝は今までよりもずっと息が白かった。
真っ白な息を吐きながらは学校までの道を歩いていると、少し前に見慣れた背中を発見した。
――越前だ。
彼の名前と一緒に沢山の息が雲のように顔面に揺らいで消えた。声をかけられた越前はすぐに立ち止まり、ゆっくりとの方へと振り向いた。

「今日は桃色先輩居ないの?」
「桃城先輩、ね。…今日は日直だとかで先言った」
「そうなんだ。じゃあ一緒に行こうよ!なんだかんだでリョーマ君と一緒に登校するの初めてだしさあ」

が言うので、越前は特に拒否することもなくと並んで歩いた。言葉はないものの、こうして歩調を合わせてくれる、その優しさがは嬉しかった。
肌を突き刺すような寒い朝の空気に身を震わせながら歩く。そうして、また他愛もない話しを繰り広げるのだ。今日は十二月二十四日、終業式だった。が嬉しいね!わくわくするね!休み万歳っと嬉々して話す。「俺は部活あるし」と素っ気なく返すが、は笑顔のまま「それでも授業ないじゃん」とやっぱりにやけ顔で言った。

「宿題出るじゃん」
「んもーーー!リョーマ君!素直に喜ぼうよっ」

越前の言う事は確かにごもっともだが、折角の"冬休み"だ。敢えて現実を見ないふりをした。
宿題、と言う何よりも嫌な響きの単語は耳を塞いでまでも聞かないふりをした。そんな必死な動作をするに逃避したって宿題しないって選択肢はないだろうに。と呆れもしたが、敢えて口には出さなかった。

「あ、そうだ。―――ね、今日って部活、あるの?」

そしてまた唐突に切り出された台詞。それにコクリと頷く事で肯定を示す。いつもは「そっかあ」で終わってしまう内容だ。けれども、今日のは違った。「何時まで?」食いつくと、越前は不審に思って問いかけた。―――なんで?と。
まさかそんな切り返しが来るとは思っていなかったは少し口ごもってしまう。が、折角の誕生日。プレゼントまで用意したのだ。サプライズは外せない。

「えっと…あの、今日うちに来てほしく、て」
「部活ある日はそんなこと言わないじゃん」
「いや、だ、だって……ほら!今日、イブじゃない?」

イブ、と聞いて越前の表情が少し変わり、そしてまた察したような顔になった。
しまった、バレただろうか?冷や汗が伝ったが、けれども越前はそれ以上追及してこず、代わりに紡がれたのは

「夕方には終わる。夜近くなるかもしれないけど、それでも良いなら」
「良い、良いよ!じゃあ、荷物置いたらすぐうち来てねっ、制服着替えなくって良いからさっ!」

そうして、何とか今日の予定を取り付ける事に成功したのだった。

終業式はぼうっとしていたら、いつの間にか終わってしまっていた。
校長が何か長ったらしい話しをしていたが、そんなもの全くと言っていいほど耳に等入っていなかった。
思うのは、リョーマの事ばかり。
―――リョーマ君、驚くかなあ。
誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントとして用意した、コントローラーとメモリーカード。
コントローラーの方は限定色で格好良くて自身もほしかったくらいだ。けれど、金が足らなかったため泣くなく諦めた。
だが、の心は晴れやかだ。
―――リョーマ君が喜んでくれたら良いもんね!
多分、終業式中にやにやしていた生徒は、だけだっただろう。


帰宅して昼食をとり、何とか当たり障りのない成績だった為、安心して通知表を母親に渡した。自分の部屋でしばらく漫画を呼んだあと、iPodに入れたお気に入りの曲を聞いたりして時間をつぶした。
いつも思う事なのだが、何故時間というのは楽しみな事があると遅くすぎるものなのだろうか。秒針が進む速さはいつもと同じ筈なのに、どうしても時の刻みが遅いように感じてしまう。おそらく、気がせいてしまってそれが時の刻みのスピードを追い越してしまうのだろうが、誰もその事には気づかない。
―――リョーマ君、部活頑張ってるのかなあ
ベッドに仰向けになり天井を見つめながらぼんやりとは思った。まだまだ部活が終わるには時間がある。だが、やる事がないのでこうしてぼんやりと過ごすしかないのだった。
―――リョーマ君、コントローラ使ってくれると嬉しいなあ
一緒にゲームするときに使ってくれたらとてもうれしい。その際は是非ともそのコントローラを借りよう。の楽しみは絶頂に達したのだった。







「……人を呼びつけて何してるわけ?」
「ええ!」

突然越前の声がしたので、は間抜けな声を上げてしまった。しかも吃驚して飛び起きた所為で、危うくベッドから落ちそうになった。
けれども、何故越前がいきなり自分の目の前にいるのかわからない。だって、まだ三時前…

「寝てたよ、お前」
「えっ、寝てた…?」
「おばさんに勝手に上げれって言われて来てみたら、…暢気にお前、寝てた」

そう言えば、退屈なあまりベッドに寝転がっていたのだった。そしていつしか寝てしまったのだろう。は今更ながら乱れた髪の毛を整えると、言われた通り制服のままやってきた越前の前に立った。

「あー…えっ、えーっと…ど、どうしよっかなあ」
「どうしよっかなあ、じゃなくて、オレを呼びつけてたのはなんで・理由は?」

察している筈なのに、越前が理由を求めた。そんな事聞いて何になるのか、解ってるくせに!とは心の中で呟いた。けれども、口には出さず、代わりにコホンと一つ咳払いをして、「今日は、イブだよね?」と確認のため越前に問いかけると、越前は簡潔に頷いた。そして、ベッドの下に隠しておいたプレゼントの片方(小さい方)を手にとって

「はい、メリークリスマス」

ポトン、と小さな袋でラッピングされたそれを越前の手に乗せる。掌よりは少しだけ大きいソレを越前は黙って視線を落とした。
何か言おうとして口を開いた越前の言葉を遮って「それから!」と大きな声を出して

「今日、誕生日、だよね?」

とまたベッドの下から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。

「だから、クリスマスプレゼントとは別に…ハイ。おめでとう」

それは両手に乗せるのにちょうどいいサイズで、少し軽い。越前は少し驚きながらそれを受けとった。まさか、二つも貰えると思っていなかったのだろう。上下に振ると、かたんかたん、とそれらしき音がした。越前は箱と小さな袋を持ったまま少し黙り、じっと二つのプレゼントを見つめた。にお礼も言わず、じっと。

「あ、の……もしかして、気に入らなかった…?」

いつも以上に寡黙になってしまった越前に、ついにも不安を覚える。
恐る恐る尋ねる。その声は少し、震えていた。もしかしたら、余計なお世話だったかもしれない、と。
しかし、越前はそんなの問いに何も言わず、見つめていた二つのプレゼントから視線をに移すと、やはり無言での腕を取り、ドアを開け走り出した。

「えっちょ!リョーマ君っ?」

階段を駆け降りて玄関に来て、靴をはくのももどかしくてドアを蹴破りそうな勢いで外に飛び出した。
背中にの母親の声が届いたが、それでも越前は走るのを辞めなかった。コートも何も来てなかったし、走っているせいで冷え切った空気が頬に傷をつけるように滑った。「ねえ、リョーマ君!どうしたの、リョーマ君ったら」越前はやはり返事を返してくれなかった。
右手はの腕を掴み、左手はからのプレゼントを抱きしめて、ただ、走る。走る。吐く息が真っ白で、駆け抜ける二人の後ろへと流れていった。

「りょーま、く…ちょ、……待っ……て」

運動部に所属してなどいないはすでに息が切れ切れになっていて、喋るのもやっとになった。激しい呼吸の途中何とか言葉を絞り出すが、呼吸とのタイミングがずれてもっと苦しくなるだけだった。家を飛び出して越前の家の前を通りすぎずっと走って走って―――走り続けた。
暗い住宅街が終わって明るい商店街になり、商店街も終わると再び暗い道へと出た。人通りもなく暗い道には越前との呼吸音だけがこだまする。引っ張られているからなんとかついていっているものの、はもう限界だった。

「ちょ、りょー、ま、く…止まっ……て」

ぐいっと越前の腕を引き寄せると、ようやっと越前の足がゆっくりになった。それでも立ち止まることはない。
どこ行くの?と問い掛けるも、越前は黙っている。それでもは言葉を続けた。

「上着もきていないし、それにもう遅い時間だよ?」

時計は見なかったため正確な時間は解りかねるが、空はもう真っ暗だ。おそらく六時半…はたまた七時を回っているかもしれなかった。
ふと目の前を見ると、達が歩いているのは坂道だった。坂道というよりは少し小高い丘――そこはの家の近くにある公園で、散歩道のようになっているところを歩いているのだと気付く。

「ここ、おかのある公園だよね?」

暗くなってからこの公園へ来た事などない。あまり街灯が立っていないためとても暗く、女の子や子どもが歩くのは危険すぎるからだ。自身も危険だと思っていたし、親からも絶対遅くなってからは行くなと小さいころから良い聞かされていた。心配ごとがぶわっと頭の中をよぎる。慌てて越前の腕を引き寄せると

「ねえ、ここ二人だけで来るのは危ないよ、ねえリョー」
「――――少しは黙れないわけ?」

やっと口を開いた越前がにかけたのはそんな素っ気ない言葉だった。確かに先ほどからは喋りっぱなしだった。息が切れているのに良く喋るものだと越前は呆れながらため息をつく。
でも、リョーマ君。
ため息に対して文句を言ってやろう、と言うよりも、不安の方が強かったの口から出たのは何とも頼りなげな声だった。
そんな声に、越前は少しだけ罪悪感を感じたのか…先ほどよりも柔らかな口調で

「いいから、黙ってついて来て。…すぐ、つくからさ」

黙って色と言われたので、は素直に口を閉じた。優しい声色だった、と言うのが一番関係したと思う。
それから二人は黙々と坂道を歩いた。時々立っている外灯の下を通る度に越前の横顔をちらりと盗み見る。
ずっと前しか見ていない――それはがあまり見た事のない、越前の表情だった。

すると、突然くらい道を歩いていたの目の前に、ぱっと明るい光が広がった。と越前は丘の頂上に立ったのだ。「あっ」一瞬あまりの眩しさには思わず目をつぶってしまった。そっと瞼を開けてみると、小高い丘の下には煌めく光が海のようにいっぱいに色がっていた。
オレンジ色の光は大通りの街頭だ。赤と白が混じった丸井光は車のバックライトだろうか。青や黄色の光が点滅しているあたりは商店街かもしれない。

「綺麗…」

とにかく、その言葉しかしっくりくるものが、なかった。ほうっと、吐いた息が白く消えていく。

「……オレからも、プレゼント」

越前がゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「ここ、オレの好きな場所なんだ。誰にも見せた事ないけど…お前なら、…良い」
「え?」
「今のオレはただのガキで…宝石なんか変えないけど、宝石と同じくらい綺麗なもんはあげられるから」

の腕を掴んでいた越前の手が、今度はの手を強く握った。越前の手は冷たかった。

「…うわ、…キザー」

は越前の手をにぎり返した。眼下に広がる最高の贈り物を瞳に映しながら。「ありがとう、リョーマ君」呟いた、台詞と共に、頬に一筋涙が伝った。
オレも、プレゼントさんきゅ。と。まさか二つも用意されているとは思わなかった。と越前が、いつものニヒルな笑みとは違い、優しい笑みを浮かべた。

「リョーマ君の手、冷たいねえ」
「お前の手もね。そっか…ごめん、オレが防寒なしで連れだしたんだもんね」

そこでようやく自分達はコートもマフラーも手袋も何一つない事に気付いたようだった。
罰が悪そうに越前はを見つめると、は鼻の頭を真っ赤にしながらにかっと笑った。

「いいよお。こんな凄いプレゼントもらえたんだもん。寒さなんか―――」

へっちゃら。その言葉は呑みこまれた。越前がの事を強く抱きしめたからだ。すっかり冷たくなった黒い学生服がの頬に当たった。

「これで寒くない?」

耳元に越前の吐息がかかった。とても温かいと感じられる。
瞬間、遠くで聞こえる街のざわめきが一瞬にして消えた。耳が越前の声以外の音を受け付けなくなってしまったかのように。

「―――好き。お前の…事が」





― Fin





後書
クリスマス、すぎてしまったけど、めりーくりすますー。andハッピーバースデーリョマたん。毎回あたしが越前をかくとマセガキになります。今回注目なのは、名前です。今まではお前しか呼んでないリョマに、告白シーンのみ主人公の名前を呼ばせたかった。名前って、やっぱり特別だと思います。
2011/12/31