負けるな!恋する乙女
20041223 丸井ブン太
あなたは、いつもそう。たった一言で、私の心を鷲づかみにしちゃうんだ。それがとっても悔しい。
いつもいつも思うことがある。丸井にとって私ってなんなのかって。多分こんなこと言ったらアイツは「大事な友達だろぃ?」って笑顔で答えるに違いない。それも満面の笑みで。悪い意味なんかないって笑顔で。そういうやつだって、わかってる。まあ、それは当たりだけど。違いはしないけど。それでも、察して欲しいっていうのが乙女心というやつでして。やっぱり好きな人の1番になりたいって思うわけでして。特別になりたいって思っちゃうわけでして。それなのにアイツはちっとも気づかない。
「…最悪」
そして、今日も、玉砕。遠まわしすぎる私にも問題あるのかもしれないけど。でも、絶対丸井のほうが大いに問題あると思う。
「私、丸井のこと、好きだなー」
ポロっと、さり気なく言った言葉。ドキドキしながら丸井の方を見やれば、ポカンとした間抜け顔。それから少し照れたように後頭部に手を回して。「何言ってんだよ は、急に!んなのわかってるって!」って、笑うんだ。……ちっとも分かってないじゃないか。ってツッコミたくなる。そして、空しくなって、その先が言えないんだ。でも、何もこれが初めてじゃない。一番初めは、私が丸井のこと、好きだって気づいた年の、十二月。勿論、クリスマス一緒に居たくって、勇気を振り絞ってデートに誘ったことを覚えてる。
「オッケ!俺実は暇なんだよな〜……で、誰がくんの?」
それから、めげずに迎えた大晦日。これまた勇気を振り絞って。電話の前で何度も深呼吸して。そして、押したボタン。トゥルルって鳴る音が妙に私を緊張の渦へと巻き込んでいったことを覚えてる。そして、受話器越しに聞こえた丸井の返事。
「おお!俺も誘おうと思ってたんだよ!クラスのみんながさ」
それでもめげずに、勇気を出したのは、二月のバレンタインデー。遅くまでかかったお菓子作り。綺麗に頑張ってラッピングしたチョコレートケーキ。
高鳴る想いを胸に、学校へと向かった。そして、丸井を呼び出して。真っ赤になりながら、手渡したチョコ。
「さんきゅー!から貰えるなんて思わなかったぜ!あ、さては来月のお返しが目的だろぃ?」
それでも、それでも好きだったから、今度は三年になってから迎えた丸井の誕生日。最近欲しがってた丸井のテニス用品を選びに選んで贈った。だけど……
「うわっ!俺も昨日これ買っちまった!」
…こんな調子で、一向にヤツとの関係は変わらない。大体、もし貰ったものがもう持ってたとしても、言わないで置くのが筋ってものじゃないだろうか?もう少し、感謝の気持ちと言うか……。だけどきっと丸井がそんなやつだったら、私はきっとアイツを好きになってない。と、まあそんなこんなで、私の想いは丸井に伝わることなく過ぎていってるのだ。さすがにポジティブ思考な私でも、凹むもので。
「……もう、諦め時って、ヤツかな…」
言葉になるのは、あまりにも弱気な言葉。でも、そんな愚痴を零したくなるくらい、アイツは私の想いを踏みにじるのだ。これで悪気が無いっていうんだから腹が立つ。
「お、 〜!」
不意に、呼ばれて私はくるんと振り返った。目の前にいたのは丸井。予想していた人物だっただけに、私は呆れたように乾いた笑いを浮かべた。そしたら、丸井もにっかりと笑って。きっと、コイツは私のこの笑顔の意味を知らないんだろう。
「どうしたの?」
そう、問えば、丸井は、んーって困ったように頬を掻いて。空を見上げて宙に視線を投げる。
「いや、なんか、元気ねーカンジしたから」
どうしたんだって思ってよ。って私を見る。なんでコイツはいつも気づかないでへらへら笑ってるクセに。…なんで、こういうときだけは、鋭いんだろう?
「別に、何にもないし」
「はい、嘘ー!俺と 、どんくらい長い付き合いだと思ってんだ?分かるっつーの!」
そう言って強がってみせるけどすぐに丸井は否定してみせてそれからちょっと厳しい顔したりして…でも相も変わらずガムをくちゃくちゃさせて膨らませて割ってそれの繰り返しで。
「……なんか、あったんだろぃ?」
なんて心配そうな表情でちょっと腰を屈めて私の顔を覗き込んで。
「別に。ただいくらアプローチしても好きな人が気づいてくれないから諦めようかなって思ってただけだよ」
ぐっと唇を噛み締めて涙腺がゆるくなるのを感じてそれをとめようと必死に堪えて…。ああ情けない。こんなこと言ったって丸井は気づいてもくれないのに。
「やめんなって。諦めたら、それで終わりなんだぞ?」
次の瞬間にポンって頭に手が乗っかってくしゃって優しく撫でてその手と同じくらいに優しい声音で、丸井は言った。
「大丈夫だって。 なら!こーんないいヤツなんだからさ!俺のお墨付きだぜぃ?」
そうして、にかって笑うんだ。
何にもわかってないクセに。私が言ってる"好きな人"が、自分だって。"丸井ブン太"だってこと、ちっとも気づいてないクセに。本当、馬鹿馬鹿しくて呆れちゃう。
ああ、どうして、コイツは、こんなにも。私の決心を鈍らせるのか。
ああ、どうして、コイツは、こうやって。私の心をまた、一気に鷲づかみにしちゃうのか。
「……だから、頑張れ?」
なあにが、頑張れ、よ。人の気も知らないで。そうやって、無邪気に笑って。
「……そうだね、すっごい、鈍感だけど、やっぱり、好き、だから。だから、頑張るね。何年かかるかわかんないけどさ」
それでも、その笑顔に。その言葉に。また、頑張ろうって思えるんだ。今年のクリスマスには、想いが伝わるといいな。なんて考えながら。
「だから…覚悟しとけよ!」
指で銃の形を作って、バーンって人差し指をむけたら、目をまんまるくさせる丸井の姿が目に入った。
まんまるお月様
20041023 丸井ブン太
国語の時間新しく入った小説。ぼんやりとした頭で教科書を音読する生徒と一緒に、その文章に目を通す。
「……お月見かあ……」
ポツリと呟く独り言。でもその声は前の住人には届いたらしく「んあ?」と言う声と共に、先ほどまで見えていた後頭部がくるりと入れ替わりを果たした。振り返えられて、あたしは前のめりに座り、不思議そうに見ている相手に向かってちょいちょいと手招きする。すると意図を分かってくれたのか、あっちも出来る限り椅子を後ろに下げて、左腕を私の机に置いた。
「なんだよ、急に」
「いや、なんかお月見の話が書いてあるから」
お月見したくなったの。と小声で言うと、彼はそっか?と教科書を片手に持ち、眉を寄せる。怪訝そうに教科書を見る彼に、思わず吹き出しそうになった。でもなんとかそれを食い止めて、先生がこっちを見てないことを確認して、また小声で返す。
「ねっブンちゃん、お月見しない?」
未だに教科書と睨めっこしているブンちゃんにあたしが言ったのはそれだ。提案するとブンちゃんは一瞬きょとんとして、それから今度はあたしに向けて怪訝そうな顔をした。あたしはくすくすとできるだけ声を押し殺して笑う。するとブンちゃんからのチョップ。「何笑ってんだ」って言いながらのチョップは本気じゃないお陰で委託なんかなかった。それでも冗談っぽく「痛いよ〜」とチョップされたおでこ辺りを冗談っぽくさする仕草をすれば、ブンちゃんはふふんと笑った。
「が笑うからだろぃ」
自分は悪くないとでも言いたげな口振りに、また笑い出しそうになる。あたしは笑いを堪えながらまた小声で呟いた。
「ねえブンちゃんしようよ、お月見」
「やーだよ、大体なんで俺なんだよ?」
「だって、ブンちゃんとだったら面白そうだもん」
それにお月見って言ったらお団子が食べれるよっ、と人差し指を立てた。食べ物でつるなんて卑怯な行為だってわかってるけどブンちゃんとお月見したい。というのが本音だ。―――するとあたしの必死の甲斐あってかめんどくせえよ。と言った風だったブンちゃんの顔つきが、一気に変化する。
「団子?」
…やっぱりと言うか何というかブンちゃんはその言葉に反応を示した。よし!とあたしは気付かれないように手を握る。あと一押し。あたしはブンちゃんの言葉に頷きながらちらりと先生の方を一瞥する。……まだ、大丈夫なようだった。教師は教えに熱中していてあたしたちの私語に気づいていない。
「そっ!絶対楽しいよ!だからさ〜、ね?しようよ?」
ブンちゃんは悩んでいるようだった。今きっとブンちゃんの脳内では団子とテニスが戦っているんだろう。あたしはそう考えると何だかとっても可笑しくなって、国語の教科書をトントンと人差し指で叩いた。……催促だ。ブンちゃんもその意図に気づいている。ちらっとあたしの指を見たのが揺ぎ無い証拠だ。
「はっきり決めなよ、男でしょ」
「うぅ〜〜ん…」
あたしとしては来てほしい。ぶっちゃけていっちゃえば、お月見なんてあんまり興味もない。かといって、ブンちゃんみたいに、団子が食べたいわけじゃない。ただあたしはブンちゃんと長く一緒にいたいだけなのだ。プライベートの時間…ちょっとの間だけでもいいからブンちゃんといたい。それが本心なのだ。
「……ブンちゃんはあたしとじゃヤなの?」
なかなか決断をしないブンちゃんにだんだんと募る怒り。あたしは口を尖らせて、ブンちゃんを恨めしそうに見やった。そしたら、ブンちゃんは慌てて、否定をする。
「嫌じゃねーんだけど……でも2人で?」
2人で月見って味気なくね?とポリポリ頬を掻く。そして閃いたように手をポンっと叩いた。
「そうじゃん、仁王とかも誘ってみんなで行こうぜ?どう、俺って天才的?」
「……馬鹿」
女心のわからないヤツ。いやまあこいつにそれを求めるほうも求めるほうだけれど…。何せ好きな女の子のタイプを前に聞いたら『お菓子くれる子!最高じゃん!』と、当たり前だろぃ?って顔で言われたくらいだし。きっとこいつはあたしが自分のこと好きだなんて微塵にも思っていないんだろう。あたしはそう思うとなんだか情けなくて、机に突っ伏した。
「お〜い、?」
「……何よぅ」
いきなり机に伏せるものだからブンちゃんが不思議そうにあたしを呼ぶ。あたしは目だけ上げて、一言言うとブンちゃんはにぱっと笑った。そして小声で言葉を続ける。その声はどこか嬉しそうだ。
「よし、行こうぜ!みんなで、お月見大会」
いつの間に大会になったんだ。あたしはツッコミたいのを我慢して、顔をしかめた。あたしの好きな人は、鈍感で。恋愛の"れ"の字も感じられないチョーお子様。だけどね、試合中に見せる、あの華麗なプレーや真剣な瞳。ギャップに惚れたんだと、思う。ぷく〜っと大好きな風船ガムを膨らませて笑うその姿は、子どもっぽいのに、目が放せない。ブンちゃんは人が自分を放っておけなくさせる何かを持ってる人だと思う。得なタイプの人間だと思う。捕まえられそうで、実は難しい。捕まえたと思っても、離したらどっかへ言っちゃいそうな、そんな風船のような人。そして、誰にも親しみやすさを感じさせるんだけど、なかなか心に触れない。つかみ所のないところは、どことなくお月様にも似てるような気がする。
「……わかった、いいよ」
本当は2人で行きたいけど……納得はいかないけど、でもいいんだ。今年のお月見は2人じゃなくて。でもいつか…―――出来れば来年のお月見は、絶対2人で行ってやるから。今日のところはあたしの負け。でも、負けのままなんて絶対嫌だから。だから覚悟してろよ、鈍感男!
お月様に願いを込めて(上の続き)
20041023 丸井ブン太
まあるいまあるいお月様。黄色い黄色いお月様。回りを彩る紺色カーテンや、小さなお星様達に見守られ、今日も一段と綺麗に輝くのです。
「……なんでこんなことに……」
「何ブツブツ言ってんだよ」
突然決まったお月見パーティー。それが始まったあたしは今目に見える光景に、思わずへたりこんだ。横で、なんだ?とブンちゃんがあたしを見る。あたしはブンちゃんを一瞥すると立ち上がった。急に立ち上がったものだからブンちゃんは、うおっ、と声を漏らして一歩後退する。
「……なんなの、これっ」
今にも頭から角が出るんじゃ……と周りに思わせるくらい怒りを露にしてその方向を指差す。するとブンちゃんはきょとんと首をかしげてみせる。多分言われた意味が良くわかってないんだろう。あたしはもっとわかりやすく説明しようと口を開く。
「だからなんでテニス部メンバー全員呼ぶのよ!!」
確かにあたしはテニス部レギュラーである仁王も呼んで良いと言った。2人じゃなくても良いと我慢も覚えた。だけど、だけどだけど…これではまるで。
「あたしがおまけみたいじゃん!」
そうこれじゃあたしがおまけだ。テニス部の行事に無理やりくっついて来たみたいな。お邪魔虫のような。疎外感を感じてしまうのだ。
「おいおい!溜め息つくなって!」
お前が企画したんだろぃ!と続けると、バシンとあたしの背中を叩いた。あたしははは……と乾いた笑みを浮かべる。するとブンちゃんは後輩に呼ばれ言ってしまう。
「……あたし独りぼっちじゃん」
ブンちゃんがいなくなって、一人になる。すると本当にだんだんと寂しくなってきて、あたしは近くの石段に腰掛けた。こんなことなら提案するんじゃなかった。と心の中で後悔する。そして溜め息を一つ突いた。
「こーら!。良いわかもんがなぁにを溜め息ついとる?」
声を掛けられて上を見上げた。仁王だった。あたしはがっくりとうな垂れて仁王の名前を呼ぶ。すると仁王は仕方ないと言ったように頬をポリポリと掻いた後、あたしの隣りに腰掛けた。
「どうしたん?元気が無さそうだのう」
「別に」
別にとは言ったもののあからさまに態度に出していたあたしは、すぐに仁王に嘘吐くな、とでこピンをくらった。ビコン、と良い音を立てて思いっきりあたしのおでこをはじく。
「ちょっ……仁王痛いよ!?」
―――思いの外、仁王のでこピンは痛かった。「うご!」とダメージを受けたあたしは全く可愛らしくない声をあげてでこピンを受けたおでこをさする。
「そげん顔して、別になわけなかろ?はよう言いんしゃい」
それで今度は頭にポンっと手を置く。あたしはそんな仁王をじっと見つめた後、深いため息を落としてポツポツと呟いた。それは、ずっと思っていたことだ。楽しそうに笑っているブンちゃんを見つめ小さく喋る。
「ただ、淋しいって思っただけ。テニス部のみんなと、楽しそうに笑ってるブンちゃんとか、見ると、さ…」
そう考えたら、ちょっとしんみりしただけだよ。そう、なんだかブンちゃんが、遠くに行ったみたいで。まるで、本当のお月様のように、キラキラと輝いて。あたしの手の届かないところに行ってしまったみたいで。―――つい、感傷に浸ってしまったんだ。
「……丸井に言ったら、きっと喜ぶじゃろうな」
「は?」
ボソリ、と呟かれた仁王の言葉。あたしはよく聞き取れなくて仁王に聞き返す。けれども仁王はなんでもない、と手を横に振るだけだ。あたしは小首を傾げた。教える期は無いようだ。こうなった仁王は、もう無理だということをあたしは短い付き合いの中で知っている。絶対に教えてくれはしないだろう。あたしは諦めて、そう、と短く返した。
「おぉーい!〜!」
不意に、ブンちゃんがあたしを呼ぶ声が耳に届いた。あたしは声のした方向を見やると、にかっと笑うブンちゃんの姿。先ほどまで一緒にいた男の子――後輩――は横の方で、同じく笑っている。呼ばれたのなら行かねばならない。だってあたしはブンちゃんの事、好きなんだから。好きな人に呼ばれて、行かないなんて選択肢は無いでしょう?あたしは重い腰を上げて、仁王に一言言うと、その場を離れ、ブンちゃんの元に駆け寄った。
「何?」
「いーや、意味はねんだけど」
「なら、呼ばないでよ。座ってたかったのに」
嘘だった。本当は用がなくても、呼ばれたことがとっても嬉しかった。ブンちゃんの横にくることが出来て、嬉しかったんだ。でも、あたしは可愛げのない言葉をブンちゃんに送ると、照れ隠しのために顔を横に向けた。すると、大きな手が頭に振ってくる。と同時に、「おっまえな〜!」そう言って、ブンちゃんは呆れたように笑った。
お月見大会も、もう暗くなりすぎてしまったので、これにてお開きとなった。各々が楽しかった、面白かったと口々に言葉を交わす。「じゃ、先輩たち、俺こっちなんで」と、一番初めに言ったのは、ブンちゃんと一緒にいた、あの後輩。後になって知ったのだが、どうやら、ウチの学校でテニス部2年のエース。と有名だったらしい。あたしは切原君にばいばい、と手を振った。それに気づいて、切原君がにかっと笑って、手を振り返す。
「じゃあ、あたしも帰るね!今日は本当楽しかった!」
「あ、さん」
一通り言葉を並べると、不意に名前を呼ばれた。あたしはん?と首を傾げる。振り返ると、そこに居たのは柳生君だった。そうして、柳生君に何?と問うと、あたしは次の柳生君の言葉に慌てるのだ。
「送ります。もう遅いですから」
「えぇ!?い、良いよ!!てか、良いよ!」
そんなに親しくもない人に送ってもらうなんて、悪い。あたしはそう口早に言うとぶんぶんと手を振った。それでも柳生君は引かない。するとそれを遮ったのは。
「大丈夫、大丈夫!俺が送るから」
「しかし……」
ブンちゃんだった。ブンちゃんはいいからいいから、と柳生君の肩をポンポン叩くと、ぷくぅとガムを膨らませる。あたしはと言うと行きなりのことに頭がついていかず、二人の会話を呆気にとられて聞いていた。それからぼんやりと交互に二人を見る。
「では、丸井君、きちんとさんを送るのですよ」
「任せろぃ!」
そして、結論は出たようだった。柳生君は一度小さく息を吐くと、ブンちゃんに強く言う。ブンちゃんは柳生君の言葉に面倒臭そうに何度も頷く。そして未だ状況がわかっていないあたしの手を取って声を上げた。
「んじゃまた明日〜!」
そう言って歩き出す。勿論あたしと手を繋いだままだ。ぐいぐいと引っ張られて、引きずられる形。それからちょっと歩いて足を止めた。目の前にはあたしの自転車。それにブンちゃんは跨るとポンポンと後ろを叩く。あたしはちょっと躊躇ったあと、そこに座った。
「お、重いんだからね?」
「そんなヤワじゃねぇって」
一言忠告して、ブンちゃんの制服を軽く握る。足がぷらーんと宙を漂う。ブンちゃんはあたしが乗ったのを確認すると、よっし!と掛け声をかけて、自転車をこぎ始めた。―――ゆっくりと、自転車が前に進む。風がそよそよと顔にかかる。あたしは髪の毛を耳にかけて、ブンちゃんを見た。
「ねえ…」
「んあ?」
「なんで、あたしを送ってくれるって柳生君に言ったの?」
それは気になったことだった。あの、めんどくさがりのブンちゃんが。あの、自分の利益にしか興味のない、ブンちゃんが!そんな一面を知ってるあたしにとっては、今回のブンちゃんの行動は全てが謎だった。
「それは……」
言って、ブンちゃんが少しだけ目線をこっちに向ける。目が合った。ブンちゃんは再度口を開いたけれども、すぐにその口を閉じる。
「今日は月見大会だろぃ!」
「う?うん、そうだね?」
だからなんだって言うんだろう?あたしは前を向いてしまったブンちゃんの言葉に返しつつも、やっぱり頭の中は疑問ばかり募っていた。するとブンちゃんが更に言葉を続ける。「なのに、団子食えなかっただろぃ?」その一言で思い出す、授業中の言葉を。
『それに、お月見って言ったら、お団子が食べれるよっ』
そういえば、あたしが言ったんだ。お団子が食べられるって。でも、実際は食べられなかったのだ。お月見大会といっても、形だけで、しかも突発的に考えたものだから。もう月見の季節なんて、とうに過ぎ去ってしまっていたから。
「でも、うち、用意してないよ?」
「だーかーら!」
なんでわかんねんだ!とちょっとむしゃくしゃしたようにブンちゃんはガムを膨らませる。大きくしすぎたのか、その風船はパァンと音を立ててわれた。
「これから、ローソン行くんだよ!団子も良いけど、俺今肉まん食いて」
「あ、良いね!それ!!あたしも食べたい」
すると、ブンちゃんはお腹をさすって、お腹がすいたという意味を表す。あたしはその言葉に賛成の意を表すと、片手を上げた。風が心地よい。あたしはぶんぶんと上に上げた手を振ると、もう片方の手でブンちゃんの制服をぎゅっと強く握った。
「んじゃ、ローソン直行〜!」
「あ、肉まんはのオゴリで、シクヨロ!」
「ええっ!?ブンちゃんのオゴリでしょ!!」
そうブツブツ文句をいって、あたしはブンちゃんの背中におでこを押し当てた。とても広くて、それでとってもあったかい。ブンちゃんの体温が伝わってきた。ブンちゃんの声が耳に響く。心地よくて、あたしはローソンにつくまで瞳を閉じていた。