今年も、あと少しで終わる。
今年の冬は、いつもと違う。
それは―――。
「今年ももうちょっとだね」
白いジャケットを着て、はあ、って小さく息を吐いて、彼女は笑った。外の風が寒いのか、頬が朱色に染まっている。僕はそうだねって笑い返すと、ベンチから立ち上がる。すると、彼女はきょとんとして不思議そうな瞳で僕を見上げた。
「どうしたの?」
「ん?ちょっと待ってて」
僕は返事を返さずにただ笑うと、小走りした。彼女の声が聞こえる。どこ行くの?とかなんで走るの?って。でも僕はやっぱり何も答えずにただ、進む。そうして、近くの自販機までやってきた。そこで、止まると、ポケットから財布を取り出して、小銭をコイン入れにいれた。
「えっと」
確か、彼女はコーヒーとか苦いものが苦手だって言ってた。そんなことを思い出して、あたたか〜いとかかれている場所の一点を押した。ガコンって音を立てながら、取り出し口に落ちてくるそれを取る。あたたか〜いと書かれているだけあって、温かい。僕はもう一度小銭を入れて、もう一度同じ奴を押した。
「よし」
そうして、同じように取り出して、彼女の待っているであろうベンチに小走りで駆け寄る。すると、彼女の姿が目に映った。酷くそれが小さく見えて、僕は走る速度をほんの少し上げる。すると、彼女は気づいたようだった。タッタッタって言う効果音が似合うその足取りで僕のところまで来て、止まる。
「どこ行ってたの?置いてかれちゃったかと思った!」
そうして、不服そうに僕を睨んだ。僕は苦笑いして、謝る。そう言えば、置いていかれるの嫌いだったなって、思いながら。そうしてポケットにしまっていた飲み物を取り出して、彼女の頬に押し当てた。
「ひゃっ!」
「くすっ、吃驚した?」
そう言って、僕は頬からそれを離すと、彼女に手渡した。彼女は不思議そうにそれを見つめたあと、僕を見つめる。……一瞬、鼓動が早くなる。
「紅茶?」
「そ、ストレートだけど」
もしかして、これを買いに行ってくれたの?って首を傾げる。僕はそれを肯定した。すると、彼女はまた不服そうに口を尖らせる。
「もう、周ちゃんはっ!それならそうと言ってくれればいいじゃない!」
「ごめんね?」
「へへっ、でもありがとっ!」
寒かったから、丁度いいって、今度は笑う。コロコロと変わる彼女の表情は本当に見ていて飽きない。一瞬一瞬違うそれに、ドキドキして、ハラハラする。僕らはまたベンチに座った。
「じゃあ、乾杯ね!」
「うん」
そう言って、彼女は紅茶の缶を顔の辺りくらいまで上げて、僕に向ける。僕も同じようにした。すると、ううん、って小さく考えて、またにこって笑う。
「えぇっと、それじゃあ……今年一年有難う御座いました!いっぱい色んなことあったけど、来年もまた1年よろしくね!」
「勿論」
「かんぱーい!」
そう言って、缶をコツンと当てた。それから僕らは同じようにプルタブを開ける。プシュって音が鳴った。今年も、あと少しで、終わる。
来年もよろしくしてほしいのは、僕のほうだよ。何があっても離さないから。
そんなことを心の中で呟いた。
今年も、あと少しで終わる。
今年の冬は、いつもと違う。
それは―――。
「ちょっとちょっと、ジロちゃん!」
そう言って、彼女は俺の肩をゆらゆらとゆすった。俺はその振動に、思わず目を細めて見る。
「んあ?」
「んあ?じゃないよっ!一緒に紅白見ようよ!」
一人で見たってつまらないよ!って言いながら、不機嫌そうに口を尖らせて、俺を見下ろした。俺が今いるのはカーペットの上。あったかくて、心地いいから、ついつい眠くなっちゃうんだよね。って、そう俺が言ったら、眠いのはいつものことでしょ!って怒られちゃったけど。
(だって、しょうがないじゃん)
俺はん〜……ってゆったりと体を起こす。けど、あったかなカーペットから離れた背中がちょっと寒い。
「……眠い」
「さっきまでさんざん寝てたクセにっ!」
どうやら、彼女はご立腹らC。大きな瞳で俺をニラんでる。俺はその瞳を見て、小さくアクビをもらした。ああ、眠い。俺はまたカーペットの上にゴロンと寝転んだ。
「ああ、ジロちゃん!」
「んー……もちょっと寝かしてー」
それから、気だるそうに寝返りを打って、彼女を見た。不服そうなその顔に、俺は心の中で苦笑する。
(表立って笑えないのは、そうさせてるのが自分だから)
「もうっ!ジロちゃんが寝ちゃうとあたしが暇なんだからね?」
「じゃ、一緒寝ようよ」
いー案だと思ったのに、馬鹿ってはたかれた。まあ、全然痛くなかったけどー(きっと手加減してくれてるんだと思う)俺はそれからちょっと考える。
「あ、じゃーさ膝枕してくれるってどー?」
「は?」
話がわからないって、顔。確かに、唐突すぎたかも。でも、そうすれば俺は眠れるし、そっちだって暇じゃないと思うんだ。なんて、寝ぼけた頭で考えた。(これが目パッチリだったらどう考えても暇だと思うけど)
「本能にはショージキでいなきゃ」
「……」
「ダメ?」
ちょっと頭だけ上げて、彼女を見上げると、ちょっと困ったような顔された。それでも俺はずっと見上げたままで。すると。
「しょーがないな、もう!でも、11時には起こすんだからねっ?」
「んーわかった」
それから彼女はきちんと正座しなおしてポンポンと自分の膝を叩いた。来いって言われたようで俺は頭を上げて彼女の膝に頭を置いた。
「じゃー、オヤスミ」
「はいはい」
彼女が俺の髪を優しく梳いてるのを目を閉じながら感じる。次に目が覚めたときは、絶対元気になってるから。そう心の中で呟きながら、夢の中に入っていった。
今年も、あと少しで終わる。
今年の冬は、いつもと違う。
それは―――。
「ふわ〜……」
「おい、寝んなよ!?」
俺は大あくびをかましたそいつの肩をぐらぐら揺らした。そうしたら、そいつはうつろな目で、俺を見る。……いや、ニラんでるって言ったほうがいいかもしれない。俺は冷や汗を垂らしながら、コイツの肩から手を離した。
「だって、今にも寝そうだったから」
「寝ないもん。あとちょっとで新年なのに」
そういいながらもすっげー眠そうだ。ごしごし目をこすって。今度は小さくあくびを零す。大丈夫かなって心配する。
「ブン太もぜぇ〜〜ったい寝ちゃ駄目だからねっ?」
「寝ねーって」
言わせてもらうけど、今にも眠りそうなのは、お前であって、俺は全然平気。でも、やっぱりコイツが寝て、一人になったらちょっと俺も寝ちゃうかもって思うけど。俺はため息をついて、ソファに腰を静める。コイツは隣で今も尚睡魔と戦いながら、紅白を見る。初めは紅白見て、白が勝つ!とかどうとか言ってたけど、さすがに眠気に勝てないらしく、どうでも良くなってきている。
「ふわ〜……早く、十二時になんないかなぁ……」
「おい、お前まだ十時だって!?」
どういう脳してんだよ。って俺はガムをくちゃくちゃ噛んだ。するとコイツはんーって声を漏らしながら、俺の肩に頭を預けてきた。どうやら、もう眠気がマックスらしい。俺の嫌味にも元気に返す力がないみたいだ。何度も何度も瞼をこすっては欠伸。それの繰り返しだ。
「おーい!マジで!寝んなよ〜〜!?」
「……ブン太〜……十二時十分前になったら起こして……」
やっぱり。
言えばもう無理。俺の制止なんて聞きゃしねえ。次に聞こえてくるのは、罵声でも、叫び声でもない、寝息。スースーって幸せそうに頬を緩めて。
「は、はや!おい!まだ一、二秒じゃねーかよ!?」
これならドラ●もんのの●太にも勝てるんじゃないか。って思う。って、感心してる場合じゃねぇんだけども。俺はなんとか起こそうと試みるものの、全く効果は無かった。……さすがに好きな奴の頬を叩くわけにもいかないので、お手上げ。
「たく……」
俺はくちゃくちゃさせてたガムをティッシュに吐いた。味が無くなったからだ。それからまた新しいガムを取り出して、それを口に入れる。また、甘い味が口ン中支配して。ちょっぴり幸せ気分になる。
「……十二時十分前って……あと二時間も先じゃん」
それまで起きてられっかなーって思いながら。右肩に感じる小さな重みと、ガムとは違う甘い香り。それを感じながら、俺は小さな欠伸を漏らして、TVの音量を少しだけ下げた。
「あっ、寒いと思ったら!」
そう言って、俺の隣からスルリと抜けた後、嬉しそうに上を見やると同時に掌を上に上げた。俺もつられて顔を上げる。
「雪だよ!リョーマ君!」
嬉しそうな顔を継続させ俺に振り返った。あまりにも嬉しそうにするので、思わずつられて笑ってしまいそうになりそれを悟られたくなくて俺はマフラーに顔を埋めながら、素っ気なく返事を返す。
「……雪ぐらいではしゃがないでくれない?」
恥ずかしいから。と続ければ、前の方から感動がないの・とか何が恥ずかしいの・とか文句が聞こえてくるがはっきり言ってどうでも良い。これだけ寒ければ雪は降るものだし降ったからと言って何かあるわけでもない。強いて言うならデメリットが増えるだけだ。積もれば良く滑るようになるし、靴が雪に埋まって濡れてしまうし、下手すれば絶対コイツなんてこけて尻もち付くのがオチだ。
なんてったって目を離せば何もないところでこけるし(いわばドジ)警戒心がないというか、無防備というか(それを注意したらそんなことないと逆切れするし)
「ほら、真っ白な雪!」
「……馬鹿?…雪が黒かったら問題だと思うけど」
「そういう意味じゃなくって!積もった雪なんてタイヤ跡とかで汚いじゃない!そういう意味で言ったの!」
また、怒られた。大体コイツの言葉は全てにおいて言葉足らずだ。まるで幼稚園児と話しているような感覚になるときがある(さすがにそんなことコイツ目の前には言えないけれど)むう、と頬を膨らます様はまるでハムスター。呆れたようにはあとため息をついて見せたが俺の言動なんて気にしちゃいない。今は目の前の幻想的な風景に釘付けだからだ。
……なんか、むかつく。
さっきまで俺とずっと一緒にいたくせに。一緒にカウントダウンしようって笑っていたくせに。雪が降り出した途端、これ。只今のコイツの心を支配するもの雪90、俺10くらいってところだと思うと、腹が立ってしょうがない。いや、雪に嫉妬してるなんて認めたくないけど。
「ねえ」
それでも。
「なあに?リョーマ君?…っ!」
不意打ちに、キス。ちゅっと唇に口づけて素早く顔を離してコイツを見ると、見事な間抜け面。思わずぽつりと呟けば真っ赤になって吠えた。
「りょ、リョーマ君!い、い、いきなり何するのッッッ」
「お前が俺を放っておいたバツ」
真っ赤になって憤慨するコイツを挑発するように言えば、更に顔を真っ赤にさせた。すでにゆでダコ状態だ。
「ほら、早く。カウントダウンするんでしょ?」
そう言って、またぐいって自分よりも全然細い腕を引っ張って、自身の腕に入れ込んだ。
「さ、準備は良い?」