ふたりぼっち。

20060221 切原赤也

繋がってる、手と手。あたしと貴方はふたりぼっち。

例えば、明日、世界が滅亡するとか。
例えば、明日、不治の病にかかって、死の宣告されるとか。
例えば、明日、交通事故で死んじゃうとか。
色々考えたら、きりがないけど”ずっと続く未来”なんて必ずありはしなくって。もしかしたらこのまま布団に入って目を瞑ったら、明日目が覚めないかもしれない。突然泥棒とか凶悪犯がウチに入ってきて人生が大きく狂うかも。そんなことを思うときがある。
「時々、凄いこと考えるよな」
そう言ったのは大好きな貴方。呆れたようなでもどこか優しい笑顔でははっと笑う。でもね誰しも一度は考えたことがあるはず。絶対あたしだけじゃないはず。
「赤也くんは、そう考えたことないの?」
問いかければ、貴方は一瞬ポカン、とだらしなく口を開けた。それから、ふ、っと笑って。答えは「ナイ」と。
だけじゃね?そう思うの」
言いながら、貴方はあたしの頭を撫でる。まるで、何処かの小さな子どもをなだめるような仕草に、同い年なのに。と言う子ども扱いされたことに対しての反発と。撫でてくれる優しい手の温もりの安堵とが、あたしの中を占める。大半は安堵のほうが高いから、結局されるがままになるんだけど。撫でられながら
「そんなことないもん」
と反論すれば赤也くんはまた大人びたように笑うから何だかちょっと悲しくなる。いや悲しくなるって言うのだと語弊がありそうだけど。
多分、一人、置いてかれたような気になるんだ。
いつも一緒に歩いた。いつだって、隣にいてくれたから。だから赤也くん一人だけが前を進んでいってしまうことにとてつもない恐怖を感じる。
「…その笑顔、嫌い」
ポツリと呟くように愚痴れば赤也くんの顔から笑顔が消える。不思議そうな表情を作ってから、最後に見える表情は不満そうな顔。
「んだよ、それ」
不機嫌そうな声が聞こえる。でも、あたしは撤回はしたくない。少しぶうたれた表情を浮かべて、言葉を続けた。
「何だか赤也くんが大人になったみたいで、嫌い」
今度はわかりやすく。これで少しは貴方にも伝わった?同様に、貴方なしじゃいられない自分に嫌気が差す。いつか、貴方はあたしから離れて行っちゃうんじゃないか。この、優しく撫でてくれる手が、いつかなくなってしまうんじゃないか。他の誰かを好きになって、別れを切り出されるんじゃないか。……マイナス思考はダメなのに。そう思ってしまっても、考えは早々変えられるものでもなくて。
「何言ってんだよ」
思わず泣きそうになってしまった。そうすれば呆れたような赤也くんの声色。それからさっきまで優しく撫でてくれてた手が、乱暴にあたしの頭を掻いた。がしがしっと音がするくらい乱雑に扱われて、髪の毛が凄い勢いで乱れた。
「…っ…もう!」
見事あたしの頭は鳥の巣状態。鏡でわざわざ確認しなくてもわかった。
「赤也くんも笑わないでよ!」
怒って言えば、ひっきりなしに笑ってる赤也くんの姿。はっきり言って自分は全然笑えない。だけどこの時間がとても大切に思う。
「考えすぎなんだよ、馬ァ鹿」
ひとしきり笑ったあと一言。その一言にあたしはぽかんと言葉を失った。それでもすぐに言葉の意味を理解して、言葉を紡ぐ。
「それでも…不安になる、んだよ」
ポツリと呟けば赤也くんは少し眉を寄せた。それから小さくため息を吐く音が聞こえる。そして、少しの沈黙の後。
「不安になること、ねえじゃん」
安心するように、繋がれた手。俯いたままからの視界からははっきりと見えるそれに、下唇をかみ締める。あったかい温度が、大丈夫だよ、って。安心していいよ、って言ってくれてるみたいだ。
「…だって、俺はが好きで、も俺を好きなんだからさ」
顔を見上げれば、少し照れたみたいで頬を紅くする赤也くんの姿。へへ、と照れ隠しに鼻を一掻きして。わざとあたしから視線を背ける。
「……相思相愛ってやつですか?」
嬉しくなって緩む口元を悟られないように、至極平然と口に出せば。
「そうそ」
同意してくれた、赤也くん。繋いでくれた赤也くんの手が、一層強くあたしの手を握ったように感じた。
あたしと貴方は。

"ふたりぼっち。"

今までも、そしてこれからも。……ずっと一緒にいたいと願う。

フトシタシュンカン

20050103 切原赤也

「ふわあ……」
誰もいない屋上。は床に大の字に寝っ転がると欠伸を漏らした。そのせいで反射的に涙が目に溜まりはそれを人差し指で拭う。それからゴロンと寝返りをうった。
……何もする気が起きない。
はそんなことを思いながら太陽を見つめた。さんさんと照り付けるそれに、は思わず目を細める。それから手をおでこの辺りにやって、尚も太陽を見つめていた。
「……これは、ダメ人間、って奴かな」
はフッと自嘲気味に笑うと、瞳を閉じる。
「なぁにがダメ人間って奴かな。だよ」
独り言で呟いたはずなのに何故か返答が返って来た。は怪訝そうに閉じていた瞼を開ける。「切原君…」が目を開けて視界に飛び込んできたのは切原だった。切原は呆れ顔でを見て少し笑うと”よっ”と言いながらの隣りに腰掛ける。は一連の動作を寝転んだ体勢のまま見やって溜め息をつく。切原は腰掛けた状態でを見下ろした。
「暗いな、どうしたんだよ?」
「別に何にもないよ」
は不思議そうに見つめてくる瞳から逃げるように寝返りを打つ。これで切原の表情は見えない。はふぅ、と息をついた。するとにそっぽを向かれたのと息を吐くのとを、良く思わなかったのか切原は眉を潜めた。怪訝そうな表情を浮かべる。
「何が"何にもない"だよ。何もなかったら溜め息つかねぇだろ」
切原は溜め息をついてやれやれ、なんて言葉を続ける。しかし、本当に何もないのだ。
「何もないから、溜め息が漏れるんだよ」
そう、何もないから、なのだ。いや違う。強いて言うなら何かあるのだろうが、何もやる気がなくて何も行動を起こさないからだろう。そんなことを頭の中でぼんやり考えながらは空を見上げた。自分自身と違って綺麗に晴れ渡った青色を見て何だかやるせない気持ちになる。それが何故なのかは、わからないのだが。
「切原君にはわかんないよ」
ポツリとつぶやいてはうっすらと開けていた目を瞼で覆うように閉じた。視界が完全に遮断された中で、感じるのは二つ。肌に当たる少しヒンヤリとした風の感触。そして切原の息を吐く音。
「……なんかね」
目を瞑ったまま、は言葉を紡ぐ。
「こうして、何もないのが平和なのかもしれないけど……それじゃあ物足りない、っていうか。そうじゃなくて、平和の中にも、何かあって欲しい、っていうか。でも喧嘩とか言い争いとか、戦争とかそんなの繰り広げて欲しいわけじゃなくて。でも、刺激が、欲しくて」
たとえば今。何でもない1日で。天気は快晴で。お日様とかめちゃくちゃ眩しくて。思わず目を細めてしまう。そうして少し冷たい風が自分の身体に当たる。心地いいんだけど。何かが違うのだ。
「……ふーん」
「……切原君、わかってないでしょ」
興味がなさそうな…つまらなそうな声を耳にしては目を瞑ったまま眉をひそめて文句を言った。そうすれば切原はたははと笑う。の言ったようにわかっていなかったようだ。でもはそれでもいいと思った。というか自分も言っていてわかってないのだから。でも感覚的に思うこと。そしてちょっとしたときそんなことを思うのだ。
「毎日同じじゃ退屈なんだろ?」
「…うん。多分。そうなんだと思う。でも、それなら自分で行動起こさなくちゃ何も変わらない」
それはわかってるんだ。とは呟いた。目を瞑っていても太陽の日差しが少し眩しい。は右手の甲で両目を隠してはあとため息をつく。
「騒動が起きると、嫌になって逃げ出すくせに。平和じゃ嫌なんて。我侭で勝手だけど」
そして、フッと自嘲気味に笑う。切原は何も言わなかった。だからと言っても、切原の意見を聞こうとか聞いてるの?って問いただすことはしない。切原が聞いてくれてるならそれだけで良かったからだろう。はそう感じて、口元に笑みを零した。

あれからどのくらいかして沈黙が周りを制して暫くしては閉じていた瞼をそっと開けた。そのままの体勢で目だけを動かす。そして、は訝しげに顔をひそめた。聞こえるのは、寝息。時折むにゃむにゃとワケのわからないことを口走って、切原は寝ていた。幸せそうな寝顔には呆れたように息をつく。そして、よっこいしょ。と体を起こした時、体の上に乗っていたそれが落ちた。は落ちたそれを掴む。それとは切原の上着だった。それを証拠に良く見れば、切原は上着を着てない。
「……自分が寒いじゃん」
そう愚痴を零して。文句を言って。それをもう一度見る。愚痴を零しながらも、文句を言いながらも、笑みがこぼれた。嬉しいと思った。
「切原君、切原君」
そうして切原の名前を呼んで切原を起こす。すると切原はうあ?ってまだ寝ぼけたような声を出して起き上がった。それからは手に持っていた上着を切原に手渡す。
「ありがとう」
素っ気無くお礼を言うと切原はおお、と頷いてそれを着始める。のろのろとした手つきに、ああまだ寝ぼけてるんだなとは思った。同時にあのまま寝かせてあげれば良かったかもしれない。と後悔もする。
「……で、俺は考えてたんだけど」
それから、切原が話し始めるものだから、は切原を見た。何を考えていたのか?寝ていただけじゃないのか?そんな考えが過ぎったが、はあえて何も言いはしなかった。
「俺も、ある。そーゆー感情?何もする気が起きないときとか、ある。けど、なんつーか。そんな時さ、無理になんかしなくて良いんじゃねーの?そりゃ、しなくちゃって思う気持ち、あるけど。だけどやる気も無くて目標もないとき、何かやったって絶対上手くいかねーし。余計、駄目だーって、自己嫌悪になるっつーか」
良くわかんねーけど。と、切原は一端区切って。頭を乱暴にがしゃがしゃと掻いた。
「だーもう!つまりはー、俺は自分らしくいれば良いって言うか。自然の流れに沿えば良いんじゃねーのってこと!」
たとえばさっきみたいに何にも考えないで寝るとかな!そこまで言われては理解する。ああ励ましてくれてるんだと。自分のつまらない考えを必死に考えてくれたんだと。また笑みがこぼれた。言ってることはぐちゃぐちゃだし、良く解らない感じだけれど…その厚意が嬉しい。
「……そうだね……」
「そうだよ」
の言葉に、力強く切原は頷いて見せると、と同じくして笑った。はそんな切原を見て、今までのつっかえが少しだけ楽になったのを感じた。
「ありがとう、切原君」